第九集:火鬼の正体
「――道士様、道士様! こっちです! こっち!! 去年ジッちゃんが旅立っちまって、ちょっと村と離れてますが、誰も住んでねえんで!! 自由に使って下さい!!」
「食べもんはちびっとですが野菜があっちに!!」
「ゆっくりしてってくれなあ、道士様!!」
「すまない、ありがとう皆さん」
村人達の計らいで、泊まる場所を確保できた。村人達はぺこぺこ頭を下げ、事件解決に安心し各々の家に戻って行った。
藁葺屋根の小さな家だ。
中は片付けてあって、何もない。
野菜が、中央にある山桜の木が用いられた囲炉裏の端に置かれていた。継ぎ目は立派な木で囲炉裏鉤に鍋がかかっているが、もちろん中は空で何も入っていない。竈もあるが薪は囲炉裏に一本、貴重だ。
「雨風を凌げればいい」
焔は特に気にした様子はない。スタスタ囲炉裏の傍に行き、冷たい床板に座る。
「寒いでしょタリア、いま暖める」
焔は薪に火をつけた。火は不思議と心が休まる。焔の能力に感謝だ。
「ありがとう。鬼力は大丈夫かい? 孤魅恐純」
タリアも焔の正面に腰を下ろした。火鬼の名で呼ぶタリアに焔は肩を竦める。
「すっかりね」
火鬼――孤魅恐純、鬼界で最恐の三鬼、三災鬼の一人だ。
あと漆黒、荊と二人いるけれど孤魅恐純は魑魅魍魎を統べる別格の存在と名高い。
「俺が恐い?」
黙するタリアに焔は不安げだ。胡坐をかく組んだ膝に肘を突き、タリアの反応を窺っていた。
「恐くないよ」
「本当に?」
「ああ本当だ、君は私を助けてくれた。恐いはずがない。誰かに庇ってもらうのは数百年ぶりかな、記憶にないずっと前だ。ありがとう」
孤魅恐純と焔は同一鬼だ。彼の過去の行いは知っている。しかしタリアを助けた事実も本物、タリアは現在の焔の誠実な一面を否定したくない。
「俺は五百年で初めてだった、助けてもらったの。天地の誰にも助けられた経験はない、タリアが初めてだ」
強い口調で焔は打ち明けた。神妙な面持ちだ。
「君はいま幾つ?」
「五百歳かな、封印期間の五百年は足さないで」
成程、千歳弱の火鬼だ。計算するタリアに焔が怒る。
「足さないで」
「ハハッ、充分に若い。私は数えるのを疾うにやめた年齢だ」
タリアは天上皇が造った神、生きている年数は計り知れない。地上の千年もタリアにとっては刹那の時間だ。
「タリアが下界にいる理由、当てようか」
突然、焔が核心を突いた。驚くタリアに補足して言う。
「下界に降りた本来の目的、って神官壱が言ってたでしょ」
村人を殺した罪人を調べるか否か、押し問答していた先刻のやり取りだ。
「神官壱って、ウォンヌだ彼は」
「へえ、興味ないな」
訂正するタリアに焔は反省しない。間を取り本質に触れる。
「――で、タリアは俺を封印しに来たの?」
「嘘はつかない。君を封印した札の効力が弱まっていると報告があったんだ。私が下界に降り、現状を確かめ、新しい神札で封印をし直す任務、だったんだ」
淡々と正直に話すタリアは片頬をぽりぽり掻いた。本人は気づいていない長年の癖だ。
「タリアが指名された理由は?」
「指名じゃない、志願した。深い理由はない。天上皇の眠りで、銘銘、担う仕事で忙しい。でも私は暇な上位神だ」
「暇な上位神、いいじゃないか面白い。お陰で俺はタリアと出逢えた、嬉しい」
語調は弾んでいるが焔の表情は至って真剣だ。タリアは微笑み、同調した。
「偶然はない、必然だ。縁かな、私も焔と出逢えて嬉しいよ。ところで焔、君は自分で封印を解いたのか?」
タリアの認識は「封印が弱まっている」だ。タリアの素朴な疑問に焔が肯定する。
「まあね。寝起きに鬼力の残量を確認した。徐々にじゃない、五百年で感覚ズレちゃっててさ、一気に鬼力放出だ馬鹿だよね。そしたら、弱まっていたボロ札が解けて鎖が砕けた」
「ふむ……」
タリアは合点がいった。辻褄は合っている。疑わしい点はない。
孤魅恐純は鬼界と下界の狭間にある正浄山、そこには一定の距離で長方形の巨大な岩が、六角形になるよう向かい合い聳え立っている。神の御言葉が岩に刻まれており、無数の札と天上皇の神札六枚が貼られてあった。それぞれの岩に巻かれた鎖は中央に延びている。その中心に焔が両手、両足、首を縛られ封印されていた。
数百年の休眠で力のさじ加減を誤る者は多い。神も然りだ。焔は一気に鬼力を爆発させ、消耗、現在に至るのだろう。
「五百年、千年、封印されてもいい。タリアになら構わない」
焔は封印を拒絶するどころか自ら申し出た。
「君の鬼力なら私を躱し鬼界に逃げることも可能なのでは?」
孤魅恐純は上位神と同等か、或いは上だ。一戦を交えるとなればタリアの敗北は必死である。
「ハハッ、まあね。けどタリアに嫌われたくないし、やめておくよ。ただ、ひとつ条件がある」
「条件?」
自由を捨てる選択の条件だ。途轍もない要求かと思いきや、予想に反した希望だった。
「毎日会いに来て、俺に」
「――え」
タリアはぽかんと呆ける。焔は人差し指を立て、指を左右に振った。チッチッチと舌を鳴らす。
「大事な条件だ。タリアに毎日会える、二人がいいな」
「はあ、まったく君は――大物だ」
「まあね」
タリアは無条件に等しい前提に脱力した。褒めていないが威張る焔は得意顔だ。
「(普通の青年だよな……)」
秀でた火鬼、天上界は彼が他を傷付けない平和な地上を望んでいる。過去の過ちは消せないが封印の年月、五百年は酌量の余地がある。過去、現在を一括りにしてはいけない。タリアは暫し思考を巡らせ、違う提案を持ち掛けた。
「天上皇に再考してもらい、封印じゃなく、私の監視下にいる。っていうのはどうだろう?」
「―――」
タリアに意表を突かれ、焔が目を見張る。揺れた朱色の瞳に映る破顔したタリアは神々しい。
「嫌だった?」
「嫌じゃない。タリアの傍にいられるなら何だっていい」
「じゃあ、決まりだ。天上皇の起床後に私が拝謁する」
交渉がとんとん拍子に運んだ。慈悲深いタリアを焔は懸念する。
「タリアの立場に影響はない?」
「あったとしても些細なことだ、気遣いはいらない大丈夫」
「心配する」
断言した焔の語気は鋭い。タリアは眉尻を下げ、苦笑した。
「わかった。問題があれば君に相談しよう、約束だ」
「うん。約束したし――はあ、ご飯にしよう」
一応の合意で話題が移る。頷く焔は胸元で両手を組み合わせ、上に腕を伸ばし、背中の凝りを解した。満遍なく室内も暖かい。
「もらった野菜でスープを作ろう」
「いいね、手伝うよ」
立ち上がるタリアを追って焔も腰を上げる。足取りは軽い。タリアは神に備わる能力で包丁や水を用意し、焔が囲炉裏にある鍋で準備を始めたのだった。
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