俺の嫁はエルフ受けが悪い【73】
「さて、と」
目の前に存在する大きな大きなお屋敷を前に、コキリ、とザクロは首を鳴らした。
「ヒイラギ、一応聞いとくわ。生かして捕らえる方向がいいの?」
「ふむ……」
そう問いかけるザクロの瞳は、ゾッとするほど冷たい。
実のところ、彼女は彼女なりに怒っていた。
その怒りの理由はものすごくシンプルというか、個人的な理由だったりするし、当然隣に立つヒイラギにおいてもその理由はよーく分かっているのだが、それをヒイラギ側から指摘するわけにはいかない。
「可能であれば首謀者は生け捕りにしたいところではある。が、ここまで他者を危険に晒すような行いをしながら、倫理に反する行動に加えて、身勝手な思想とそれを叶える能力を加味すると」
「情状酌量の余地なし、ってことね。じゃあそのつもりで動くわよ」
「あ、ああ」
静かに、そして淡々と、ザクロは魔力を練り上げながら歩みを進めていた。
この国に来てからというもの、ザクロは常に不機嫌そうな顔をしている。
不機嫌そうというか、実際問題として、とても不機嫌なのである。
「どいつもこいつも……」
物陰から自然に歩き出して、そこらを歩いてせっせと仕事をしているらしい国民たちをザクロは忌々し気に睨みつけた。
その視線が向けられている先は、彼女たちの胸元。
「これ見よがしに見せびらかして……」
静かに腕組みをしながら歩くザクロは、自身も気付かない程自然にその姿で歩みを進めていた。
本来、敵地で両手が塞がるような腕組みなどもってのほかだろう。
だがしかし、魔法使いであるザクロにとって腕が自由かどうかなどということはほぼ関係がない。
それ以上に、埋めなくてはいけない何かが、彼女にはあるように思えてならなかったのだ。
この国の国民たちは、誰もが美少女であり、そして誰もが巨乳であり、誰もが露出度の高い服装をしている。
当然それは国王たる男の趣味であり、彼女らは自身の姿に疑問など何一つ浮かべてなどいない。
もちろん、そうした人形めいた姿の不気味さだとか、女性を自分の所有物のように生み出しては弄んでいるかのようなこの国の歪さにも、ザクロは怒っているし、侮蔑の感情を抱いてたりもするのだが、今の彼女の心境としては、ぶっちゃけその辺はどうでも良かった。
ただただ、彼女の怒りが向かう先は、これ見よがしに映し出される、巨乳こそ正義とでも言わんばかりの光景だった。
そんな彼女を、ヒイラギはとにかく心配していた。
暴走、でもないけれど、荒れている彼女が無茶な戦いをし過ぎやしないか、とハラハラしている。
当然、ヒイラギはザクロの実力を信頼しているし、彼女がちょっとやそっとのことでは傷1つ負うこともないと理解はしているのだが、それでも、友人として、彼女のことを気遣う気持ちが強く出て来てしまうのだった。
まずはフォローに回ろう。
可能な限りバックアップに徹して、彼女のしたいように任せて動くとしよう。
そう心に決めたヒイラギは、いつの間にかそっと、ザクロの影に消えるかのように、姿を見せなくなるのだった。
「……ようこそ、いらっしゃいました」
特にこれといった警戒をするでもなく、屋敷に足を踏み入れたザクロの前に、1人の女性が現れ、恭しく頭を下げた。
天使のような翼を持ち、どこか作り物めいた笑顔を浮かべたその女性は、無造作に侵入してきたザクロに対して、可愛らしく小首を傾げて見せる。
「本日は、どうったご用向き――」
「『プロミネンス』」
静かに唱えるザクロの言葉に呼応するようにして、女性の周囲に無数の炎の槍が出現したかと思えば、次の瞬間には彼女の体を貫かんと放たれていた。
女性はそれらに対して、神々しいまでの光を全身から放って対処する。
