俺の嫁はエルフ受けが悪い【62】
たぶんこの世で答えに困る言葉の中でも上位にやってくるであろう、幼子のセリフ。
「お嫁さんにしてね」
とか、
「お嫁さんにしてあげるからね!」
とかいうやつ。
まあ俺としても、こういうのは微笑ましいなぁ、と思うわけですし、それを実際言われたとからと言って、にべもなく断るようなことはせず「大きくなったらね」とか返すんだろうなと思っていたところなんですが。
「……どうだろうか?」
相変わらず彼女は俺の腹の辺りに顔を埋めたまま尋ねてきた。
お相手がたぶん俺より長生きしてるであろうドラゴンだった場合は、なんて返すのが正解なんでしょうね。
さて困った。
当然のことながら、見た目は幼げで、中身も実際愛らしいというか、ちょっと子供っぽいところが強い感じではあるものの、彼女は立派なドラゴンである。
ここで中途半端なことを返したりすれば、それは絶対に後々大変な問題に発展する。
かと言って、はい分かりました、と答えるわけにもいかない。
俺にはハンナという世界最高の嫁がいるわけだし、たとえこの世界に一夫多妻制みたいなのがあったとしても、ハンナ以外とそういう関係を持つつもりは毛頭ないのだ。
じゃあはっきりと断るべきか、と問われると、そこもまた難しいというかなんというか。
きっぱりと断りの言葉を述べてしまえば、彼女はきっと深く傷つくことだろう。
当然、最終的には「結婚はできない」とちゃんと伝える必要はあると思うが、順序と言うものがあると思う。
いきなりストレートに言ったところで、彼女は信じてくれないか、いつぞやのように癇癪を起してしまうかのどっちかになるだろう。
精神的に成長してくれていることを願って言ってみるというのもなしではないと思うが、それにしたってある程度クッションが挟まってた方が良いとは思うのだ。
もっとも、先ほど話してみた限りでは、あまり精神的な成長は見込めていないと俺は思っている。
だからこそ、慎重にならなくてはいけない。
語るべき言葉は、できる限り考えて発するのだ。
「あー、ルジオ」
「う、うむ」
今まで聞いたこともないような、強張った声が聞こえてきた。
さっきからの様子から思っていたが、もしかしなくても、彼女も緊張しているということだろうか?
いやまあ、そりゃあそうだろう、と言うのは簡単だ。
俺だって、これが普通の人間相手の状況だったら、こんなことを思ったりはしない。
そこまで深い付き合いがあるわけでもないが、俺の知る限りルジオという龍は尊大で自己中心的で、もちろん根底には寂しさというか、人恋しさがあって、だからこそ人との距離感の測り方が間違っているタイプだった。
それがこんな、しおらしい姿を見せるだなんて。
一体全体、封印されている間に一緒にいた俺とどんな景色を見てきたというのか。
というか、そもそもとして、彼女が好意を抱いている俺ってのは封印されている間に一緒にいた俺のことであって、俺自身のことではないのではないか?
そんな希望的考えに現実逃避をしつつも、俺はなんとか、言うべきことを考える。
「俺はな」
「うむ」
ぐりっと顔を動かして、2つの真っ赤な瞳が俺に向けられる。
それは強い期待の色を示していて、俺は思わず、そこから目を逸らしてしまった。
これは、断りにくいなあ、マジで。
「……結婚とかの前にさ、こう、改めてちゃんと互いのことを知るべきだと思うんだよ」
日和った。
御覧の通り、見事なまでに俺は日和った言葉を返してしまった。
先送りにしたところで問題が積みあがるだけだってことは分かっているつもりだったのだが、それでも、この場は先送りにするしかないとも思ったのだ。
だってさぁ、こんな純粋そうな、真っ直ぐで真剣な瞳を向けられてさぁ、無下にできるようなメンタルの強さはしてないんだよ、俺。
かと言って、彼女の提案を受け入れることができるかと言えば、その答えは絶対にノーなわけで。
「我は、ユウキのことを良く知っているぞ」
「でも、俺はルジオのことを全然知らないからさ」
「あんなにも一緒にいたと言うのにか?」
うーん、まずはここの誤解を解くべきだとは思うが、さて、まともに話を聞いてもらえるだろうか。
「そこに関してなんだがな、ルジオ」
「うむ」
「実は――」
「ああ、ここにいたんですね!」
元気で愛らしい、聞く度に俺の胸をいっぱいにしてくれる声が聞こえてきた。
いやー、初めてかもしれない。
この俺が、ハンナの声を聞きたくないと思ったのなんて。
「……何者だ?」
ルジオはもちろん俺の上からどいてくれたりはせず、そのまま花畑にやって来たハンナをじぃーっと見つめていた。
見知らぬ幼子からの問いかけにも、ハンナは朗らかに返す。
「ハンナと申します。このすぐ近くにある村に暮らしているエルフで、そちらのユウキさんの、えへへ、お嫁さんです」
そして、とんでもないことをぶっちゃけてくださった。
照れ笑いするハンナも可愛いなぁ、と俺はもう何度目か分からない現実逃避を開始する。
ああ、ルジオの顔を見るのが怖い。
なんなら腹の上にいるのもだいぶ怖い。
いつこのちっこくて可愛らしい姿が、あの巨大なドラゴンの姿に戻るのかと思うと、かなり気が気でない。
そうして戦々恐々としながらルジオの様子を伺ってみると、
「……嫁?」
ぽかーん、とした顔をしていた。
何を言われているのかよく分からない、といった具合に、まん丸に見開いた目がこちらに向いている。
俺は観念して、ルジオに告げた。
「そう、俺の嫁さんだ。だからすまん、お前さんと結婚はできない」
ここで変に誤魔化して、ハンナに誤解を生むぐらいだったら、癇癪を起してルジオに引きちぎられるぐらいの方がずっとマシだ。
俺にとっての優先事項は、いつだってハンナ大事に、である。
でも別に、ルジオをただただ悲しませたいわけではない。
もうこうなった以上、変に隠し立ててことを荒立てるよりも、いっそ問題を浮き彫りにして、ぶつけるべき感情を俺にでもぶつけて発散してもらって、その後にでも落ち着いて話ができれば、と思ったのだ。
……のだが。
「そう、か。そうなのか……」
俺の上に降って来たのは爪でも牙でもなく、大粒の涙だった。




