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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
40/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【40】

 習慣のせいか、外が白み出した辺りで俺は再び目を覚ました。

 いつもであれば、このまま起き出して畑を軽く見てきたり、朝食の準備をしたりするところなのだが、今日はそうもいかない。

「すぅ……すぅ……」

 穏やかな寝息を立てるハンナに俺は抱きすくめられているため、無理に剥がせば彼女を起こしてしまう。

 彼女の安眠を脅かすぐらいなら、俺はこのまま目覚めなくとも良い。

 と、思っていたのだが、

「ん……?」

 先ほどの目覚めと違う、確実な変化に俺は少し悩んだ後、優しくハンナの腕を引きはがした。

「んん……そんなもの、エルフの私には……へへ……」

 弱々しく抵抗してくるハンナの腕は、やはりこちらのエルフらしくないひ弱なものだ。

 もっとも、普通の人間と比べたらそれでも十分強すぎる腕力だが、一応魔王と戦えるぐらいの腕力を持つ俺なら問題ない。

 俺やら森のエルフたちを比較対象にするからハンナがか弱く見えるのであって、彼女は普通の村娘などと比べればずっと力持ちである。

 ……誰に対する言い訳を並べているのだろう、俺は。

 どうにかハンナを起こすことなく、腕の中から逃れた俺は、ベッドから降りて室内を見回した。

 明かりの差し込む寝室内に、サラの姿は見当たらない。

 さっき目が覚めた時は、背中の方で寝ていたと思ったが……あれは気のせいだったのだろうか?

 いや、そんなはずはない。

 ハンナが、サラを1人で放置するはずがない。

 であれば、一緒に眠るように言ったのだろうが、こんな早朝に起きてしまったとかだろうか?

 自分の今の格好を確認して、ハンナが着替えさせてくれたであろう寝間着からいつものジャージに着替える。

 異世界で元の世界の服を着るのもどうかと思うが、どうしても楽な服装を選んでしまうのだ。動きやすいし。

 畑仕事をする関係上、運動着に近いものが1番身軽でちょうどいい。

 さて、サラはどこにいるだろうか、と寝室からリビングに出ると、

「うおっ」

 まだまだ真っ暗な部屋の中、テーブルに座ったサラが、宙をじっと見つめていた。

 微動だにしない姿は中々にホラーチックであり、思わず情けない声を出してしまった。

 すると、俺の声に反応したのか、サラがゆっくりとこちらを向いた。

 無言のまま、じっと見つめる彼女の表情は暗くてよく分からない。

「あー、おはよう。ずいぶん早いな」

 びっくりしたせいで激しくなった鼓動を落ち着かせるべく、俺は言いながらそっと深呼吸した。

 こんな小さな子相手にビビってどうする。

 というか、この子はこんな早朝に何をしていたんだ?

「目が覚めちゃったのか?」

 向かいに座りながら聞くと、彼女は少し考えた後、こくりと頷いた。

「俺もだよ。いつもこのぐらいの時間に起きてるから、目が覚めちまった」

 サラはただ黙って、俺の方をじっと見つめていた。

 あまりにも反応が薄くて怖い。

 昨日まではもう少し、はっきりと受け答えしてくれていたと思うのだが……まだ寝起きで頭が働いていない、とかだろうか?

「朝飯、にはちょっと早いしなぁ。んー、よし、じゃあ一緒に畑見に行くか?」

 このまま1人で何もなく過ごさせるよりはずっとマシだろう。

 放っておいて、また宙を見つめてぼーっとしているのも、何となく良くない気がするし。

 俺の提案にサラはぱちぱちと瞬きをした後、またこくりと頷いた。

 いまいち反応の鈍い彼女を連れて、俺は家の近くにある畑に出向いた。

 とはいえ、やることはそんなに多くない。

 雑草を処理して、土の状態を確認して、水が必要そうなら水をやる、ぐらいなものだ。

 ちょっと気合の入った家庭菜園みたいなものであり、出来上がった作物で生計を立てているわけでもなく、俺とハンナが普段食べる分をある程度賄う、ぐらいの収穫しか期待していない。

 規模も小さく、朝早くから頑張って見回る必要もそんなにないのだが、何となく、早朝に土をいじるのが好きで早くから見に来てしまうのである。

 早朝は、空気がどことなく、澄んでいる気がして良い。

 まだ眠っているような、それでいて少しずつ、明るさを手に入れ始めるような気配が、世界が生まれ直しているかのように見えて、どことなく、清らかな印象がある。

 そんな生まれ直したばかりの世界で深く息を吸い、大地と触れ合っていると、心が洗われるような気がするのだ。

 こういう空気の中で、のんびりコーヒーを飲んだりするのも最高なのだが、それはまたの機会にしよう。

 それにしても、だ。

「……」

 無言で土をいじる俺を、これまた無言でサラが眺めている。

 こうして年若い少女と共にいることで、思ってしまった。

 俺の思考、どんどん老けてきてないだろうか?

