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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
52/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【52】

 どれぐらいの時間が過ぎただろうか。

「うむ……良いぞ……むにゃ……」

 俺をくるんだまま、ルジオは撫でられるうちにすっかりまどろんでいた。

 そんでもって、俺は俺で、適度な温かさと心地よい毛並みに包まれているせいで、分かりやすく眠気に襲われていた。

 だがしかし、必死に意識を保ち続けてはいる。

 俺がここで寝てしまったりすれば、いざって時に動くことができない。

 正直、今の状況をハンナたちに見られることは避けたい。

 だって、今頃彼女たちは俺のことを捜してくれているはずだ。

 崖から落ちて大怪我を負っていることも考慮して、必死になって捜してくれている、はずだ……うん、まあ、そうであることを願うばかりだ。

 だからこそ、こんな龍の家に連れてこられて、その龍を撫でながらうとうとしているだなんてことを知られてはならない。

 もっとも、この状況は仕方がない部分もある。

 だって、ルジオが離してくれないんだもの。

 この通りうっとりした顔で眠りかけているルジオだが、ちょっとでも手を離そうとすると、

「んむ……ユウキ、どうした……手を離すでない……決して離すな……我が良いと言うまで……その手を離そうとしてはならぬ……」

 この通り、寝ぼけながらも離そうとした手に頭を押し付けてくるのである。

 本当であれば、もっと強く拒絶するべきだとは思うのだが、しくじったな、と思う。

 この子の身の上話なんてものを聞くんじゃなかった。

 泣いてるからって声をかけたりしたのも良くなかった。

 悲しそうに、寂しそうにしてるんだから、優しくしてやらなきゃな、なんて考えたのが俺の驕りであり、その結果増長させてしまう結果に繋がってしまったのだ。

 もっと良いやり方があっただろうに、とは思うものの、じゃあどうすりゃ良かったのか、と考える。

 相手がどんなやつだろうと、泣いてる女の子を放ってはおけないじゃないか。

 怪しさ満点の罠だったとしても、引っかかる他なかったじゃないか。

 なんてのは都合の良い言い訳だとは分かっているが、どうにも、この体になって旅をしてからというもの、こういう罠に対する危機感と言えば良いのだろうか、危険なことに対しての警戒心が薄れているような気がする。

 死なないからって痛くないわけでも辛くないわけでもないのは自分が一番良く分かっているはずなのに、どうにも後に背負いこむであろう苦労を度外視してしまう。

 どんなことがあっても生き残れるわけだから無限の肉壁、残機があるような俺自身の体は、危険なことに対処するなら何かと都合が良い。

 最近はタンポポのやつがそれを理解してしまったからか、いろんな危険そうな事柄を俺に無茶ぶりしてくる。

 もちろん俺だって、痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だし、辛いのも嫌だ。

 それでも、俺がそういう思いをする方がずっとマシだ、とも思うのだ。

 例えば、ハンナが怪我をしたら、その傷から何かの病気になってしまって死に至るかもしれない。

 もしそうなってしまったら、俺は悔やんでも悔やみきれない。

 仲間のうちの誰かが、俺の代わりに死んでしまうようなことがあったら?

 そんなことは絶対に避けなきゃいけない。

 俺が死ぬような目に遭うことでそれが回避できるというのなら、俺を犠牲にすることぐらい、いくらでもしよう。

 ……なんて、考えるのは簡単なのだが。

 俺がそういう思考の上で動く度、いつだってハンナは怒る。

 涙を大きな瞳いっぱいに浮かべて、必死に怒る。

 自分をもっと大切にしてほしい、だとか。

 あなたが傷つく姿を見たくない、だとか。

 その根幹は俺の想いと同じように思えるのだが、どうにも、ハンナが言いたいのはそういうことではないらしい。

 傷つかないために、誰かを守るために、自分を犠牲にするのが良くないと、幾度となく言われ続けてはいるものの、未だに俺はハンナを泣かせてばかりいる。

 俺自身が弱いからこそ、余計にこんなことになってしまうのだろうなぁ。

「……強く、かぁ」

 思考がぽやぽやしてたからか、つい、口からも漏れ出てしまった。

 こんなこと悩んでる間に筋トレの一つでもしたらいいのかもしれないが、困ったことに俺の体はどうあっても最終的にはある程度デフォルトに戻る仕様らしく、筋肉も贅肉もつかないのである。

