俺の嫁はエルフ受けが悪い【5】
「そういえば、ハンナの家ってまだ残ってるのか?」
「残ってるはずですよ。たまに動くから何とかできないか、と先ほどお父様から言われましたけど、そんなことあり得ないですよね?」
「……そうだな」
あとで何かしらの手段で確認しておこう、とハンナの元々住んでいた家を思い出す。
以前、マサギのために作ろうとしたのはおぞましい怪物の顔のような形をしていたが、こちらはこちらでなかなかホラーチックな外見をしている。
端的に言えば、巨大な髑髏だ。
それが木材なのに、どことなくとろけたような外見になっており、骨から肉が滑り落ちているかのような、そういう不気味な造形をしている。
俺も、最初に改めて全体を確認した時は、このまま起き上がってくるのではないかと思ったぐらいだ。
周囲にある木々もちょうど地面についた腕のようだったし。
昔見た映画に出てくる、腐った巨人のように動くハンナの家を思い返し、恐ろしくなってしまった。あり得そうで。
身震いする俺を、不思議そうにハンナは見下ろしていた。
このあどけない顔で、どうしてあんなのを作ってしまうのだろうなぁ。
そんなことを思いながらハンナとじっと見つめ合う。
覗き込むように俺を見る彼女は、影の中にあっても綺麗な瞳をしていた。
水底に差し込む太陽を眺めているような気分だ。このままいつまでだって見ていたい。
だが、
「ちょっと、いいかしら……」
こういう時に限って、邪魔というのは入るものである。
「どうぞ」
ノックの音と声に、ハンナは顔を上げ、扉の方を見てしまった。
仕方ないので、俺も寝転んだままそちらに顔を向ける。
「さっきは悪かったわね――って、あんたたち……」
「? どうしました?」
「何か変か?」
「変、っていうか、はぁ……昔はもう少し、人目を気にしてなかった?」
俺が膝枕されたままなのが気になるらしい。
こちとら結婚してから何年も経っているのだ、これぐらい許してほしいのだが。
「その、もう家で一緒にいるのが当たり前になってしまいまして……」
指摘されたハンナは少し気恥ずかしそうに、俺の頭を優しく押し上げた。
「ユウキさん、起きましょう。ザクロちゃんも何かご用があるみたいですし」
「ハンナがそう言うなら仕方ないか……」
渋々起き上がる俺に、ザクロはじっとりとした視線を向けてきた。
「そんなだと、謝る気も薄れるわね……」
「なんだ、まだ気にしてたのか」
「当然でしょ。勘違いで人を燃やしていいわけないんだから」
ふん、と鼻を鳴らして腕を組み、座椅子に腰掛ける姿は堂々としたものだ。
俺は勘違いとか関係なしに人を燃やしちゃいけないと思う。
そこを指摘すべきか否か、なんてことを考えていたが「悪かったわね、本当に」と彼女が珍しく素直な謝罪を口にしたので、これ以上とやかく言うのも野暮だと判断した。
最初に出会った頃は意地でも謝らないやつだったので、ずいぶん大人になったものだ。
互いに10年も経てば変わるということか。
「ん、反省してるんならそれでいいさ」
俺が笑顔を見せると、ザクロも安心したように笑った。
「そうだ、さっきは途中だったし、互いに近況報告といこう。うちの方はさっき話した通り、家族が増えた。な、ハンナ?」
「はい! マサギさん、今度ザクロちゃんにも紹介しますね」
「本当だったのね、それ。ま、仲良くしてるのも散々見せつけられたし、そっちのことは分かったわ」
「ザクロは何かないのか?」
「んー、特にないのよねぇ。おかげさまで、超凄腕魔法使いのザクロちゃんはどこでも引っ張りだこよ。魔法の指導、意見のためにあちこち飛び回ったり、新しい魔法の研究の手伝いさせられたり、このまま働き続けて死にそうなぐらい」
やれやれ、といった具合に肩を落とすザクロだったが、その顔は笑っていた。
嬉しい悲鳴、というやつなのだろうか。
「結婚とかしないのか?」
「ふぐっ!」
なんとなしに聞いたつもりだったが、地雷だったのか、ザクロは変な声を出して頭を抱えるとそのまま黙り込んでしまった。
室内の空気が重たくなっていく。
「あー、えーっと、そうです! ヒイラギさんはどうしてますか?」
ハンナが出してくれた助け船に、俺とザクロは互いに飛びついた。
「そ、そうだ、あいつも王都にいるんだろ? 元気か?」
「え、ええ、元気にやってるわよ。最近は王家の剣術指南役に抜擢されてたわ」
「へぇ、そいつはすごいな」
