俺の嫁はエルフ受けが悪い【43】
ドラゴン、と聞いて思い出すのは当然、先日訪れた龍の国だった。
タンポポのやつは元気にやっているだろうか?
「ああ、ドラゴン! なんと素晴らしい響きなのでございましょうか……古今東西、決まって強さと凶悪さ、破壊や災害を表しながらも、畏敬と畏怖の念を常に向けられる存在が、同じ世界、同じ時を生きているという奇跡! 本物のドラゴンと出会えるなど、ろくに冒険もしてこなかった私には決して訪れない機会でしょうと思っていましたが、いやはや、技術というものは磨き続けるべきですねぇ、あちら様から会いに来てくださるだなんて! それも「ドラゴンも着ることのできる礼服を」ですって! なんてなんて素晴らしいことでしょうか! 私の腕を見込んで、とのご依頼でしたから、ええ、ええ! それはもう私張り切ってございます! もちろん、どのようなお客様であれ、誠心誠意、私の持てる技術を余すことなく使用して取り掛からせていただきますが、それでもやはり気合の入ってしまうお客様というものはあるものでして……美少女と、ファンタジーを感じさせてくださる方は、どうも、こう、力が入ってしまう性分なのですね……ええ……そういうわけでございますから、非常に申し訳ございませんが、ご依頼は少しばかりお時間をいただくことになってしまいます……ああ、当然のことでございますが、先日ご依頼いただきましたお洋服はすでに完成委しておりますよ! サラ様のお洋服、袖を通していただける日を心待ちにしておりました! 本来であればこの場でご試着いただくのですが、困ったことに手が離せないものでして、そちら、奥の部屋の方においてありますので、よろしければ試着してみてくださいませ! 私はこちらでもうしばらく作業漬けですので、お直しが必要でしたらその都度お声がけください。そちらはすぐにご対応しますので!」
マシンガントーク。
こちらが何かを言う暇を与えず、されど手は決して止めることなく、ツムギは一気に言葉を放った。
おかげでハンナは呆気に取られているし、子供たちは揃ってポカーンとしているし、マサギは怯えているのか俺の背中に隠れようとしている。
ちなみに俺は、できることなら帰りたいと思っている。
忙しそうだし。
「え、えーっと、それじゃあ、お邪魔しますね?」
しかし残念、愛しの妻は正確にツムギの言ったことを理解していたらしく、戸惑いながらもサラたちを連れて奥の部屋へと向かって行った。
いつも作業部屋としている奥の部屋ではなく、普段接客などに使っている店舗側で仕事をしているのは、単純に広さがあるからだろうか。
それにしても、本当にすさまじい量の布だ。
増え続けている布は今や床のほとんどを埋め尽くしているが、それでも彼女の手は止まらない。
彼女の隣に置かれた布の山が縫い合わされ、床に置かれ、次から次へと量産されていく白いそれらは、素人の目にはとてもじゃないが衣服の作りかけには見えない。
「ゆ、ユウキ殿、我々も早く奥に行きましょう……」
「いや、たぶん俺らは入れてもらえないぞ」
「何故!?」
「男だからな」
もっとも、マサギは入れてもらえるような気がする。
こんな姿をしてはいるし、声もやたらとダンディーだし、口調もやたらと人間くさいところがあるものの、中身はわりと純粋な動物そのもの、といった具合だし。
ハンナがマサギのことをペット……動物として扱ってくれるのであれば、あっちに混ざることもできるだろう。
とはいえ、子供が3人とはいえ、4人も人が入っている部屋に巨体がさらに追加となると、さすがに手狭にも思える。
ただでさえツムギの作業部屋は機材やらトルソーやら、物がたくさん置かれているのだし、ハンナたちに加えてマサギまでが入ればきっとぎちぎちになってしまう。
「まあ、こういう時、男はたいてい置いてけぼりを食らうもんだ」
「そういうものですか」
「そういうものです。ま、ハンナたちが戻ってくるまでのんびり待つとしようぜ」
と、言ったはいいものの。
