俺の嫁はエルフ受けが悪い【41】
「それでは、いただきます!」
「いただきますですぞ!」
「いただきます」
食卓についた我が家の面々は、各々が手を合わせて目の前の料理に食前の挨拶を済ませた。
だいぶ馴染んできたこの光景だが、今日はまた1人、いつもと違う子が座っている。
サラの隣に座ったナエは、俺たちの行動を不思議そうな顔できょろきょろ見回していた。
「あー、飯を食う前に人間がやる習慣みたいなもんだ。食材とか、作ってくれた人に感謝する、って感じの意味合いだな」
こう、と手を合わせて見せると、ナエは不思議そうな顔をしたままだったが、俺たちの真似をして両手を合わせた。
「いただきます」
俺が言いながら軽くお辞儀すると、同じようにナエも小さく頭を下げた。
今朝の朝食は、わりとシンプルな大麦などの穀物に、細かく切ったドライフルーツと牛乳、砂糖などを混ぜたもの。いわゆるフルーツグラノーラみたいなやつだ。
日々、こういった元居た世界での食事を追い求め、俺たち異世界人たちはこちらの文化に根付かせ続けている。
もっとも、きちんと流行ったものはそれほど多くないため、異世界人たちがその火を絶やさないように頑張ってたりもするのだが、結局異世界人という異物が持ち込んだ異文化であることには変わりなく、こちらの元居る住人の中では『珍しい別の世界のモノ』として定着しつつはある。
野菜だとか、育てやすいあちらの世界ベースの作物なんかは人気なのだが、それもたまたま育てやすくたくさん採れるといった、分かりやすい事情があるだけであり、手間暇をかけて作る料理やら甘味やら、みたいなものはいまいち広まりが悪いようだった。
ただ、もっとも広まりにくい理由としては、
「……」
「あら、ナエちゃんはこれは食べたくないですか?」
俺たちと同じようにグラノーラを頬張ったナエだったが、少し咀嚼した後、見るからに表情を曇らせて固まってしまった。
と、このように、種族によっては食べられない者も多い、ということが大きいようだった。
俺たちのような人間が1番多いとはいえ、ハンナのようなエルフもいれば、タンポポのような小人族もいるし、魔物たちの中にはさらに特殊な存在だっている世界である。
当然、種族単位で文化や食生活も違い、ワールドスタンダードなどという考え方が通用する場所はほとんど存在しない。
俺も最初はハンナの食事については頭を悩ませたものだった。
彼女は比較的なんでも食べる方とはいえ、それでもやっぱりエルフらしい食事が1番嬉しそうにしてくれるのだ。
「ナエ、無理に食べる必要はないからな」
俺がそう言って小さく笑って見せると、ナエは少し考えた後、べえっ、と器に頬張っていたものを戻し、ぶるぶると体を震わせた。
何がダメだったのだろうか?
ハンナたちのように動物性のものは受け付けないとか、逆に森そのものであるナエは植物性のものを食べられない、とか?
いろいろと可能性は考えられるが、これは困ったことになった。
何かしら、彼女が食べられるものを用意してあげたいところだが、何なら食べられるのだろう?
旅する中で様々な種族と出会ったりはしたが、さすがにナエのような存在とは初めて出会った。
系統的には、いわゆるドリアードとかが近いのかもしれないが、彼女の場合はもっと根源的な存在……森そのもの、森の精霊、そんな言葉が似つかわしいように思う。
だとすると、彼女に必要なのはこういう食事系ではなくて、もっと、こう――植物が必要としている栄養、とかなのか?
「よし」
案ずるより産むがやすしだな、と俺は立ち上がり、ひとまずコップに水を汲んできてナエに渡した。
彼女はこれまた不思議そうな顔でコップを眺めていたが、中身がただの水だと分かると、少しずつ、ゆっくりと飲んでくれた。
とりあえず普通の水は大丈夫そうでほっとする。
しかし、水だけというのもいかがなものだろうか。
俺たちのように大量の食事は必要としないかもしれないが、それでも彼女だけ除け者、というわけにもいかないだろう。
我が家の食卓についてくれた以上、家主として、それなりにもてなして上げたい気持ちというのがあるのだ。
うーむ、と悩む間、ハンナたちも手を止めて俺の方に視線を向けている。
皆の食事を妨げるのもどうかと思うので、手早く考えつきたいところだがしかし、俺は魔物の専門家でもなければ植物の専門家ですらない。
せいぜい育てている植物と言えば――
「あっ」
閃いてしまった。
「ナエ、ちょっと一緒に来てくれるか?」
俺が呼びかけると、彼女はまだ水の半分ほど残ったコップを置き、不安そうな顔でハンナの方を見た。
まあ、それもそうか。
いくら一晩、一緒のベッドで寝ていたとはいえ、彼女にとって俺は未だに恐ろしい存在ではあるのだ。
一緒の食卓につくぐらいはしてくれても、2人で家の外に、となると、本来の姿では抵抗があるのだろう。
しかし、このまま俺だけ行くというわけにもいかない。
何しろ、俺が閃いてしまったものは、さすがに家の中に入れるわけにはいかないからだ。
わざわざ家から遠ざけて管理している意味がなくなる。
どうしたものかと考える俺だっだか、
「ふむ、見知らぬ人々に囲まれ、心細い気持ち! か弱いウサギの1羽として、しかと受け取りましたぞ!」
そんな空気をぶち壊す、そしてとっても意味不明な、筋肉ダルマの大声が響き渡った。
彼はゆっくりとその巨体で立ち上がり、そしてナエを優しく抱えると、そのまま大きな右肩へと乗せてしまった。
「これでユウキ殿といえど、簡単に手出しはできませぬぞ。マサギにお任せあれ」
よく分からんが、一応、彼なりにナエのことを気遣ってくれたらしい。
ナエの方を見てみれば、困惑した様子で俺の方に視線を向けている。
そりゃあ困惑もするだろうよ、とは思うものの、これで俺への恐怖心が少しでも和らいでくれるのなら、それでいいか、とも思ってしまった。
「あー、ナエさえ良ければ、そのままついて来る、ってのはどうだ?」
俺が問いかけると、ナエは不安げな顔で、恐る恐るといった具合にマサギの方を見た。
彼はにぃっ、と満面の笑みを浮かべて見せるが、筋肉の塊と可愛らしいウサギフェイスが相変わらずミスマッチであり、ここらの森でも見なかった生き物ということで、ナエからしてもとても不気味に映っているに違いない。
これは余計にこじれるかもしれない、とさらに口を開こうとした俺だったが、そんなマサギの腕を引く、もう1人の少女がいた。
「おや、サラ殿も肩に乗りたいのですかな?」
マサギが見下ろす先で、サラが今まで見たこともないぐらいに目を輝かせ、ナエの方を見上げて頷いた。
そんな顔もできるのか……いや、マサギのおかげでできるようになった、と言うべきなのか……?
