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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
56/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【56】

 いつだったか、ハンナが眠れなそうにしていたので、俺が小さな頃に読み聞かせてもらった物語を語って聞かせたことがある。

 なんてことはない、日本人なら誰だって知ってるような、普通の絵本だ。

 悪い魔女に騙されて眠らされてしまった王女様が、王子様のキスで目を覚ます。

 俺が知っている限り、初めて知った愛の物語がこれだったはずだ。

 お姫様がどうして目を覚ますことができたのか、と不思議そうにしているハンナには、「愛の奇跡ってやつだ」とか説明したような気がするが、彼女はそれをよく覚えていたのだろう。

 人を目覚めさせる魔法ぐらいならハンナだって知っているはずだが、ああ、たぶん何度もかけてくれたんだろうな、こればっかりはその上で目を覚まさなかった俺が悪い。

 それにしてもなんて気分の良いことか。

 世界が輝いて見えるってのはこのことだろうか。

 唇に未だ残る暖かで柔らかな感触が、俺の体を強く強く抱きしめるハンナの温もりが、決してこれが都合の良い夢などではないと理解させてくれる。

 いや、マジで力強いなぁ、締まる締まる、ハンナさんや、ちょっと痛いぞ?

 と、口に出せたら良かったのだが、エルフの膂力で全力で抱きしめられているおかげで声が出ない。

「っ……はっ……」

 口から漏れ出るのは空気ばっかりで、声になってくれやしない。

 慌ててハンナの背をタップするも、どうやら意図に気付いてはもらえていないらしい。

 下手したらこのまままた気絶しちゃいかねないんですけど。

 おいおいそいつはよろしくないだろ、見えたぞ、ルジオとタンポポが向かい合ってるとこ。

 戦闘中だよな、たぶん。急いで加勢したいんだが。

 気絶させられていたこともそうだし、俺がお荷物になる可能性はものすごく大きいが、壁ぐらいにはなれると思うし、その間にタンポポがいれば解決策の一つや二つは考えてくれるはずだ。

 でもそれは俺が満足に動ければの話で。

 ついさっき、ルジオに締め上げられ、その体に閉じ込められていた時もそうだが、熱烈なアプローチの結果か相手を閉め落とすのがこちらの世界の女子には流行ってるのだろうか。

