俺の嫁はエルフ受けが悪い【88】
「試作品、ねぇ」
ふーむ、と考え込みながらタンポポはてくてく歩いて行くと、ラコを縛っていたロープを解き始めた。
「試しに作った存在が下剋上、みたいなのは定番だとは思うけど、いやはや、あんなヤバそうなの作ったの? マジ?」
「おい」
「まあ、あんな力があったらあれぐらいはできるかもしれんけど……にしたって異様な存在というか、異質というか、うーん、なんて言ったらいいんだろうね、あの不気味さ」
「お前、おいって」
「ああ、不気味さ、か。なるほどね、不気味の谷かぁ、あれ。ユウキ、知ってる?」
「あー、なんだったか、ロボットを人間に寄せてくと、寄せてく中でどっかで不気味に感じちゃう、みたいなやつだっけか?」
「そうそう、それ。僕も詳しいわけじゃないけど、たぶんあの子に感じた不気味さってのはそれに近いものが原因なんだろうね。もちろんそれが全部じゃないとも思うけど」
よし解けた、とタンポポは自分で縛った相手の縄を解いてしまった。
その直後、彼女の小さな体がぐいっと持ち上げられる。
「……これは、どういうつもりだ」
低く問いかけるのは、自由を手にしたラコ。
タンポポの胸倉を掴み、睨む姿からは怒りと、困惑が感じられた。
そりゃ無理もない。
今まで尋問のようなことをしていた相手が、いきなりあっさりと拘束を解いてきたりしたんだから。
彼女のような好戦的なタイプからすれば、タンポポの行動は侮辱的なものだと捉えられてもおかしくない。
もっとも、タンポポにそんな意図がないのはラコと元国民以外は全員が分かっていた。
「どうも何も、要件は済んだし、無意味に人を拘束する趣味もないからねぇ。協力してくれるって話だったしさ」
「てめぇ……!」
「君からしたら、軽んじられてるみたいで嫌かもしれないけどさ」
宙ぶらりんになっているというのに、タンポポは余裕の表情だ。
それが余計にラコを苛立たせているのだろうが、それでもあいつの調子は変わらない。
どうあれマイペースというか、自分の調子で物事を進めるのがタンポポという女だ。
それは誰かに巻き込まれた場合でも、誰かに苦労を背負わされた場合でも、誰かの怒りを買っていたとしても、変わらない。
「この場でね、君より弱いのは周りのモブちゃんたちぐらいなもんだよ。僕含めて」
「っ、んな、の……」
淡々と告げられるその言葉に、当然反発しようとするものの、ラコの言葉は勢いを失っていった。
無理もない。
実際問題として、俺と正面から殴り合いをするのだとしてもいいとこ五部って感じじゃないだろうか。
俺は自分で言うのもなんだが、対処法をきちんと分かってない限り延々と戦わされることになるから大変だろうし。
リアルにゾンビアタックができるのと戦うの、肉弾戦が基本のやつには厳しいと思う。
で、ヒイラギ、ザクロ、サクラ、ルジオに関してはまあ論外だろう。
タンポポにもぶっちゃけ勝ち目はないと思う。
今この状態で殴り掛かったとしても、ポーチから出した何らかのアイテムで危機を脱されて、そこからは銃弾の雨あられだ。
そしてハンナは、たぶん争いにすらならない。
愛する俺のお嫁さんは、とても平和主義で戦いを好まないし、たぶん戦闘になりそうだったらそれを回避すべく手を尽くす。
もっとも、やむを得ず戦うとなっても、ハンナの方が強いだろう……俺より強いし。
何より、こんな俺にだって分かるようなことを、見るからに戦闘ができますよ、って風貌の彼女が分からないわけがない。
「ま、そう気を落とすことないよ。ここにいるのはチート持ちの転生者と、魔王と魔龍だからねぇ。普通は勝てないもんさ」
だいぶ意気消沈している相手に言うことではないと思う。
「おいタンポポ、それぐらいに――」
「……分かってんだよ、アタシだって!」
さすがに止めに入るか、と手を伸ばしかけた俺の前で、ラコの拳が振り上げられた。
そしてそれが振り下ろされる直前、どういうわけかタンポポは俺の方を見ていた。
何もするなとでも言いたげな彼女の横っ面に、ラコの拳がクリーンヒットする。
「アタシは! それでもあいつのことが大事で! あいつの敵のお前らが許せないし殺してやりてぇんだ! お前らからすればカスみたいな作りもんかもしれねぇけど、それでも……!」
いつの間にか、ラコの瞳には涙が滲んでいた。
そんな彼女を、タンポポは静かに見ている。
相変わらず胸倉は掴まれたままだし、顔には痛々しい殴打痕、そして口の中が切れたのか、口元からは血が零れ落ちていた。
「で?」
首を傾げ、タンポポはそれまで以上に淡々と続ける。
「そう思った君は、僕を殴ればご主人様が帰ってくると思ってるわけ?」
「っ、んなわけないだろうが! こんなのは……ただの、八つ当たりでしかねぇ……」
言いながら、ラコは膝を着いて頽れた。
同時に着地したタンポポは、蹲って震えるラコを見て、サクラに目配せする。
サクラはただ黙って、小さく頷いて見せた。
「うんうん、よろしい。そこまで分かってるのも、そんだけ感情を出せるのも、君にしっかりとした自我と魂があるからってことだ。いやむしろ、今だから目覚めたって感じかな? どうあれ、もしかしたら彼の成功例は君ぐらいなもんだったのかもねぇ」
いつもの調子に戻ったタンポポは、そう言って屈むと、優しくラコの頭に手を乗せた。
「君は、僕と一緒においで。彼を助けたいんだろ? だったら自分より強くて目的が同じ連中に頼るなり、そいつらを利用するなりしたらいい。そうじゃない?」
優しい手つきで頭を撫でてくるタンポポに、ラコは少し驚いた様子で顔を上げ、そしてすぐにその手を振り払った。
「やめろ!」
「あはは、これは嫌だったかー」
笑うタンポポはラコから離れ、椅子に戻った。
そして、俺たちの方を見回して改めて言った。
「そういうわけだけど、いいよね?」
「事後承諾すんな。まあいいけど」
先んじて言った俺と同じく、各々がタンポポの決定を肯定していく。
そして最後に、タンポポは改めて言った。
「んじゃまあ、ここからは、今後の話をしようか、ラコ」
「……おう」
ぐい、と目元を拭った彼女も、立ち上がって頷きを返す。
その顔は、誰が見ても今を生きる、魂を持った人間のものに見えた。




