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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
53/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【53】

「……ハンナ、ちょっと急いだ方がいいかも」

 手元の機械を眺めながら、タンポポが固い声を出した。

 彼女の先導でひたすら走るハンナは、思わず聞き返す。

「何か、あったんですか?」

「いや、反応的には変わんないんだけどね。というか、変わんなすぎるんだよ。一か所から全く動かない。連れて行かれて気絶してる、ってんならそりゃそうだろうって感じなんだけど、いきなり反応するようになったでしょ? それなら何かしら理由があるはず。たぶん、ユウキが頑張ってくれたんだと思うけど、それでもまったく動けはしてないんなら、そろそろ何か厄介なことになっててもおかしくないと思ってさ」

 そして同時に、向かいながらタンポポは1つの可能性にたどり着いていた。

 進行方向からして、行先は山の中。

 その場所は、村で引き受けた依頼の対象、魔龍ルジオが居を構えているという畑の近くに他ならない。

 であれば、ユウキを連れ去った相手とは、ルジオなのでは?

 それであれば、多少なり不可思議なことが起きていても説明がついてしまう。

 龍、ドラゴンは、いくつもの奇妙な能力を持つらしい。

 凄まじい生命力に加えて、凄まじい魔力を持つ彼らは、それぞれが特異な能力、魔力の使い方を持っており、それゆえに様々な種族名が着けられているのだとか。

 姿をくらまし、発信機の反応を遮る程度、決して不思議なことではない。

「うーん、でもこのまま向かうのも、それはそれでヤバそうだよねぇ」

 2人は今、タンポポの提案でこれといった強化もかけずにひたすら自力で走っていた。

 理由はシンプルで、ユウキやハンナが特別であり、強化魔法はそれなり以上の反動がやってくるからである。

 自身の身体能力を強制的に引き上げる強化魔法を肉体にかけた場合、普通はそれが解けた時点でそれなり以上の揺り戻しが発生する。

 基本的には疲労や筋肉痛、無茶をしたら骨や筋肉への異常、といった具合だ。

 ハンナはエルフ特有の高い身体能力と治癒魔法の併用で、ユウキはその不死性によっていかんなく強化魔法の特性を活かすことができたが、さてタンポポはというと、そういうわけにもいかない。

 最悪、魔法の効果を増加するポーションや肉体の治癒を促進するポーションを作って併用することで誰よりも強化魔法を使いこすことはできるが、それはもう、死ぬ時に使うような手立てだ。ユウキしか使えない。

