俺の嫁はエルフ受けが悪い【45】
かくして、ドラゴン討伐に出向くこととなった俺たちだったが、問題はパーティ内だけにあるわけではなかった。
「いやぁ、これはちょっと、どうなのさ?」
「どう、と言われましても、私共としましてもこれがご用意できる精一杯でございまして……」
酒場で依頼書をもらった翌日、俺たちがやってきたのはこの村の村長の家だった。
村全体への影響を鑑みて、依頼そのものは村長が出していたらしい。
ところが、依頼の内容や報酬についての話を聞いているうちに、どうも依頼書と違う点があると、我がパーティの守銭奴ことタンポポさんが怒り始めてしまったのだ。
「いやね? 僕だってこの村に大都市の軍隊に払うぐらいの報酬出せ、なんてことを言いたいわけじゃないんだよ。小さな村であることも、ドラゴンだけじゃなくてたくさんの魔物に日々怯える慎ましやかな生活をしていることも、何よりドラゴンの支配が始まってしまったせいで村全体の蓄えが少なくなってる、ってのも、ぜーんぶ分かってるさ。でもね? 依頼書の内容と実態が違うってのは、さすがに通らないんじゃないの?」
依頼書を突き付けながら、おおよそ外見からは想像もできないほどの圧で、タンポポのやつは依頼人らしい村長に詰め寄っていた。
村長は顔を青くしたり白くしたりしながら、依頼書とタンポポを交互に見ている。
「その、そちらを依頼として出したのはずいぶんと前の話でございまして……」
「村の酒場にある依頼書なら、ちゃんとすぐにでも書き直せるよね? それでもそのままにしていたってことは、この内容で引き受けたさせたうえで、全部終わった後にでも実際のことを言うつもりだったの?」
「そ、そのようなことは決して……」
「ないなら僕の言ってる通り、この依頼書通りの報酬を用意してくれるよね? これはもともと、この村で用意できる内容で、もっと言うなら、これだけの報酬を渡すからドラゴンという強大な魔物を退治してくれる人を雇いたい、っていう意思の現れなんだもんね?」
「そのぉ……」
「僕たちの強さが信用できないってのは分からないでもない話だけどさ、これでも都市部ではそれなりに名前も通るぐらいの実力があるんだよ。何なら確かめてきてもらっても構わないよ? そちらと違って、僕たちは本当のことを主張しているわけだしね」
「うう……」
「だから改めて言うけど、僕たちは別に報酬の上乗せをしろって言ってるんじゃないんだよ。この依頼書にある通りの金額と、村の特産品を1年無償提供、っていうのをその通りにくれれば、何も言うつもりはないんだって」
「ですから、何度も申し上げました通り、特産品は今、製造が滞っている状態でございまして……報酬金は倍額お支払いしますので、どうか……」
依頼書には確かに『報酬として報奨金の他、特産品を無償提供』と書かれているが、金額の違いよりそこに食いつくタンポポが意外だった。
「この特産品って何か分かるか?」
あまりにぎゃいぎゃい噛みつくタンポポを横目に、ザクロに聞いてみる。
「確かワインだったはずよ。ほら、山に畑作ってたんですって。で、そこにドラゴンが居座ってるとからしいわよ」
「あー、昨日飲んでたやつか。確かに美味かったな」
「まあでも、タンポポがごねてるのはそれがほしいからじゃないわよ」
「え、違うのか」
「……あんた、一応リーダーなんだから、もう少しあの子のことも把握しときなさいよ」
呆れ顔のザクロはそう言うと、そっぽを向いてしまった。
タンポポのことを把握、かぁ……。
「だっからさぁ! いいの、お金については! すぐ払えないってんなら分割でも別にいいし! そこが問題じゃないんだって!」
「しかし、今も酒場で提供しているものは村の備蓄でして、それもいつ底をつくか分からない状況でございまして……」
「分かってるってば! だから山も取り返してくるし、取り返したその日から1年じゃなくていいって言ってるじゃんか! なんでそんな頑なに無理って言うのさ!」
「……あの山はすでに魔龍の支配下にあります。あそこまで魔物の支配が広がった土地を再び畑とするのは我々には難しく……」
「だからぁ、終わったあとのアフターケアだってやるってばぁ! 僕のスキルがあれば農薬だろうが肥料だろうがなんでもどうとでもなるからぁ! そこは頑張るって言ってよ!」
「し、しかし、そこまでしていただくわけには……」
「それだけしてあげたいぐらいここのワインを気に入ったんだって! あんなに良いものをこのままドラゴンなんかの支配を理由にして途絶えさせちゃダメだよ!」
「なんと、そこまで言っていただけるとは……」
