俺の嫁はエルフ受けが悪い【9】
「そこの人間」
凛とした声が聞こえた。
すぐさまそちらを向き、俺は拳を握る。
「ま、待て! 敵ではない!」
「信じられるか。状況考えて言ってくれ」
警戒と威嚇の意味を込めて言いながら、俺は相手をざっと観察した。
レベルは俺よりずっと下、せいぜい40程度。
普通に暮らしている村人とかからすれば圧倒的に危険そうだが、俺からすれば敵じゃない。ある意味彼女の言い分は正しいってことだが、それはそれ。
「一応、この辺は町の近くって聞いてるが、魔物がどうして普通にいるんだ? 話せるだけの知性があるってことは、そもそもその町に住んでるやつか?」
「いや、町の住人ではない……そうだな、事情を語りたいところだか、一先ずこれを」
目の前の魔物、確かに衣服は身に着けているものの、どう見ても人間ではない彼女は、いわゆる半竜人というやつだった。
リザードマン、ドラゴニュート、呼び名はいろいろとあるが、魔物の中でも知能が高く、人種として認めるべき、という声もある種族。
だが、彼らは人間と交わるようなことは好まず、基本的に生息地も魔物が中心となっている東側の土地だ。
人間を見下している、というわけではなく、魔物こそ自分たちのルーツ、仲間である、という意識が強いのだとか。
その原因は分かりやすく、魔物の中には強大な存在として龍がおり、さらに魔王種にはいわゆる龍を束ね、龍そのものでもある連中がいるから。
龍及び龍王と呼ばれる魔王たちを信奉しているからこそ、彼らは魔物として、魔物たちと共に生きる道を選んでいる。
もちろん、それはあくまで種族全体としての主張であり、中には親人間派の者もいるにはいる。とても珍しいが。
「そいつは……!」
彼女が見せてきたのは、俺には見覚えのあるアイテムだった。
『いやー、悪いねユウキ! 地雷いきなり踏むとは思わなかったわー!』
直後『アハハハハ!』と、聞こえてきた爆笑。
紫の鱗をした半竜の女性が持っていたのは、いわゆる無線機だった。
こんなもん、この世界には本来ないアイテムだ。
「その声! タンポポ、やっぱお前か!」
『そう、僕だよ! 久しぶりぃ!』
懐かしいノイズ塗れの声を聞きながら、なお、俺は拳を解かない。
地雷がタンポポのものだとして、そして目の前の魔物がタンポポの使者だとして、それでも、俺とタンポポが敵対していない、とは限らない。
「いろいろ聞きたいことは山ほどあるが、この地雷はやっぱお前のか」
『そだよー。んー、まあいろいろ僕としても言いたいことはあるんだけど、あれ? もしかしてユウキだけ?』
「念のためな。案の定、地雷踏んでるわけだし」
『あー、なるほどね。君が1人で偵察すんのがいっちゃん安全だもんね。僕でもそう提案すると思う』
「ハンナは反対したよ」
『だろーね! 多数決で折れたってとこかな? ま、それならベリィ、持たせた薬も渡してあげて。どうせ怪我は治りきってないでしょ?』
ベリィ、と呼ばれた半竜人が、茶色の薬瓶を取り出し、こちらに差し出してきた。
この薬も、タンポポがよく用意してくれたものだ。
「……とりあえず、もらっとくか」
渡された薬を雑に飲み干す。
体にあった火傷や骨折が、少しずつではあるが癒えるのを感じ、俺はようやく一息ついた。
「タンポポ、どうするのがお前的にベストだ?」
『お、ようやく納得してくれた? そーだね、まずは皆で合流したいかな。ユウキだけ徒歩で来たわけじゃないでしょ?』
「おう、ザクロもいる」
『パーペキ! そしたら来る人たちとりあえず呼ぼう。こっちに全員来たらベリィの案内で僕のとこまで来てほしい。ここなら落ち着いて話せるだろうし』
「了解」
ふぅ、と大きく息を吐き、改めて今いる場所を見回しながら脳内でザクロに呼び掛ける。
「ザクロ、とりあえずこっち来てくれだとさ。もう地雷もなさそうだ」
『来てくれだとさ、って、あんた、もう誰かと会ったの?』
「おう、タンポポだ。こっちで話そうってさ」
『……分かったわ』
声の直後、俺の少し後ろで光が集まり、やがて晴れるとザクロたちがこちらにいた。
「ユウキさん! 無事ですか!? 怪我は!? 治癒は必要ですか!?」
「大丈夫だハンナ。タンポポの薬もらったから」
「そ、そうですか……ホントですか……?」
