俺の嫁はエルフ受けが悪い【44】
ドラゴン退治、と聞いて、テンションの上がらない男はいないだろう。
俺も当然、まっとうで健全な男子である以上、当然ながらその文言にとてもテンションが上がっていた。
「私は反対よ」
ところがどっこい、ザクロにはバッサりと切り捨てられてしまった。
王都を出て、魔王城へと向かう道中にある小さな村の酒場。
俺たち旅の一行は魔王城に向かう道すがら、ある程度のレベル上げもかねて、近隣にある村々で魔物討伐などの荒事を中心に依頼を引き受けることにしていた。
こちらの世界、当然ながらいくつもの村が日々魔物の脅威に怯えており、戦闘力の高い転生者たちはそんな村を助けることで日銭を稼いだりしていた。
たいていの村の広場や役場、または酒場などにはいくつもの依頼書が張り出されており、転生者たちはそれをもとに引き受ける依頼を考えるのだが、
「ドラゴンなんて、どう考えたってレベル上げのために戦う相手じゃないでしょ?」
「でもなぁ、いつかは魔王と戦わなきゃいけないわけだろ? 俺たちだってずいぶん強くなったし、ここらで1つ、力試しってのはどうかと思ってさ」
「力を試すつもりで死んじゃったら元も子もないでしょ」
俺とザクロの間で見事に意見が食い違ってしまった。
この頃は、王都に滞在している間、いくつもの依頼をこなし、俺たちもそれぞれだいぶレベルが上がってきた。
だからこそ、そろそろ強大な魔物の1つや2つ、倒しておくべきではなかろうか、と思った俺だったが、それ以上に依頼書に並んでいた『ドラゴンの討伐』という文言にテンションが上がっていた。
ちなみに他の3人に関してはというと、
「僕は賛成かなー。ドラゴンの素材は良いアイテムにできそうだし、ユウキの言うこともわかるしね。何より儲かりそうだ」
と、ウキウキ顔なのがタンポポで、
「……俺はお前たちについて行くだけだ」
と静かに言ってはいるがよく見ると少しソワソワしているのがヒイラギで、
「私もできれば、そこまで危険なことをするのはやめた方がいいと思うんですけど……」
と控えめに笑っているのがハンナだった。
「じゃあやめるか……」
そして、ハンナの意見であっさり意見が捻じ曲がる俺である。
「なっ」
「もちろん俺だって無謀な戦いをしよう、って言いたいわけじゃないしな。ハンナがそう言うなら、もっと緩い依頼を――」
「ちょっと! さっきまでの勢いはどこに行ったのよ!?」
勢いも何も、俺にとってハンナの意見は何よりも尊重し、検討すべき神の一声に等しいのだ。
俺が感じているロマンだの、ワクワクだのよりよっぽど重視しなくてはならない。
「あんた、さっきまで私が何言ったって行こうとしてたじゃない!」
「しかしハンナの顔を曇らせてまで行くようなことじゃないしなぁ」
「いっつもそうね! ハンナに甘すぎっていうか、ハンナが死ねって言ったら死ぬぐらいの勢いじゃない!」
「それはさすがに難しいな……死ぬ手段が用意できるかどうか……」
「あーもう、例えよ例え! じゃあ何? あんた、ハンナが魔王討伐をやめよう、って言ったらやめるわけ!?」
「もちろん」
今更何を言っているのやら。
ここまで苦楽を共にしてきた仲間である以上、俺の性格はよく分かっていると思っていたのだが、ザクロにはどうやら伝わりきっていなかったらしい。
首を傾げる俺に、ザクロは一瞬、目を丸くした後、大きくため息をついた。
「はぁ……ちょっと外に出てくるわ。依頼の話はまた後でしましょ……」
頭を抱えて酒場を出て行ったザクロに、俺は困惑するばかりだった。
助けを求めて皆を見回すと、タンポポはやれやれといった具合に首を横に振っているし、ヒイラギは顔を逸らしているし、ハンナは苦笑いを浮かべていた。
なるほど、どうやら俺が悪いらしい。
「ちょ、ちょっと声をかけてくるよ」
「……僕も行こうか?」
「いや、頑張ってみる」
