俺の嫁はエルフ受けが悪い【49】
「我はな、支配する者なのじゃ」
「支配?」
霧の中、よく分からない毛髪の手触りを味わいながら、俺は聞き返した。
よく分からない何かは、頷くような仕草をする。
「うむ。この地に住まう者たちを支配し、畏れられる存在よ」
「そんなやつがまた、なんでこんなとこで泣いてたんだよ」
「泣いておらぬと言っておろう!」
「そうだな、悪い悪い」
霧はなんやかんやと怒ったり、尊大そうな態度は取るものの、それ以上の反応は示さなかった。
撫でられてるのは気分が良いのか、離してくれそうにない。
「で、そんな支配者さんはこんなとこで何してたんだ?」
「まあまあ、それは良いではないか……」
露骨に歯切れの悪くなる彼女に、俺は軽く頬を掻いて、まあいあか、と違う話題を降ることにした。
どうあれ会話を求められてはいるはずだし。
「んじゃまあ、それはいいや。俺はあんたのことをなんて呼べばいい?」
「なんとでも、好きに呼べば良い。敬意と畏れが含まれておれば、我はなんと呼ばれようが構わぬ」
とか言って、呼び方をミスったら死なないだろうな、これ。
いやまあ、俺はどうあれ死なないんだが。
「そしたらなんだろなぁ……」
「特大級のひれ伏しっぷりを感じさせる名前が良いぞ!」
注文が多そうでシンプルだなぁ。
「じゃあ、まあ、とりあえずキリ、で」
霧だし。
「ふむ、ふむ! 悪くない! 悪くないぞ! しかし足らぬな、少しばかり呼び名には足らぬ!」
「足りない?」
「ああそうだ、我を呼ぶのであれば、きちんと『様』をつけねばな!」
得意気に言う声を聞いて、俺は頭を抱えそうになった。
こいつはまた、付き合いに難儀しそうなやつだ。
しかし残念なことに、今の俺には、こいつの話し相手になるしか選択肢が存在していない。
もうしばらくは彼女のペースに付き合ってやるとしよう。
「んじゃキリ様」
「なんだ?」
「あんたは自分を支配する者とか言ってたけど、具体的には何を支配してるんだよ?」
質問をしながら、俺は1つの心当たりに行き着いていた。
だからこそ、思ってしまう。
どうかこの質問の答えが予想と違つていますように、と。
「よくぞ聞いた! 我はな、この山岳地帯の魔物たちを支配し、麓の村を支配し、やがては魔王たちすら従える者よ!」
しかし願いは届かなかった。
「……なるほどな」
「うむ! 手始めに人間どもの畏れを得るため、山の魔物たちを蹂躙し、そこに居を構えたのだ。そして、我が威光にひれ伏した人間どもを、我は仕方なしに守ってやっておる。山の魔物たちを押さえつけ、平原からの魔王の配下も寄せ付けず、日々奴らの平穏を保ってやっておるのよ!」
「お、おう……」
とても得意気で、否定する気さえ起きやしない。
むしろ、これを否定したら、またこいつは泣いてしまうかもしれない。
「しかし、だ。最近はどうも、人間どもの気配がおかしい。誰もが我を畏れ、見合うだけでその身をすくませるのは分かる。だが、それであったとしても、我の問いかけにすら、奴らは一言も返さぬ。ただ怯え、逃げ惑うばかりか、我の言葉を大きく捉え、必要以上に許しを乞うのだ。我とて、そこまでやれとは言っておらぬのに……」
少しずつ、彼女の声がまた湿り気を帯びていく。
俺は、それまでより少しだけ緩やかに、彼女を撫でながら、どうしたものかと考えた。
こんなにも事情を知ってしまって、予定通り退治してしまう、というのは、なかなか心苦しい。
とはいえ、彼女を放置するわけにもいかない。
俺が取るべき選択は、なんだろうか。
「……ウキさーん……」
そうしてキリを撫でながら悩む俺の耳に、愛する人の声が聞こえた。
慌てて俺は、キリから手を離そうとした。
「ちょっ、離してくれ、頼むから!」
「な、なぜだ! 貴様、貴様も我を遠ざけようというのか!」
「いやいや、そうじゃない! 今聞こえた声は俺の仲間なんだが、あー、ちょっとややこしい事情があるんだよ!」
わいわいと軽い言い合いのようになるも、彼女は決して俺の手を離そうとはしてくれない。
やがて、少しずつ近付いてくるハンナの声を聞いて、俺は咄嗟に小さく叫んだ。
「ああもう分かった! とりあえず山奥でもなんでもいいから、ここから離れるぞ!」
すると、
「お、おお! 我の住処に行きたいと言うか!」
なぜかキリは声を弾ませ、嬉しそうに俺の手を捕らえたまま、動き出す。
流れていく霧に包まれ、俺の体は同じように、どこかへと向かわされるのだった。




