俺の嫁はエルフ受けが悪い【58】
初めて意識を手にした時、ルジオは孤独だった。
龍という生き物は、当然ながら親がいて子がいて、という具合に生殖、繁殖を繰り返していくものだったが、物心ついたルジオに親と呼べる存在はいなかった。
彼女を置いてどこかに消えたのかもしれない。
もしくは、彼女は龍の姿を取ってはいるしその力も理由に由来するものだと信じてやまないが、実態としては別物なのかもしれない。
その真実は分からないが、ルジオにとって確かなことは1つ。
彼女は孤独だった。
目を見開いて、初めて見た景色は青空だった。
木々がざわめき、太陽が空に輝き、風がそよいで頬を撫でた。
その美しさは彼女の孤独を少しだけ癒してはくれたが、埋めるまでには至らなかった。
彼女は自分の心にぽっかりと空いた穴を埋めるべく、少しずつ動き出すことにした。
生まれたてではあったが、彼女はすでに強大な力を持っていたため、旅をする分には大して困りはしなかった。
必要があれば体に翼を用意した。
小さくなろうと思えば小さくなった。
彼女の肉体は変化する。
と言っても、自在というわけではない。
条件はシンプルで『何かに見られている』こと。
見ている相手にどう思われているか、どういうものとして認識されているかによって、彼女の姿は変化する。
強大な力を持つ彼女は、目に映った鳥を羨ましく思えばその視界に入り、同族のように見てもらうことで翼を得た。
彼女の意識、強制力のようなそれに合わせて相手は簡単にその意図をくみ取り、従うばかりだった。
自然界における彼女という存在はほとんどの場合において強者であった。
たいていの動物は相手にならなかったし、魔物であっても敵ではなかった。
餌に困らず、不自由にならず、悠々自適に過ごす彼女の生活はおおむね平和と呼べるものだったが、それでも彼女が満たされることはなかった。
そんな生活を続けていたある日のこと。
彼女は人間という存在を知った。
人間は弱い。
ルジオと比べて体も小さく、力も弱く、持っている魔力も対したことがなく、牙も爪も小さく脆い。
ただ、彼らには確かな意志があった。
目の前の恐怖に屈することなく、対話する心があった。
最初に出会った人間は、山で死にかけていた。
ぐったりとしており、今にも命が零れ落ちようとしているのがよく分かったので、ルジオは自然に食べてしまおうと考えていた。
だが、人間はルジオの姿に気が付くと、死にかけのくせに必死に逃げようと地を這っていた。
死にかけだというのに。
どれだけもがいたところで、彼の結末は変わりそうにないというのに。
それでも必死に抗う姿を不思議に思いながら、ルジオはその男を一飲みにした。
次に出会ったのは、小さな子供だった。
姉妹で花を摘みに来ていたらしいところに遭遇したのだ。
どちらも幼く、怯えた目をしてはいたが、姉の方が前に出て必死に妹を守ろうとしている姿が印象的で、つい聞いてしまった。
「どうして、弱いくせに守ろうとする?」
すると、姉の方は驚いた様子だったが、
「お姉ちゃんだから」
とたどたどしく答えてくれた。
もっとも、その意味をルジオが理解することはできなかったので、姉妹はルジオの腹の中に納まった。
次に出会ったのは、武装した何人もの人間たちだった。
彼らはルジオの姿を見つけると、恐れるどころか大きな声を上げて襲い掛かってきた。
もっとも、並の人間がルジオにかなうはずがない。
彼らの悉くは蹴散らされ、無残にも引き裂かれてしまった。
何人もの人間が、ルジオのことを「化け物」と呼び、恐れている様子だった。
その様子がどことなく愉快で、ルジオは度々やってくる人間たちを退け続けた。
やがて、やってくる人間たちの様子が少しずつ変化していった。
彼らは武装の代わりに妙に綺麗な衣装を身に着けて、様々な品物と一緒にやってくるようになった。
貢物として酒やら美味いものやらを持ってくる彼らにその意図を聞けば、自分にこれ以上暴れないでもらうためだと言う。
ルジオはその言葉に少し腹が立った。
