俺の嫁はエルフ受けが悪い【85】
「こーなりましたかー」
間延びした声をあげながら、彼女は眼下に広がる光景を見つめていた。
すでに戦局は大きく傾き、戦いは終わりを告げようとしている。
なんなら、そもそもでこれは戦いですらなかったのかもしれない。
この国にいる戦える者たちは誰もがそれなりの実力を持っていたものの、この場に攻め入ってきた誰1人を相手にしたとしても、大して変わらない結果が待っていたことだろう。
それほどまでに、両者の戦力には圧倒的な差が存在していた。
いくつかの破壊によって、あちこちの景色は様変わりしている。
その中で、魂レベルで変質した国民たちや、存在そのものを書き換えられてしまった者たちがいた。
滅びゆく国家、かつての故郷、とでも呼ぶべき場所。
「うーん、困りましたねー」
全く困った様子もなしに、彼女は呟いた。
テクスチャのように張り付いた、笑顔の表記以外が不可能となったかのような顔で、彼女は考える。
どうしようか、と。
「とりあえずー、予定通りにいきましょーかー」
翼を翻し、目的のために彼女は動き出す。
本来あるべき姿、あろうとした姿がすっかりなくなろうしている、かつて国を作ろうとしていた大地に、彼女は降り立とうとしていた。
◆◆◆
「さて、とりあえず連れて帰るかぁ」
「やはり村に住まわせるのでござるか?」
「まあ、それがいいんじゃねぇかと思う。村長に指導してもらえば、少しずつでもまっとうになってくだろ、たぶん」
とりあえず気絶させてふん縛ったわけだが、このまま担いで帰るのは中々億劫だ。
タンポポに頼んで運ぶ用の車みたいなもんでも作ってもらうか、ザクロに言ってとっととテレポートさせてもらうか、どっちが早いだろうか?
せっかくそれなりに遠出してきたわけだし、ハンナとちょっとデートしてから帰るってのも悪くないような気が――
「っ、ユウキ!」
抜けていた気が、一気に張り詰め直す。
咄嗟に横っ飛びにかわした俺のいた辺りに、ヒイラギの剣が容赦なく振るわれた。
大地を割るような一撃が振るわれ、土煙が巻き起こる。
何かが、来た。
そう言う他なかったが、この嫌な感じを俺は知っている。
「ヒイラギ、構えとけ」
「何が来たのか、分かっているのか?」
「分かってる、ってほどでもねぇけどな……」
お互いに警戒を強めていると、土煙の向こうから、女がゆっくりと姿を現した。
「もー、酷いじゃないですかー」
平坦な声と、ゆったりとした足取り。
まるで散歩でもしているかのような雰囲気で現れた彼女だったが、以前身に着けていた白い衣服は今、真っ赤な血に塗れていた。
ヒイラギは強い。
それは、咄嗟に現れた正体不明の化け物に対して、間違いなく致命クラスの斬撃を浴びせられている現状からも、間違いない。
だが、この世には、強さだけでは倒せない存在ってやつがいる。
例えば俺がそうだったり、この女がそうだったり、だ。
「あなたたちはこうやって、会ったらまず攻撃するのがご挨拶なんですかー?」
「……オモト、だったか。何しに来た?」
見ているだけで、生物としての根源的な恐怖が湧き上がる。
あまりにもおぞましいとしか形容できない、その有様。
傷口を見るに、すっかり両断されていたであろう彼女の肉体は、現在進行形で少しずつ繋がり合っているように見える。
生命の理屈をすっかり無視した肉体に、張り付けたような笑みを浮かべ続けている彼女。
いつぞや出会った、化け物を作り出していたオモトという天使のような姿の女は、相変わらずその顔に美し過ぎる笑みを浮かべていた。
「あらー、お名前、憶えていてくだったんですねー」
言葉だけなら嬉しそうなもんだが、そのトーンも表情も、何一つとして変わることはない。
身振り手振りで喜んでいる様子を表現しているようにも見えるが、それでも血塗れの衣服や張り付いた笑顔のせいで、とてもまともな生き物と対峙しているようには感じられない。
「お久しぶりですー、ユウキさんー」
「……知り合いか?」
警戒は解かないまま、ヒイラギが訪ねてきた。
肯定も否定もしづらいところだが、どうしたものか。
「いやー、まさかユウキさんまでここに来てるとは思いませんでしたー」
そう言ってオモトは、すっかり瓦礫の山と化したジンジの城を見ていた。
「しかもー、私より先にこうしてくれるとはー」
間延びした物言いと、平坦な声音が、相変わらず不気味なやつだ。
しかしそれ以上に、口にした不穏な言葉が気になった。
「お前より先に?」
「はいー」
頷いたと思ったその時には、彼女の姿が消えていた。
何が、と反応するよりも早く、彼女の声が背後から聞こえる。
「私もー、ここに来るつもりだったんですー。それでー、ご主人様をもらおうと思ってましてー」
慌てて振り返ると、いつの間にか彼女はジンジをお姫様抱っこして佇んでいた。
「あ、元、ご主人様ですねー。それにー、国をこんなにするつもりもなかったですしー」
「お前、そいつを――」
俺が声をかけるより早く、ヒイラギが動いていた。
一気に距離を詰め、剣を振るう。
目にも止まらない速度のそれは、当然オモトを再び両断するかに思われたが、
「元ご主人様はー、必要なんですよー」
その刃は軽く動かされた彼女の羽に阻まれていた。
「私の夢のためにー、協力してもらうんですー」
そう言って笑うと、彼女はゆっくりと羽ばたいて、宙に浮かび始めた。
「ユウキさんー、ホントならもっとお話ししたいところなんですけどー、今日のところはまた今度ということでー」
そして、彼女はあっという間に姿を消してしまった。
後に残された俺たちは、ただ呆然と、その場に立ち尽くすことしかできないのだった。
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来週からはまた土曜日19時更新になります。