全身から発される高密度の魔力が、まるで鎧のように彼女の体を覆い、炎の槍の悉くを弾き飛ばしてしまった。
だが、それに臆するザクロではない。
「切り裂け『レーヴァテイン』」
炎の槍を防いでいる間に距離を詰めたザクロの手には、炎で作られた剝き身の刃が握られていた。
無造作に振るわれる切り上げを、女性は体を覆う光で再び防ごうとしたが、
「……ふん、舐められたものね」
防ぎ弾こうと差し向けた左腕を、ザクロの刃はまるでバターでも切るかのようにあっさりと切り裂いてしまった。
予想外の状況に女性が目を丸くしていると、ザクロは続けて剣を振り上げた。
今度の一撃は袈裟切りに、豪快な構えで放たれようとする追撃を、女性はかわさなくては、と後ろに下がって対処しようとした。
だが、その瞬間、女性は言いようのない悪寒を感じて、咄嗟に横に飛び退く。
直後、女性が下がろうとした個所に凄まじい火柱が立ち昇った。
勢いのまま空を切るザクロの剣と、未だ勢いをなくさず燃え上がり続ける火柱を前に、咄嗟に逃れた女性は切られた傍から焼き塞がれてしまった腕のあった個所を抱きながら、ただ茫然とするしかなかった。
ほんの数秒、ほんの少しの間に、圧倒された現実に、理解が追い付いてこない。
こんな状況は、想定されていない。
していたのならば、こんな状況に陥るような動きを取ったりはしない。
何が、起きている? 何が、現れた? 何が、今目の前で行われている?
「今のは避けれる、と。無駄なもんぶら下げてるわりには良い勘してるじゃない」
冷たく言い放つザクロを見上げ、もはや何も分からない、という様子の女性はすっかり動けなくなっていた。
失血もほとんどしていない、痛みはあるがそもそもとして彼女には痛みそのものを快楽に変えるという設定があるため、ダメージらしいダメージはないようなものではあったが、圧倒された、という事実が、彼女の思考と行動を阻害していた。
「ねえ、あんた名前は?」
「……は?」
「名前ぐらいあるでしょ。それとも、ここの主ってのは、自分で生んだ相手に名前もつけないわけ? いよいよ見下げ果てたクズね……」
いきなり何を言い出すのかと思えば、名前?
それに加えて主を侮辱する言葉を吐き捨てるように告げた目の前の存在に、女性は理解不能の恐怖と同時に、激しい怒りを覚えていた。
「我が主を、クズ、ですって……?」
「ええ。って言っても、あんたには分からないわよね。どうせその辺の倫理観とかは取っ払われてるか、元から用意されてないでしょ」
「撤回なさい。あの方は――」
「せめて人の質問には答えてから喋りなさいよ」
言いながら、ザクロはぽい、と持っていた炎の剣を女性の方に投げた。
再び入ってきた時と同じように腕組みをして、ザクロは冷めた目を向け続ける。
「捕らえろ『グレイプニル』」
ザクロの言葉に呼応して、剣はほどけ、紐状に変化すると女性の首や体を縛り上げてしまった。
それは炎で編まれた封じ紐。
身じろぎすればするほど、言葉を発そうとすればするほど、食い込み、焼き付き、痛みを伴うこととなる。
「最初からこれで良かったわね……変に当たり散らす意味もないでしょうし。悪かったわね、八つ当たりして」
自らが切り落とした先端のない腕を見下ろして、言葉だけの謝罪を投げつけたザクロは城の奥を見据えた。
とっとと先に行ってしまうか、はたまたユウキたちを待つか。
少し考えた後、
「ま、別に合流しないでもいいでしょ」
と小さくため息をついて、ザクロは女性に括り付けた紐を掴んで歩き出す。
炎での紐で縛り上げられ、引き摺られるままの彼女は、声を出すこともできないまま、ザクロにされるがまま連れ歩かされることとなるのだった。




