俺の嫁はエルフ受けが悪い【8】
「しっかし、戻ってきたばっかですぐ出かけことになるとはなぁ」
「まあまあ、全部終わったらゆっくりしましょうよ」
「私に関しては予定外の遠征だらけなんですけど?」
ひとまず家を出て、俺たちは手紙を寄越した魔王の住む土地を目指すことにした。
と言っても、ザクロに転移させてもらうだけである。
そんな彼女は魔法の準備をしながら、注意事項を説明してくれた。
「さっきも言ったけど、近くには転移させられるけど、この魔王がいる城まで直で、ってのは無理だからね。あと、目立たないようにするのも無理。どこに人目があるのかまでは私の保証外だから、そこんとこよろしく」
「あの山超えての転移ができるお前の魔法に、文句言えるやつがいたら見てみたいぐらいだよ」
俺が指さした先には、巨大な岩の塊にも見える山がそびえ立っていた。
この村の東に存在する岩山は、木々もなく、生命を拒絶する山として人々の間では恐れられている。
その上、周辺には魔王が居城を構え、山を越えた先には魔物の国がいくつも存在しているというのだから、人間にはそりゃあ恐ろしい場所だろう。
麓にあるここらも当然、本来であれば人が寄りつかない土地である。
今では俺らの村と、サクラの居城と、あの山、3つが組み合わさって、いよいよ境界線としての機能が強すぎるぐらいになっている。
とはいえ、俺らもサクラも、そんなつもりは全然ないのだが。
「私も何かした方がいい?」
そう言って服の裾を引くサクラに、ハンナはにっこりと笑って答えた。
「そうですねぇ、サクラちゃんは、まずはお相手の魔王さんと会った時、どんなお話をするのか考えないとですかね」
「わ、私が話すの?」
「サクラちゃん宛ての助けてください、ってお手紙でしたからね。サクラちゃんが、魔王の1人として対応する必要があると思います。でも、大丈夫ですよ。私たちも協力しますからね」
「……うん、頑張る」
「はい、一緒に頑張りましょうね!」
ハンナに優しく頭を撫でられ、サクラは嬉しそうに目を細めていた。
最初はハンナともあまり仲良くしてくれなかったサクラだったが、10年の間に随分と懐いたものだ。
出会った当初のサクラは、もっとよそよそしく、無口だったし、自分から会いに来てくれることもなかった。
本当の意味で俺たちが仲良くなれたのは、この村に住み始めてからしばらくしてのことだ。
基本的に城から出てこない彼女が、こうして人を頼って尋ねてくる、だなんて、10年前に他の魔王に教えたら信じてもらえないと思う。
それぐらいに、彼女は確実に変化していたし、元来の拒絶的な彼女は他の魔王から恐れられていた。
俺は、良い成長、良い変化だと思う。
だからこそ、こうやって手紙だって届いたわけだし。
「ああそうだ、サクラ」
「? 何?」
「ザクロが魔法の用意してる間に村長のとこ行っとくぞ」
「なんで?」
「お前が来て、暴れて、村長たちが警戒してる中で俺たちが一緒に消えたらいよいよ何始めるか分からんからな、あの人。念のため説明をしてから行こう」
先に行かせたマサギが丸く収めてくれているのなら話が早いのだが、それはそれとして、問題を起こしてしまった以上、筋を通すならサクラが出向く必要はある。
「村長だってサクラのことを知らないわけじゃないから、そんな問題視もされてないんだろうけど、念のためな」
「それなら、行かなくてもいいんじゃないの?」
見るからに嫌そうなサクラを見て、俺は少し考える。
こういう時、なんと言ってあげたら良いものか。
「これはさ、サクラのためでもあるんだよ」
「私のため?」
頷いて、俺はサクラに笑いかける。
「村長に、サクラがちゃんと話せば分かるやつだって理解してもらうんだよ。そうすれば、サクラだってここに遊びに来やすくなるだろ?」
「別に、遊びに来たくは……」
唇を尖らせる彼女だったが、俺とハンナの顔を交互に見てから、小さくため息をつく。
「ユウキがそんなに私に遊びに来てほしいってことなら、分かった」
「よし、んじゃ行こう」
そう言って俺が手を出すと、サクラは素直に俺の手を取ってくれた。
同時に、彼女は逆側でハンナの手も握る。
一瞬、驚いた様子のハンナだったが、すぐに満面の笑みを浮かべてサクラの手を握り返していた。
本当に、よく懐いたもんだ。
案外、この姿を見てもらうのが1番手っ取り早いような気もする。
「ねえ、いつまでもそうしてないでとっとと行ってきてくれない? もうできるわよ?」