 老いないってのはありがたいけど、うーん、この仕様も考え物だなぁ。

 そのうちどれぐらい肉体に変化が訪れるのか試してみるのも良いかもしれない。

 これで骨が折れたりしてそのままにしてたら折れっぱなしで生きっぱなしみたいになったりするんのかな、さすがにそれは勘弁だな……。

「んん……ユウキよ……」

 と、自分の体で嫌な想像をしそうになっていた俺は、ルジオの声で現実に引き戻された。

「どうした?」

「力が、ほしいのか?」

「なんだ急に、邪神みたいなこと言い出して」

「我は龍であるからな、ほぼ神みたいなものだと言っても過言ではあるまい」

 かなり過言な気がする。

「まあ、いいか……で、そのドラゴン様が、力でもくれるってのか?」

「うむ。ユウキはこれからも我と共に暮らすのだからな、我に相応しい男となってもらわなくては」

 ん? 今、さらっととんでもないこと言わなかったか、この子。

「いやいやいや、俺は帰るぞ?」

「? なぜだ?」

「なぜって、そりゃ、冒険の途中だし。仲間も置いてきちまったしな」

「……? 我がいるであろう」

「そういう問題じゃなくてな」

「では何が問題だ?」

「俺はまあ、魔王を倒すために旅してる。で、仲間も何人かいてな。そいつらと合流して旅を再開しなきゃいけないんだよ」

「そんなもの、やめてしまえばいい。ここにずっといるのだ」

「そういうわけにはいかないんだよ」

「な、なぜ……お前も、やはり我が嫌いなのか?」

「そうじゃないって」

「であれば!」

「ごめんな、俺はお前とずっとここで一緒にってわけにはいかないんだよ。一緒にいたくないわけじゃないけど、やらなきゃいけないことがあるんだ」

 俺が何かを言う度、手に触れる彼女の毛が逆立つように広がっていく。

 あんまり、強く突き放すようなことは言いたくない。

 もちろん、ルジオが言っているのは自分勝手な我儘だ。

 それを窘めて、突き放すってのは簡単なことだし、言っても聞かないやつには強気な態度で接する必要もあったりするのだろう。

 ただ、これが彼女の抱える孤独からきていることも、俺には理解できる。

 寂しいのだ、単純に。

 せっかく話し相手ができて、構ってくれる相手ができて、嬉しくて手放したくない気持ちが先行しているに過ぎないのだ。

 元々の少し傲慢が過ぎる性格が、それを後押ししてしまっている、それだけのこと。

 とはいえ、これが小さな子供の言うことであればまだ良かったりするのだが、

「駄目じゃ、駄目じゃ駄目じゃ! ユウキは我とここで暮らすのじゃ! 逃がさぬ、決して逃がさぬぞ!」

 相手は巨大な体躯のドラゴンである。

 俺の体をさらに強く包み込むように、彼女は体をぎゅっと丸め始めた。

 まあそうだよな、そういう感じになるよなぁ。

 さっきも思ったが、これが小さい子供だったら可愛らしい独占欲みたいなもんで許されるのだが、相手はドデカいドラゴン様である。

 柔らかな毛並み越しに、しっかりとした筋肉の感触が伝わってくる。

 ほっそりとした体に見えるのはあくまでドラゴンにしては、という話で、彼女の体が俺の体を包んでいくたびに少しずつ、凄まじい圧がかかっていく。

 絶対に離すまい、という気持ちが、俺の体を全身で包み込む行動によく表れているのだろう。

 咄嗟に逃げ出そうと身をよじったが、もう全てが遅かった。

 彼女の頭に伸ばしていた右手は自由だが、それ以外は包み込まれて軋み始めている。

 骨が悲鳴を上げ、肉が圧で破裂しそうだ。

 ぐるりととぐろでも巻くかのように、長く伸びた首を起用に丸めて、俺の体をさらに包み込んだルジオはそのまま、俺の全身を内に内にと包み潰していく。

「……っ……ぁ……」

 もはや頭上に伸ばす他ない手が空を切る。

 メキメキと音を立てて、俺の体が龍の体に飲み込まれていく。

 痛い。

 逃れることもできないままに、ゆっくりと、体が潰れていく音を聞きながら、俺の意識はまた闇へと消えていくのだった。


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