俺の嫁はエルフ受けが悪い【47】
ゆっくりと、戻ってきた意識を覚醒させる。
ぼんやりとした思考、重たい瞼、そして何より、痛む全身。
痛みが少しずつはっきりとしてくるにつれて、先刻の出来事が浮かび上がってくる。
精神的な強化を施す薬と魔法を使用した俺を、どういうわけかタンポポのやつが崖下に突き落としたのだ。
落ちる直前に聞いた、ハンナの叫び声が耳に残っている。
あんにゃろう、いくらハンナがなかなか納得しないからって、こんな派手な手に頼ることはないだろうに……。
咄嗟にハンナが自動治癒の魔法をかけてくれたのか、体は少しずつ回復しているようだ。
にしたって、普通なら死んでいる高さから落ちていわけなので、しばらくはこのまま動かないでいた方が良いと思われる。
どうせ何もできやしないので、このままハンナたちが助けに来てくれるのを待つとしよう。
こちらの世界にやってきて、こういう時に改めて自分の無力さを痛感する。
俺は魔法も使えないし、剣だってロクに振れない。
持ってるスキルは死なない体だけ。
そりゃまあ、便利ではあるけど、はっきり言って外れの能力だと思う。
これで、すごい再生力があるだとか、ものすごいパワーが使えるだとかがセットならこんなに嘆くようなこともなかった。
痛覚はそのまま、肉体の頑丈さも据え置き、毒とかにも当然無力だし、何より心は平凡な一般人のままときている。
幸い、ハンナの強化魔法だったり、タンポポの薬だったりのおかげで、無茶がきくのを活かした戦い方も出てきているわけだが……にしたって、やはり俺も一人の男として、ヒイラギやザクロのように、魔法やら剣技やらを駆使して戦ってみたいと思ってしまうし、ああいうファンタジーっぽい雰囲気って、やっぱり憧れてしまう。
もちろん、俺は俺に与えられた力でやっていくしかないと思うし、ハンナだってこんな俺の力をすごいと言ってくれるわけだから、納得してやっていくべき、だとは理解しているつもりなのだが。
「……」
こういう時何もできないと、さすがにちょっとぐらいナーバスになってしまうものである。
だめだ、一人で黙々と考えていると、どんどんマイナスな気持ちが浮かんできてしまう。
さてさて、いつ頃助けてもらえるもんだろうか。
いっそこのまま、誰にも見つけてもらえないまま、ただの肉塊として余生を過ごすことにになっても不思議じゃない、なんてのはさすがにネガティブになりすぎだがそれぐらい、ここは酷く寂しい……寂しい?
自分の浮かべた想いに、さすがに違和感を抱く。
寂しいってのはなんだ?
心細くなりすぎてしまったのだろうか?
いやいや、どう考えても何かがおかしい。
目を開き、俺は重たい体を無理やり起こす。
「……おいおいマジかよ」
いつの間にか、辺りはすっかり真っ白な霧に包まれていた。
俺は今いる位置を把握しようと周囲を見るが、手がかり一つ見つかりやしない。
さっきまでは晴れていたことを考えると、これはさすがに異常事態ととらえるべきか。
「おーい! 誰かいないかー!」
できる限りの大きな声を出してみるものの、霧に吸われてしまっているのか、ほとんど響きもせず、虚しく消えていく。
多少の焦りを感じながらも、俺はその場をあまり動かないように務めた。
ハンナたちが俺を助けに来ているのだとしたら、ここを離れる方がすれ違いになって合流を遅れさせてしまう。
もちろん、この状況からは早く脱するべきだろうが、どうにも、危険が及ぶ気配すらないのが逆に不気味だ。
もう少し、この霧が何なのか見極める意味でもこの場に留まる意味はありそうだ。
空すらも覆い隠す程の、真っ白な視界。
体感温度もずいぶん下がっているような感じがする。
一応、この辺は細い川も流れているので元からひんやりとはしているのだが、それにしたって肌寒い。
相変わらず景色は変わらないが、ふと、
「ううっ……ぐすっ……」
誰かのすすり泣くような声が聞こえてきた。
おいおいマジか、と少しばかり頭を抱えたが、迷ったのは結局一瞬だった。
「おい、誰かいるのか!?」
声をかけながら、俺は霧の中をひた走る。
すぐに戻ればなんとかなるだろう、ぐらいの目算で、相手の姿も分からないまま俺は走った。
泣いている人を放っておけない、というのもあるが、何より、
「ここで放置してたら、ハンナに顔向けできん……!」
愛する人に恥ずかしくない男であるために、俺はただただ走った。
◆◆◆
「んー、この辺に落ちたはずなんだけどなぁ」
「タンポポちゃん、もっとちゃんと捜してください!」
ユウキが霧の中を走っているその時、ハンナたちもまた、橋の下にたどり着いていた。
だがしかし、ユウキが落ちた辺りにその姿はなく、代わりにはじけ飛んだであろう肉と血の跡だけが残っていた。
これだけの跡がありながら、しかしどういうわけか本人の姿はどこにもない。
「ユウキさん、どこに行っちゃったんでしょう……」
「うーん、これはちょっと、大変かもね」
そう言うタンポポの目がじっと見ていたのは、血や肉に交じって散らばる、いくつもの真っ白な長い毛だった。




