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手紙は全ての壁を越えて届く

作者: ザ・ディル

 ふと意識が遠のき、遠のいて、遠のきすぎて、私は目を開いた。


 視線の先には、星々が弱々しく輝いていた。しかしそれらは、強い輝きを盛り返すように足掻いているように感じる。


 寝そべっていたため、地面の感触を受ける。柔らかく、さらさらとしていた。


「ここは……?」


 上体を起こすと、なるほど、どうやら私は浜辺にいるらしい。眼前に広がる海、現在座っている砂の感触、それらの要因が浜辺にいるという確固たる証拠だ。


 それにしても、私は一体いつから気絶していた? そもそも、どうして気絶して、この場所にいるのだろう?


 私自身の記憶を忘れているのではないかと思い、私の特徴を思い出す。私はそれなりの学を持っていて、それなりにスポーツもできる。背丈は高くすらっとしていて、髪型はポニーテールがほとんどだ。今もポニーテールだと確認した。

 最近の記憶も掘り起こす。最近は付き合い始めた人がいる。名前も覚えている。彼とは良好な関係を築けていて順風満帆な人生を送っている。現在は高校二年生。

 よし、記憶のほとんどを失っているわけではない確認は取れた。


 だけれど、どうして気絶して孤島のような場所にいるのかは、未だに分からない。そこの記憶はすっからかんだ。最後の記憶は、下校中、付き合っている彼と話していたときだ。――と、記憶を掘り起こせるのはこの程度だろうか。


 別の視点から情報を得て、この状況を整理しようと、後ろを振り向く。

 後ろは、木々が生い茂っていた。そして、奥に行けば行くほど、標高が高くなっているようだ。まあ、ここが浜辺なのだから、木々ある場所に侵入すれば標高は上がるのは自明の理かもしれない。


 ってそうじゃない。本題はそこじゃない。

 私はどうして浜辺にいるのか。そこを明確にしなくてはないけない――


 ――ふと浜辺に立てかけてあった板が目に入る。目が慣れたおかげで、少しずつ周りの景色が見えたからだろう。他にも浜辺の漂流物がいくらか見えたけれど、今はあの板が重要だと思えたため、近づく。夜で少しばかり見にくいのと浜辺で足を取られかけるけれど、上手く足取りを調整して、なんとか目的の板の前に着く。

 木の棒が地面に刺され、その先に長方形の板があった。


 その板に書かれていたのは「際」だ。正確には、板の右側に「際」と書かれ、左側は塗りつぶされている。


「読めない」


 二字熟語なのだろう。始めの文字は分からないけれど、二文字目は際と読める。ただ、それだけでは答えは出せない。

 裏側は確認したけれど、こちらには何も書かれていないようだった。

 となると、もっと情報が必要だ。


「あと、情報を集めるなら森の中……」


 浜辺とは真逆。手っ取り早いし、何よりヒントを得られると思った。

 だから草木生い茂る中、私は森の中を突き進み始めた。


 初めはきつかったものの、それ以降は楽だった。木々の中を歩いて楽だなんて、それこそ異常かもしれないけれど、今の私の感想はまさしくソレだ。

 どれだけ暗くて何もなくて――全てが消えてしまったとしても気付かない。情報なんてどうでもいい。とにかく、この道を進んでいけば間違いないと心の底から感じていた。これこそが、この道こそが正解。そんな神からいただいたお告げを信じてしまうのと同等に、このまま歩くことが間違いだとは思わない気がする。


 歩き続けて、ふと目に入る――再び看板だ。

 それも複数。


 「〇に際」「〇の淵」「〇の床」


 相も変わらず、黒に塗りつぶされていたが、気にしない。もう、気にする必要もないのだ。ただこのまま歩き続ければいいだけなんだから。

 歩いて歩いて――私はもうすぐ〇ぬ……あれ、何か頭にくっついた。


 頭に着けばそれらの文字も見えないし、何より森の中を正確に進むこともできない。顔にくっついたものを取ると、それは紙だと判明した。

 何も書かれていない紙。裏も表も何も文字が書かれていない正真正銘の白紙――だと思っていた。


「え?」


 文字が浮かび上がる。ゆっくりとだけれど、着実に。それらの文字は浮かび上がる。そして白紙から手紙へと成り代わった文を読んだ。

 手紙の主は彼だった。付き合っている彼からの励ましの言葉だ。


 どうして、励ましの言葉をかけてくれているのだろう?

