俺の嫁はエルフ受けが悪い【51】
魔龍、そう呼ばれていたはずだ。
見る者全てに恐怖を植え付け、恐れさせると言われていた存在、のはずなのだが。
「うむ、良いぞ……もう少し強くても良いぞ……おお……そうだ、うむ……」
俺に時折指示を出しながら、気持ちよさそうに撫でられているこの犬みたいなやつは、まず間違いなく噂に聞いていたドラゴンの姿をしていた。
魔龍ルジオ。
そう呼ばれる恐るべき存在のはずの彼女は、どこかうっとりとした表情で俺に撫でられ続けていた。
少しでも手を離そうとすればすぐに気が付いて頭をぐいぐい押し付けてくる。
とろけたような表情――ドラゴンの表情の変化とか、分かりやすく変わらなきゃさすがに気づけないと思うが――を見ていると、本当にこいつが恐いのか村の連中、と不思議な気持ちになってくる。
手触りの良い毛並みをゆっくり撫でていると、なんだか依頼のこととか、旅のこととか、あらゆるしがらみも面倒事もどうでも良くなってくる。
このままここでのんびり過ごし続けるのもちょっと良いかもしれない……というのはさすがに嘘だが、これでこの場にハンナがいたらもうなんでも良いかもしれない。
いつか将来的にはもふもふとしたペットを飼うのもありだな。
「なあ、俺はいつまでこうしてたらいいんだ?」
「いつまででもしていると良い」
「そういうわけにはいかないんだけどなぁ」
「貴様がこの姿を見せよと言ったのだ。それでもなお逃げ出さぬのであれば、お前を私も逃がすわけにいかない」
「そうきたかぁ」
ここまで来て事を荒げたいとは思えなくなってきているので、非常に困ってしまう。
暴力で解決できるなら話が早くてよろしいのだが、別に敵意や悪意が薄いやつにまで拳骨で押し通ろうとは思わないわけで。
どうにかして話すだけで分かってもらいたいところではあるのだが、そうは言ってもこの調子の相手にただ呑気に話だけで解放してもらえるとも思えない。
何かしら別の手を考えたいところだが、この手触りがそれを阻害する。
このままではいけない、そうは思っても、怠惰な誘惑ってやつはどうしようもなく強い。
いつの間にやら、彼女の細くも柔らかな体が俺を包むようにして寄り添っていた。
背中越しに感じる温もりが、眠気さえ誘発してくる。
諦めようよ、という力強い誘いに、俺は何とか抗いながら手を動かすばかりなのだった。
◆◆◆
「うーん、いないねぇ」
藪を搔き分け、巨木を押しのけ、岩をずらしたりしながら背後で必死にユウキを捜すハンナを後目に、タンポポは呑気な声を上げながら視線をあちこちらただ向けるばかりだった。
「タンポポちゃん! もっと真剣に捜してくださいってば!」
「そうは言うけどさぁ、血痕があっても本人がいないんじゃしょうがないじゃん」
「もしかしたら動けるぐらいの怪我で済んで、あちらも必死に私たちを探しているかもしれないんですよ! 逆怪我が酷くて、何かに寄り掛かったまま動けずにいるかもしれません……ユウキさん……」
「まあ、だとしたらデカいものをとりあえず退けるのはやめときなよ。そのまま押し潰しちゃうかもだし」
「! そ、そんな! ユウキさーん!」
慌てて自分のぶん投げた岩を持ち上げたりしているハンナを見て、タンポポは呆れたようなため息をつく。
あんな調子だというのに、2人はまだ付き合っていないというのだ。
ユウキがハンナのことを好いているのは度々公言していることだし、どう見てもハンナはユウキのことが大切なのに、その告白に応えるようなことはしていないらしい。
何なんだろうこの2人。
どうせくっつくのであれば、無数に人間のいる学校とかに所属してない以上、無理にフリーであるという時間を設けることもないだろうに。
たくさんの人間が属するコミュニティにいて、そういう付き合いをあえて保留にする、みたいなのはまあ分かる。
互いに本当に相手と付き合うことが正解か分からない以上、他の人とも話したりしてから、最適を見つける、みたいなことができるわけだから。
でも、5人パーティで、女性が多いもののどう考えても両想いな2人が付き合わないってのは何なんだろう。
周りに付き合ってないけど互いに好きなんですよ、ということをアピールして何になるというのか。
やきもきする、というのとは少し違う感覚で、タンポポは2人の不思議な関係性を見つめていた。
「ねえ、ハンナ」
「何ですか?」
「ハンナはさ、ユウキのことが大好きなわけじゃん」
タンポポの言葉に、ハンナは持っていた巨石を取り落としながら、顔を真っ赤にした。
「な、ななな、何言ってるんですか、急に! そんな、その、私が、ユウキさんを……」
「今更隠すこともないでしょ。最初に会った時から分かってたしね。んでまあ、ユウキはいつも言ってるけどハンナにぞっこんなわけじゃん」
タンポポの言葉に、ハンナさらに顔を赤くして、小さく頷いた。
言いながら少しずつ馬鹿らしいことを聞こうとしているのかもしれない、と話題選びに失敗した気持ちを味わいながらも、タンポポは続けた。
「そんな感じなのにさ、2人って付き合ったりはしてないわけでしょ。なんで?」
この質問は正直なところ、そこまで深い意味を持って聞いたものではなかった。
現状を維持する利点がタンポポにとっては分からなかったし、何より、そうあることでずっと苦労しているツンデレ魔法使いがパーティ内にいることの方が気にかかったからだ。
それに、少しだけ、本当に少しだけだが、タンポポも少しだけ、この煮え切らない2人の関係に、イライラとしていた。
そんな様子なのにユウキのやつはザクロにも、タンポポにも優しく笑いかけるし、気を遣うし、良い男っぽいところを多少以上に見せてくる。
ハンナのこととなれば気持ち悪いぐらいなのに、そこを除けば良いやつなのは、どうかと思う。
そんなわけで、くっつくならとっととくっついてほしい、とタンポポは常日頃から思っていたのだった。
「まあ2人にも何かしらの思うところがあるのかもしれないけどさ。あれだけ気持ち悪いぐらいに熱烈なのをあしらい続けてたら、ハンナにはその気がないんじゃないかって思われてもおかしくないわけじゃん」
「そ、そうなんですか!?」
突然食いついてくるハンナに、タンポポは苦笑いを浮かべる。
天然だ天然だとは常日頃から思っていたものの、そんなになのか、このお嬢さんは?
