俺の嫁はエルフ受けが悪い【92】
ユウキが夜空を見上げるのと時を同じくして、
「うぅ……」
ジンジはようやく目を覚ました。
「ここは……?」
辺りを見回して、今が夜であることを理解する。
だが、あまりにも暗い。
人の気配がさっぱりないのに、足元の感触や薄っすらと見えるのは人工物のそれだというのが、あまりにも不気味極まりない。
「あらー、ようやく起きてくれましたかー」
間延びしたような声が響き、ジンジは慌てて目を向けた。
だが、声のした方には何もいない。
ただただ暗闇だけが視界に届く。
何が、と不気味さを感じるジンジの頬に、柔らかな手が触れた。
それはとても冷たく、まるで人のものではないかのような触り心地だったが、形は間違いなく人間、それも細い女性のもののように思えた。
「うふふー、お久しぶりですねー」
その聞き覚えのある声に、ジンジは少しだけホッとしてしまった。
「お、お前は、えーっと」
「うふふー、ご主人様ー、もしかしなくてもー」
顔を包むようにして掴む手に、かすかに力が籠められ、ジンジは短く「ヒッ」と悲鳴を上げてしまった。
「私の名前ー、忘れちゃったんですかー?」
ひた、ひた、と指を閉じたり開いたりして言う女の声は、間延びしたものではあるものの、どことなく、悲し気に聞こえた。
「いや、いやいや、そんなわけあるか! 覚えてる、覚えてるさ……」
口ではそう言うものの、ジンジはこの声の主が誰なのか、さっぱり分かっていなかった。
彼が転生してきてから生み出した存在は無数にある。
自分のことをご主人様と呼ぶような女性を生み出したのはかなり来たばかりの頃だったと思うが、それでも、無数に生み出していたことには変わりない。
幾度も幾度も生み出すパターンを試し、設定を盛り、自然な仕草や行動をできるように何度も試行錯誤を繰り返した。
ちょっと聞きかじった程度のプログラミングみたいだと思いながら、自分の能力を試行錯誤していく毎日の中で、最初こそ大したものは生み出せなかった。
人型の何かを生み出したり、人に近い生き物を生み出すことはできても、言葉が喋れなかったり、何かが欠けていたり、不気味さが拭えなかったりして、そうして生まれた『失敗作』たちを何体廃棄してきたのか、彼はもはや覚えていない。
毎日何十体生み出して、最初こそ大した存在じゃなかったから良かったものの、いつの間にか『人のような何か』だった生成物は『何か足りていない人』になっていった。
その頃からだったろうか。
殺す勇気もない彼が選んだ手段は、生み出した彼女たちを売り払うことだった。
そうすることで金も手に入るし、直接手を下すこともない。
処分するだけの生命を生み出すことも考えたりしたが、それでも結局、生み出したものを殺すような度胸はジンジにはなかったのだ。
その辺に放り捨ててしまうようなことも、できそうになかった。
自分の責任で、作った存在とはいえ命あるものを殺したり放り出したりはできなかったのだ。
それはひとえに、彼の臆病な心がやらせたことだった。
だというのに、ここ一番で彼は、その臆病な心を振り切ってしまった。
振り切れてしまった。
だからこそ、自分の生み出した強く理想的な個体すらも餌として、自分の脅威となる存在を消し去る怪物を生み出さんとしてしまっていた。
しかしそれも、気絶する前までに無理矢理に出していた、火事場の馬鹿力のようなものだ。
今の彼はすっかり、元の小心者でありながら、妙にプライドだけが高い、ちっぽけな転生者に戻っている。
そんな彼が今考えていることは、ただただひたすらに、保身、であった。
「あー、えー、そう、そうだな、うーんと、そうだ、僕は、以前なんて呼んでたかな、君のこと」
「私のことですかー?」
「あ、ああ! ひひ、その、呼び方って、久しぶりだと忘れてたり、するだろ? な?」
「そうですねー、でもー、呼ばれた方はちゃーんと覚えてるんですよー?」
「あー、そそ、そうだよなぁ! ごめん、だから、改めて思い出すためにもさ! 教えてくれないかな?」
あまりにも苦しい言葉だったが、ジンジ本人は上手い聞き出し方を思いついたと、内心少しだけ得意になっていた。
実際、その場のノリでこんな聞き方だったとしてもなんとかなる場合もあるだろう。
しかし、それは、あくまで互いが有効な関係であった時の話だ。
「ご主人様はですねー、うふふー、私のことはー、実験体って呼んでましたよー」
彼女の言葉に、ジンジのへらへらとした笑みが一瞬にして凍り付く。
「番号は何番でしたっけねー? さすがにそっちは忘れちゃいましたけどー、よーく覚えている言葉はありますよー」
彼女の声音はあくまでも、平坦なままだ。
間延びした声はいつまでも変わらないトーンで、どこか愛しそうな響きで続ける。
「『お前を元にすれば良いのが生み出せそうだ!』ってー、ご主人様が嬉しそうにしてたのをよーく覚えていますー。でもー、ご主人様はー『私』は必要としなかったんですよねー」
細い指が、優しくジンジの頬を撫でる。
それは少しずつ下へ下へと降りていき、そのまま、ジンジの首を包み込んでしまった。
そこでようやく、ジンじは自身の体が首から上以外一切動かせないということに気が付いた。
「私はー、ご主人様の作った初の成功例、だったはずなんですよー。でもー、どういうわけかー、どこに行っても、何をしてても、不気味がられちゃうんですー」
彼女が少しでも力を込めれば死にかねない。
そんな恐怖がジンジを襲ったが、それ以上に恐ろしかったのは、背後の女の語る言葉の数々だった。
過去を攻められているような胸の内の罪悪感と、どこか場違いのような甘ったるい響きを含み続ける外からの言葉で、ジンジは頭がおかしくなりそうだった。
「私ー、ご主人様と同じような力を持ってるんですよー? 生き物だって作れるんですけどー、どうにも上手くいかないんですよねー」
「……」
「ですからー、ご主人様にはー、私の夢のお手伝いをしてもらえないかなー、って思うんですよー」
もはやジンジの頭には、逃れようなんて考えはなくなっていた。
ただひたすらに生き残りたい、そんな気持ちばかりが浮かび上がってくる。
それは絶望であり、生への渇望であり、背後で平坦な声を出す存在への恐怖であった。
「ゆ、ゆゆゆ、夢、って?」
「うふふー、私の夢はですねー」
彼女の声が、すぐ耳元に近付いてくる。
「私だけが愛される世界、ですー」