言いながら、ハンナは俺の体をまさぐっていた。
俺が嘘をついてでも無理をすると知っているからこその対応、さすが我が嫁。そして俺。
まったく信頼がない、いや、ある意味逆に信頼されてるのかもだが。
「で? タンポポはどこよ?」
『おー、その声はザクロ? 久しぶりー!』
「……なるほどね。じゃあ、この人、人? がなんかしら絡んでんのね」
『話が早いね、さすがザクロ』
「ユウキが納得してるからこそよ。私だって最初が地雷だったらあんたを1番に警戒するわ」
『ひっどいなー! ま、分かるけどね。いるのはハンナとザクロとユウキだけ?』
「なわけないでしょ。あんたね、サクラに手紙出させたの」
『そうだよー。あ、じゃあサクラも来てるんだね、良かった良かった。よっしベリィ、彼らを案内してあげて』
「分かりました」
こちらです、と歩き出すベリィ。
俺はザクロと顔を見合わせた。
「行く、よな?」
「そりゃね。サクラ、行くわよ」
「……こんなに知らない人と会うなんて聞いてない」
サクラは分かりやすくベリィを睨んでいた。
「私もよ。ま、魔王ならそりゃ側近とか部下ぐらいいるでしょうしね」
「私はいないもん。家族とお友達だけだもん」
「あーはいはい、そうだったわね。ほら、ハンナもいつまでもまさぐってないで行くわよ」
「は、はい! 後でお洋服、繕いますからね」
「ああ、頼む」
ハンナは裁縫も当然ぷきっちょさんなので下手だが、時間をじっくりかければ穴ぐらいは塞げる。
そうして繕われた俺の衣服はブサイクな塞ぎ跡がいくつも残って、とても愛おしくキュートになるのだ。
今から楽しみだ。作業しているところを眺めるのも、服が進化するのも。
「……何にやついてんの、気持ち悪い」
おっと、頬が緩んでしまっていたらしい。
俺は慌てて表情を引き締め、ベリィに続くのだった。
しばらく森の中を歩き進むと、やがて、大きな鉄柵が見えてきた。
柵に囲まれた広大な土地に、豪奢な屋敷が建っている。
立派な石造りの屋敷、だが、よくよく見れば、全体的にボロボロだ。
外壁は年期が入っている以上にあちこち崩れているようだし、庭木はどれも手入れが行き届いていない。
地面にもいくつか抉れた跡が見えるし、長く放置されていたことに加え、戦闘があったのが見て取れる。
「ここか、目的地は」
「はい。こちらからならば、問題なく入れるかと」
そう言ってベリィが鉄柵から少し離れた場所で手をかざすと、地面がゆっくりと下がり、地中に繋がる下り坂が形成された。
「このまま進んで行けば館内に入れます。私は殿を」
「ん、頼む」
俺が先頭で、隠し通路の中を進んで行く。
狭い通路内は横に広がることができず、1列での行進だ。
ベリィが通路に入ったと同時、入り口の下り坂が戻っていった。
なるほど、そりゃ最後に入るよな。
おそらく、何らかの資格を持つ者だけが開閉できる出入口なのだろう。
真っ暗闇、という程ではないが、かなり薄暗い通路を慎重に進んで行く。
「こうも暗いと不安になるわねぇ……」
「明かり、つけますか?」
「んー、私の炎はちょっと空気とか怖いのよね。サクラ、あんたは何かできない?」
「私は無理……ポキなら光魔法が使えるけど」
「こう狭いと出せないわよね。入る前に出しといてもらえば良かった」
「ま、進んで行けば入れるってことだし、とりあえず進めばいいだろ。な、あー、ベリィさん、だよな?」
「ええ。それと、ベリィ、で構いません」
「了解、ベリィ」
言っているうちに、前に出していた俺の手が壁にぶつかった。
土の感触、左右にも道はない、となると、
「ここが突き当りか」
「であれば、頭上に触れることで起動する魔法陣が仕込まれているので、そちらに手を」
「あいよ」
言われた通り、上の方に手を伸ばす。
すると、すぐに手が天井に触れ、何かしらの魔法陣が頭上に広がった。
藍色のそれが一瞬光ったかと思うと、
「っ、サクラ、ザクロとベリィを!」
「オウガイ! キヌ!」
サクラの呼びかけに応え、彼女の陰から2つの影が飛び出る。
片方は漆黒の巨大な鎧であるオウガイ。
もう片方は、真っ黒な着物に血のように赤い帯が特徴的な和風の女性型人形、キヌだ。
オウガイはザクロとサクラを、そしてキヌはベリィを守るように頭上を見据える。
俺はハンナを守るべく抱き締め、その場に座り込む。
