俺の嫁はエルフ受けが悪い【61】
大混乱。
はっきり言って、何が起きたか俺もよく分かっていない。
一応の予想は立つし、十中八九この予想が正解なんだが、できれば当たらないでほしい。
「あー、お前さん、ルジオか?」
「そうに決まってるではないか!」
だよなぁ、やっぱそうだよなぁ。
嬉しそうに頬ずりをしてくるこの少女は、どうやらルジオご本人、いや本龍? らしい。
なんだってこんな姿になっているのかはよく分からんが、うーむ、何を聞いても厄介事の匂いしかしない。参ったな。
「まったく、大変だったのだぞぉ、このこのぉ~~~」
ぐりんぐりんと押し付けられる彼女の頭を押しのけるのもなんとなく違う気がして、伸ばしかけた手を引っ込めかけたが、少し考えて優しく頭を撫でてやる。
いつぞやと同じ、さらっさらの指通りが、名乗りや確認よりもよほど明確に彼女がルジオであることを物語っているような気がした。
それにしても、サクラといいルジオといい、なんだってこう力の強い人外少女たちは人に会うなりタックルしてくるんだろうか。
そういう文化でもあるのか?
「目が覚めたら見知らぬ土地で、お主がおったから良かったものの、とても寂しかったのだぞ。どこを歩いても人はおらぬし、腹が減らぬのは良いがお主はやけに退屈な会話ばかりするようになるし、かと言ってその語り口は変わらず穏やかであるし、歩く先々で出会う動植物に対し我がどうするかで一喜一憂しおるし……」
ザクロが言っていた、情操教育とやらの話だろうか?
封印されている間も、夢の中で睡眠学習させるとかなんとか言っていたが、もしそれができているのだとしたら、俺はいきなり死にかねないタックルをされたりしなかったと思うのだが、どうなのだろう。
「なあ、ルジオ」
「うむ、なんだ?」
純粋そうな瞳が、じっとこちらを見上げてくる。
そんな彼女を見て、俺は少し悩んでしまった。
どれぐらい、本当のことを伝えるべきなんだろうか?
というか、この子は実際のところ、俺たちと戦った以降のことはどういう認識でいるんだろうか?
「その、今までどうしてたか、詳しく聞いてもいいか?」
「……ふむ、やはりか」
小さくため息を吐き、ルジオは少し拗ねたように口を尖らせてごすごすと頭を叩きつけてきた。痛い痛い。
「あの共に過ごしたユウキは、ユウキではないのだな」
「……目が覚めてからの俺、ってのがいたんだとしたら、そうかもしれん」
口ぶりからして、封印されている間に見ていた世界が夢であるということに、彼女は薄々勘づいてはいたのだろう。
「悪いな」
「良い、謝るな。あのユウキも、今我の目の前にいるユウキも、どちらも我のことを想う気持ちは変わらぬと感じた。そうであるなら、あのユウキもこのユウキも我にとっては大きく変わるものではない」
「そういうもんか?」
「そういうものだ。我を想ってくれる人間という者がいた、それだけで、我にとっては喜ばしいことなのだ。他者を慈しむ心、などというものは本来ならば持ち合わせていなかったのだがな」
ムスッとしたまま、彼女は俺の体に顔をうずめて、表情を隠すようにしながら続ける。
「夢の中で、共にあったユウキがな、繰り返し言うのだ。『誰かに愛されたいなら、誰かを愛するべきだ』とか、『寂しい思いをしたくないのなら、人と一緒にいたいと思うなら、相手のことを考えて行動すべきだ』とか。我は我のしたいように、あるがままに生きてきたし、その在り方を変えることはできぬ。そのことを伝えれば、『なら、あるがままの自分が受け入れてもらえるにはどうするかを考えるんだ』ときた。そのような小難しいことは分からぬと言えば、困った顔をしてばかりだ」
顔を俺の背に押し付けたままなので時々くぐもって聞こえはするし、息が当たってくすぐったいことこの上ないが、もぞもぞもごもごと喋る彼女の声は拗ねてはいるようだが不快感を表すような感じではなかった。
これはたぶん、勝手なことをされて怒りたい気持ちはあるものの、怒りをぶつけるような感じもまた違うのだと、彼女なりに理解しているから、なんだと思う。
