俺の嫁はエルフ受けが悪い【74】
ザクロが数秒で出会った相手を縛り上げてしまった一方その頃。
「くっそ、なんだってんだてめぇ!」
「何か、と問われてもな」
ヒイラギもまた、敵と相対していた。
彼の前で拳を振るうのは獣人の女性、ラコという名の彼女の拳は、間違いなく岩をも砕く強靭なものであったが、当たらなければその破壊力も形無しだ。
最小限の動きで怒涛の連撃をかわしながら、ヒイラギは考え込む。
「肩書きとしては元騎士団長、現在は王族の剣術指南役ではあるが、ここにいる俺はただ1人の剣士という側面もある。ふむ、どちらで答えるべきか……」
「何、ぶつぶつ、言ってんだ! くそっ! 当たれ!」
空を切り続ける拳と、まるでこちらを意に介していない目の前の男の様子に、ラコはとてもイラついていた。
彼女は、そこらの人間よりもずっと強靭な肉体と武芸を持ち合わせている。
国土を得るために周辺の魔物を駆逐し、徹頭徹尾暴れまわった時には見事なまでに負けなしだったというのに、今はたった1人の男に拳1つ当てられやしない。
この認めがたい現実を前に、彼女はとても焦っていた。
理由は2つ。
1つは、あり得ない、という想い。
破壊力もさることながら、彼女にとって最も信頼できるものは持ち前の膂力から放たれる攻撃速度であった。
拳だろうが蹴りだろうが、あらゆる打撃が高速で放たれることを、彼女はそれなりに誇りに思っていたし、これを受けきれるやつがいたら楽しめるだろうな、などと夢想することさえあった。
好戦的なその性格は当然ながら設定されたものであり、彼女自身戦いの記憶などというものを実際に思い出そうとすれば魔物との戦いしか思い浮かばないものであったが、それでも彼女自身の設定として数多の敵と戦ってきたものが記録されていた。
だからこそ、彼女は強い相手と戦うことに飢えていたし、敵襲があると聞かされた時は内心ほくそ笑んでいたくらいだ。
だがしかし、結果は想像とはまるで違ったわけだ。
そしてもう1つの理由は、自分の強さを信じる彼女が、これだけ弄ばれている以上、そんなやつを王のところに行かせるわけにはいかない、というものだった。
聞き間違いでなければ、彼は自身のことを元騎士団長だと言っていたが、そんなことは正直どうでもいい。肩書は問題じゃない。
このあまりにも桁違いの強さが問題なのだ。
こんなやつが現れたら、この国の誰だって勝てやしない。
いや、もしかしたらイコであれば多少なり食らいつくやも、とは思うものの、やはりリスクは高いと見える。
3人がかりならどうか? いや、連携なんてできるようなチームワークは決して持ち合わせていない……絶望的だ。
だったら自分のできることは単純。
可能な限りこいつの気を引き付けて、誰かが事態に気が付いてくれることを願う。
つまり、
「っ、だったら、これで、どうだぁっ!」
派手に動いて、騒ぎを大きくする!
……そのつもりで、彼女は全力の連撃を放った。
当然のごとく、それらは1撃、2撃、と軽くかわされてしまうのだが、そこまでは彼女の想定内。
しかし、続けて放った3撃目、そして本命であるそれは空を切り、そのまま地面を破砕するはずだった。
だが、どういうわけだろう、最後の衝撃は訪れず、辺りに響くのは外から聞こえてくる蹂躙の音ばかりである。
外の危機については存分に伝わっている。
だからこそ室内での事態に気付いてもらうための行いだったが、見てみれば、ヒイラギが無造作に伸ばした手によって、彼女の拳は受け止められてしまっていた。
拳を振りぬいたはずなのに、まるでお手でもしているかのような構図に、ラコは慌てて飛び退いた。
「ラコと言ったか。彼我の実力差は十分に理解できただろう。無益な争いはやめろ」
冷たく言い放つヒイラギに、ラコはぎり、と歯を食いしばり、悔しそうに「うるせぇ!」と吠えると再び拳を握った。
やれやれ、とため息交じりに首を横に振ったヒイラギは、迫ってくる彼女の拳をかわすと同時、手首を掴んでそのまま地面に組み伏せた。
「あまり手荒な真似はしたくない。大人しくしていろ」
じたばたと暴れるラコだったが、ヒイラギの手からは一切逃れることができない。
ここまで一方的な扱いを受けるのは、幼い頃以来だとラコはありもしない記憶を浮かべ、悔しさに涙を滲ませていた。
かつて一族を滅ぼされ、奴隷同然の扱いを受けながら、人の優しさになど一切触れることなく日々を過ごしてきた過去――という設定。
彼女にとってはリアルな感触を持つ記憶であるが、この世界にそんな記録はなく、その
ような形で滅ぼされた種族なども存在していない。
ヒイラギは、これまでの調べでここにいる女性たちが植え付けられた設定と記憶を頼りに生きていることを知っていた。
だからこそ、彼女が今浮かべている涙が、偽りの記録から想起されたものに過ぎないことにも気付いている。
しかし、だ。
「お前たちがどれほどの目に遭ってきたのか、俺は知らない」
ヒイラギは、その設定を崩してやろうとは思っていなかった。
「そしてここでどれだけ幸せに過ごしているのかも知らない。だが、お前たちの主は許されないことをしている」
「何を、勝手なこと――」
「お前たちの目が曇っている、とまでは言わない。言ったところで信じないだろう」
「当たり前だ!」
「だから、事実を明るみに出すべく、今俺はここにいる。お前たちが目を覚ます一助になればいい。逸らしようのない現実が眼前にあれば、少しは目も覚めるだろう」
真っ直ぐに、淡々と、ヒイラギが告げるうちに少しずつ、ラコの力が体から抜け始めた。
全くの迷いなく言い切る彼の言葉に、特に純粋に作られた彼女の心は、簡単に揺れた。
彼を信じる以外の思考は持ち合わせていないはずの彼女の脳裏に過ぎる、薄っすらとした嫌な予感。
自分を組み伏せる男の言い分が正しく、自分は実のところ悪事に加担しているのではないかという不安。
それらが、彼女の戦意を大きく削いでいた。
「もし俺の言葉に想うところがあるなら、見ているといい。隠れ生きることが多かった過去を持っているなら、気配を消して潜む程度はできるだろう?」
ヒイラギの言葉に、ラコが力なく頷くと、彼は拘束を解いてさっさと歩き出してしまった。
その背を数秒見つめ、逡巡した後、ラコの姿が消える。
「さて、ザクロとの合流は……いらんな」
どうせ真っ直ぐ最奥に向かってる、と判断したヒイラギはまるで勝手知ったる我が家かのように歩き出す。
最強の剣士もまた、最強の魔法使い同様、自らの力によって自由気ままに進むのだった。