自然のままに生き、目についたから食い、襲い掛かってきたから相手をしたというのに、今度は暴れないでほしいとは。
しかしその矮小さに、ルジオは少しだけ、愛着も沸いていた。
人間は弱い。脆い。儚い。
だが、彼らはそんなちっぽけな生き物であるというのに同時に様々な考え方や意志を見せてくれる。それが、ルジオには少し面白かった。
だからルジオは人間たちに要求した。
自分と話をする人間を用意しろ、と。
その言葉に、人間たちは小さな子供を置いて行った。
ルジオはその子供を殺さずしばらく共に過ごしてみることにした。
今まで、人間というのはどれもすぐに死んでしまってばかりだったので、興味が湧いても長く観察できなかったのだ。
子供は酷くやせ細っていた。
いくつも殴られた跡があり、ぼろぼろだった。
ルジオは彼と一緒に過ごした。
腹が減った様子なら食事を取ってきてやり、共に食べた。
寒さに震える様子なら、柔らかな体毛の生える体で包んでやった。
そうして共に過ごしているうちに、少しずつ子供は元気になっていったし、笑顔を見せるようになっていった。
子供の笑顔を見る度、心にぽっかりと空いていた何かが埋まって行くように思えて、ルジオは気分が良かった。
やがて子供は、ルジオと初めて会った時にはすぐに食われるのだと思ったことや、ルジオに優しくしてもらってとても嬉しかったことなどを語りだした。
子供は人間たちの間で、捨て子として手酷い扱いを受けていた。
だからこそ、龍への生贄として、送られたのだと。
それを聞いたルジオは憤慨したが、子供が「でも、おかげで今があるから」と笑っていたので、人間たちを殺すことはやめにした。
それから、それなりに長い時を過ごした。
ルジオにとっては大した長さではなかったが、人間にとってはそうじゃないらしい。
子供がやがて子供と呼べなくなるぐらいに成長し、年老いていき、ついには老人となり、動くこともままならなくなった頃。
ルジオは人間が死なないように手を尽くしたが、自然の中にあるものではもはや、老人の命を長らえさせることはできそうになかった。
老人は、最後の瞬間までルジオを1人にしていくことが心配だと言っていた。
病で苦しそうにしながらもルジオを心配する姿に、彼女は言いようのない胸の苦しみを味わっていた。
強大な力を持っていても何もできない自分の無力を呪った。
そんなルジオに、老人は最後に告げた。
「どうか、人間たちを助けてあげてほしい。あなたの力を必要とする人が、きっといるから」
その言葉を最後に、老人はもう目を開かなくなった。
ルジオは生まれて初めて悲しみの涙を流しながら、最愛の友を胃に納めてから、数十年ぶりに旅を再開した。
やがて辿り着いたのは、山間部の小さな村だった。
彼らは見るからに弱者であり、ここに来るまでの間、ルジオは何体もの魔物と戦って、全てを打倒してきていた。
倒してきた魔物はルジオにとっては大したことのない存在ばかりだったが、きっと彼らにとっては脅威となる存在だったろう。
あんなにもたくさんの魔物がいて、襲い掛かってきたのだ。
もし放っておけば、この人間たちはあっさりと滅ぼされてしまうに違いない。
噂に聞く魔王とやらの存在も気になるし、そいつが襲撃してきたとしたら、ひとたまりもないのだろう。
だから、ルジオは目についた人間たちに宣言した。
「私がお前たちを守ってやろう!」
こうして、魔龍ルジオは山間に住み着いた。
人々の守護者として、そのつもりで生活を開始した。
その意図は決して人間たちに伝わらなかったが、それでも彼女は寂しさを感じながらも、遠巻きに人々を助ける日々を良しとしていた。
下手に関わり過ぎると、また悲しくなってしまうから。
でも、そんなある日、彼女は人間を見つけた。
それもどういうわけか死なない人間だ。
寂しさに心が沈んでいた時にそんなやつを見かけてしまったのだから、もう大変だ。
ルジオは彼を自宅まで連れていき、ずっと一緒にいたいと思ってしまった。
その人間の名前は、ユウキというのだった。