「ぐっ、くぅ……!」
直後、背中に走るいくつもの激痛、流れる血と、ハンナの悲鳴。
魔法陣が消えた瞬間、頭上から数えきれないぐらいの刃物や武器が降り注いでいた。
ナイフ、クナイ、短剣、短刀、ダガー、手斧、包丁やらカッターまである。
やりたい放題に降り注ぐ、いくつもの刃の雨。
1つ1つが1級品の、恐ろしいまでの切れ味と強度だ。
体を貫かれなかったのが幸いだが、それでも確実に俺じゃなきゃ死んでる。
血で霞む視界の向こう、オウガイの大きな体で守られるサクラたちと、キヌの術式で守られるベリィの姿が見えた。
あっちは見事に無事なようだ、良かった。
「うっわぁごめーん! そっちから来たかー! そこはまだトラップ外してなかったんだよぉー!」
そして聞こえてくる元気な声。
「タンポポ、俺たちが来るって分かってる時点でトラップ系は全部解除しろよな!」
「ごめんってー! 外に続く扉の方見て回ってたんだよー!」
平謝りをしながら姿を現した少女、タンポポは、かつてと変わらない小さな体を必死に動かしながら俺たちの方にやって来ていた。
どうやらここはエントランスホールのような場所らしい。
いつの間にやら地下にいた俺たちの体は絨毯の上にある。
魔法陣でそのまま階層を移動したみたいだ。
で、このトラップはその魔法陣に触れたら発動する、ってところか。
「まあでもほら、見た感じ負傷者はユウキだけみたいだし! 大丈夫そう!」
「大丈夫じゃありません!」
「まったくだ」
ハンナの治癒を受けながら、俺は背中に突き刺さったナイフを抜いた。
「相変わらず微妙なところで詰めが甘いなお前」
「いやぁ、昔ならヒイラギが指摘してくれたんだけどねぇ、やっぱ1人で昔みたいにしようとすんのはダメだね、反省反省」
たはは、と笑う彼女。
オレンジの髪、そばかすと幼さが残る顔立ち、そして小さな体躯と痩せっぽちな体型。
幼い子供によく似ているが、彼女は立派な成人女性だ。
いわゆる小人族、というタイプの人種である彼女は、俺たちの大事な元パーティメンバー、信頼できる仲間だった。
「ともかく、来てくれて嬉しいよ、ユウキ、ハンナ、ザクロ、それにサクラも!」
無邪気に笑う彼女に、俺たちは顔を見合わせ、呆れてため息をついた。
「元気そうで何よりよ、タンポポ」
「はい、いつも通りの笑顔で良かったです!」
「久しぶり!」
「手酷い歓迎どーも」
各々が返す中、ベリィだけが静かにタンポポの前に傅いた。
「タンポポ様、こちら、お返しします」
「ん、ああ、持ってていいよ。そのうちまた使うかもだし、別に用意できるし」
「……そのようなものですか」
「そのようなものです。ベリィには今後もいろいろ手伝ってもらいたいしね。さぁて、それじゃあ皆、今回の主役のとこに行こうか」
「主役? って、ああ、そうか、魔王」
そもそもここにどうして来たのか、俺はすっかり忘れていた。
いやまあ、地雷に刃物の雨だったのだ、もうタンポポばかりが印象に残るのは仕方ないことだろう。
「サクラに手紙出させたのは正解だったね、案の定ユウキたちも連れてきてくれた」
「こうなる、って分かってたんですか?」
「ザクロまで来てくれるとは思ってなかったけどねー。ま、何にしての戦力が増えるのは助かる限りさ」
彼女に連れられて向かった先、暖炉の燃える個室で、
「お待たせー、助っ人連れてきたよー!」
「ほ、本当ですか!?」
1人の少年が俺たちの到着を待ち望んでいた。
その少年は、不思議な出で立ちをしていた。
見たところまだ10歳前後、甘く見ても13歳ぐらいの外見だ。
エルフの特徴である長い耳を持ち、それでいて肌のあちこちに見受けられる金色の鱗と、爬虫類のような深い藍色の瞳孔。
背中には不釣り合いに巨大で立派なこれまた金色の羽。
首輪のように吊るしているのは、よくよく見れば王冠だ。
サイズが合わず、あのような形にしているのだろう。
小柄なその少年は、体に不釣り合いな鎧を着込み、不安そうな顔でこちらを見つめていた。
「サクラ、紹介するね。彼が君に手紙を出した魔王、ラゴくんだよ」
「……」
タンポポに促され、サクラは1歩前に出る。
サクラはもじもじと手を後ろに回して組み、何度か目を逸らしながら恥ずかしそうにラゴの顔を見てから、小さな声で「サクラ、だよ」と言った。