ヒイラギも、かつての俺たちの旅の仲間だ。
凄まじい実力の剣士であり、彼の剣の腕に幾度となく俺たちは助けられた。
細身のイケメンで、黙っていれば絵になる男。
無口で口下手でコミュニケーション能力が壊滅的なことを除けば、根は優しいやつだし、今もその剣の腕を買われているというのなら、幸いというものだ。
「元々は騎士団にいて、上官職でもあったんだけど、部下に指示とか出さないで1人で任務を片付けたりしてたのがバレて個人職に回されたのよ。後進が育たない、って」
「ああ、なるほど……」
納得の理由だった。
あいつのことだし、部下たちの危険などを考えた結果1人で片付けることにしたのだろうが、出来過ぎる男というのも考えものだ。
そして、仲間の話となれば、自然ともう1人に話題は向くことになる。
「タンポポちゃんは、どうしてますかね」
「何してるんだろうな。最後に会ったのも、いつだったか」
「この間噂は聞いたけど、どこかの魔王の領地で、レジスタンスに手を貸してるみたいよ」
「相変わらずそういうの好きだなぁ、あいつ」
「危険な目に遭ったりしていないといいんですけど……」
「あの子を危険な目に遭わせられるって、それこそ魔王ぐらいじゃないの?」
「だろうなぁ。一騎打ちでもしなきゃ大丈夫だろ」
タンポポは、俺たちの中でも特殊な技を使うやつだった。
本人の能力自体が道具を作成したり使用することに特化しており、様々な特殊アイテムで俺たちの冒険を手助けしてくれたものだ。
いわゆる回復薬だとか、攻撃力を増す薬、相手の鎧や装甲を脆くさせたり、爆発を引き起こしたり、などなど。
小柄なハンナよりもさらに小さい体で戦場をちょこまか走り、たくさんの道具で戦況を変える、そんな女がタンポポだ。
あいつが原因で発生したトラブルも数えきれないほどあるが、それ以上に楽しく過ごさせてくれるやつだった。
気ままでマイペースな性格の彼女は、冒険が終わった後、俺たちのように定住することもなく、各地を行商人兼傭兵として旅しているらしい。
道具を与えたり、自分自身の力を貸したりしながら、楽しいことを探している、とのこと。
「久しぶりに皆で集まったりもしたいですね」
「そうだなぁ、こっちに来たのもだいぶ久しぶりだしな」
「今度、タンポポに手紙でも出しておきましょうか。場所によるけど、私が迎えに行ってもいいし」
ザクロの転移魔法には俺たちもたくさん世話になった。
俺は魔法が使えず、ハンナが使えるのは治癒と肉体強化、ヒイラギも魔法は使わないし、タンポポは道具に頼るタイプなので、結果ザクロがそういった便利面を任されていた。
本人もわりと乗り気なので、こうして何かと世話を焼こうとしてくれる。
思い込みが多少激しいところもあるが、ザクロもいいやつなのだ。
「そういうことなら、今日のうちに日にちだけでも決めて――」
「ここにおられましたか、ザクロ様」
と、昔を想う会話の最中、不意に開かれた扉の向こうから、エルフの兵士が現れた。
「どうしたの?」
「緊急事態です。集落の外れに巨大な怪物が現れたとのことで」
「私を呼びに来たってことは、それぐらいのやつなのね。一応、相手のレベルは?」
「推定ですが、60は越しているようです」
「げ、そんなのがここらに出たの? いいわ、向かうから場所を教えて」
「はっ!」
ザクロの言葉に、兵士は概ねの場所を告げる。
「ハンナ、ユウキ、せっかくだしちょっと手伝ってくれる? 私1人で足りるとは思うけど、念のためね」
「もちろん、つっても、俺が行っても囮にしかなれねぇけど」
「十分よ。って、ハンナ?」
俺たちのやり取りを余所に、ハンナは1人、不安そうな顔をしていた。
「どうした?」
「あ、えっと、その、実は、先ほど言っていた辺りは、私が昔住んでいた場所なので……」
「心配か?」
「そうですね、少しだけ。お世話になった方もいますから」
そう言って無理に笑う姿に、俺は居ても立っても居られなくなった。
いつだって、ハンナは不安な時や悲しい時、こちらを心配させまいと、無理に笑ってみせる。
「ザクロ、急いで行こう」
「あんたねぇ……ま、いいわ。それじゃ、飛ぶわよ!」
呆れた様子のザクロに連れられ、俺たちは転移魔法で部屋を後にするのだった。
「こいつは、すごいな……」
転移魔法の発動と共に俺たちを包んだ光が晴れると、そこにはすさまじい光景が広がっていた。
木々がいくつも生え、森と集落の境界にも近い、エルフたちの住処の外れ。
