俺の嫁はエルフ受けが悪い【80】
「あ゛……あ゛……ああああああっ!!!!!」
目の前に現れた化け物が、叫び声をあげながら触手をこちらに差し向けてきた。
急速に伸びて向かってくるそれらを、俺は逆に引っ掴む。
「ジンジぃ!」
「ひぃっ!?」
怒りの目を向けると、ジンジは悲鳴と共に化け物の影に隠れてしまった。
どこまでも腑抜けた野郎だ……と、呆れている場合ではない。
「まずはあんたからだな」
先ほどから、掴んでいる触手は尋常じゃない力で抵抗してきているが、そこは俺も強化を受けた状態、これぐらいなら全然対抗して掴み続けられる。
だが、このまま単純に戦うってのもどうだろうか。
相手はすっかり姿を変えられてしまったとはいえ、あのセリってダークエルフなんだ。
作られた命だからって雑に扱うべきじゃないとは思うが、だからって手加減をするのも何か違う。
理性はしっかりなくしているし、一度落ち着いてもらう必要はある、が、なぁ。
「さて、どうしたもんか」
目の前で変化させられる姿を見ちまった以上、同情的な気持ちになってしまうのは仕方がないと思うんだ。
だからって、このままやられてやるつもりもないが。
「んー、こういうのを治せるとしたら、まあ、タンポポ、か?」
「う゛、あ゛、あ゛、あ゛……!」
暴れる触手がさらに1つ、2つ、と俺目掛けて振り下ろされる。
腕のようになっていた触手が解け、その先端がいくつもいくつも、まるで槍のように尖ったかと思うと、雨のように降り注いできた。
「少しだけ落ち着いてもらうしかねぇか!」
それを、俺は避けない。
数多の刺突が体を穿ち、あちこちに穴が開いたがそんなもんはすぐに再生していくのでもはや無視だ。
痛いのは当然だがそんなもんも気にするぐらいならこんな戦い方は選んでいられない。
俺は掴んだままの触手の1本を思い切り背負い投げた。
柔らかな触手はしっかりとした弾性を持って引き延ばされたが、そのまま俺の力を受けて宙を舞い、化け物の体は地面へと叩き込まれた。
「あ゛……あ゛……」
少し離れた場所で、セリだったものはぐったりと伸びている。
あれがどれぐらい続くかは分からんが、とりあえず良し。
次、と思った俺のところに、今度は骨で出来た腕が頭上から降ってきた。
「うぉっ!」
地面にめり込まされた右手での主は、頭上にいた巨大なあいつだ。
てっきりザクロたちによってすでに倒されているもんだと思っていたが、どうやらまだタフに生き残って――るとは言い難い姿が目に入った。
「最後っ屁で俺を狙うこたねぇだろ……」
体を起こしながら、足に刺さった瓦礫の破片を抜く。
頭上の怪物はほとんどの腕と足を切り落とされ、もはや中心の肉塊を支えているのは2本の腕であり、他は俺を襲った骨の腕ぐらいなものだった。
そうこうしている間にも、怪物を取り囲むように炎の槍がいくつも出現した。
ああ、あれで貫かれたらもう終わりだろうな、なんてことを思っていた直後、
「待て、ザクロ!」
珍しいヒイラギの大きな声と共に、槍がかき消された。
おいおい何が起こってるんだ、と思っている間に、残った腕が解体されて、そのまま落ちて行く中心の肉塊。
不気味な声と共に落ちていくそれも、あっという間にバラバラになっていく。
だが、ある程度小さくなったところで、不意にヒイラギが残った肉塊を抱き留めて俺の方に視線を向けてきた。
何かしらのメッセージ、なんだろうが、うーむ、どうせ何かまた大変なことを抱え込むつもりなんだろうな。
後でフォローしてくれ、ってことなんだと思うが、こっちもそれどころではないんだよな、とは言い難い。
とりあえず頷きを返してやると、ヒイラギもまた頷き返してきて、そのままどこかへと消えて行った。
あいつには後で話を聞くとして、とりあえず、俺は俺のやるべきことを成そう。
「さて……」
あっという間に無力化されていくジンジの作り出した化け物たちに、彼はすっかり放心しているようだった。
このまま、ぶん殴って1度しっかりしめてからお説教タイムとするべきか、このまま滾々とつめていく方が良いのか、と考える。
本来であれば、適当にふんじばってそのままある程度言いくるめるなり説得なりしておしまい、のつもりだったが、そんなもんじゃ足りないとはっきり分かった。
だが、うーむ、何から言えばいいものか?
自分で生み出した存在に対する非道を怒るべきか、はたまた、自分の身を守るために女の子を盾にするような行いをしたこいつを許せないって話をすべきか、なんなら自分を慕ってくれている相手に対してやることが身代わりのように差し出すことなのか、とかだろうか?
いくつも言うべきことは思いつくし、言いたいことも浮かんでくるものの、どこから語ろう、ってのはちょっと量が多過ぎて決められん。
やっぱり、とりあえずぶん殴ってこいつを止めて、他の面々と合流してから考えるとしよう。
俺1人じゃあこいつを徹底的に殴り倒してしまいそうだし。
そうと決まれば、と俺がジンジに向かって手を伸ばそうとしたその時、
「させるかよ」
どこからともなく、もう1人女性が出てきた。
虎の耳と尻尾が見受けられる彼女は、俺の腕を掴んだまま、こちらをじっと睨みつけていた。
「悪いが、止めないでくれるか? 別に殺したりはしないからよ」
「……それができるんなら、アタシだってこんなことしてねぇんだ」
ぎり、と歯噛みしながら俺の腕を掴む彼女の表情は怒りと苦悶に満ちていたが、それでも掴まれている部分から力が弱まる気配はない。
……うん、ジンジに対して言ってやらなきゃいけないことが増えたな。
彼女らの根底に根付かせているもの――最悪なまでの保身に走ったシステムは、自分のための人間として生み出したとしても、命を生み出す存在がつけたりしていいもんじゃねぇ。
人の命を、意志を、なんだと思ってやがる。
「はぁ……分かった」
言っているうちに、俺は彼女の腕を掴み返し、後方に向かって思いっきりぶん投げた。
全力で投げたので壁にぶつかったりしたら大ダメージは確実だろうが、仕方ない。
「お、お前ぇぇぇぇ!!!」
「やっぱりやりやがったなぁ、てめぇ!!」
案の定、目の前に突き付けられたのはジンジがいつの間にか描いていた化け物の絵だった。
絵から漏れ出るように溢れてきた腐りかけの無数の手が、俺の体のあちこちを掴む。
もう一踏ん張りが必要そうだ、とため息をつき、俺はジンジを睨む。
「そろそろ理解しろよ……てめぇじゃ俺らには逆立ちしたってかなわないってことをよ!」




