俺の嫁はエルフ受けが悪い【42】
修羅場。
特定の人物に対して好意を抱いている者同士が鉢合わせることで引き起こされる、その場にいる誰もが得をしない困った状況。
特に困るのは、その好意を持たれた渦中の人物である。
俺は昔から特別モテるタイプなどではないし、今となっては妻もいる身。
一生縁のない出来事だろう、と思っていたのだが、
「……」
「……」
俺を挟んで、じぃー、っと視線をぶつけ合う少女たちが2人。
そして、そんな彼女たちを見てきょとんとしている少女が1人。
「ユウキ、この子たちは?」
俺に抱き着いたまま、サクラはサラとナエを睨みながら聞いた。
彼女が突撃してきた後、また気を失った俺はハンナに回復してもらい、家へと運ばれていた。
とはいえ、これぐらいのケガは慣れっこなので、すぐに起き上がってきたまではよかったのだが、リビングに入ったところで、この事態に巻き込まれてしまった。
それにしても、いくら3人が子供とはいえ、ここに6人は狭い。
特にマサギが幅を取っている。
1度小屋に戻っておいてもらうべきだろうか?
「あー、そうだな、この2人は――」
俺はそれぞれとの出会いや、ここにいる経緯を軽く説明した。
サクラが俺のことを気に入ってくれているのは分かっていたが、よもやこんな反応をしてくるとは思っていなかった。
彼女がバチバチの敵意を向けているせいで、ナエは怯えてしまっているし、その横でマサギも緊張した面持ちだ。
かと言って敵意を向けられている中でも平然としている、というか、何も思っていない様子のサラもどうかと思うが、まあ、あの子はそういった感覚もまだまだ疎いだろうし、当然の反応かもしれない。
さすがのハンナもこの空気には困っているようで、おろおろと視線を彷徨わせたり、俺に助けを求めるような眼を向けてきたりしている。
俺も助けてほしい。
さっきからサクラの力が強いので、腕が痛いのだ。折れそう。
「ふーん、森の精とあの忍者の子なんだ……」
じとーっ、と視線を向けられ続け、ナエは不安そうな様子でハンナの後ろに隠れてしまった。
サラは見られている意味が分かっていないのか、やはり無表情でぼんやりとしたままだ。
さて困った。
サクラを止めればいいだけのような気もするが、かと言って俺が何か言えば火に油を注ぐことになりかねない。
できればハンナに何とかしてもらいたいところだが、彼女も困惑するばかりのご様子。
おろおろしているハンナも超絶かわいいが、今はそれどころではないのだ。
「あー、うん、そうだな。俺としては、3人には仲良くしてもらえたら嬉しいところなんだが……」
「なんで?」
極寒の声がサクラから放たれ、俺はさっそく選択をミスったことを知った。
なるほど、初手で地雷を踏んだらしい。
「……仲良く?」
と、これまで静観を貫いていたサラが、ぼんやりと口を開いた。
「あ、ああ。なんというか、実年齢はともかくとして、近い年代の子たち同士なら多少仲良くなりやすいかな、と思ってさ」
「同年代だと、仲良くしやすいのですか?」
難しい質問だ。
「……そうだな、年が近いから、って必ずしも仲良くなれるわけじゃない」
人はそれぞれ個性がある。
学校だの、会社だの、様々な集団に属する中で、同年代で一纏めに扱われることはよくあることだが、実際、仲良くなれる相手なんてのはごく一部だ。
俺も、元居た世界ではほとんど友達がいなかった。
別に人付き合いが苦手というわけでもないのだが、なんとなく、人と距離を詰めすぎないように生きてしまっていた。
今にして思えば、あえて人と距離を取っていたのは、自分の向ける好意と相手から向けられる好意に差異を感じていたからかもしれない。
俺はどうにも、気に入った相手のためにやりすぎてしまうことがあるらしい。
ハンナに対しては自覚もするようになったが、ザクロたちから言わせてみれば誰に対しても俺はやりすぎなぐらい気を向けているし、手を差し伸べようとしているのだとか。
おかげで厄介事も引き込みやすい、というのは旅の中で何度も言われて最近は少しぐらい反省しているつもり、なのだが……この状況を見るに、全然改善はできていないらしい。
「その調子だとあんた、いつか死――なないんだったわね……」
昔、ザクロに呆れられながらそう言われたのを思い出す。
そう、困ったことに死なないので、むしろ昔より厄介事を抱えやすくなってしまったのである。
人生は体が資本であり、死にかねないようなことに突っ込むのはバカのすることだと思うが、そういうバカが手軽にできてしまうのが今の俺だったりする。
もっとも、痛いもんは痛いし、腕やら足やらを切られれば文字通り手も足も出なくなるし、死なないだけで再生能力があるわけでもすごい身体能力があるわけでもないので、できることに限りはあるのだが。
でも、それを踏まえたうえでもできることはずいぶん増えたし、この力があるおかげでできた人助けだってたくさんあった。
そうして助けた人たちのおかげで、楽しく過ごせた日々も、いくつもある。
知り合ったからには仲良くなれる、なんてのは幻想だけど、知り合ったうえで仲良くなりたいと思える相手には、何人も会ってきたつもりだ。
その出会いはどれも、相手を知って、想いを知って、互いを知って、その果てにたどり着いた、かけがえのないものがあったからこそ、だと思う。
「今はまだ、互いのことも全然知らない状態だしな。それでいきなり仲良くなれってのも無茶な話だ。だからそうだな、今日は顔合わせというか、今日をきっかけに仲良くなっていってくれたらいいな、というか――」