ここでこのまま待っているのは、少しばかり、こう、よろしくないような気がする。
もちろん、大仕事を前にしているツムギの邪魔になってしまう、というのも良くないのただが、
「……」
「……ユウキ殿」
「俺じゃ壁になってないだろ……」
それ以上に、怯えるマサギが握る俺の肩がよくない音を立てているのがマズい。
先ほどから、手を動かし続けながら、ツムギがじぃー、っとマサギを見つめているのだ。
よほど興味をそそられているのだろうか、手の動きは変わらないどころか速度を上げ、興奮気味の彼女はハアハアと息を荒げて爛々と輝かせた瞳を俺越しにマサギへと向けていた。
「なあ、ツムギ」
「はい!」
元気だなぁ、こいつ。
テンションが高い状態のこいつは本当に面倒くさい、というか、怖い。
「さっきからお前のせいでマサギが怯え続けてるんだが、どうにかならんか?」
「そちらのマッシヴなウサギさんは、マサギさんとおっしゃるのですか?」
「……そういえば、お前には紹介してなかったか?」
ちょうどいいので、ざっくりと俺とマサギの出会いを伝える。
「なるほど、森から! まさしくウサギさんらしい微笑ましいエピソードでございますね!」
「いや、話聞いてなかったのか? 俺、骨折られてんだぞ?」
「まさしく男と男の運命的な出会い、というやつでございますね! 拳で語り合うことで芽生える友情! 血が滾る、汗が弾ける、ぶつかり合う意地と意地……ああ、素晴らしいですねぇ……」
うむ、いつにも増して絶好調に気持ち悪い。
恍惚とした表情でテンションが上がってきたらししいツムギの手はさらに激しく動き、あっという間に布地が縫い合わせされていく。
「マサギさん! よろしければこの私にお洋服を作らせていただけません?」
「おい、やめろ。マサギはさっきからお前に怯えてんだから」
「なんと! 何も怖いことなどございませんよ……私、レベルも低いですからね。マサギさんのような筋肉をお持ちの方でしたら、一捻りにできますよ! 無害でございます!」
力強く言い切る姿が、すでにマサギの精神に著しい被害を及ぼしている、とはさすがに言わないが、それでもマサギを見れば、小刻みに震えてながらなんとか俺の陰に隠れようと頑張っていた。
この姿を見せられてしまった以上、家族として、そして拳を交わした親友として、黙っているわけにもいかない。
「ツムギ、ここまで怯えてるんだからやめてやってくれ」
「そんな……私、別に怖がらせるようなことは何もしていないと思うのですが……」
「お前本人としてはそうだろうよ。でもな、お前のその平常運転、普通に怖いんだよ」
「平時を怖がられてしまうとあっては、私は人と会えなくなってしまいますよ……確かに、昔からテンションが上がると少ぉーしばかり早口になってしまいますし、口数も増えてしまうとは自覚しておりますが……」
「少ぉーし、どころじゃないんだよな、それが。さすがに俺は多少慣れてきたけど、初見ならこれぐらい怯えちまうもんなんだって。ただでさえマサギは繊細なんだぞ」
「あらあら、外見通りの可愛らしさでございますねぇ! 寂しかったら困っちゃうタイプのウサギさんなのですか?」
「だからやめろっての。……いつも思うんだけどざ、お前、この調子で他の客にも対応してるんだよな?」
「もちろんですが、それが何か?」
ツムギは不思議そうな顔で首を傾げ、床に積み上げていた布の中からいくつかを手に取り、改めて繋ぎ合わせ始めた。
少しずつ形になってきているらしい白い布たちは、まだまだ俺には何か分からない。
「何か、って、それこそ、その礼服? を用意してくれ、って言ってきた龍には何か言われなかったのかよ?」
「そうでございますねぇ、こちらのご依頼をしてくださった方には「面白い人間だ」とは言われましたが、それ以上は特に何もありませんでしたよ。ふふふ、尊大な感じのお方で、テンプレのような言い草に頬が緩みっぱなしでございました」
その時のことを思い出したのか、にやにやと笑みを浮かべる姿はちょっと不気味だ。
