俺の嫁はエルフ受けが悪い【96】
「私、趣味を作ろうと思うんです」
平穏なある日のこと、不意にハンナがそんなことを言い出した。
今日は快晴、畑仕事も順調に終わり、マサギも含めた3人でのんびりと朝食を取っていた時のことだ。
なかなか唐突な発言だったもので、思わず反応に遅れ、口の中を詰まらせかけるところだった。
「んぐ……ん、急にどうした?」
「最近思うんです。家事をしたり、畑仕事をしたりしながら、お家でのんびり過ごすのも良いけど、何か趣味があったら毎日より楽しくなるだろうなぁ、って」
「あー、まあ確かにな」
実際、俺たちは雨が酷かったりして畑仕事ができない日なんかは、家の中でだらだら話ながら時折本を読んだり昼寝をしたりして過ごしている。
それが有意義かと聞かれればそんなことはないだろうし、なんならそんな毎日が続いたら退屈だってしてくるだろう。
俺としてもハンナが楽しく生活できるに越したことはないと思っているし、何より俺自身も何かしら、新しいことを始めてみるのも良いかも、と思っていたところだ。
……決して、ハンナが言い出しから思ったわけではない。
「だったら、何かしら初めてみるか?」
「はい! と、言っても、まだ何をするかは決めてないんですけど……」
困ったように笑うハンナに、俺も思案する。
趣味を始める、と言っても、世の中にはいろんな趣味があるわけだ。
とりあえず、で初めてみたとしても、自分に合わなかったら意味がないし、苦痛になったりでもしたら、それはもはや趣味ではない。
興味のありそうなものをとりあずでやってみるってのも悪くはないかもしれないが、ふむ。
「ハンナ、それなら他の人に趣味とか聞いて回ってみるか?」
「他の人、ですか?」
「ああ。皆、何かしら趣味は持ってたりするだろ。オススメのものとか、教えてもらって興味が湧いたら続ける、ってのはどうだ」
「なるほど!」
そうと決まれば、といった具合にハンナは急いで残りの朝食を片付け始めた。
その様子を微笑ましく思いながら、俺はマサギに顔を向ける。
「そういや、お前は趣味とかあんのか?」
「趣味、ですか」
うーむ、と考え込んだ後、彼は首をかしげてしまった。
「そもそも趣味、とはなんですかな?」
「ん、おお、そっからか」
「何分、野生を生きてきたウサギですゆえ」
言われてみれば、森で野生として生きるとなったら、趣味を持つみたいなことを考えてる余裕はないか。
今でこそ平和に過ごせているが、森にいた頃は日々生きるか死ぬかの厳しい世界……だとしてもこのマッスルがあるからなぁ、こいつ。
筋肉でだいたいなんとかなってきたんじゃないのか?
とはいえ、確かに考えてみれば趣味を持つってのはわりと人間ならではの考え方なのかもしれない。
生きるなかで余暇の時間を持つ、なんてのはただ生きるのが重要な野生の世界にはあまりない概念だろうし、マサギが分からないのも無理はないだろう。
「趣味ってのはな、あー……」
言いながら、具体的な説明が難しいことに気がついた。
趣味ってなんだ?
「好きなことをやる、みたいな……」
「ふむふむ」
「自分の興味あることとか、楽しそうだと思うことをやってみる、みたいな感じかな……」
「であるならば、私の趣味はお二人と言えるでしょうな!」
それはもう朗らかに言うもんだから、思わず俺とハンナは固まってしまった。
なるほど、そうきたか。
「お二人との日々は実に良いものです……ハンナ殿に優しく撫でられるのも、ユウキ殿にこうして様々なことを教えていただくのも、私には嬉しいことばかり! この日々を送ることこそが、我が趣味と言えるものでしょう!」
「んー、まあ、そういうことじゃないんだがなぁ」
とはいえ、人間側にしたって、ペットの身の回りの世話やご飯を気にしたりするのが趣味だって人もいるんだし、ペットからしてみれば、飼い主のことが趣味だというのも、分からない主張ではない。
何より、
「ハンナ殿もいかがでしょう! ここはこのマサギを趣味にするというのは!」
こんなに嬉しそうにしているのを否定するってのも野暮な話だ。
っていや待て、だいぶ聞き捨てならんこと言いやがったなこいつ?
「ふふ、素敵な提案ですけど、私はもう少し何かを作るようなことがしてみたいんです。マサギさんと一緒に過ごすのはもちろん大好きですけどね」
「はっはっは、嬉しいですなぁ! しかしなるほど、何かを作ることも趣味と言えるのですか。奥が深いですな、趣味というものは」
和やかにやり取りをしている二人だったが、俺の心は和やかさを捨てていた。
もちろん、マサギの発言も気になるところだが、問題はそこではない。
ハンナだ。
ハンナが興味を示しているのが「何かを作ることと」なのが問題だ。
もちろん、ハンナが生み出す何もかもがヤバイ、ってわけじゃあない。
基本的にちょっと不器用で、創作センスも……個性的ではあるが、見本の通りにじっくり時間をかけて丁寧にやればハンナだってそれなりのものが作れる。
だから料理だって任せられるし、普段の生活の中で必要なものを作ってもらったりするのも問題なかったりはするのだが、趣味となると話が別だ。
何かを作るような趣味をハンナが持ったとして、最初はお手本通りに作っていくことだろう。
それは編み物だったり、簡単な家具作りだったり、普段も日常的にやってる農作業の延長線上だったりと、あらゆる可能性が考えられる。
ただ、どれを取っても、そのうち創作系の趣味人ってのはこう考え出すのだ。
オリジナリティのあるものを作ってみたい、と。
そうなったらもう、何が生み出されるか分かったもんじゃない。
即興で作った椅子は鳴き声をあげるようになっていたし、故郷で作っていた小屋はほぼモンスターと化していた。
このまま衣服を縫ったり、ぬいぐるみを作ったり、絵を描いたり、なんてことを始めてしまったら、どうなることか。
どんなものを生み出したとしても、ハンナの作品となればある程度以上の情が沸いてしまうことも考慮すると、一番はハンナにそういうものづくり系の趣味を持たせないことなんだろう。
もちろん夫として、ハンナには自由にやりたいことをやってほしいとも思うが、しかし、このままだと俺個人で対処できる範疇を越えかねない。
すまないハンナ、これも全て俺たちの生活のためだ……!
「それじゃあ早速、えーっと、どなたにお話を聞きましょうか?」
朝食を終えた後、俺とハンナ、そしてマサギは家の前で行き先を相談していた。
「やっぱりものづくりと言えば、ツムギさんですかね?」
「……いや、まずは村長のとこにしないか? ほら、あの人も何かと器用だし、もしかしたらいろんな趣味を持ってるかもしれないし」
「なるほどです!」
では行きましょう、と上機嫌に歩き出すハンナの少し後ろを歩きながら、どうか村長がいろいろと察して無難な趣味を教えてくれますように、と願うばかりなのだった。




