俺の嫁はエルフ受けが悪い【50】
「さあさあ、ゆっくりとしていくと良い!」
キリに連れられるままにどことも分からない場所を進み、俺はそっと降ろされた。
周囲を真っ白に包んでいた霧が少しずつ晴れていき、俺の視界に色が戻ってくる。
「これは……」
それは、祭壇のように見えた。
いくつもの巨大な岩が周囲を取り囲み、広場となっているここにはいくつもの儀式めいたものが設置されている。
石を切り出して作られたであろう、何かしらの文様が刻まれた台座。
円形に広がる石畳は、台座に置かれた供物を食らう神のいる場所、といったところか。
この広場に続く道は綺麗に舗装された1本道のようだが、その道も左右が岩で囲まれている。
単純に走って逃げだすには場所も分からない上周囲は岩だらけだ、非常に難しいだろう。
何より、
「ふははは、久しぶりだのう、我が家に人が来るのは!」
頭上に広がる白い霧。
天井のように広がるこれが全て、この声の主であることを考えれば、逃げ出すことは困難極まりないと思われる。
とまあ、とりあえずで逃走経路を確認してはみたものの、別に今すぐ逃げなきゃいけないわけじゃない。
「んふふふ、それじゃあのう、それじゃあのう、どうしてくれようかのう!」
ウキウキと、楽しそうに何かしらをしているらしい彼女はとても上機嫌だ。
その気持ちを表すかのように、頭上では一定の流れでぐるぐると霧が渦巻いているのが分かる。
彼女の機嫌を損ねない限りは、とりあえずは大丈夫だろう。
だがこのままずっとここで暮らすというわけにもいかない。
彼女をどうにか宥めるなり、鎮めるなりをしたうえで、ここを出るのが今の俺に課されたミッションというか、なんというかだ。
それにしても、
「何もないな、ここ」
「む、そうだな……ここしばらくは人間どもも寄り付かなくなっていてな。我を畏れ敬うあまりに、近づきすらしなくなってしまった」
台座に触れると、少し埃を被っていた。
雨ざらし、というわけではないらしいが、これは彼女がこの場所をそれなりに大事に見守っているからだろか?
とはいえ、人が立ち寄っていないというのは本当らしく、ここらには人の気配どころか、誰かの手が入った様子すら見受けられない。
「お前さんは、それを嘆いていたってわけだ」
「な、嘆いてなどおらぬわ! 寂しくなんてない! 畑を見てもここにいても、誰も来ないからって泣くものか!」
語るに落ちるとはまさしくこのこと。
彼女は強大な龍として、この地を支配し続けていたが、その圧政に耐えられなくなった人々は彼女のもとに寄り付かなくなってしまった。
だが彼女自身は、その恐れが、恐怖ではなく、畏敬であると信じてやまなかった。
結果、そこに齟齬が生じてしまい、村人たちは彼女を拒絶してしまい、彼女は彼女で理由も分からないままに1人になってしまった。
ままならないことだなぁ、とは思うものの、俺が村人たちとの間を取り持ってやるのもまた違うような気がする。
彼女の認識、感覚の違いを正さない限り、この土地にも、彼女自身にも望む幸せはやってこないだろう。
であれば、俺ができることは、何か。
「なあ、キリ」
「む、なんだ?」
「あー、そうだな……さっきから、この名前で呼んでるけどな」
「うむ、あだ名というものであろう? 仲良くなった者同士がつけるものだと聞く。そうだ、我もユウキにあだ名をつけてやろう!」
「いや、そうじゃなくてな」
「ふーむ、ユウキであろう? 先ほど撫でる手はなかなか悪くなかったな……人であろう? うむ、ナデビト、うむうむ、これが良いか?」
「いやそのまんま過ぎ……」
「貴様だって我にキリなどとそのまんまな呼び名を付けたであろうが!」
話が脱線してきた。
このままだと埒が明かないので、どうにか、彼女とまともな対話ができる状況に持ち込まなくてはならない。
「あー、分かった、分かったよ! よし、じゃあそうだな、キリって呼び名はなしにしよう」
「なっ」
「いやまあ、そうじゃなかったらありがたいな、と思って違う名前で呼んでただけだしな……もっとちゃんとしたあだ名を俺も考えたいから、姿を見せてくれよ」
「……」
「俺はお前の正体を知ってる。この山の麓の村で、お前の討伐依頼を見てきた旅人だ。ただな! だからってお前と敵対したいともあんまり思ってない」
正直なところ、彼女とやり合う気持ちはすっかり消えてしまっていた。
だって、あんな誰もいないような場所で、こっそり泣いていたんだぞ?
そんな相手を容赦なく、何の感慨もなく討伐するようなことは、俺にはできない。
「俺はお前ともっとちゃんと話がしたいと思ったんだ。お前はお前で、いろんなことを考えて、望みがあって、願いがある。それが理解できたからこそ、改めてちゃんと会話がしたい」
俺は台座の上を軽く払って、腰かけた。
そして、隣をポンポン、と軽く叩く。
「な、だから、ここに座って、並んで話そうぜ」
できる限り優しく、彼女の心をほぐせるように意識しながら、俺は語り掛ける。
すると、しばらくの間彼女は黙り込んでいたのだが、
「……仕方がないな」
静かにそう告げると、ゆっくりと、頭上の霧が石畳の上に降りてきた。
真っ直ぐに落ちた霧の柱は地面に落ちるごとに少しずつ姿を変えていき、やがて、その白は巨大な肉体を形作っていった。
大きな体、長い四肢。
純白の体躯は全体が龍らしからぬ体毛で覆われており、頭から背にかけて、長い首の上を真っ白な髪のような毛が覆っていた。
長い髪が瞳を隠すようにしているその姿は、どことなく女性的であり、声の具合からも彼女の本当の姿だと納得させてくれる。
毛のせいかちょっと犬っぽさもあるなぁ、なんてことを思う俺の隣に、彼女の大きな頭が乗せられた。
髪の間から除く、真っ赤な瞳が俺を見る。
「この姿を見た人間は、皆逃げ出すか、腰を抜かして動けなくなる。ゆえに、お前に見せたくはなかった」
「……なるほどな」
俺は言いながら、彼女の頭を軽く撫でた。
ああ、先ほどと同じ、暖かな感触だ。
「まあ、びっくりするやつは多そうだよな」
言いながら、俺は彼女の頭を撫で続ける。
霧がすっかり晴れた頭上からは、優しい陽光が降り注ぎ、静かで穏やかな時間を俺たちに届けてくれるのだった。