ツムギの問題点は、なまじ本人が美人で元が整っている分、崩れた時のギャップが酷いことにある。
黙って淡々と仕事している姿だけを見たらそれなりに絵になるのに、口を開くと台無しになるのがこいつだ。
なぜいつでも可愛くて最高なハンナのようにはいられないのだろうか。
人の違いを嘆いたところで仕方がないとは思うが、やはり、どうしても比べてしまう。
もっとも、誰が相手であろうと、ハンナが相手では霞んでしまうとも思うのだが。
「……ユウキさんと話していると、どうにも、他人のような気がしないのですよねぇ」
「どういう意味だよ」
「さてはて、私にもいまいちピンとは来ていないのですが、どうにもそう感じるのです。魂が似通っているといいますか……」
それは決して認めたくない発言だったが、それはこの際、置いておくとしよう。
「とりあえず、マサギにあれこれ服を着せたいのなら、きちんと仲良くなるように。お前さんも別に怯えさせたいわけじゃないんだろうけどさ」
「まったくそのようなつもりはないのですが……マサギさん、どうか、仲良くしていただけませんか?」
上目遣いで問いかけてくるツムギに、マサギは俺の肩越しにツムギの方を見た。
そろそろ肩が限界なので早いところ離してほしい。痛い。
「ゆ、ユウキ殿……」
「ああ、とりあえずこいつは怖いっちゃ怖いやつだが、怯えるほど恐ろしいやつじゃ――」
「私が怯えているのは、そちらのツムギ殿に、ではありませぬ」
ん?
「私が怖いのは、そちらの布でして……」
マサギが指さしているのは、ツムギが縫い合わせ続けている白い布。
予想していなかったその言葉に、俺は驚きながらもツムギに尋ねる。
「なあ、ちなみにそれ、何の布なんだ?」
「こちらですか? こちらはですね、先ほど言ったドラゴンのお客様が持ち込まれた布地なのでございます」
「……見てもいいか?」
「ええ、もちろんにございますよ」
どうぞ、と床の布を示されたので、一応じっと見てステータスを確認する。
『大雪兎の上質な毛皮』――なるほど、これは、マサギが怯えるわけだ。
「あー、うん、なんというか、よかったな、ツムギ」
「はい? 良かった?」
「ああ。お前が直接的に怖がられてたわけじゃないみたいだぞ」
「そうなのですか? それは何よりですが……」
状況をよくわかっていない様子のツムギに、俺は少し考える。
「なあ、ツムギ。この布持ってきたっていうドラゴン、どんなやつだった?」
「どんな、でございますか」
「ああ。客のことだから話せない、ってんなら別にいいけどさ。ちょっとだけ気になってな」
これで、俺がまったく知らないやつかが出てきたのなら別に良し。
ラゴたち龍の国で出会った連中の誰かだった場合も、とりあえずは良いだろう。
だが、このやりすぎなぐらいの極端な行動。
嫌な予感がする。
「そうですね、お客様の個人情報をあまり軽々しく口にするものではありませんが……ユウキさんのご様子からただ事ではないことぐらいは私にも分かりますとも。ご依頼主様は匿名をご希望されておりましたが、そうですね、とても真っ白な方でした。真っ白で、毛髪のような白い毛並みをされた、とても美しいお方でしたよ」
「……」
俺は目を閉じ、天を仰いだ。
知ってる限り、この辺に現れる龍であり、その姿をしているやつには、心当たりが1つしかない。
杞憂であってほしいが、そうもいかないだろう。
「やはり、問題のあるお方なのでございますか?」
「問題、まあ、問題ありっちゃありだが……そうか、あいつも外に出歩けるぐらい元気になっちまったのか……」
頭を抱える俺に、マサギとツムギが顔を見合わせる。
さすがにこの反応をしておいて、説明しないわけにもいくまい。
「そいつはな、俺たちが昔戦ったドラゴンだ。傷ついて眠ってたはずなんだが、そうか、起きたのか……」
俺はすさまじい面倒事と厄介事の予感に、深いため息をつく。
あいつと出会ったのは9年ほど前。
俺たちのパーティが揃い、魔王討伐に向けて本格的に活動を始めた頃のことだった。