何人ものエルフの兵士が、大きな体躯を持つ怪物を前に魔法を放ったり、弓を射って応戦していた。
住んでる連中が逃げ出しているのも見える。
兵士たちが対峙している怪物は、大きな頭のように見えた。
頭上に2本角が生えた人の頭、その側頭部からは腕が2本生え、怪物は器用に腕だけを利用して地面を歩いているようだった。
体中を構成しているのは切り出された木材やら建築素材やら、といった具合だが、どういうわけか崩れかけのそれらは無造作につなぎ合わされ、形を保っている。
怪物が動く度、そのパーツが外れ、壊れ、まるで皮膚が溶けているかのように零れ落ちていく。
どれだけ体が崩れようとも、攻撃を受けようとも、怪物は物ともせず動いている。
進路の先には王城たる巨大樹があり、兵士たちはそちらに進ませまいと戦っているようだった。
「とりあえず足止めからかしら」
ザクロがそう言って杖を取り出したその時、不意に怪物が動きを止めた。
片腕を上げた状態でピタリ、と停止した後、今度はこちら側を勢いよく向き、そのまま歩みを進めてきたではないか。
「ちょ、こっち来たぞ!?」
「あーもう、何なのよ!」
ザクロは咄嗟に魔力を込め、巨大な火球を放った。
だが、怪物は意外にもその場で横っ飛び、体を撒き散らしながらしばらく転がると、体勢を立て直して再びこちらに迫ってきた。
先ほどまで見ていた緩慢な動きとは比べ物にならない。
「ハンナ、強化!」
俺は怪物に向かって走りながら『ヘイトフル』を発動させる。
少し遅れて、ハンナによる強化を受け取った俺は、振り下ろされた怪物の巨大な腕を受け止めた。
片腕だけで凄まじい力だ。
骨や筋肉が悲鳴を上げるのを感じながら、俺はもう片方の腕も動かそうとする怪物を見上げる。
この姿には、見覚えがあった。
いやはや、懐かしい。
こいつは、ハンナがかつて暮らしていた家だ……なんでこんなに動き回っているのかは、分からないが。
「ザクロ、今のうちだ!」
「もちろん!」
俺の頭上で、魔法陣が展開する。
大掛かりな術式が発動する場合、手元で魔法を行使する以上に陣を敷き、そこから魔力を形取らせる必要がある、らしい。
そのため、強大な魔法を使う前には、こうして魔法陣が現れるのだとか。
振り下ろされる怪物の腕と魔法陣を見上げながらぼんやりとそんなことを考えるうち、
「穿て、『プロミネンス』!」
巨大な炎の柱が魔法陣の中心を貫くように放たれた。
ザクロは魔法の中でも炎魔法を得意としている。
攻撃魔法が最も得意で、治癒や補助は苦手、とのこと。実際、ほとんど使えない。
そんな彼女の使う魔法の中でも『プロミネンス』は高威力かつ、使い勝手の良い魔法だった。
他の魔法と比べて範囲を絞りやすく、炎で燃やしたり爆発で壊す、というよりは、凄まじい熱量で消滅させる、といった具合で攻撃する、炎の槍を発生させる魔法である
ここらは市街地ということもあり、彼女なりに配慮した結果選ばれた魔法なのだろう。
もちろん、その配慮は正しいものであり、あの炎の槍であれば、巻き込まれる人間は存在しないだろう。
怪物の足元にいるやつとかを除けば。
「うおおおお!!」
声でも出さねばやってられないぐらいの、熱さ、痛み、そして自身の肉体が焼け焦げる香ばしい匂い!
この炎の中、強化を受けていたとしても普通の人間は肉体を保ってなどいられない。
幾度となく肉が瞬時に炭化し、溶け、蒸発し、一部が再生して、を繰り返していた。
ほぼ消滅した体がギリギリ『生きている』と判定されるまで再生され、そこがまた燃やされるわけだ。
死ぬような目に遭うこと自体はさすがに冒険の中で慣れたものだったが、これはやっぱりキツい。
死なないから、死ぬような目に遭っても生きているからといって、痛みに鈍感になれることは決してない、というのが厄介だ。
毎度嫌な思いはするわけだし、俺だってさすがに冒険中何度か「もうこんなことはやめよう」と思ったことがある。
だがしかし、だ。
旅の果て、俺は改めて思ったのだ。
自分にできることがあって、自分にできないことがあって、選べる選択肢が少ない以上、最も多数の相手が幸せになれるような選択を俺は取りたい、と。
今だって、俺が出張らなければ、たくさんの兵士たちが囮となったり応戦をして、何とか作った隙でザクロの魔法を叩きこむ、といった手筈になっただろう。
そうなれば、何人の兵士が怪我をするだろうか?