手を繋ぎ合った俺たちに、魔法陣を構築していたザクロが鋭い声で言ってきた。
妙に機嫌が悪い彼女を見て、サクラが返す。
「ザクロとも、帰ってきたら繋いであげるね」
「べ、別に仲間外れで寂しいとか思ってないわよ! ほら、行った行った!」
「うん、ちょっと行ってくるね」
クスクスと笑うサクラに手を引かれて、俺たちは歩き出す。
この愛らしい少女が、あらゆる人々に恐れられていた――今も本当の実力を知る者たちからは変わらず恐れられているなどと、誰が信じるだろうか。
しばらく並んで歩いて行くと、
「ですから! 仕方のないことだったのです!」
「そんな言い分が通るかってんだい! 反省しな!」
「ああっ、無体な! 村長殿!」
「黙ってキビキビ働きな!」
視界の先、どういうわけかたくさんの薪をひたすら割り続けるマサギと、その横で怒鳴り声を上げる村長の姿があった。
「……私、あれに話しかけるの?」
サクラが不安そうにこちらを見てくる。
うーむ、俺も話しかけたくない。
「村長さーん!」
しかし、そんな俺たちの想いも虚しく、我が嫁はなぜか楽しそうに手を振り、ずんずん進んで行くのだった。
手を繋いでいる俺たちは当然、彼女に連れられ一緒に進むこととなる。
「こんにちは!」
「ああ、ハンナ。それと……」
俺とサクラに向けて、じっとりとした視線が向けられる。
2人揃って目を逸らすと、村長は意外にもにこやかに笑って見せた。
「急にあんな手紙を出して悪かったね。何しろ、魔王様があろうことか村の中で暴れ始めるもんだから諫めてほしくてさ」
「そんなにすごかったんですか?」
「いや? 最初は平和なもんだったよ? そこの脳みそまで筋肉みっちみちの馬鹿ウサギが煽るようなことを言い出すまではね?」
村長が怒りを込めて指さす先、マサギはビクッと体を震わせていた。
なるほど?
「魔王様からしてみれば、あんたらの家に行ったら急に知らないやつが出てきて、しかも自分の方が大切にされてる、とかほざくもんだから、そりゃあ喧嘩にだってなるもんさ。ま、ウサギからしても急に来て自分より古参の仲間だ、なんて言われて腹が立ったんだろうけどさ。どっちにしても、村の中で暴れ始めたのは許されないことだよ。アタシの村では誰であってもね。とはいえ、片やペット、片や外に住んでる子供のやったことだ。責任は監督不行き届きな保護者にある、ってもんだろ?」
「確かに、それはそうですね……すみません、私たちの家族がご迷惑を……」
「いやぁ、ハンナはいいんだよ。その魔王様も、あのウサギも、勝手に仲間にしたのは旦那の方だろ? だったらあんたが気にするようなことはないよ」
「そんな、私にだって責任はあります! お2人が許してもらえるなら、私、なんだってしますから!」
「いやいや、ハンナはこんなやつらを抱えて立派にやってるんだ。こういう時ぐらい、むしろ迷惑かけられて大変だ、って顔してりゃいいんだよ」
「そういうわけにはいきません! それに、迷惑だなんて思ってませんから! 助け合える時は助け合いたいです、私!」
必死な様子で訴えかけるハンナを見て、胸が痛んだ。
なるほど、これが俺への罰ってわけか。
村長に目をやれば、ハンナと話しながらも彼女は俺を見ていた。
目が「どうするんだい?」と問いかけている。
……なるほど、理解した。
手紙にあった『すぐに帰ってきておくれ』というのは、『お前が保護者なんだからこの2人をなんとかしに早く帰って来い』ということだったわけだ。
にも関わらず、俺は帰ってきたマサギに村長への対応を任せてしまったわけで。
「村長、いいですか」
「なんだい?」
「あー、その、今回は全面的に俺が悪かったです。だから――」
「今回〝は〟?」
怒気を含んだ声が響いた。
ザクロやお義母さんの怒った姿も怖かったが、ぶっちぎりでこの人が1番怖い。
村長としてこの村を纏めているだけはある……などと思っている場合ではい。
「今回も、俺が悪かったです。家族がご迷惑をおかけしました。以後気を付けます」
「はぁ……ったく、次から次へと問題ばっか持ち込んできて。そりゃ確かにアンタはすごいやつだよ? 魔王を倒して、転生者としての役割を全うしたこの村じゃ珍しいやり切った男だ。でもね、いくらすごかろうが問題を起こしたら反省してもらう必要がある。いつも言ってるけどね、この村は平和に、平凡に、隠居生活をのんびり楽しむやつらのための場所なんだよ。そこに次々問題を持ち込まれちゃたまったもんじゃない。追い出すような真似はしないけどさ、もう少し考えてくれよ、ユウキ」
