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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
49/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【49】

「我はな、支配する者なのじゃ」

「支配?」

 霧の中、よく分からない毛髪の手触りを味わいながら、俺は聞き返した。

 よく分からない何かは、頷くような仕草をする。

「うむ。この地に住まう者たちを支配し、畏れられる存在よ」

「そんなやつがまた、なんでこんなとこで泣いてたんだよ」

「泣いておらぬと言っておろう!」

「そうだな、悪い悪い」

 霧はなんやかんやと怒ったり、尊大そうな態度は取るものの、それ以上の反応は示さなかった。

 撫でられてるのは気分が良いのか、離してくれそうにない。

「で、そんな支配者さんはこんなとこで何してたんだ?」

「まあまあ、それは良いではないか……」

 露骨に歯切れの悪くなる彼女に、俺は軽く頬を掻いて、まあいあか、と違う話題を降ることにした。

 どうあれ会話を求められてはいるはずだし。

「んじゃまあ、それはいいや。俺はあんたのことをなんて呼べばいい?」

「なんとでも、好きに呼べば良い。敬意と畏れが含まれておれば、我はなんと呼ばれようが構わぬ」

 とか言って、呼び方をミスったら死なないだろうな、これ。

 いやまあ、俺はどうあれ死なないんだが。

「そしたらなんだろなぁ……」

「特大級のひれ伏しっぷりを感じさせる名前が良いぞ!」

 注文が多そうでシンプルだなぁ。

「じゃあ、まあ、とりあえずキリ、で」

 霧だし。

「ふむ、ふむ! 悪くない! 悪くないぞ! しかし足らぬな、少しばかり呼び名には足らぬ!」

「足りない?」

「ああそうだ、我を呼ぶのであれば、きちんと『様』をつけねばな!」

 得意気に言う声を聞いて、俺は頭を抱えそうになった。

 こいつはまた、付き合いに難儀しそうなやつだ。

 しかし残念なことに、今の俺には、こいつの話し相手になるしか選択肢が存在していない。

 もうしばらくは彼女のペースに付き合ってやるとしよう。

「んじゃキリ様」

「なんだ?」

「あんたは自分を支配する者とか言ってたけど、具体的には何を支配してるんだよ?」

 質問をしながら、俺は1つの心当たりに行き着いていた。

 だからこそ、思ってしまう。

 どうかこの質問の答えが予想と違つていますように、と。

「よくぞ聞いた! 我はな、この山岳地帯の魔物たちを支配し、麓の村を支配し、やがては魔王たちすら従える者よ!」

 しかし願いは届かなかった。

「……なるほどな」

「うむ! 手始めに人間どもの畏れを得るため、山の魔物たちを蹂躙し、そこに居を構えたのだ。そして、我が威光にひれ伏した人間どもを、我は仕方なしに守ってやっておる。山の魔物たちを押さえつけ、平原からの魔王の配下も寄せ付けず、日々奴らの平穏を保ってやっておるのよ!」

「お、おう……」

 とても得意気で、否定する気さえ起きやしない。

 むしろ、これを否定したら、またこいつは泣いてしまうかもしれない。

「しかし、だ。最近はどうも、人間どもの気配がおかしい。誰もが我を畏れ、見合うだけでその身をすくませるのは分かる。だが、それであったとしても、我の問いかけにすら、奴らは一言も返さぬ。ただ怯え、逃げ惑うばかりか、我の言葉を大きく捉え、必要以上に許しを乞うのだ。我とて、そこまでやれとは言っておらぬのに……」

 少しずつ、彼女の声がまた湿り気を帯びていく。

 俺は、それまでより少しだけ緩やかに、彼女を撫でながら、どうしたものかと考えた。

 こんなにも事情を知ってしまって、予定通り退治してしまう、というのは、なかなか心苦しい。

 とはいえ、彼女を放置するわけにもいかない。

 俺が取るべき選択は、なんだろうか。

「……ウキさーん……」

 そうしてキリを撫でながら悩む俺の耳に、愛する人の声が聞こえた。

 慌てて俺は、キリから手を離そうとした。

「ちょっ、離してくれ、頼むから!」

「な、なぜだ! 貴様、貴様も我を遠ざけようというのか!」

「いやいや、そうじゃない! 今聞こえた声は俺の仲間なんだが、あー、ちょっとややこしい事情があるんだよ!」

 わいわいと軽い言い合いのようになるも、彼女は決して俺の手を離そうとはしてくれない。

 やがて、少しずつ近付いてくるハンナの声を聞いて、俺は咄嗟に小さく叫んだ。

「ああもう分かった! とりあえず山奥でもなんでもいいから、ここから離れるぞ!」

 すると、

「お、おお! 我の住処に行きたいと言うか!」

 なぜかキリは声を弾ませ、嬉しそうに俺の手を捕らえたまま、動き出す。

 流れていく霧に包まれ、俺の体は同じように、どこかへと向かわされるのだった。


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