俺の嫁はエルフ受けが悪い【91】
人間ってのは意外と単純なもので、両サイドから寝ている人間――エルフとドラゴンだが、それはさておき――の温もりに包まれていると、寝れるわけがないと思っていても不思議とうとうとしてくるもので、俺はいつの間にか再び眠りにつくことができていた。
外で囀る鳥の声と、優しく差し込む朝日にゆっくりと目を覚ますと、いつの間にか2人の拘束は外れており、彼女たちはそれぞれに俺に背を向ける形で幸せそうに眠っている。
ほっとしたような、少し残念なような、複雑な気持ちを抱きつつも、俺は2人を起こさないようにそっと寝床を抜け出した。
俺が気絶させられて、それでも放置、もとい寝かされていたままだった、ってことは、残った面々で話を付けてくれたんだろうが、どういうことになっただろうか?
今後の方針が決まったのなら動き出すべくだとは思うが、肝心のその内容が分からないんじゃ動きようがない。
俺としては最後に出した案も中々冴えていたとは思うのだが、うーむ、どうやらデリカシーに欠けていたんだろうな、たぶん。
ただまあ、あの反応を見て、ホッとしたところもある。
人を気絶させるぐらいのことをするのはどうかと思うが、あれだけ元気にツッコミが入れられるのなら、ラコに対してこれ以上の心配は本当に必用ないんだろう。
タンポポについて行くなら今後のことも平気だろうし、俺たちは俺たちでできることをやれるだけやることになりそうだ。
家を出て、外に出るとまだ夜が明けてそこまで経っていなかったのか、辺りは明るくなっているものの人の気配が全くしなかった。
村で畑仕事のために早起きした時なんかに感じる、うら寂しくもあり、それでいて清潔な空気を独り占めできる優越感にも浸れる、そんな時間。
改めて見てみると、本当に小さな国だったのがよく分かる。
国というよりは、村と呼ぶぐらいが本来的には正しいのかもしれない。
この国を作り上げることで、ジンジは彼を爪弾きにした他の転生者たちを見返してやりたかったのか、はたまた、そんな深いことは考えず、とにかく国を広げて自分の王国をつくろうとしていただけなのか。
心の奥底に眠っていたであろう不平不満やら、願いやら、そういうもんを聞く前に、あいつは連れ去られてしまった。
見つけ出したらそういう鬱憤を、まずは晴らしてやった方がいいんだろう。
なんて、こんなことを思うこと自体が、ああいう手合いからすれば、余計なお世話だったりするのかもしれない。
罪悪感だとか、羞恥心だとか、はたまた自尊心だとか、そういう個人として大切にすべきものに、さらなる傷を与えてしまう可能性だってある。
でも、あいつを捕まえ直したらそれでおしまい、というのもしたくない。
ジンジがやったことは、決して他人ごとでは済まされないからだ。
あいつの問題は俺たち転生者たち全体の問題だ。
誰もが、ああなる可能性を秘めている。
転生してきた人間が、誰も彼も良い人間である、なんてことは決してない。
生前の人間性が歪んでしまっていたら、こちらの世界に来たところで、結局その歪んだ人間性をベースとした活動をしてしまう。
卑屈な想いを抱いて異世界に行って、特別な力を得たとして、それで人に好かれるような人生が新たに歩めるなんてことは決してないだろう。
結局のところは、自分というものを変えられなければ、元の生活を取り戻そうが転生しようが、人の人生なんてのは大きく変わったりしない。
面が良くなったから自分に自信が持てるようになって、より良い人生が、みたいなのもあるかもしれんが、それにしたって結局は自分の人生観が変わらなきゃ上手いことはいかんもんだろう。
ジンジだって、心の奥底ではそんなことは分かっていたはずだ、と思う。
あの切羽詰まった様子からして、引っ込みがつかなくなってしまった結果、いくつもの取り返しのつかない行いをしてしまったのだろうから。
落ち着いて改めて考えれば、きっと反省することも、やり直すこともできる。
考え方が変わらなきゃ転生してもより良い人生を送るのは難しいとは思うが、同時に、転生するしないに関わらず、人はいくらでもやり直せるとも思うのだ。
きっかけなんてどんなもんでもいい。
新天地に出向くのでも、仕事が変わるのでも、新たな出会いを得るのでも、なんなら見ず知らずの誰かに言われたたった一言でも、自分自身の中で生まれた気付きでも、本当になんだってかまわない。
俺らとの出会いで変われないってんなら、別のやつでもいい。
もし連れ去られた先で改心していたりするなら、それはそれでいいのかもしれない。
どうあれ変われるかどうかはあいつの問題であるものの、ああいう転生者を生まないってのは、先に転生してきてこの地で生きる俺たちにとって忘れちゃならない問題だと思う。
イズミさん、村長が、俺たち転生者の村を作ったのだって、そういう意識があったからこそだろうし、そんな彼女の考えは正しいと俺も考えている。
だからこそ、ジンジのことは見つけ出して、性根を叩き直してやりたい。
ありがた迷惑、余計なお世話、お節介上等だ。
一方的な善意の押し付けだと言われても、やってやる。
このまま放置してしまった時の寝覚めの悪さってのもあるが、結局のところ、回り回って俺たち全体に迷惑が掛かる可能性を考えたら、黙っているわけにはいかないのだ。
打算的でも、それが結果として人のためになるなら万々歳。
自分たちのためと、誰かのためが重なるなら、それに越したことはない。
「にしても……どこに行ったんだろうな、あいつら」
抜けるような空を見上げて、ぼんやりと考える。
ジンジのこともそうだが、それ以上に気にしてやるべき相手――警戒すべきと言うべきかもしれないが、オモトのやつは、何を想い、何を成そうとしているのか。
ただ元主人を連れて行きたかっただけ、とかなら話は早いんだが、そんなことはないと思う。
あいつは緩い言動こそしているが、中身は決してそんな簡単なもんじゃない。
性能もそうだが、あらゆる内包しているものに、不気味さを感じた。
恐ろしい程の、何かを彼女は抱えている。
それは情念のようなものかもしれないし、存在そのものに紐づいた何かなのかもしれない。
俺からしてみれば規格外の生物である、という認識でしかないが、いや、そもそも生き物なのかも怪しいぐらいだが、あいつはあいつで考える頭があり、あいつなりの理屈が内面に渦巻いているんだろう。
そいつを紐解くことは恐怖に直結することになりそうだが、こうして向き合うことになるのであれば、避けては通れない問題になるだろう。
出会う度、ただただ恐怖に支配される感覚を味わってきた。
そこの克服も、課題の1つ。
生物的な、根源的な恐怖を乗り越えた先で、あいつと対話する必要が、きっと出て来る。
その時のためにできることを、模索しなくては。
深く息を吸って、吐いて。
「……よし」
俺は静けさの支配する朝の中で、1人決意を固めるのだった。