見るからに人見知りを発揮しまくっているが、これでもだいぶ良くなった方、だと思う。
俺が初見の時なんて、顔も見ず話もせず、問答無用で人形たちをけしかけてきたのだから、まだコミュニケーションを取ろうとしている分、成長している。
そんなサクラを見て、ラゴ少年はというと、
「な、なな、な……!」
口をあんぐりと開けて固まっていた。
プルプルと震える彼の口から、絞り出すような声が漏れる。
「助けてくれそうな魔王の知り合いがいる、と言うから手紙を書いたのに、こんな、かわ、かわわ、いい、女の子だなんて……! タンポポさん、何考えてるんですか!」
「へ? いやいや、言ったじゃん、クソ強い魔王の知り合いがいる、って。なんなら僕の元パーティメンバーも釣れるかもって。言った通りになったんだよ? もっと喜びなって」
「そうやってまた僕を騙すつもりですね! この子が魔王だなんて、信じられません! 魔王っていうのは、もっと強大で恐ろしくて強くてすごくて怖くて圧倒的で強いんです!」
「おーう、その辺にしとけー、少年。これ以上言うとサクラ怒っちゃうぞー」
実際、タンポポの言う通り、サクラは少し俯いて不満そうな視線をラゴに向けていた。
後ろに組んでいた両手もいつの間にか前に出し、スカートをぎゅっと掴んでいる。
「だって、こんな、僕より小っちゃいんですよ! こんな可憐な子を巻き込むなんて、僕、嫌です!」
「んだとぉー! 僕は可憐じゃないとー!?」
「容赦なく僕の家に殺人トラップを仕掛けまくる人と可憐って言葉は噛み合いません!」
「いい度胸だなぁ少年! 明日の特訓メニューを楽しみにしとけよぉー!」
「ヒィッ! い、いえ、それでも! 嫌なものは嫌です!」
ラゴはタンポポの怒りの込められた目から逃れるように視線をサクラへと向け、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、サクラに申し訳なさげに言った。
「ご、ごめんね? 君がこんな、その、か、かか、可愛らしい女の子、だなんて知らなくて……君を僕の問題に巻き込むのは、できれば避けたい。呼んでおいてなんだけど、その――」
「ポキ」
静かに告げた彼女の声に応え、影から人形が現れた。
サクラと瓜二つの姿、しかしサクラから色だけが抜け落ちたような姿をしたポキは、彼女の操る最強の人形。
「そいつに『私』を教えてあげて」
「うん、サクラ」
ポキは静かに頷くと、目にも止まらない速度でラゴを中空に吊るし上げてしまった。
いくつもの目に見えない糸が、彼を雁字搦めに縛り上げている。
それらが繋がっているであろう右手を適当にポキが動かす度、哀れなラゴ少年の体はどこかしらが締まったり、捻られたりしていた。
悲鳴をあげようとする彼だが、残念ながら口も封じられているせいでくぐもった声が漏れ出るだけだ。
「サクラ、どこまで千切る? 羽とかパーツに良さそうだけど」
「鱗も悪くないかも。目も綺麗」
「確かに」
もはや目の前の相手をただの獲物としか捉えていない彼女に、俺は少しの恐怖を覚えながら言う。
「サクラ、そこまでだ」
「……ユウキはすっこんでて」
「そうはいかない。もう十分サクラのすごさは教えられただろ? 彼だって反省したさ。だから仲直りしよう。あー、ラゴくん、だったな。謝れるよな?」
俺が訊ねると、すっかり血の気の引いた彼は、小刻みに首を縦に振っていた。
もっと大きく頷きたいのだろうけど、あれしか動けないのか。どんだけキツく縛ったんだ、サクラのやつ。
「ほら、彼もああ言ってる。な?」
「……」
渋々、といった様子でサクラはポキに視線を送った。
ポキもまた、ため息を1つ吐き、仕方ない、といった具合に糸を外す。
すると、いきなり自由にされたラゴはそのまま見事に床に落ち、伸びてしまった。
そんな彼を、サクラは絶望的に冷めた目で見ている。
「……あー、まあ、うん。とりあえず、彼が起きるのを待とっか」
タンポポの声に、ハンナとザクロも「そうですね!」「お茶とか用意しましょ!」と慌てて同意している。
ベリィはベリィで頭を抱えているし、俺も同じく頭を抱えている。
手紙から始まった魔王同士の邂逅は、あまりにも前途多難なものとなってしまっていた。