何人の犠牲が出ることだろうか?
どれだけの民家が破壊され、討伐までにどれくらいの時間がかかり、不安に思う人がどんなに増えるだろうか?
それを俺1人の痛みで賄えるのなら、安いものだ。
燃える視界の中、怪物の半身が崩れているのが見える。
ほとんどが木材でできた体は魔法の範囲外であっても少しずつ燃え始めており、このままいけばすぐにでも消し炭となるだろう。
もういいかな、と俺は掴んだままだった怪物の腕から手を離し、炭になったり溶けて崩れそうな肉体を引きずりながら、怪物から離れた。
強化がまだ乗っているおかげか、力が入らない体でもある程度は距離を取れた。
「ユウキさん!」
地面に倒れる寸前、ハンナが駆け寄ってきて受け止めてくれた。
優しく寝かせて治癒魔法をかけてくれる彼女に、俺はなんとか動く右腕を伸ばし、たっぷりと蓄えられた瞳の涙を拭ってやる。
「いやぁ、いつ喰らってもすごいな、ザクロの炎は」
「そんな呑気なこと言ってる場合ですか!」
泣きながら必死に治癒魔法をかけてくれるハンナを見て、こちらも慣れてはくれないなぁ、なんてことを思う。
俺が痛がると、ハンナは悲しそうにする。
俺が無茶をすると、ハンナは辛そうな顔をする。
俺が「どれだけ傷ついても平気だ」と言っても、その度にハンナは傷ついている。
昔、仲間たちに怒られたことだが、いやはや、未だにというか、最後の戦いになっても俺のこの感覚は直らなかった。
確かに、俺は自分をないがしろにしがち、だと思う。
誰かのために、自分以外の人のために、という気持ちで動いて、結果死んでここに送られてるわけでもあるし。
そこを怒ってくれる人がいるのは、きっと喜ばしいことだ。
誰かが俺の心配をしてくれるのだって嬉しい。
でも、たまに思うんだ。
俺のこういう考え方を、それも1つの生き方だって言ってくれる人がいたら、それはそれで、何かが違ったんじゃないか、なんてことを。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」
「っ、なんだ!?」
突如、響き渡る轟音。
まるで獣の咆哮のような響きと共に、半分以上が燃え尽きた怪物が、再び動き始めていた。
片側だけになった腕で地面を掻き、こちらに向かってくる。
俺は起き上がろうとしたが、体がまだついてこない。
全身に鞭打って、無理やりにでも起き上がろうとするが、そもそも力が入らないんじゃどうしようもない。ハンナの強化もとっくに切れたみたいだ。
いくら無限に張れる体があったとしても、使い物にならないんじゃ意味がない。
「ハンナ、急いで離れろ! 俺のことはいいから!」
咄嗟に叫ぶが、ハンナは怪物と俺を交互に見てから、
「そういうわけにはいきません」
俺を守るように怪物に立ちはだかった。
小さなハンナの体は、怪物の腕の先程もない。
あの腕で薙ぎ払われたりすれば、ひとたまりもないだろう。
「ハンナ!」
「大丈夫ですよ、ユウキさん」
俺に優しく微笑んで、ハンナは自身に強化魔法をかけ始める。
「私は、弱くありませんから」
臨戦態勢で怪物を見据えるハンナは、軽く拳を握る。
俺たちのパーティで、最も高火力なのは間違いなくザクロだ。
剣技が優れているのがヒイラギ、素早いのがタンポポ、頑丈なのが俺。
では、ハンナが優れている点は?