 私は孤島にいて、迷子になってしまっているからだろうか。いや違う。孤島にいて、手紙が送れるなら、救助されないのは意味不明だ。しかも手紙はボトルがあれば、浜辺の漂流物程度にとどまるのに、森の中にまで手紙が漂流されたのが、意味不明だ。まさか、紙が水にぬれずに、浜辺に来て、そして風に乗ってここまで来たという異常事態でもおきたのだろうか。


 そして何より、手紙の内容は私への励ましの言葉はあれど、励ましの言葉だけだ。励ますだけの彼ではない。論理的に私に起きている出来事を話せるほど優秀な彼だ。ここがどこか教えてくれてもいいはず……もしや裏にも文字が浮かび上がってる?


 私は紙を裏返して、状況を理解して、今、眼前の状況を理解した。


 森から、いつの間にか洞窟に入ったらしい。暗く何もないと思えた場所に突如としてあるのは、目の前にある異質な門だ。

 その門は、木の看板が打ち付けてある。例外に漏れず、その看板には文字が書かれていた。


「〇」「〇後の世界」「〇神」「〇刑」「〇骸」エトセトラエトセトラ。


 私はこの門をこじ開けて中に入ろうとしてたのだろうか。

 理解して、後ろを振り向き全力で逃げる。


 洞窟を抜け、森を抜け、浜辺を通り過ぎて、服のまま海に入る。

 服のせいもあるが、それ以上に泳ぎ取りは重い。あまりの重さで沈んでしまいそうだ。だけれど私は足掻く。足掻いてもがいて必死に一生懸命に死に悶えるほどに泳ぐ。泳いで泳いで私は彼のもとにたどり着くんだ!


 泳げない私は海を泳いで、そして――


*****


 意識が近づいて、目が覚めた。


「……ぁ」


 上体を起こして理解する。戻ってきた、現世に。

 生き返ってこれた。

 「今際」から、無事生還した。


 記憶が蘇る。下校中、道路から歩道に猛スピードで迫ってきた車がいた。彼は私の方を見ていて、そのことに気づかなかった。だから私は彼を助けようとして、車にぶつかり、気を失ってしまった。否、気を失うというよりも、死の淵を彷徨っていたといったほうが正鵠を射ているだろう。


 チラリと視線を横にやると、彼が眠っていた。手までつないでもらってる。

 私の枕元には手紙があった。


 きっとこの手紙は、生きている世界から、今際の海を渡って、森の中を進み、洞窟まで――私のもとまで届いた。


 彼の想いが乗った手紙は、浜辺の漂流物程度では満足せず、私のもとまで必死に来た。それだけ、彼は私を愛してくれた。愛して、今際まで来た。あの浜辺を簡単に超えて、自身が死んでもいいくらいに、もがいて足掻いた。


「お互い、頑張ったんだね」


 あの浜辺まで、彼の想いのこもった漂流物が流れてきたということは、私はその恩返しを彼にしなければならない。

 さて、恩返しは何をしようか。


 ……彼への想いでも手紙に綴りますか。

 どれほどの想いで綴るのかと問われれば、彼に何かあっても、浜辺の漂流物どころか彼に直接届くほどの手紙を書くに決まってる。

 思わずにやけてしまいながらも、私は彼への想いを手紙にして書いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなかなかなか(≧∇≦) [一言] ○を受け入れることを拒否出来たから 不思議な世界から戻って来れたんでしょうね(≧∇≦) あーネタバレしないように感想書くのは大変です(^O^)/
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