 そりゃあこの村に来てもう何年も経ってるし、何よりこっちの世界に来て10年が過ぎている。

 死なない体はついでに老いたりもしないようで、肉体年齢こそ20のままだが、それでも精神はゆっくりと老化しているのだろう。

 何よりここ最近のスローライフっぷりときたら、見事なまでに老後の生活みたいなものである。

 そりゃあここしばらくはあちこち出向いたり大変な目に遭ったりはしたが、それと比べて普段の生活は平穏そのもの、隠居生活待ったなしだ。

 ここらでもう少し、若者らしいことをするべきなのかもしれない。

 実際のところ30のおっさんではあるけれど。

 やってることはおじいさんのそれだ。

 このままでは、知り合いが皆老人になる前に、俺が真っ先に老人のようになってしまう。

「……よし!」

 土も適度に湿ってたので、いじるのをやめて俺は立ち上がった。

「サラ、ちょっと走ろうか」

「……?」

 さすがの彼女も、突然過ぎて不思議そうな顔をしていた。

 そりゃそうだ。

 俺だって突然そんなことを言われたらきょとんともする。

 だが、俺は思ってしまった。

 もう少し、こう、若者らしい感じの生活を取り戻したい、と。

 そこで思いついたのが早朝ランニングだった。

 いや、それが若者らしいかと問われると、もちろん怪しい。

 だがしかし、朝、トレーニングのためにしっかり走るのは、部活をしている学生さんか、趣味がマラソンだったりする方々のように思うのだ。

 何となく、ちゃんと汗を流すのは、若者らしさの表れのような気がする。

 実際はそんなことないとも思うが、何もしないよりはずっといい。

「いや、うん、そうだな。1人で走ってくる。サラはそうだな……ハンナのとこ行って、もう少し横になってるといい」

 軽くストレッチを始める俺に、サラは再び不思議そうな顔を向ける。

「ほら、眠くなくても、横になってるだけでも案外気持ち良かったりするだろ? まだまだ今日は長いんだ、のんびり過ごしつつ1日を送ったって罰は当たらないさ」

 彼女は少しの間を置いてから、こくりと頷いて家に向かって行った。

 それを見送ってから、俺は走り出した。

 とりあえず、辺りが完全に明るくなるまで走ることとしよう。


◆◆◆


「ハッ、ハッ、ふぅー……けっこう走ったな」

 村の外をぐるっと走り、森の方も軽く走り、結局家に戻ってきた頃にはすっかり日が昇っていた。

 そろそろ朝食の用意をしなくては、ハンナたちも起きてくる頃だろう。

 俺は軽く汗を拭い、家に入ろうとした。

「さあ、朝食が待っていますぞ、サラ殿!」

「はい」

 すると、ちょうど家の横のマサギハウスから、元気いっぱいな声と共にマサギとサラが出てきた。

「おお、これはユウキ殿! おはようございます!」

「おはようございます」

「おはよう……って、サラ、マサギのとこに行ってたのか?」

 俺の問いに、サラは首を傾げる。

「昨日、別々のベッドでなければ寝れない、とのことでしたので、私はこっちでマサギさんと寝ました」

「今日だけと言わず、いつでもマサギは大歓迎ですぞ!」

 マサギの言葉に、サラはじっと俺の方を見る。

 どういうことだろう? 疑問は多々あるが、ひとまず言ってやるべきは、

「ああ、そうだな、また一緒に寝てやってくれ、サラ」

「! はい、ありがとうございます」

 初めて、自分から「そうしたい」と思ったであろう彼女の意志を尊重してあげたかった。

 マサギと一緒に寝るのが気に入ったのだろうか?

 であれば、マサギのとこで寝てもらうのもありなのかもしれない。

 ついでにマサギハウスを増改築して、サラの個室を作ってあげるのもありだろうか?

 いろいろなことを考えながら、2人と共に家に入る。

 まだハンナたちは起きてきていないらしい。

「マサギ、サラ、お湯の用意と、食器を並べといてくれるか?」

「お任せあれ!」

「分かりました」

 元気にお手伝いをしてくれる2人を微笑ましく思いつつ、俺は寝室に向かう。

 扉を開き、俺は思わず、浮かべていた笑みが深くなるのを感じた。

 ベッドの上には、すやすやと眠るハンナと、その横でゆったりと寝息を立てる、ナエの姿があった。

 きっと、彼女なりに、俺の何かを見極めようとして、ついてきていたのだろう。

 それでサラの姿に変身したりして……いや、今はいいか。

「飯ができたら呼びにくるな」

 小さく、彼女たちの眠りを妨げない程度の声で告げ、俺は寝室を後にするのだった。


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