「はい!」
うーむ、嫌な予感がする。
「……ハンナ、どうした?」
元気いっぱいに手を挙げたハンナに視線が集まる。
彼女は目を輝かせ、それはもう楽しそうに、宣言した。
「ツムギさんのところに行きましょう!」
◆◆◆
「こっちですよ!」
嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべたハンナは、サラとナエの手を取り、ずんずんと先に進んで行く。
俺はもちろんのこと、サラもわずかながら抵抗を見せたのだったが、ハンナの勢いを止めるには至らなかった。
何より、サクラの一言が決定的だった。
「ツムギって、あの服作ってる人間のとこ?」
「そうですよ」
「だったら、少し興味ある、かも」
普段、村人たちどころか他人に対して興味を持つようなことのないサクラが、珍しくもそんなことを言ったのだ。
サクラの人見知りのことを考えればとても良い傾向だし、普段であれば手放しに喜んでもいいことだと思う。
だがしかし、今回ばかりは、俺も渋い顔をしてしまった。
たくさんの人とサクラが関わったり、知り合ったりすること自体はとても良いことだ。
これまで引き籠って生活していた彼女の世界が広がるのは喜ばしいことだし、この調子で他の村人たちとも交流していってくれるなら何よりだと思う。
だがしかし、この村の人間において、唯一、あいつにだけは会わせたくないと思っていたのがツムギだった。
あいつのところに連れていくのだけは、正直避けたいところだったのだ。
サクラは知り合いが少ない。
それはそのまま、世界にどんな人がいるのかという知見の狭さにも繋がっている。
他者を知らないからこそ人見知りをしてしまい、それは結果彼女の世界を狭めることにも繋がっていく。
魔王ではあるが、それ以上に彼女は成長途中の少女だ。
人形を作る彼女の趣味のためにも、これからの生活のためにも、彼女自身の交友関係を広げていくのは大事なことだろうし、俺のできる限りで手助けしたいとも思うのだが、その広げ先としてツムギをあてがうのは、できればもっと人間というものを、他人というものを彼女が知ってからにしたかった。
早い段階で出会うには、あいつは強烈過ぎる。
あんなのを人間のスタンダードの1つだと思われたくない。
ああいう人種のことを否定したいわけではないが、出会うには早過ぎる相手というのもこの世にはいると思うのだ。
教育的な意味で。
「サクラは、どうしてまた、今回乗り気だったんだ?」
元気に歩いているハンナと、彼女に少し引っ張られ気味に進むサラたちを見ながら、少し後ろを俺とサクラも手をつないで歩いていた。
ちなみに逆側の手はなぜかマサギが握っている。
置いてけぼりが嫌だというのでついて来させたのだが、お前まで手を繋ぐことはないだろうに。
「前から、興味はあったの。この村に服を作れる人間がいるのは知ってたから」
俺の問いかけに、サクラはやけに固い表情で答えててくれた。
どうやら、彼女なりに緊張しているらしい。
「この間作った人形の、服がしっくりこなくて。本とかを読んでもいまいち参考にならなくて。相談に乗ってくれそうな相手がほしかったの」
なるほど、そういうことか。
納得はしたものの、余計に不安が増してくる。
相談役としてのツムギかぁ……いや、あいつもプロフェッショナルだ、きっと、服のこととなれば、暴走せずにサクラの相談に乗ってくれることだろう。
そう願うことしか、俺にはできそうにないし。
「ツムギさーん、いらっしゃいますかー?」
店にたどり着き、ハンナがノックと共に声をかけると、
「はわわわわっわわっ! 麗しき美声! これはハンナさんの声!」
「えっと、入っても大丈夫ですか?」
「はい、いつでもウェルカムですとも! 今少し手が離せませんので、どうぞご自由にお入りください!」
今日はいつにも増してテンションが高い。
嫌だなぁ。
「それじゃあ、お邪魔しますね」
ハンナたちが入るのに続いて、俺たちも入店する。
そして、俺たちは全員揃って呆気に取られてしまった。
「すみません、只今少々取り込み中でございまして! 大仕事の真っ最中なのです、はい!」
ニコニコと笑いながら、はちゃめちゃに手を動かすツムギの前にはいくつもの縫い合わされた布が山となっていた。
それは床にも大量に積まれており、どう見てもまともな量ではない。
「ご依頼でしたら少しお時間をいただいてしまいますが、それでもよろしいでしょうか? って、あら、あらあらあらあら! 新たな! 美少女がお2人! すみません、このようなご挨拶で!」
言っている間にも、彼女の縫い合わせた布は増え、床に積まれていく。
よく見ると、それぞれの裏地らしき個所に文字が書き込まれていた。
「ツムギ、これは、何してるんだ?」
「これはですね、つなぎ合わせていずれ巨大な1枚の布へと変わるものたちでございます。一通りの作業が済みましたら、外で縫い合わせる予定でして」
なるほど。
「それにしてもすごい量ですね……繋いだらものすごい大きな布になるんじゃないですか?」
「そうですね、ここまでのものは私も初めてでございます」
「そんなもん依頼してくるなんて、どんな巨体のやつだったんだよ」
俺が苦笑い交じりに言うと、ツムギはどこか誇らしげに、どや顔で答えた。
「ふふ、聞いてくださいますか? なんと驚くことにですね……ドラゴンのお客様だったのでございますよ」