治癒能力、それも確かに素晴らしい。
だがそれ以上なのが、彼女の強化魔法。
実は、俺にかける分には、その効果は大して発揮されない。
なぜなら、俺は普通の人間で、元々の身体能力も大したことがないからだ。
ハンナはエルフ。
エルフは生まれつき体が強い。
力は細身ながらそこらの人間や魔物よりずっと強く、ただの弓矢に見える彼らの弓がずっと強弓であるのは戦闘を生業とする者たちの間では有名である。
森を駆け、自ら獣と対峙し、狩りを行う彼らはすべからく、生まれつき恵まれた肉体を持っている。
ハンナもご多分に漏れず、素の身体能力は高いのだ。
身体強化の魔法は、かけられた者の肉体を強化する、言うなれば、力を倍にしたりする魔法である。
つまり、元々の数値が大きければ、倍になった数値はより大きくなる、ということ。
「……私を、迎えに来てくれたんですか?」
怪物に向かって、静かに声をかけるハンナだったが、その言葉に怪物は何も返さない。
ただ無造作に振り下ろされる腕だったが、それにハンナも握った拳を振り被った。
そして、2つの拳がぶつかり合うか、というその時だった。
「凍りなさい」
バキン、と怪物の動きが強烈な冷気と共に止まった。
凍り付いた巨躯を前に、呆然とするハンナの横、真冬かと思うぐらいの冷たい風が一瞬通り抜けた後、美しい長身のエルフの女性がそこに立っていた。
突然の出来事に、辺りが静まり返る。
動きを止めた怪物と、静かになった周囲を見回し、女性は兵士の1人に声をかけた。
「速やかに解体しなさい。避難者の誘導も忘れずに。良いですね?」
「は、はいっ!」
指示を受け、動き出す兵士たち。
ざわめきを取り戻したエルフたちの中、ハンナは呆然とすぐ横に立つ人物を見上げていた。
「お母、様……」
普段は王城の奥深くで部下に差配を飛ばすばかりの存在であり、顔を見たことのないエルフも多いという、ハンナの母、女王ディーナがそこにいた。
「ハンナ、相も変わらず、そのような魔法に頼っているのですね」
「……」
ハンナが使う魔法の数々。
これは、エルフにとっては弱者のための魔法とされている。
エルフたちは己の肉体を誇りに思っているため、治癒は己の肉体と作り出した薬から、肉体を使う行動は己の力を利用してこそ、と考えている。
ゆえに、自分たちの文化を大事にする者ほど、治癒魔法と強化魔法は使わないらしい。
だからこそ、中でもその2つを得意とするハンナを、エルフの中でも特に文化を重んじる女王は良く思っていない。
そして、女王のみならず、他のエルフたちからも、ハンナは王家の血筋でありながら文化を大切にしない、不良娘と認識されていた。
外見に関しても、ハンナとディーナはあまり似ていない。
目の色が同じぐらいで、高身長でスレンダーかつ妖艶さすら感じる美しい女王と、低身長で巨乳な可愛らしい童顔のハンナでは、似ても似つかない。
血が繋がっているのかも怪しい、などと噂している者もいるのだとか。
もちろん、2人は本当の親子なのだが、ハンナの外見はエルフにとって、どれも魅力的に思われないらしく、魔法のことも相まって、彼女はエルフ受けがとても悪いのである。
「であれば、私からかける言葉はありません。王の様子を見に来たのでしょう? それが終わったのであれば、疾くこの国を去ることです」
冷たく言い放つ彼女に、ハンナは俯いたまま「はい」と小さく応えていた。
たったそれだけのやり取り。
しばらく会っていなかった親子とは思えないような会話だが、俺は――
「話には聞いてたけど、さすがにこれはないわね! あり得ない、信じらんない!」
と、突如凄まじい怒気を込めて放たれた声に、俺は嫌な予感がした。
顔だけ向けてみれば、案の定、ザクロが鋭い吊り目をさらに吊り上げて、女王に向かって人差し指を突き付けている。
「あんた、人の心ってもんがないわけ? それでも親!?」
しかし、女王はその言葉に眉1つ動かさず、冷ややかな視線を向けていた。
「ここであなたと私が争うことに利はないはずです。今ならば、あなたという人間のこれまでの我が国への行いに免じ、見逃しましょう」
「必要ないわ。私は理不尽をしたら謝るけど、それ以外には断固として抵抗する女よ。私が怒って、それが正統なものだと私が思う限り、これを覆すつもりはないわ」
「……なるほど」
空気まで凍り付かせる、鬼気迫った2人の様子に、寝転がったままの俺は無力だ。
何か言ったところで絶対、状況を悪化させる自信がある。
「あ、あの!」
俺以外の誰もが同じようなことを思っていたであろう中、ハンナだけがおずおずと手を挙げていた。
「えっと、立ち話もなんですし、その、場所を移動しませんか?」
あまりにも場違いな言葉。
状況を何1つ分かっていないかのような彼女の提案だったが、
「……そうですね」
「……分かったわ」
どういうわけか、2人は乗っかって来たのだった。




