俺の嫁はエルフ受けが悪い【90】
「……はっ!」
気絶から目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。
見覚えのない天井だが、どうやら屋内に寝かせてもらっていたらしい。
何がどうなったか思い出しつつ起き上がろうとした俺だったが、
「んん……」
腕に絡まる温かな感触にそちらを見て、思わずごくりと生唾を飲んでしまった。
眠っていた俺の腕に抱き着くような形で、ハンナが眠っていた。
穏やかな寝息を立てる姿に、ついつい見惚れてしまう。
あまりにも無防備な様子だが、幸い俺はハンナの夫である。何も問題はない。
かと言って、ここで何か事を起こすわけにもいかない。
たぶんだが、俺たちが寝ているのはどこかの元国民の家だろう。
よそ様の土地で、仲間たちと一緒に来て暴れた後に民家を奪ってお楽しみなんて、どんな悪党だって話だ。
いやそもそも、寝ているハンナに勝手に手を出すようなことは決してしないが。
しかし、このままだと起き上がることもままならない。
なんとかして、ハンナを起こすことなく抜け出したいものだが、彼女の腕はしっかりと俺をホールドしてしまっている。
こればっかりは仕方がないか、ともうひと眠りすべく目を閉じた俺は、きぃ、と扉が開くような、小さな物音を耳にした。
聞こえた場所からして、たぶんこの部屋の入口。
寝転がった俺らの足元側からそんな音がした理由は、シンプルに考えるなら、たまたましまりの悪い扉が風で開いたか、侵入者があるか、ってところだ。
あいにくと俺は武人とかではないので、気配を探ったりするのはそこまで得意じゃない。
とはいえ、伊達に魔王と戦ったりしてきたわけでもないので、人がこっそり動いてる気配ぐらいなら多少感じ取れるつもりだ。
抜き足差し足、のつもりなんだろうが、多少床が軋んでしまっている。
音は軽いし、たぶん男ではないんだろうが、さて、どうしたものか。
俺が1人で寝ていて、そこに入ってくるだけなんだったら放置でも良いんだが、あいにくと今はハンナが横で寝ている。
ハンナに危害が加わるようだったら、許すわけにはいかない。
彼女を起こしてしまうのは本意ではないが、ここは、背に腹は代えられない、ということで、動くとしよう。
近づいてくる何者かに対して、距離が十分に詰まったなと思った辺りで、バサッ、と被っていた毛布を被せ浴びせる。
「わぷっ!」
怯んでいる様子の向こうが動く前に、俺は起き上がって攻撃、しようと思ったのだが、
「うぉっ!」
がっちりとハンナがホールドしている腕が全く抜けなかった。
普段の温和でふわふわした感じから忘れがちだが、ハンナは俺よりずっと身体能力が高い。
細くて柔らかな腕をしているくせに、中身はしっかりとエルフのスーパーパワーで満ちているのだ。
人間なんぞと比べ物にならない彼女の腕力が、無意識下ということもあって、容赦なく俺の腕を捕まえることに使われてしまっている。
これでもエルフの中では非力な方だというんだからびっくりだ。
というわけで、勢い良く起き上がろうとした努力も虚しく、俺は再びベッドの上に転がされてしまった。
マズい、と身構える間もなく、入ってきたやつがシーツを引き剥がして声を上げる。
「いきなり何の真似をするのだ、貴様ぁ!」
その声を聞いた瞬間、一気に気が抜けてしまった。
「何してんだ、ルジオ」
「それはこちらが言いたいのだがな!?」
部屋に入ってきたのは、ルジオだった。
ぶんすこしているルジオは枕を抱えており、国民たちにもらったのか、寝巻らしきゆったりとした白い服を着ていた。
「悪いな、侵入者かと思ってさ」
「む、それは、その……」
平謝りする俺に、ルジオはルジオで気まずそうに目を逸らす。
何だこの反応、と首を傾げる俺に、ルジオは半分枕に顔を埋めながら、少し照れた様子で上目遣いに聞いてきた。
「一緒に、寝たいと思って……」
うーむ、可愛い。
あのルジオがこんだけしおらしくなってるだなんて、やっぱり幻覚の俺、相当すごかったんじゃないか?
とはいえ、この姿に勝てるやつは基本的にいないと思う。
これが父性か。
「いいぞ、来な」
俺は毛布を取ってもらって、軽く詰めてスペースを作った。
いくら今のルジオが小さいとはいえ、さすがに3人でベッド1つは中々に狭い。
体を横にしたいところなのだが、あいにくとハンナに腕を取られてしまっているので、それも厳しい。
動かせない腕を下にしたらハンナの腕も巻き込んでしまうし、逆側はそもそも向けないし、といった具合だ。
仕方ないのでルジオにも横向きで寝てもらうことにしたのだが、
「お、落ち着かない……」
右でハンナが、左でルジオが寝ている形になるわけだか、どちらも顔を向けてきているので、なんとも、こそばゆい落ち着かなさだ。
こんな状態でもうひと眠りとかできるのか? 無理では?
「ふふ、こういうのも、ちょっと憧れていたのだ」
嬉しそうに笑うルジオは、ハンナの真似をしているのか、同じようにして俺の左腕に抱き着くようにしてきた。
ああもう、完璧に身動きがとれなくなってしまった。
「おやすみ、ユウキ」
静かにそう告げると、ルジオはあっさりと寝息を立て始める。
俺が何か言う間もなく、2人の間に挟まれた俺は、いつか寝落ちできることを願いながら、静かに天井を見つめるのだった。