何はともあれ、素晴らしいことだ。
「であれば、サラ殿は左肩ですね! そうれ!」
マサギは、右肩にナエを載せたまま器用にサラを持ち上げ、そのまま左肩に乗せてしまった。
両肩に少女を載せたマサギは、奇怪だが、愛らしい少女たちのおかげで首から上だけ、ファンシーな世界観に辿り着けたようだった。
相変わらずナエは少し怯えた様子だが、それでも無表情のまま目を輝かせるサラを見て、少しぐらいは現状に対して良い印象を受けてくれたらしい。
表情が少しだけ、解れたような気がした。
「よし、それじゃあ、行くか」
「はい!」
元気なマサギの声に、少女たちが頷く。
「ハンナ、少しだけ待っててくれな」
愛しい妻を置いて行くのは忍びないが、すぐに戻ってこれる程度の距離だ。
そう思ってハンナの方を見たが、
「え、あっ、はい! その、すぐ戻ってきてくださいね!」
こっそり彼女がマサギの首に手を回し、ぶら下がろうとしていたのを、見逃す俺ではないのだった。
さて、我が嫁の愛らしい行動にあえて目を瞑りつつ、家を出た俺が向かったのは、畑の近くに用意しておいた木箱だ。
中にはいくつかの農作業用の道具と、
「お、あったあった」
袋に入った白い粉があった。
中身を取り出して、ナエに差し出す。
「こいつとかはどうだ?」
ナエは、差し出された粉を不思議そうに見た後、掌に少し出して、ぺろり、と舐めた。
すると、彼女は少し味わうようにした後、改めて粉を掌に出し、ぺろぺろと舐め始めた。
「ユウキ殿、これは?」
「湿地の方にいた貝っぽい魔物の殻を砕いたものだよ。畑の肥料として用意したんだけどな、1体の殻がデカすぎて、めちゃくちゃ余ってたんだ」
木箱の中にはナエに渡した袋の他に、大きな袋で2つ程、合わせてたぶん3キロぐらいの殻粉末が備蓄されている。
しばらく肥料に困らないだろうなぁ、とは思うものの、こんなに大量に殻ばっかりあっても良くないので、様子を見ながらたまーに撒くようにしているのだ。
「どうやらこういう肥料系は、美味しく食べれるみたいだな」
これでナエの食生活、一歩改善といったところか……と、そこまで考えたところで、思い至る。
別に、このままずっとナエがうちで暮らすわけではないな? と。
「……ナエ、ヒナタメのとこに戻らなくていいのか?」
俺が訊ねると、彼女は少し考えた後、マサギの肩に乗ったまま、俺の横まできて、ぽそぽそと耳打ちをした。
「怖くないって分かったら、帰る」
そう語る彼女の瞳は、やはりまだわずかに怯えの色を含んでいて、俺は改めて、彼女に酷いトラウマを植え付けてしまったのだな、と自分の行いを反省した。
俺だって必死だったとはいえ、もう少しやり方というものがあっただろう。
森に行ってからこっち、あの時のことを反省してばかりだが、幸いなことに少しずつ、本当に少しずつだが、こうしてナエも心を開こうとしてくれている。
俺がこの調子で頑張っていけば、きっと彼女のトラウマも落ち着いてくれることだろう。
であれば次は――
「ユウキー!」
瞬間、俺の体は横っ飛びに吹っ飛んだ。
唖然とするナエが見える。
驚愕するマサギと、その上で目を丸くするサラも見える。
しかし体は動かない。
俺の肋骨は悉くが折れているようだし、何なら体が真っ二つになってもおかしくないぐらいの衝撃だった。
「……えへ、ただいま」
俺に抱き着いた状態で、いつぞや以来の元気さを少しだけ見せてくれた少女。
人形のような生気の感じられない、それでいて美しく整えられたその姿は、見る者を絶句させ、見惚れさせ、そして絶望させる。
「サクラ、久しぶり、だな……おかえり……」
龍の国から帰ってきたらしい、嬉しそうな彼女の頭を少し撫で、口の中に広がる血の味を感じながら、俺は意識を失うのだった。