 なんて冗談を考えてる場合ではない。

 マジで意識が遠のいてきた。

 むしろこれは、今回に関しては黙って寝てろってことなんだろうか。

 うう、景色が、少しずつ遠のいて闇に消えていきそうな――

「ちょっと、ハンナ! いちゃついてないで早く手伝ってよ!」

 タンポポの焦りを含んだ叫びを聞いて、ハンナは慌てて俺から身を離した。

 助かった、と思うのも束の間、俺たちのすぐ横にルジオの爪が振り下ろされ、ハンナは咄嗟に俺を抱えて飛び退った。

 目覚めのキッスにお姫様抱っこまでされてしまった。

 こういうのは俺がしてあげたかったんだけどなぁ。

「ユウキ、起きた!?」

「あ、ああ、起きたぞ」

「こんな時に寝てないでよね! 僕がソロに向いてないの、良く知ってるでしょ!」

 そんなこと言われてもなぁ。

「不可抗力だ、許してくれ」

「駄目だね! 帰ったらいろいろと奢ってよ!」

「……あいよ」

 いつもだったら、このお金にうるさい女に奢ったりなんてしたら大変なことになるのだが、今日ばかりは何とかしようと思ってしまった。

 たぶん、俺が寝てる間に、たくさん頑張ってくれたのだろう。

 よく見れば、ルジオはずっと苦しそうにしている。

 タンポポなりにあれこれと戦ってくれたんだろうな。

 ……ああ、だというのに。

「ハンナ、降ろしてもらってもいいか? あと、肉体強化頼む」

「えっ、でもユウキさん、まだ体は本調子じゃないはずですよね? 無理せずもうしばらくこのまま……」

「いや、やらなきゃいけないことがあるんでな。頼むよ」

 ただただ真剣に乞う俺に、ハンナは少し迷った後、

「分かりました」

 とルジオから距離を取った後、そっと俺を降ろしてくれた。

 地面をつま先で突いて、体の感覚を確かめる。うん、元気だしちゃんと動くな。

「ユウキさん、その、無茶はしないでくださいね」

「まあ、うん、善処する」

「全部終ったら、その、改めてお話ししたいこともありますから!」

 顔を真っ赤にしながら強化魔法をかけてくれるハンナに、俺はにっこりと笑って見せる。

 思ってもいなかった形で手に入ってしまった幸せだが、こんなもん、絶対に手放すわけにはいかない。

 ある種、ハンナにこうまでしようと思わせてくれたルジオのやつには感謝しなくてはならないだろう。

「うし、タンポポ、交代だ」

 俺は地面を蹴り、銃やら爆弾やら謎の薬品やらを惜しみなく使ってルジオの猛攻に耐えているタンポポの前に立った。

 鋭い爪を伴った、龍の一撃が迫るのに対し、俺は拳で応対する。

 凄まじい重さ、地面を抉るほどの破壊の力に腕が多少軋んだが、それを無視して腕に力を籠めてその大きな前足を殴り飛ばす。

 ふぅー、と細く息を吐いて、少しのけ反ったルジオを睨み上げながら、俺はタンポポに手を伸ばした。

「痛覚消せる薬くれ」

「……マジ?」

「おう。あと体強くできるもん可能な限り」

「え、何、死にたいの?」

「それで死ねるんだったらこんなこと頼んでないんだよ」

「はは、そりゃそっか」

 小さく笑ってタンポポはいくつかの錠剤と薬瓶を渡してくれた。

「言っとくけど、一瞬だけ効くやつだからね。ギリギリで使うこと」

「ずっと効くやつくれよ」

「それで後でハンナに恨まれる方が僕は怖いの。……任せていいんだね?」

「ああ、任せろ」

 こくりと頷いて、タンポポは後ろに下がって行った。

 これで巻き込むような心配もなくなったわけだし、体も元気、強化ももらって、咄嗟のブーストもまで用意できた。

「ユウキ、なぜだ、貴様自身までもが、どうして……」

 うわごとのように呟くルジオは、どうも正気を失っているように見えた。

 よく見れば体が再生と破壊を繰り返している。タンポポの薬か? またエッグいことするな、あいつも……。

「悪いな、ルジオ。俺にも守らなきゃいけない生活ってのがあるんだ。でも、お前のことが嫌いだからこんなことをするんじゃない、ってのは言っても信じちゃもらえないか。俺はむしろお前のことは好きな方だったよ。出会い方が違ったら、もっと仲良くなれたと思う」

「ユウ、キ……」

 きちんと聞いてくれているのか、はたまた、まともな思考もできていないのか、虚ろな瞳の魔龍は俺の方をじっと見つめて動きを止めている。

「お前の寂しい気持ちはよーく分かった。でも、素直に人間と仲良くできないってのも、ちょっと理解できる。難しいよな、対人関係ってのはさ」

「私、は……」

「ルジオ、お前さんは悪いことをした。そのつもりはなくても、村の人たちに迷惑をかけまくってた。その分は、きちんと償わなきゃならん。ただ、だからって村の人たちに直接なんかしてやれってのは、たぶん互いに上手くいかんだろ。そういうわけだからな」

 グッと、拳を握り込んで、俺は真っ直ぐルジオと視線を交わした。

「どっか遠くの土地で、しばらく反省してもらう。ま、言っても聞かないだろうってことはさっき二十分に分かったからな。悪いが、ちょっと乱暴にいくぞ」

 お前のために、を盾に人を殴る行為が時代錯誤甚だしい感じなのは十分承知の上なのだが、言って聞かないならもう力で納得させる他ないと思う。

 こっちの世界に来てから幾度となく経験したことだ。

 魔物たちはたいてい、自分たちの生きてきた世界のルールで動いている。

 行動倫理がそもそも人間たちと根本的に違ったりするのだ。

 俺がそこをしっかり紐解いて理解して、裏手から婉曲に事を解決に運べるようなスマートな人間だったらもっと違う形を取れたのかもしれないが、あいにくと俺には便利な諜報能力もなければ傷を癒せるような魔法も、カリスマも他者をアッと言わせるような超パワーも存在していない。

 あるのは死なない体だけ。

 であれば、この体でできることをするしかない。

 死なないんだから、無茶ができる。

 無理を通すために自分の体を雑に扱うことができる。

 当然ハンナには幾度となく怒られてきた行いだし、これからも何度も怒られることになるのだろうが、仕方がない。

 持たざる者は、持ってるもんでやりくりするしかないのだ。

「ルジオ、お前の寂しい気持ち、今だけは全力で受け止めてやる! やりたい放題、俺に向かってこい! あれこれ言ったが、俺はお前の友達だ! こんだけ一緒にいて、一緒に話したんだからそうだろ! 友達の悩みを聞いて受け止めてやるのだって、友達の役目だ!」

 さあ来い、と両手を広げて見せると、ルジオは豪快に天に向かって咆哮をあげ、その凄まじいまでの膂力に任せて突進してきた。

 ここが踏ん張りどころだ、文字通り。

 俺は迫る巨体を前に、気合を入れ、もらった薬をまとめて飲み下すのだった。


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