俺の嫁はエルフ受けが悪い【77】
炭鉱のカナリア、というものをご存知だろうか。
有名な話だし、知っている人も多いとは思うが、あえて説明させてほしい。
その昔、炭鉱夫たちはカナリアを連れて採掘に向かったのだという。
理由としては、毒性のガスが噴き出してきた時、人間よりも先にカナリアがやられて黙り込んでしまうため、囀りが止まったら危険な証だ、ということで、便利な計測機器がない時代なりの知恵だった、ということらしい。
もっとも、これが実際本当に行われていたのかは怪しいだとか、起源については諸説あるだとか、今ではもっぱら金融用語だとかいろいろ言われていたりするが、何故こんなことを急に語りだすのか、という話だ。
それは、俺が今まさにそういう感じで先んじて進んでいる上に、毒を体に浴びまくっているからである。
「こりゃ皆は来ない方がいいなぁ……」
念のため、と俺1人でこうして偵察がてら先んじて進んできたわけだが、いつの間にやら俺たちの進行方向には毒ガスが充満していた。
1歩、足を進める度、露骨に体に悪そうな色をした霧がまとわりついてきて、普通に歩くことさえ妨害してくる。
幸い、ハンナがかけてくれた対毒魔法があるおかげで俺は平気だが、これも死なない体あってのものである。
完璧に防げていないのは体に走る痛みでよく分かるし、この中を歩き回っていたらたぶん俺以外は数分でぶっ倒れることになると思う。
その点俺の体は生きてはいる状態を保ってくれるので、実はわりと毒でぶっ倒れることは少なかったりする。
ある程度のラインまでを対毒魔法で防ぎ、それ以上の防ぎようがない毒、要するに毒でじわじわ死ぬというよりは即死させるような毒は体が勝手に対処してくれる、というわけだ。
体を腐らせたりするような毒であっても、生命維持に必要な部分は再生してくれるし、それに伴う痛みもタンポポが用意してくれた薬である程度無視できる。
まあここまでくるとカナリアの役割を逸脱してもはや除染作業員って感じだが、どっちにしても先んじて身を犠牲にすることには変わりない、つてことで。
「さーて、どこにいるかね」
紫の霧が立ち込める室内はあまりにも見通しが悪い。
お目当てのダークエルフさんを見つけようと辺りを見回そうとしたところで、
「はぁっ!!」
「うおっと!!」
柱の影から勢い良く大剣が振るわれた。
しかし、強化魔法をかけてもらっていたおかげで、咄嗟に飛び退くことに成功。
「いきなりご挨拶だな」
初撃を躱されたことに驚いた様子のダークエルフさんは、聞いていた通り防御力の薄そうな黒い鎧を身に着けていた。
うーむ、リアルにこういうの見せられると、心配が勝っちゃうな。
「貴様、この霧の中で動けるのか?」
「まあ、一応な」
普通の人間だったらまず無理だけど。
「……1人か?」
「他の連中は俺の帰りを待ってるよ」
「私たちの相手は貴様1人で十分、とでも? 舐められたものだな……!」
怒りに震えるダークエルフさんだが、妙な勘違いを始めたもんだ。
むしろ、舐めていないからこそ俺が1人で来たんだが。
「ま、口で言っても分かっちゃもらえんか」
言いながら、拳を握る。
表の国民たちもそうだが、ここの主が生み出した女性たちはどういうわけかステータス表記がバグって見える。
レベルも分からんし、能力もさっぱり。
種族が特に滅茶苦茶で、今は黒く塗り潰されたようになっている。
だからこそ実力が未知数なのは怖いところだが、ザクロたちが言うには「大したことない」とのことだ。
ただなぁ、あいつら2人の意見は参考にならんからなぁ。
「念のため聞きたいんだが、対話に応じるつもりは?」
「貴様らが破壊活動から入らなければ、その余地もあったかもしれんな!」
一気に距離を詰められ、下からの切り上げが迫る。
まともに受ければ体が半分こ、ってところだが、
「ま、そうだよなっ!」
俺は握った左拳で剣を殴り返した。
それは本来であれば、肉が裂けるような行為だが、大剣が俺の拳を割って進むことはなく、弾き返された剣に引っ張られる形で彼女は大きく体制を崩した。
まるで振り抜いた剣の勢いが殺せず前につんのめるかのようになったところで、目を見開く彼女の鎧に守られている個所を狙って、今度は右の拳で突き上げる。
右肩の辺りをアッパーでぶち抜いたわけだが、同時に俺の拳は今度こそ砕けて割ける。
血が噴き出し、何なら握り拳を維持できない程にくしゃくしゃになっているが、その傷もすぐに塞がり、後には傷だった場所から流れた血だけが手に残った。
前に向かっていた力が、強引に今度は後方に向けられたことで、彼女は大きくのけ反り、そのまま尻もちをつくかに見えたが、
「何、だ……今のは……?」
咄嗟に手をついて、後方に飛び退いて見せた。
思ってたより身軽だな。
大剣やら甲冑やらの見た目からもっとパワー系の剣士かと思ったんだが、いや、そもそも鎧としちゃ薄いのはまあ毒の関係だとしても、身軽に動けるようにって意味もあるのか?
どっちにしても、もっとからめ手に注意して戦うべきかな。
「何をした?」
まだ驚いている様子の彼女に、俺は首を傾げる。
「別にそこまで変な手品は使っちゃいないんだがな」
「貴様は、人間だろう?」
「おう。比較的普通の人間だ。転生者ではあるけど、大した力も持っちゃいない」
言ってて悲しくなるが、事実だ。
今のオレは思いっきり強化魔法をかけてもらって上でタンポポ特製の薬も飲んでいるので、制限時間付きだが、ものすごく強くなっている。
自動回復魔法と強化魔法の併用、そして、脳のリミッターを外す薬の服用で可能となる、人間の限界を超えた肉体の酷使。
普段であればハンナはこれを使うのをものすごく嫌がるのだが、今回は相手が厄介そうだから、ということと、俺がこうやっていろんな厄介事を即座に片付けた方が皆の安全が確保できる、ということで納得してもらった。
それでも使用時間は短く、手早く済ませるようにと念を押されたが、こればかりは相手次第と言う他ない。
「普通の人間だが、諸事情でそこそこ強いんだ。というわけで、悪いが速攻で決めさせてもらう」
殴って気絶させる、ってのはちょっと女性相手だし、ダウン取って締め上げて気絶狙いが打倒なとこかな、なんてことを考えながら、俺は改めて距離を詰めさせてもらう、つもりだった。
「!」
足に力を入れようとしたその時、彼女の背後で凄まじい破壊音が響いた。
その先は確か、ここの主がいる部屋だったはずじゃないか?
サクラたちが先んじて突っ込んじまったか、と焦る俺の目に入ったのは、
「……なんだ、あれ」
天井を砕きながら体を押し広げていく、見たこともないような化け物の姿だった。