 だからこそ、あえて今は消耗を嫌い、2人は素のまま走り続けていた。

「よし、ハンナ、ちょっとお願いがあるんだ」

「何をすれば?」

 焦りか怒りか、逆に冷静なハンナにちょっと不安を抱きながらも、タンポポは鞄に手を突っ込む。

「僕を背負って、自分に強化をかけて走ってもらっていいかな。行先は山の中腹ら辺にあるらしいブドウ畑。細かい位置はついたら教えるから」

「分かりました」

 即決したハンナが、中腰になってタンポポを迎えるようにする。

 その背に、タンポポは普通に乗っかるのではなく、

「僕は僕で準備しながら進む。揺れは気にしないでいいからね!」

 いつの間にか作り出していた背負子を担がせ、そこに腰かけた。

「あれこれ作りながら僕は進む。ハンナは急ぐ。役割分担だ、頑張ろう!」

「はい!」

 即座に強化魔法を肉体にかけ、ハンナはそれまで以上の速度で山を駆け上がっていく。

 タンポポは一気に流れていく視界にとらわれないよう手元に集中した。

 彼女が考える懸念は二つ。

 一つはたどり着いた時点でユウキが無力化、ないし何かしらの手を加えられていた場合。

 戦闘不能ならまだよし、洗脳とかされていたら厄介過ぎる。

 何より、そうなった場合のハンナが恐い。

 相手は龍、冷静さを完全に失ってしまった時に、ユウキがいないことが何よりヤバい。

 彼女は仲間の誰にもしっかり心を開いてはくれているが、それでもやっぱり心のよりどころはユウキだ。

 本気になった強化済みのエルフを力づくで止められるとは、タンポポは微塵も考えていなかった。

 だからこそ浮かぶ、もう1つの懸念。

 それは、このまま2人だけで魔龍と対峙してしまうこと。

 はっきり言って、現状バランスが悪い。

 相手がただ力で押してくる龍であれば、最悪ここにユウキが加わるだけでかなり戦えるだろう。

 しかし現状見えている事実だけで、向こうが絡め手、特殊な能力を用いてくることは容易に予想がつく。

 一応、この手のタイプに対処できる二人が揃っているのは良い。

 最低限の戦えるラインは確保しているからこそ、もう一押しできる戦力がやはり必要となってくる。

 だからこそ、まずやるべきことは。

「これで気付いてくれるといいんだけどな!」

 タンポポがまず手元で作成したのは信号弾。

 それもただ上空で光ったり狼煙を上げるだけのような代物ではない。

 タンポポ製は一味違う。

 頭上高くに打ち上げられたそれは、花火のごとく炸裂し、昼の空だというのにいくつもの光と煙でメッセージを作り出す。

『ルジオにユウキがさらわれた。山の中に来て』

 とはいえ、さすがにこれが精いっぱい。

 村にいる2人が気付いてくれることを願いながら、タンポポはひたすら戦闘準備を整えるのだった。


◆◆◆


「あ、あそこですか?」

「あそこだね!」

 ハンナが全力疾走すること数分、あっという間に2人はルジオの住処にまでやってきていた。

 途中から舗装路に出られたことも大きかったのだろう。

 しかし早過ぎたためか、ザクロたちはまだ来ていない。

 見知らぬ土地で転移が使えないのも痛いところだろう。

「いい、ハンナ。ザクロとヒイラギが来るまでは可能な限り時間稼ぎが基本だよ。消耗しないようにしつつ、勝機は逃さない感じでいこう」

「分かりました」

「あと、まあ念のためにこれね」

 ユウキを突き落とす寸前に飲ませたものと同じ、心を強く保ち恐怖を和らげる薬を渡す。

「それ呑んで、魔法もかけたら行こう」

「はい!」

 待っていることもできるが、そうなったらハンナは1人でも行ってしまいかねない。

 そうなった場合、タンポポは絶対に止められない。

 彼女の意志も肉体も、盲目ゆえに強靭過ぎるのだ。

 そして改めて思う。

 ホント、なんでこの2人ってば未だに付き合ってもいないんだろうか。

 とっととくっついてくれれば、僕もいろいろと諦めが――って、それはいいか。

 警戒をしながら様子を伺うと、

「すぅ……すぅ……」

 とぐろを巻くようにして、首の長い白いドラゴンが住処で眠っていた。

 よくよく見てみれば、その中心から、手が頭上に向けて伸ばされている。

「ユウキさん!」

 それを見た瞬間、ハンナは地面を蹴っていた。

 一瞬にして距離を詰め、岩をも砕く強化済みの拳がドラゴンの脳天に叩き込まれる。

「いったぁぁぁいっ! な、何事だ!」

 叫び声をあげて飛び起きる魔龍。

 その力が緩んだ隙に、伸びていた腕を掴んだハンナは、すっかり全身が砕けてしまったユウキの体を引っ張り出した。

「ああっ、ユウキ!」

「ユウキさん、すぐ治しますからね!」

 細く圧縮されていた彼の体に、ハンナは慌てて治癒魔法をかけ始める。

「貴様、何者だ! ユウキを返せ!」

「こんなことをして、何を言っているんですか!」

「黙れ! ユウキはここでずっと我と一緒にいるのだ! ユウキは我のものだ!」

 恐るべき咆哮を上げ、いまにも食らいつかんとする巨躯のドラゴンを前にして、それでもハンナは一歩も引かなかった。

「ダメです! そんなこと、絶対にダメですからね!」

 手元で治癒魔法をひたすらにかけながら、ハンナは目に一杯の涙を浮かべて、かつてないほど力強く叫んだ。

「ユウキさんは私のです! 誰にもあげません!」

 その叫びに、思わずタンポポの口から笛が鳴る。

 顔を真っ赤にしながら、ボロボロのユウキを抱きしめるハンナに、タンポポはわずかな胸の痛みと、誇らしさを感じていた。

 いいね、最高。

「そういうことだからさぁ、ドラゴンさん」

 言葉と共に、いくつかのピンが抜けた手榴弾が投げ込まれる。

 それらは容赦なくルジオの顔面近くで爆発し、ハンナの叫びで固まっていたルジオの頬を焼いた。

「あんたの願いは叶わない。僕はハッピーエンドが好きでね。あんたにはあんたの幸せがあるかもだけど、それは今ここにはなかったってことで、勘弁してよ」

 友の恋路を邪魔するやつは、爆弾飲んで破裂しろってね。

 内心で静かに呟きながら、タンポポはハンナたちの前に出る。

「ハンナ、治療は任せたよ。僕が時間稼ぐから!」

「は、はい!」

 両手にあれこれ重火器を用意して、ついでにポーチから薬をいくつも取り出しベルトにセットして、タンポポは魔龍を睨む。

「さあ、やろうじゃんか、ルジオ!」


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