俺の嫁はエルフ受けが悪い【46】
「魔龍ルジオ、か……」
村人たちから、討伐対象であるドラゴンの話を聞こうとしたのだが、聞けたことはそう多くなかった。
「皆さん、とても怖がっていましたね」
「そうだな。というか、名前と、怖がってたことぐらいしか分からなかったな……」
この村の誰もが、その存在を酷く恐れていた。
白き龍、強大な力を持ち、相対する誰もがその姿に萎縮し、恐怖し、絶望するという。
誰もがそう言って、顔を引きつらせた。
気弱な子供は泣きそうになっていたし、肝の太そうな男性であっても青い顔をする、とにかく誰にも恐れられている存在。
それが、俺たちの戦おうとしている相手だった。
「ドラゴン、ってぐらいだから、何かしら特徴的な力を持ってるかと思ったんだが、そういう話も出なかったな」
「そうですね、炎を吐くとか、氷を放つとか、たいていの龍には特徴的な能力や逸話がつきものなんですが、怖い、とばかり言われるのは、うーん……」
一緒に話を聞いて回っていたハンナも、村人たちの反応に首を傾げていた。
こちらの世界でも、当然と言えば当然だが、龍、ドラゴンという存在は強大なものであり、魔物の中でも特に危険とされることが多かった。
もっとも、人前に現れるたいていのドラゴンは知能が高く、人語を介し、思慮深い者も多いそうなので、人類種とは友好的であることも珍しくないのだとか。
世界のどこかには他種族との交流を嫌い、龍だけが暮らす国があるとかないとか、なんて話もあるぐらいだ。
そんな龍たちの逸話や伝承は、当然人間たちの間でもたくさん語られており、ドラゴン退治の英雄譚も多種多様にあるらしい。
ハンナは昔から読書家だったこともあり、そういった昔話や冒険譚についてもある程度知識があったが、そんな彼女にとっても、魔龍ルジオというのは不可思議な存在のようだった。
「ただただ恐ろしく思われることが特性の龍、なんて話は聞いたことがありません。もしかしたら、たまたま最近生まれたとか、元々龍の中でも珍しい存在で、人前に現れたのが今回が初めて、という感じかもしれませんが……」
「しれませんが?」
「もしかしたら、その正体は龍じゃない、という可能性もあります」
なるほど。
「何かしらの恐怖を煽る存在がいて、そいつが形どってるのがあくまで龍だ、ってわけか」
「可能性としてはそちらの方が高いと思います。ただ、そう考えると、皆さんが話してくださる特徴がすべて一致しているのは、うーん、不思議ではあります」
商店がいくつか並ぶ通りを歩きながら、ハンナは首を傾げた。
「ユウキさんは、怖いものってありますか?」
「怖いものかぁ」
こっちの世界に来る前は、いろいろあったような気がする。
なんだかんだで死ぬのは怖かったと思うし、昔は虫とかもちょっと苦手だったりしたし、ああ、あと犬が怖かった。
小さい頃に飛び掛かられた経験があって、少しトラウマだった……が、今となっては、犬どころではない魔物とも何度もやり合ってきたので、すっかり平気になってしまった。
巨大なクモだとか、ムカデだとか、そういう魔物とも戦ってきたので虫も今では平気だし、アンデッド系の敵も珍しくないのでお化けみたいなのも気にならなくなった。
そして死なない体なわけだから、死ぬことへの恐怖も薄れてしまっている以上、今最も怖いこととなると、
「うーん、ハンナがいなくなること、とかかな」
ある日突然目が覚めて、今までのこの世界での冒険が全て夢だったと気づいたら、俺はどれぐらい絶望するのだろうか。
隣を見て、ハンナがいない日々を想うだけで、胸がぎゅっと締め付けられ、果てしない苦しみに襲われてしまう。
そんなことはあり得ないと分かっていても、ハンナが急にいなくなってしまったら。
俺にとって、今最も恐ろしいのはどんな強大な敵でも、魔王でも、ましてや神のような存在なんかでもなく、ハンナが俺の前から消えてしまうことだった。
真剣に、心から恐ろしい。
そんな心からの想いを真剣に告げた俺だったが、ハンナはそれを聞いて顔を赤くするとわざと俺から視線を逸らすように正面を向いてしまった。
「そ、そういうのじゃなくてですね! ほら、虫とかカエルとか、そういう、とにかく見るのも怖いっていうもののことです!」
「ああ、やっぱりそういうのか」
「分かってるならちゃんと言ってください!」
「いや、そういうもの、実を言うとこっちに来てからなくなっちまってなぁ」
とはいえ、ハンナが言わんとしていることはなんとなく分かる。
「つまりあれか、誰もが怖いと思う相手なら、見る人によって姿が違う、ってのがよくあるパターンなわけだろ?」
「そ、そうです」
まだ少し動揺しているのか、わずかに頬を赤く染めたまま、ハンナは「こほん」と小さく咳払いをした。
「いわゆる悪霊や悪精霊の類は、相手の恐怖心を煽るために、相手が最も嫌悪している姿に変化したりします。その場合、複数人がその姿を見ている場合、混ざった姿になっていたり、見る人によって姿が変わっていたりするものなんですよね」
「でも、今回はそうじゃない、と」
「そうなんです。誰もが同じように、白い龍の姿を見ている……とすると、やはり恐怖の感情を抱かせる龍、ということになるんでしょうか。でも、なぜそんな能力を……?」
またも興味は不思議な魔龍の力に向いてしまったようで、ハンナはいろいろと悩みながら歩いている。
人の少ない村ではあるが、さすがに商店の前を歩く中、この不注意っぷりはいかがなものか。
「ハンナ」
「はい?」
小さく声をかけて、俺は彼女の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。
「ふぇっ」
「……よし」
ハンナにぶつかりそうになっていた人が行ったのを確認してから、彼女から手を離す。
「考え事しながら歩いてたら、危ないだろ? 情報もこれ以上集まらなそうだし、どこかの店に入るなりして、座って考えよう」
並んでいる店の中で、軽食を出してくれそうな店を見繕い、そちらに向かって歩き出す。
「……ユウキさんは、ずるいです」
少し遅れて歩いてくるハンナが何か呟いていたが、聞き返しても決して答えてはくれなかった。