彼女はそれなり以上に長い時間を、夢の中で過ごしてきた。
そしてその世界で、情操教育を施す存在としての俺の似姿を見つめてきた。
もちろん彼女なりに思うところはあれこれとあるのだろうが、それでもこの反応や言葉から分かるのは、ルジオが学んできた一番大きなものの存在だ。
「我もな、分かるようになったのだ。人間たちが我に向けていたのは、怯えや恐怖であり畏れではないのだと。ただ大きな力と姿に、恐れていただけであり、その力が振るわれないようにと機嫌を取っていたに過ぎないのだと」
「……そうか」
優しく、できる限り優しく、ルジオの頭を撫でてやる。
それを理解した上でも、その事実を飲み込むってのはなかなか大変だったんだと思う。
ルジオ側に悪意がなかったのは俺にだって分かっていた。
だからこそ、どうしてやるべきかを決めあぐねていたわけだし。
でも、彼女は自身の成長の中で、理解と答えを得たのだろう。
だからこそ、彼女はここにいる。
ザクロのかけた封印のことだ、きっと、ルジオが外に出ても大丈夫だと判断されたからこそ、封印は無理やりに破られたのではなく、自然に解けたのだろう。
今となっては世界最高の魔法使いとして名高いザクロだ、それぐらいのことを仕込んでいても不思議じゃない。
「ゆえにこそのこの姿だ!」
……おや?
「この姿であれば、人間を怯えさせることもなかろう! むろん牙や爪はないが、我の力にかかればこの姿であったとしても魔法も使えるし龍の膂力を出すことも可能よ。このような可憐な姿の者に救われれば、今度こそ人間たちは我を称え敬うに違いない!」
なんか、予想していたのとは違う感じだが、
「……は、ははっ、あははは! そうかもしれないな!」
それでも彼女の根本が変わっていないことに、ちょっと安堵してしまう俺もいた。
そう、彼女の抱き続けていた根本的な想いは対して変わっていない。
人間と仲良くしたい。
たぶん、彼女が持ち続けているシンプルにして純粋な願いはそこだ。
そこに、自己の強さだとか、そこから来る尊大さが良くない形で絡み合ったからこその行動と結果が、あの村における支配構造であり、人に睨まれるきっかけとなってしまった部分なのだ。
彼女なりにその人との関わり方を改める手段として、人間の形を取る、という結論を出したのなら、それは尊重してやるべきだろう。
どうあれ、人間と一緒にいる手段を自分なりに、そして人間側の事情を考慮した上で思案するようになったのだから、間違いなく彼女は成長している。
もっとも、重要な部分がまだ育ってないまま出て来てしまったようではあるのだが。
「なあ、ルジオ」
「うむ、なんだ?」
「ここに来る時、大量の大雪兎の皮持ってきただろ」
「おお、そうなのだ。なんでも衣服を作る技術を持つという人間に出会ってな。あの毛皮は雪山で遭難しかけていた人々を助けたついでに狩って得たものだ。人間共にも分けてやろうとしたのだが、肉だけで良いと言われてなぁ。使い道もなく困ってはいたのだが、なんでもあの皮から衣服が作れると言うではないか! せっかくなのでな、白い布であるし、それを使って人間共が婚姻の際に来ていた礼服というものを作ってもらおうかと頼んだところなのだ」
「……あれは、そうか、人間を守ったら結果として得たって感じなのか」
「うむ。まあ、少々興が乗って狩り過ぎたのは否定しないが……」
ははは、と照れ臭そうに笑う姿に、俺は頭を抱える。
完璧に倫理観とか情操教育が成されてるわけじゃあなさそうだ。
判定甘くないですかね、ザクロさん、もとい、ザクロが作った俺。
「ユウキ、それでな」
ふと、話しているうちに顔を上げていたルジオは、再び俺の体に顔をうずめて少しもじもじしながら続けた。
「実は、礼服を頼んだのには、もう1つ理由があってな……ユウキ、我と、その、婚姻を交わしては、くれないだろうか?」
そして俺は、再び頭を抱えるのだった。