「ん。まあ、こっちはこっちでやってるから、お酒でも飲みつつ少し話してきなよ」
そう言って、タンポポはザクロのグラスを俺の方に差し向けてきた。
なんだかんだ、タンポポはこうやってパーティ内の仲を取り持ってくれる。
本当にありがたいやつだ。
俺はザクロのグラスを受け取って、自分のグラスと一緒に店を出た。
軽く見回してみれば、月明かりの下、アンニュイな表情のザクロが、店の喧騒から少し外れた暗がりで座り込んでいる。
表情はあまり見えないが、きっと良い顔はしていないだろう。
「あー、ザクロ」
「……何よ」
「少し、話そう。隣、いいか?」
そう言ってグラスを差し出すと、ザクロは少しの間を置いた後、隣を軽く叩いて見せた。
飲食店の喧騒が遠くなるのを感じながら、俺はザクロの横にそっと座った。
暗がりから見上げているおかげか、空にはたくさんの星が見える。
素っ気ない、裏路地に誰かが置いたらしい小さなベンチは、夜の寒さを吸い込んでひんやりとしていた。
「で、話って?」
グラスを傾けながら、ザクロがぶっきらぼうに聞く。
俺は少し頬を掻いてから、
「あー、その、さっきはごめんな。別にザクロの言ってることを気にしてないってわけじゃなくて、何というか……」
「いいわよ、私も今更突っかかったの、ちょっと後悔してるし」
「いや、でも」
「いいって。本当、気にしないで。分かってるから」
重苦しい沈黙の中、互いのグラスが減る音だけが、路地に響く。
何か言わなくては、と思うものの、俺から言えることは何もないのだろうな、とも思ってしまう。
何しろ出会ってからこの方、ザクロには散々この調子で迷惑をかけ続けているし、それでもなお、彼女は懲りずに俺と一緒に旅を続けてくれている。
いつだって、パーティの誰かが思い付きや勢いで行動する時、最初にブレーキをかけてくれるのはザクロだ。
口調は強いが、それは俺たちのことを心配している気持ちの現れ。
彼女の忠告はいつだって他者を想っての言葉であり、必要以上に強い言葉で促すのはそれだけ相手を心配しているからに他ならない。
だからこそ、先ほどの俺のような態度は本当に良くなかったと思う。
彼女の強い気持ちをないがしろにするような行為だった。
「な、ザクロ」
「……何よ」
「俺はさ、ハンナが反対している以上、ドラゴン討伐に行かないつもりだ」
「それはさっき聞いたわよ」
「ああ。ただ、それはもちろんハンナがそう言うなら、って話だ。……本音を言うなら、俺は皆と一緒にドラゴンと戦ってみたい。というか、そうだな、今後のことも考えて、ドラゴンぐらいの強敵と戦ってみるべきだと思ってるんだ」
「それはまあ、私も分かるわよ。後々魔王を倒そう、って本気で考えてるんなら、ドラゴンぐらいは倒せないとダメでしょうしね。でも私はもう少し後でもいいと思ってる。レベルももう少し上げた方がいいでしょうし、何より、今のあんたがドラゴン相手にできることがなさ過ぎるでしょ」
「それはまあ、そうなんだが」
この頃の俺はまだ『ヘイトフル』も使えない、本当にただの死なない男でしかなかった。
できることと言えば、ぼろぼろになりながらでも、肉体の限界を超えてでも、ハンナの強化さえもらっていればいくらでも無茶を聞かせて相手に殴り掛かることぐらい。
それもここまで相手してきた、人並みの図体をしたやつらだったからこそ通じた手だ。
ゴブリンやらオークやら、オーガだのトロルだのといった人型で知能の低いやつらから、巨大な狼や虎、蛙のような姿をした魔物ぐらいだったらまだしも、ドラゴンとなると、通じない可能性が高い。
鎧のような鱗には拳が通るか分からないし、人間の何倍もの巨躯にはダメージが入るとも思えない。
ブレスなんて吐くならひとたまりもないだろうし、爪や牙の1つ1つが動けなくなるぐらいの致命傷にもなりかねない。
