俺の嫁はエルフ受けが悪い【76】
「何なんだ……何なんだ何なんだ何っなんだあいつらぁぁぁぁっ!!!!」
怒りの声が木霊する。
机に強く手を叩きつけ、癇癪を起こす主の姿を見て、セリは心苦しく思った。
自分たちの不甲斐なさが、主人をこんなにも怒らせてしまっているのだと。
自分たちの弱さこそが、、主人に悔しい思いをさせているのだと。
彼女にとって主人は全てであり、彼が快く思う感情は喜ばしく、怒りや悲しみといった負の感情はどれも覚えさせてしまった時点で恥ずべき行為なのだ。
彼女らの価値観は自身でそう思っていなかったとしても、その根底の設定、根幹たる人格を作り上げられた時点で、そういった無意識が働くようになっている。
全ては、ジンジという1人の男が、満足いくまで自分勝手な国を作り上げようとしたがために。
「我が王よ、聞き入れてはもらえないだろうか」
「何だよ!? お前らがあっさり負けるなんてあり得ないだろ!? なのに、どうしてこんなことになってんだよ! 外では龍とわけ分からん女が暴れてるし、国民たちはどんなことをされても悲鳴を上げて逃げるだけだ! お前たちが行けば全部片付くかと思ったら、そんな状態で戻ってきやがって!」
「ああ、その通りだ。彼らは強い、我々より遥かに」
「んなわけがあるか! この世にいる連中で、お前らより強いのなんて本当に一握りのはずだろ! 今までだって、そうだったからここまで国を広げられたんだぞ!」
「しかしその一握りの人間たちが、今こうして攻め込んできているのだ。どうか、決断してほしい」
「決断? 何を決断しろってんだよ!」
「……国を捨てる決断だ。あなたさえ生き残れば、きっといくらでもやり直すことができる」
苦々しく告げるセリに、ジンジは「は?」と短く答えることぐらいしかできなかった。
「彼らを止めることは我々の力では不可能だ。おそらく、私たち3人が力を合わせたとしても、1人に手傷を負わせられるかどうか、といったところだろう」
「いやいや待て待て、何言ってやがる?」
「だが、勝とうとしないのであれば、いくらでもやりようがある。時間を稼ぎ、相手の意志を逸らし、気を逸らし続けるのであれば、あなたが逃げる時間程度は――」
「だから待てって! は? 逃げる? オレが?」
ジンジは分かりやすく怒りの表情を浮かべていた。
彼の脳内にリフレインするのは、苦く辛い、かつてこの世界に来て間もなくの頃に浴びせられた罵倒の数々だった。
異世界に転生して、生命を生み出す力があると分かったその時、ジンジは当時身を寄せていた転生者たちの一団にその力を存分に見せてやった。
だが、その結果として返ってきたのは、心無い言葉たちだったのだ。
「生命を生み出せる、って言ってもこれじゃ人形と大差ないじゃないか」
「お前さ、自分の描いた絵からキャラを生み出せるって、さすがにオタク拗らせすぎだろ」
「つーか、こんな女がこの世にいるわけないじゃん……もっと女を知りなよ」
「はー、キモオタの妄想キッツイわー」
いくらでも出て来る、無限とも呼べる罵倒。
冷ややかな対応と、昨日まで普通に会話してくれていた人々が向けてきた蔑視の目。
幾度となく繰り返された無視と、必要な言葉すらも舌打ち交じりになり始めた頃、ジンジはかつて生きていた頃のことを思い出していた。
いじめ、というのはフィクションの世界か、自分とは無縁の世界で起こるようなものなのだと、そう思っていた。
学校に通っている間もクラスメイトたちからはいない者のように扱われていたが、それでもここまで露骨に酷い扱いをされたことはなかった。
なんなら、アニメやゲームと親しむ機会も増えた現代の学生たちは、それなりにオタクに対して寛容だったぐらいだ。
数人の日常生活を共にする男友達だっていたし、ネット上で何度も絡んだことのある女の人だっていた。
毎日が充実しているとまでは言わないが、ある程度満足できる日々を送っていた。
アニメを見て、ゲームをやって、学校生活はそこそこに過ごして、ネットとエンタメがあれば生きていける――そんな、こじんまりとしてはいるものの、充足した日々。
しかしそれは、1人の人間として生きる上で、ずいぶんと幸せなものだったのだと、深く理解してしまった。
そりゃあ、多少の性格のねじ曲がりだってあったと思う。
女の子とまともに話した経験がない以上、作った女の子たちにリアリティがないのだって、仕方がないと思う。
笑顔が苦手で、無理に笑おうとすると不気味になってしまうのだって、自覚していることなんだから大目に見てほしい。
それらを声高に説明しても、いくら叫んでも、世間の冷たさは決して変わろうとしなかった。
無理解が差別や非道を生む?