「……俺も、そういう隠居生活のためにここに住むの決めたつもりだったんですけどね」
「あ゛ぁん?」
「すみません」
「ったく……分かりゃいいよ。で? どうせ謝りに来ただけ、ってわけじゃないだろう? 今度は何したんだい?」
もはや諦めた様子の村長だったが、俺はそんな村長が村を仕切ってくれていることに内心感謝していた。
こうやって、何があっても村長は村人を見捨てないし、問題ごと抱えようとしてくれる。
懐が深い、というよりは、1度村人として迎え入れた以上、絶対に助けようとしてくれるのだ。
俺たちみたいやつでも追い出さないでくれるのは、本当にありがたい限りだ。
「何かした、というよりはしに行くんで、その報告に来ました」
「そうかい。また数日開けるなら、あいつの世話ぐらいなら引き受けてやるよ?」
村長はそう言ってまだまだ薪割りを続けているマサギを顎で指した。
「いや、あいつは1人でも自分で飯とか用意できるので、別に大丈夫ですよ」
「じゃあアタシのとこに来たのは何でさ?」
「今回みたいに、急に手紙を出さなきゃいけないようなことがあったら今度は行き先を伝えておかないと困るかな、と思いまして」
「……どこに何しに行くんだい?」
「この子の手伝いで、別の魔王のところに行ってきます」
そう言ってサクラを見ると、彼女は意を決した様子で手紙を取り出した。
「これを、ユウキに手伝ってもらうの」
ざっと目を通し「なるほどねぇ」と村長は呆れ顔で俺を見た。
「アンタ、隠居生活ってどういうもんか知ってるかい?」
「いやぁ、俺としても、もっとスローライフ的な感じに生きたいんですけどね……」
「ま、事情は分かった。気を付けて行ってきな」
軽い口調でそう言うと、村長はようやく笑みを浮かべてくれた。
こういう、良い意味で緩いところもまた、村長の美点だと思う。
「はい。あ、マサギは好きに使ってやってください。だいたいあいつが悪いと思うので」
「もちろん」
俺たちのやり取りが聞こえたのか、マサギが「ユウキ殿ぉぉぉ!!!」と叫んでいた。
自業自得だ、反省しろ。
「あ、あの」
「ん? なんだい?」
俺たちの話が落ち着いたのを見計らって、おずおずと、サクラが村長に声をかけた。
彼女は少しの間、もじもじと視線を彷徨わせてから、
「騒がしくして、ごめんなさい」
と頭を下げた。
驚いている俺の手を、サクラの小さな手がギュッと握る。
少し震えているのは、きっと勇気を振り絞っているからだろう。
村長はそんなサクラの前で屈むと、彼女の顔を上げさせて優しい笑みを浮かべた。
「ちゃんと謝れて偉いね。今度からは、ユウキに用があってもここに来るならまず私のとこに来な。事情が分かってればアタシだって力になってやれるかもしれないし。いいね?」
そうして、優しく頭を撫でる村長に、サクラは小さく頷きを返すのだった。
「で、とりあえず許してもらえたのね」
「うん」
魔法陣の前、さっき言っていた通り手を繋いでいるザクロに、サクラは嬉しそうに村長とのやり取りを語っていた。
この調子で他の村人たちとも仲良くしてくれたらいいのだが、そっちはまだまだ時間がかかるだろう。
そもそもサクラが望まないなら、無理に交友関係を広げる必要もないわけだし。
それでも、いつか村に自然に溶け込むサクラの姿を見る日があったりするのだろうか?
「ユウキさん?」
「ん?」
「なんだか、嬉しそうですね」
目の前の2人と同じように、心から信頼できる相手に囲まれて村の中を歩くサクラの姿を想像して、俺の頬は自然と緩んでいた。
「そうだな、うん、未来に明るい想像ができるってのは、嬉しいもんだと思ってさ」
「ふふ、そうですね。素敵な未来はたくさん考えたいですね」
「うん」
笑い合う俺たちに、ザクロが声をかけてくる。
「そろそろ行きましょうか」
「おう、了解」
俺たちは4人で並び、ザクロが地面に書いた魔法陣の前に立った。
「ここに入れば転移できるけど、そうね、念には念を入れておきましょう」
「? ザクロ?」
「ユウキ、よろしく」
「は?」
俺が反応するより先に、ザクロの手が俺の背を押していた。
つんのめるようにして前に出た俺は魔法陣を踏み、あっという間に視界は光に包まれていった。
念には念を、と言っていたが、どういう意味だろうか?