毒やら魔法やらまで使いだしたらもうお手上げだろう。
結局、ハンナの魔法を活かせるにしても、死なないだけの俺は、このパーティで一番役立たずであることには変わりないいのだ。
しかし、
「俺のこともそうだけど、俺たちは全員さ、こういう強大な相手と戦う経験を積むべきだと思うんだ。たまたま依頼があって、レベルも足りそうな今がチャンス、ってわけじゃないけどさ、いつか必要になるのなら、今やっておくべきだと、そう思うんだよ」
この先、レベルを上げていけばいつか同じようにドラゴンぐらいの強敵と戦う日がくるのだろう。
だとしても、その時、1度も強敵と戦った経験がないのでは今と同じように躊躇や不安がよぎってしまう。
それではきっとダメなんだ。
魔王との戦いだって、きっとRPGのように決まったタイミングとはいかない。
いきなり魔王が気まぐれで襲い掛かってくる可能性だってゼロじゃない。
この世界はゲームのように見えて、決してゲームなどではないのだから。
「俺たちはわりと順調に旅してきてるし、パーティメンバーもバランス良く揃ってて、ありがたい限りだと思う。でも、だからこそ、順当な強くなる道だけじゃダメだと思うんだ。そうやって、油断してるところに魔物や魔王は漬け込んでくるかもしれない。俺たちみたいな転生者がたくさんいる今だからこそ平気なだけで、これから先、目を付けられるレベルになってから準備をしてたら、遅すぎる。だから――」
「あーもう、分かったわよ!」
突然、俺の言葉を遮って、ザクロは立ち上がった。
「いろいろあんたが考えてるのは分かったから! 結局のところ、私に声掛けに来たのだって、こういうことでしょ!」
ぐいっ、とグラスの残りを煽ると、ザクロは店に戻って入口から叫ぶように告げた。
「ハンナ、ドラゴン倒すわよ! あなたの心配も分かるけど、私もサポートするから!」
遅れて店に戻ると、突然のことに驚いた様子のハンナが、助けを求めて俺の方を見ていた。
俺は興奮気味のザクロを連れて席に戻り、同じように考えていたことを語った。
「というわけでな、ハンナ、その、できればでいいんだが、ドラゴン討伐に行きたいと思うんだが……」
「心配しなくても私だってきちんとサポートするから、頑張りましょ。それに、ハンナがきちんと回復してあげれば、ユウキだって少しは役に立つでしょうし」
「あはは……そう、ですね。やっぱり少し心配ですけど、ザクロちゃんがそう言うのでしたら、頑張ります!」
ザクロが口添えしてくれたおかげで、どうにかハンナも納得してくれた。
いやはや、感謝しかない。
それから、しばらく飲み食いを繰り返した後、先に眠気がきてしまったらしいハンナはタンポポとヒイラギに連れられて宿へと向かって行った。
残された俺とザクロは、残った食事を片付けつつ、明日からの話を軽くしていた。
「とりあえず依頼主と顔合わせと、依頼内容の確認だな。忙しくなりそうだ」
「お陰様でね……はぁ」
「ありがとな、ザクロ。ハンナの説得してくれて」
「別にいいわよ。そのためにさっき声掛けに来たんでしょ」
「それもあるけど、まあ、謝りたかったからな。次からは気を付けたいと思うが、その、たぶんまた同じようになると思うから、えーっと、うん、甘えさせてくれると助かる……」
我ながら、情けない話ではあるのだが、惚れた弱みというやつである。
ハンナにそれはもう、強く出られないのが俺なのだ。
彼女の提案を拒否したり否定したりするのが、この頃の俺にはまあ難しかった。
今でこそ多少なり苦言ぐらいは言えるようになったが、それまでなのは変わらない。
「……はぁ」
当然のことだが、こんなことを言われて、ザクロはそれはもう深いため息をついた。
だが、次の瞬間には諦めたような様子で、
「そのうち何かしらでお礼してちょうだい。それでチャラにしてあげるわ」
と呆れた笑みを浮かべるのだった。