相手の事情を理解すればある程度歩み寄ってくれる?
そんなことは決してなかった。
不快害虫、というものがある。
それは毒を持っているわけでもなく、人に危害を加えるような存在でもないのに、その姿を見ただけで不快感を抱き、結果として精神的害を為す虫たちにつけられる名である。
自分はそういう存在なのだと、ジンジは深く深く思い知ることとなった。
家に落書きをされ、最近は罵倒を思い出してつい手が止まることの多いイラストを破かれ、食料を盗まれ、家の前にゴミを捨てられ、物の売り買いを断られ、飲み水を汚され、不意に渡された数日ぶりにありつけた食事に毒を盛られ、そして家を焼かれて、ようやっと、彼は理解した。
自分はこの世界に祝福されていない、と。
この世界の誰もが、自分を愛してはくれないのだと。
理解してしまった後は、早かった。
彼は渾身の恨み辛みを込めてイラストを1枚仕上げた。
それは、ここまでの人生で書き上げたこともないような、恐るべき存在。
人知を超えた怪物を生み出した彼は、そのまま身を寄せていた転生者たちの集まりを全て焼き尽くし、自身の痕跡も消し去った上で姿を消した。
まだ魔王が倒されたことのない頃の出来事であり、人々の間では未知の魔物が現れたとされ、少しばかり話題になったのはかつてのことだ。
そして彼は少しずつ、根回しを始めた。
いくつものイラストを描き上げ、思い思いに生命を生み出した。
小動物から魔物のような怪物、人であれば情緒にも配慮したものであったり、いくつもの要素や特製を盛り込んだもの、果ては自分よりも優れた存在までをも生み出そうと必死になって考え、腕を振るった。
そうしてできた試作品たちを、時に野に放ってはそれを駆除する仕事を引き受け金を得たり、秘密裏に売買契約を結んだ相手から法外な金を受け取ったりと、少しずつ、少しずつ力を蓄え続けた。
やがて、彼は安住の地を見つけた。
誰も寄り付こうとしない森を先住民たちや魔物から奪い取り、土地を得た上で、そこを切り開いた。
人員ならいくらでも生み出すことができる。
誰も信じず、誰を招き入れることもせず、自分の生み出した、自分に従順な美少女たちに囲まれた理想の国――それが、出来上がるはずだった。
しかしまたしても、自分を疎ましく思う人間が現れた。
ただ安息の地が欲しい、それだけなのに、どうして。
「……もう、逃げないって決めたんだよ」
ジンジは、どうにかして主人を逃がそうと考え込むセリに対しそう呟くと、なくなった片腕の付け根をさすりながら所在なさげにしていたイコの腕を掴むと、彼女を連れて歩き出した。
「王よ、何を?」
「守るんだよ、この国を。そのためには、ただ描くだけじゃ足りないんだ……」
暗い笑みを浮かべ、ジンジは扉の向こうへと消えて行った。
主のその姿を、セリは不安に思いながらも、ただ見送ることしかできなかった。




