俺の嫁はエルフ受けが悪い【57】
真っ直ぐに突っ込んでくる龍の顔ってのは、ものすごい迫力がある。
牙を剝き、怒りに打ち震える様子で突進してくるのだ。
それも自分よりずっと巨大な存在が。
しかし、それを正面から迎え入れている俺は、不思議とその姿を怖いものとは思えなかった。
むしろ、なんだろうな。
小さな子供が癇癪を起しているだけのような、そんな心持ちで見ていた。
もともとルジオに対して悪感情を持って接していたわけじゃないからだろうか。
村人たちの恐怖を増幅させるような力を持っているのは本当なんだろうけど、むしろ俺の中では愛おしい気持ちの方がずっと大きくなってしまっている。
見る人によって、いや、こいつへの見方次第でその力が変わってくるってことか。
「ユウキぃぃいぃぃっ!!!」
叫び声をあげながら突っ込んできたルジオの顔を、正面から抱き留める。
彼女は特に食らいついたりはしてこず、シンプルに突進してきた。
別に角などを持っているわけではないので衝撃だけが襲いかかってくるのだが、そりゃ俺の何倍もある巨体でぶつかってこられた以上、相応の威力にはなっている。
こっちの世界に来る際に、ベタにトラックに轢かれちまったわけだが、その時よりもたぶん威力は強い。
やっぱ龍ってのはすげぇんだな、などと場違いに考えながら、腹でルジオを抱き留めた。
痛みはない。
タンポポの薬のおかげで内臓がいくら壊れてたとしても無視してやっていける。
あくまで一時的なものだが、薬が効いているうちになんとかしよう。
必死に踏ん張って、何とか受け止めたは良いものの、当然勢いは殺しきれず、いくらか地面を削って後ろに押し込まれる。
何とかか止まってくれたと思っても、ルジオは力を緩めてくれない。
「我は、我はぁぁぁぁっ!!」
「ルジオ、これで……!」
俺は拳を振り上げ、全力で拳骨を脳天に叩き込もうとした。
だが、振り下ろす直前、思案する。
本当に、これでいいのだろうか?
ただ殴って言うことを聞かせて、それで良いのだろうか?
彼女のことを真に思うなら、やはり言葉を尽くすべきなのではなかろうか?
このまま拳を叩き込んだとして、それで――
「ちょっ、ユウキ、何やってんのさ!」
迷いが生じた結果、俺は思いっきりルジオに吹っ飛ばされてしまった。
腹にめり込んでいる頭で、掬い上げる感じに中空に放り出される。
これはマズいなぁ、いくら身体強化をもらっていたとしても、空中で姿勢制御まではできない。
とはいえ、自由落下に任せることしかできないわけなので、せめて頭から落ちないようにだけ気を付けたい。
さすがに頭が潰れたら気絶待ったなしだしなぁ。
自分の失態による現状に対して、俺の思考は見事なまでの現実逃避をしていた。
いやぁ、だってさぁ。
「ガアアアアッ!!!」
叫び声をあげながら、大きなお口が下から迫っているんですよ。
鋭い牙を持つ龍がすぐ下から、俺に食らいつこうとしていた。
その時、長い髪のような体毛で隠れていた彼女の瞳がちらっと見えた。
さっきからもちらちら見えちゃあいたんだが、真っ直ぐ見据えてようやく理解した。
「痛っ、くないな! よし!」
盛大に食いつかれてしまったが、咄嗟に右腕を上げておいたおかげで、そっちだけは無事だ。
他、左腕から上半身全体にかけて、斜めに食いついてきたルジオの牙はしっかりと俺の肉と骨を砕きながら貫いていた。
痛覚なし、死なない肉体、ついでに身体強化のおかげでまだまだ動ける、が、こんなもんが長続きするはずもない。
だから、とっとと決着をつける必要がある。
ルジオの瞳は、もはや正気を失っているようだった。
一気にショックを受け過ぎたからか、はたまた、元から彼女の精神は限界だったのか。
俺が悪い部分も多分にあるんだと思う。
だとしても、いや、だからこそ、俺がやる必要があるんだ。
言っちゃなんだが、こいつに精神的にも物理的にもここまで近づけたのは俺ぐらいなもんだったんだろう。
だからこそ、拒絶されるようなことを言われて、大きなショックも受けただろうし、正気を失ってしまう程、ギリギリだった心にダメージも入ってしまったのだろう。
その結果のこの暴れっぷりだ。
であれば、言葉を尽くしたところで今更遅いってなもんだろうし、何より、今彼女が受け入れることのできる言葉は、俺たち側が受け入れがたい内容だったりもしそうだ。
迷ったのが悪い。
惑ったせいで傷を負った。
勉強代ということでしょうがないとしよう、これもルジオのためってやつだ。
「ルジオ、もうちょい暴れたいところかもしれんけど、悪いな!」
俺は今度こそ、残った右腕を振り上げ、思い切り力を籠める。
「目ぇ、覚ませよっ!」
ルジオの脳天に、俺の拳が叩き込まれる。
普通に考えたら、身体強化の魔法をかけていたとしても、人間程度の拳じゃ龍にダメージを与えられやしない。
だが、ありがたいことに今回は落下の勢いも乗ったし、タンポポの薬の力も借りることができた。
そして、痛みを遮断していることが何より大きかった。
何をしても死なないってんだから、度々思っていたのだ。
意図的に体がかけているストッパーを外せたら、多少なり俺だって戦力になれるんじゃないか、なんてことを。
前から何かとタンポポのやつには相談していたわけだが、ここぞとばかりにそんな薬も渡してくれていたらしい。
これは後で俺共々ハンナに怒られることを覚悟して出してくれたんだろうな。
ありがたいし、やっぱすごいやつだ、あいつは。
ルジオの脳天に叩き込まれた俺の拳は、その威力に耐えきれず破裂しながら砕けた。
もうまともに残ってるのは下半身と頭ぐらいとなってしまったが、そんだけの代償を払った価値はあったようだ。
ルジオは俺の一撃に小さく声を上げると、白目を剝いてそのまま力なく宙を落ちていくばかりになった。
突き刺さっていた牙から力が緩んだのは良いが、あいにくと俺の方にも引き剥がすような力は残っていない。腕も動かん。
というわけで、いよいよもうどうしようもない。
落下させられてルジオと出会って、今度はルジオと一緒に落ちることになるのか、なんというか、運命的だなぁ、なんてことを思いながら小さく笑って、俺は目の前に地面がやって来たことを認識するとほぼ同時、意識を手放すのだった。