「そりゃそうでしょ……いやまあ、ユウキに限ってはそんなことないかもだけど、絶対にないとは言い切れないからね」
「私、そんなつもりじゃ……」
「人の気持ちとか受け取り方を誘導はできても他人が決めることはできないからね。ユウキが心変わりすることも、絶対にないとは言い切れないんじゃない」
「なるほど、確かに……」
考え込むハンナに、ポリポリと頬を掻きながら、タンポポは聞く。
「で、そういうことを踏まえて改めて聞くけどさ。なんで付き合わないの?」
「それは、その……」
ハンナは少し頬を染めながら答えた。
「私だって、その、ユウキさんのことが、す、すす、好き、です。でも、好きだから、という理由だけで、私がユウキさんとお付き合いしたりは、できないんです」
「? なんでさ?」
「……タンポポちゃんには話してませんでしたね。私は、一応ですが、エルフの森の王族の娘なんです。私と恋人同士になったり、結婚するとなれば、故郷のしがらみにユウキさんを巻き込むことになってしまいます。今でさえ、私が外の世界を旅するために、ユウキさんにを巻き込んでしまっているぐらいなんです。それなのに、これ以上の負担を強いるのは、できれば避けたいと思ってしまって……」
真剣に、それでいて必死に、ハンナは抱える想いを吐き出す。
彼女にとって、自分の人生というものはとても薄い感覚にあった。
王族として、醜い姿で生まれた身として、周囲から忌み嫌われる力を使う者として、あらゆる立場で見られることを意識して日々を過ごすハンナにとって、自分勝手な選択というものは、可能な限り後方に追いやる存在だった。
誰かに宛がわれたものではなく、他者から決めつけられたものではなく、自分の手で得ようとする感覚が、ハンナにとっては遠く難しいものとなっていた。
それは彼女の歩んできた人生が作り上げた価値観であり、他者が推し量るには難しいもののようにも思えたが、
「……ハァー……」
タンポポにとって、それはものすごく、しょうもないことに過ぎなかった。
盛大なため息をつくタンポポを見て、ハンナは驚く。
この話を聞いて、そんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだ。
「何かあるとは思ってたけど、そんなことかぁ……」
「そ、そんなこと、じゃないですよ! 重要なことです!」
「まあね、確かに重要かもしれないけどさ。それは国にとって、とか、王族にとって、って意味で、ハンナにとって重要なのはそこじゃないでしょ?」
「ええっ!?」
自分の抱えてきたことをあっさりと否定された気がして、ハンナは目を丸くしていた。
タンポポはそんな彼女に、変わらず呆れた様子で続ける。
「まあ、ハンナは良い子だから、実家のことも気にしてるんだろうし、両親家族とか、地元のことも気にかけて生きてきたんだろうね。それはすごく良いことだけどさ、それで自分をないがしろにしちゃうのは良くないよね」
「……」
「自分の人生なんだからさ。誰かのために生きるってのは、違うと僕は思うんだよ。誰かのためになることが生きる目的になっちゃったから、それはきっと自分の人生を歩んでるとは言えない。他人の笑顔を生きがいにするのは良いけど、そのためだけに生きちゃいけないってこと。分かる?」
タンポポが覗き込んでくるのを見て、ハンナは小さく頷いた。
「だからこそね、人生におけるパートナーを決める、みたいな自分の人生を決めるような出来事については、許嫁がいようが親に反対されようが、なんだろうが自分のやりたいように決めないと。結果国民全員が路頭に迷ったところで、それと個人の幸せは天秤にかけるべきじゃないんだよ。そこは別の形で両取りしないと」
にっこりと笑うタンポポの言葉は、あまりに身勝手だったが、それでも不思議と、ハンナの心に沁み込んでいった。
「誰かの幸せを踏みにじってまで維持しなきゃいけない国なんてのはね、とっとと滅んだ方がいいんだよ。上が腐らなきゃそんなことは基本なんないんだから。ま、そういう事情があるのかは知らないけど、僕が言いたいのはね」
ハンナに背を向けながら、タンポポは静かに締めくくる。
「やりたいようにしなよ、ってこと」
それに、ハンナが言葉を返そうとしたその時、
「おおっ、やーっと反応した!」
タンポポは懐から取り出した機械を見て大きな声をあげた。
「ハンナ、朗報だよ! これ見て!」
そう言って彼女が見せてきた機械は、ハンナにとっては何が何やら、よく分からない品物だった。
地図らしきものが表示された画面に、赤い点が打たれている。
「これは?」
「ユウキのやつを突き飛ばす時についでにつけといた発信機! これで場所が分かるんだよ。いやー、さっきまではなんか知らないけど反応がなくてさ。てっきりぶっ壊れたかと思ってたんだけど、何かしらで反応が阻害されてたっぽいね」
よし行こう! と歩きだすタンポポに、続いてハンナは歩き出す。
そして、ハンナは心の内で決意していた。
次にユウキと会った時、絶対に自分のしたいことを話そうと、そう、強く決意していた。




