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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
93/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【93】

「あ、愛される、世界?」

 困惑した様子で思わず聞き返したジンジに対し、彼女は相変わらず、間延びした朗らかな声を返す。

「私はですねー、愛してほしいんですー」

 そして、そっとジンジの首に回していた手を離した。

 彼女はジンジの正面に回り込んできて、まるで天使のような姿に良く似合う美しい笑みを浮かべた。

 まるで祈るかのように手を胸の前で組み、静かに彼女は空を見上げる。

「愛ってー、すごーく素敵ですよねー」

 うっとりと、どことなく自分の言葉に酔っているようなかのような様子で彼女は続けた。

「私ー、1人で旅をしてきたんですよー。たっくさん、いろーんなことを見てきましたー。人間のこともー、動物のこともー、魔物のこともー、いーっぱいですー」

 思い出に浸るように、彼女はそっと目を閉じた。

 ジンジには知る由もないが、彼女――オモトは静かに過去を思い返していた。

 彼女はよく覚えている。

 初めて生み出された時のことも、ジンジの期待を向ける瞳も、オモトの能力に未来を夢想するきらきらとした彼の表情も、それらがオモトの変わらない表情や思考の歪さに歪んでいき、やがて意識を向けられることすらもなくなっていったことも。

 彼はいくつもの、本当にいくつもの存在を生み出していった。

 当然彼1人では限界があるものの、彼の作った設定があれば、オモトも同じような生き物を生み出すことができたため、彼の作業をオモトは幾度となく手伝った覚えがある。

 もちろん、それも一時期の話。

 生み出し続けているうちに、ジンジは量より質に行動をシフトしていったため、少しずつオモトの力を借りることもなくなっていった。

 そうして少しずつオモトに対する興味をなくしていったジンジだったが、作られた存在であるオモトには、求められることを叶える能力はあったものの、自分から何かを提案したり状況を改善するような能力は持たされていなかった。

 それでも、オモトは自分の命には意味があるのだと信じたかった。

 他の生み出された存在たちを見て、自分の能力を使って、主人が喜んでくれることは何かと考えたり悩んだりしてみたが、しかしオモトはあくまでも試作品の1つであり、実験体の1つでしかなく、致命的に能力に限界があった。

 そうして困り果てたオモトは、自分中だけで解決することが難しい現状を1度捨て去ることにした。

 なぜなら、ジンジがよく言っていたからだ。

「うん、1回全部リセットしよう」

彼は新たな存在を生み出すために続けていたラフスケッチを描きかけで破り捨てながら、そんなことをよく言っていた。

 だから、オモトは彼の真似をすることにした。

 その頃のオモトが知っているのは、彼が教えてくれることぐらいなものだった。

 オモトは自身の力を使い、自分を生まれ直させた。

 新たな要素を追加して、自分を入れ替えた。

 自分を元にして新たな生き物を生み出し、それを自分とした。

 そんなことを繰り返していくと、ジンジはその行いに興味を持ってくれた。

 毎日違う自分になりながら、オモトは主人が少しでも興味を持ってくれたことを嬉しく思い、自分を新しくし続けた。

 しかし、そんなことを繰り返した命が、まともなままでいられるはずがない。

 何度目か分からなくなったぐらいの生まれ直しをした時、オモトの体は死ぬことを忘れてしまった。

 そして、それが自分を変化させることの限界の証であると、オモトは本能的に理解してしまった。

 その頃、オモトの体はすっかり変化を繰り返したおかげで、美しい女性のそれになっていた。

 彼女の肉体を参考にした生成方法を確立することで、ジンジは天使のような羽を持つ美しい女性たちを生み出すことに成功し始めていたし、だからこそ、余計に初期から存在し続けてしまっていたオモトに、飽きてしまったようだった。

 多少なり向けられていたジンジからの興味は少しずつ薄れていき、気が付くと、ジンジはオモトに対して見向きもしなくなっていた。

 無数の存在を生み出しては囲まれていた彼の愛が有限で移り気であることは、さすがのオモトにも理解できてはいた。

 ただし、だからといって納得できることではない。

 オモトは、彼に愛してもらいたかったが、それがどういう気持ちなのかは分かっていなかった。

 興味を引くのも、役立とうとするのも、彼の隣にいたいと願うのも、全てが愛されたいという気持ちの現れであることを、彼女は知らなかった。

 やがてオモトはジンジの元から離れ、旅を始めた。

 最初こそ彼のためになることを探すため、自分のできることを増やすための旅だったはずだが、彼女はその旅の中でいくつもの出会いを果たし、自分の気持ちに名前を付けられるようになっていた。

 これは愛を欲する気持ちだったのだと気付いた頃、彼女は同時に酷く悲しんでもいた。

 もし、ジンジが自分のことを愛してくれたとして。

 その愛が永遠となることは、決していないのだと、オモトは気づいてしまったのだ。

 オモトの体は死ぬことを忘れてしまった。

 対してジンジはあくまでただの人間だ。

 転生者ゆえの能力は持ち合わせているものの、それ以外は普通の人間と変わりない。

 そう、彼は決して不死などではないのだ。

 そして、世界中のあらゆる存在が、他者を愛する能力を持っているのに、ああ、なんということか、誰もが死んでしまうのだと、彼女は気づいてしまった。

 オモトは理解している。

 自分が誰かを愛するのが下手であるということを。

 そして、自分が誰かに愛してもらうのも、下手なのだということを。

 でも、彼女はこんなことも知っている。

 誰かを愛することが上手な人も、この世界には存在しているのだということを。

 他者を愛する能力は誰もが持っているもので、そんな心を持つ存在に囲まれることができれば、こんな歪な自分であっても、愛してもらえて、愛することができるということを。

 たくさんの命を見てきた彼女が至った願い。

 それが、自分を愛し、また、愛してあげられるような存在を生み出すということ。

 そして、その相手がジンジであることこそが、何よりも望ましいと、彼女は心の底から思っていた。

 だからこそ、その望みを叶えるには、1人では無理なのだ。

 オモトの能力の限界もあるし、ジンジの能力を活用する必要も、ジンジの存在を活用する必要もあるのだから。

「ご主人様ー、私ー、今とーっても幸せですー」

 にこにこと、彼女は微笑む。

 ジンジの怯える顔を理解することもなく、彼女は張り付けたような笑顔を浮かべて、間延びした声を出す。

「ご主人様ー、一緒に頑張りましょうねー?」

 その嬉しそうな声を聞いて、ジンジは理解してしまった。

 ああ、この女は、狂っているんだ、と。


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