「僕もね、本当のこと言うと、最初は依頼の報酬に特産品ってどうなの? って思ってたよ。いくら小さい村だと言っても、ドラゴン退治だよ? その報酬が現物支給ってのはねぇ、って。でも、実際に飲んでみて考えが変わったよ。あれは絶対に守り通すべき、この村の自慢の一品だって。だからさ、山を取り戻したら、一緒に守っていこうよ。僕にできる協力ならいくらでもするからさ!」
「おお、おお! ありがとうございます、そこまで言ってくださるのであれば、私共も全力を尽くしましょう! そのためにも、どうか、ドラゴン討伐の方、よろしくお願いします!」
「まっかせて!」
がっちりと固い握手をする村長とタンポポ。
ザクロにああ言われた手前、何かしら裏があるんだろうとは思うのだが、当然タンポポはそういう尻尾を簡単には出してくれない。
それからしばらくの間、村長とタンポポは元気に言葉を交わし、最終的に依頼書の通りの報酬が俺たちには渡されることとなった。
「よーし、それじゃあ皆、頑張ってドラゴンを退治しようね!」
話が上手くまとまったからか、ご機嫌なタンポポを筆頭に、俺たちは村長宅を後にする。
「それはいいけどさ、やけに報酬についてゴネたよな」
「ん? ああ、だって、ああでもしないと諦め切った顔してたからね、村長さん」
「まさかお前がそこまでワイン好きだったとはなぁ」
「え? 違うよ?」
横を歩くタンポポは小首を傾げてこちらを見上げていた。
「違うって、じゃあなんであんなに必死にワイン造りを続けさせようとしてたんだよ」
「そりゃあ、ここのワインが素晴らしいものだからだよ」
「?」
「?」
互いに顔を見合わせて、俺とタンポポは疑問符を浮かべるばかりだ。
そんな俺たちを見かねたヒイラギが静かに口を開いた。
「タンポポは、ビジネスのためにワインを作らせたいのだろう」
「ビジネス? あ、ああー……」
納得してしまった。
つまり、ここの特産品であるワインが素晴らしいと思ったタンポポは、村の現状を知った上で、ワイン産業に一噛みしよう、と考えたわけだ。
「お前なぁ」
「別に僕は悪いことなんて何もしようとしてないよ? ここのワインが素晴らしいものなのは事実だし、それを失うのはたくさんのワインファンにとってもマイナス。この村が龍の支配を逃れた後に主要産業を失ってるのも良くないよね? 何よりここは都市からは離れているけど、魔王の支配領域からも良い具合に離れていて、大きな道路も揃ってる。これまで通り、いや、それ以上に手広く販売先を広げることだって難しくないのに、このまま見過ごすのはあんまりだよ。僕はね、投資すべき相手には全力の手助けを惜しまないのさ」
得意げに笑うタンポポに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
「難しいことはよく分からないですが……結果的にタンポポちゃんは、人助けをしようとしているんですよね?」
「そうだよ。関わる誰もがウィンウィン。強いて言うなら、不当にこの地を支配してるドラゴンだけが割を食う感じさ」
「ふふ、それなら頑張らなきゃですね、ドラゴン退治」
「だね! 村長から情報も聞けたし、さっそく向かう?」
村長から伝えられた退治すべきドラゴン――ルジオと呼ばれているらしい魔龍は、村からそう遠くない山に居座っているのだそうだ。
「そうだな、準備が整い次第向かおう。できれば夜になる前にドラゴンと戦えるといいんだが」
「ちょっと待った。もう少し情報集めたいわ。相手はドラゴンなんだし、どんな攻撃手段を持っているのか、どれぐらいの大きさで、何が恐ろしいのか、ぐらいは把握しておかないと」
「オレもザクロに賛成だ。今のままでは、いささか情報が薄い」
パーティ切っての武闘派2名がそう言うのなら、もう少し情報収集は必要だろう。
「よし、じゃあ、今日は情報収集と準備をして、明日向かうことにしよう。ここからは1度ばらけた方がいいかと思うが、どうだ?」
「そうね、私とヒイラギはそれぞれ動くわ。タンポポ、あんたは?」
「それなら僕は道具いろいろ作っておこうかな。ほしいものとか、必要そうになりそうなものは都度言ってくれたら作っておくよ」
「OK。じゃあ、サクッと済ませちゃいましょうか。ハンナ、ユウキのこと頼んだわよ」
「えっ、あ、はい、頼まれました!」
どういうわけか俺をハンナに任せて、ザクロはさっさと行ってしまった。
「じゃあ僕は宿の方にいるから、何かあったら声かけてねー」
タンポポものんきに手を振って、俺たちのもとを離れて行く。
ヒイラギはいつの間にか消えていた。
「あー、うん、じゃあ、俺らも一応、情報収集するか」
「はい、頑張りましょう!」
残された俺とハンナは、2人で小さく、えい、えい、おー! と拳を突き上げるのだった。