やがて、光が晴れていくと同時、俺は、
「……マジか」
地面に置いてあったアイテムを踏み、何かしらのスイッチを押してしまったようだった。
カチッ、という機械的な音と共に、炸裂する強烈な爆発。
ちょうどアイテムの上にあった俺の右足は見事に吹き飛び、そのまま巻き上がった炎は俺の体全体を焼き焦がした。
ザクロの魔法よりはずっと威力が低いものの、それでも人を1人、命を1つ消し飛ばすには充分過ぎる威力だ。
同時に、感じる違和感。
ザクロの魔法は、転移先の様々な問題を解決するような組み上げ方をしている。
その中には、転移先に障害物がある場合、座標が重ならないように自動的にずらす、といったものも含まれるらしい。
だから、ザクロの転移では石の中に埋まったり、転移先の何かと合体してしまったり、といった事故が起こらないのだとか。
しかしこういった、地面に埋められている物を踏む、みたいなアクシデントはさすがに避けられない。
これが起こるとしたら、考えられる理由は2つ。
俺が飛ばされた場所が、そもそもそうやって不用意にやってきたやつを殺すための場所であるというのが1つ。いわゆるダンジョンのトラップ部屋とかがそうだ。
もう1つは、ザクロの使う魔法を知っていて、かつ、彼女が人を送りそうな場所まで把握している、ということ。
前者だった場合は最悪だし、後者だった場合はもっと最悪だ。
ある程度体が戻ったところで、脳内にザクロの声が響く。
『どう? 無事?』
「無事ではないな……地雷踏んだ」
『は? 地雷?』
「比喩じゃなくてマジもんの地雷だ。他にないか探るからちょっと待ってくれ」
『……マジ?』
困惑と、落胆とが混じり合ったザクロの声を聞いて、彼女が俺と同じような最悪を想定していると分かった。
そう、俺の想定する最悪の、特に後者が正解だった場合、今回サクラが持ち込んできたのは最悪中の最悪な問題と言える。
この世界に、基本的に地雷なんてものはない。
俺たち転生者が持ち込んだ文化はいくつもあるし、俺が部屋着にしているジャージのように、こちらで転生者が自ら作って広めたアイテムもたくさんあるが、俺たちにも一応、広める物の線引きがあった。
その中の1つが、兵器の運用、開発に関するもの。
元居た世界で得た知識を活かし、銃やら爆弾やらを作るのはいかがなものだろうか、という話が転生者たちの間で生まれ、不文律的に広まっているが、あくまでそれはこちらの人々に広めないようにしよう、というだけの話だったりする。
つまるところ、個人での所有、使用については目を瞑る、そしてそれを誇示して他者を支配しない限りは不問とする、と俺たちは考えていた。
何しろ、アイテムを作るだとか、使いこなす、という能力を与えられた転生者もいるわけで、彼らがこちらで生きる以上、その特性を使わないわけにはいかないからだ。
彼らの自由までをも奪うのは、逆に問題だろう、ということで俺たち転生者は個人の能力由来で作ったものを個人使用する分には気にしないことにしている。
「この間噂は聞いたけど、どこかの魔王の領地で、レジスタンスに手を貸してるみたいよ」
先日、エルフの森で聞いた話。
「タンポポ、お前を相手にするのはマジで勘弁だぞ……」
この世界で地雷を使え、かつ、ザクロの転移魔法を意識できる人物なんて、あいつぐらいしか俺は知らない。
強烈な不安と共に、俺は他に地雷やそれに近いものが周囲に埋まっていないか慎重に探るのだった。
爆発があった。
踏み込んではいけないと言われていた土地からの爆発は、彼女の予想していた展開の1つだった。
慌てて見に行けば、そこにいたのはボロボロの姿で地面を漁る人間だった。
彼が、彼女が言っていた協力者だろうか?
「爆発後にその場に残ってる人間がいたら、それはたぶん僕の協力者だよ。死体しかなかったら、んー、どうしようね」
ケラケラと笑っていた幼い姿に、改めてとんでもない人物だと思う。
事実、見えている人間はとてもボロボロだ。
だが、彼女の言った通りのことが起きた。
「……行くしか、ないか」
多き不安と、少しの期待を胸に、地面を念入りに探る人間に、声をかけることにした。




