俺の嫁はエルフ受けが悪い【35】
「そもそもですね、って、ユウキさん? 聞いてますか?」
「ん、ああ、えーっと、何だったっけ?」
本気で聞き流すつもりはなかったのだが、怒りながらも得意げなハンナの顔に見惚れること数十分。
ついにバレてしまった俺の態度に、ハンナはむーっ、と頬を膨らませてしまった。
可愛らしい仕草だが、これはいけない。
「もう! こっちは本気で怒ってるんですからね! 真剣に聞いてください!」
「いやぁ、はは……すみません……」
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、内心ちょっとだけ言い訳をしてしまう。
ハンナが可愛すぎるのが悪いのだ。
俺がもちろん全面的に悪いが、それはそれとして、何をしていても犯罪的に可愛いハンナの側にだって、多少なり問題があると思う。
……さすがにこれは俺が酷いな、うん。
「とにかく――」
ハンナがさらにお説教を続けようとしたその時、ふと、ナエが森の奥へと視線を向けた。
同時、遥かな先、木々を隔てた奥の方から、ベキバキと木々をなぎ倒す音が聞こえてきた。
今日は森林破壊が多いな、なんてことを思いながら、いつもの調子でハンナと脅威の間に入るようにした、のだが、
「ユウキさん、お話は終わってませんよ!」
どういうわけか、ハンナはまだまだお説教を続けるつもりのようだった。
「いやハンナ、あの音、聞こえないのか?」
「聞こえていますよ」
「だよな? それにほら、ナエもあんな調子だ」
見れば、ナエは明らかに怯えた様子でヒナタメにしがみついていた。
どう考えても、良くないものが森に入ってきてる。
「さすがにお説教どころじゃないだろ、これは」
「そう言って、また私の話を聞いてくれないんですか?」
気落ちした声を出すハンナに心が痛む。
だが、さすがに今回ばかりは流されるわけにはいかない。
このまま、ハンナのペースに合わせて危険が迫りでもしたら、俺はハンナを守り切れると保証できない。
生半可な相手であれば、俺1人でも戦いようがあるし、注意を引いて俺だけが戦うことだってできるだろうが、広範囲を薙ぎ倒せるような化物が相手であったら『ヘイトフル』だけではどうにもならなかったりする。
相手の姿も見えないこの状況、安全を第1に、警戒を徹底するのが最善のはずだ。
それはハンナだって理解しているはずだが、どういうわけか愛しのマイワイフは音の方を見向きもしない。
「ハンナ、話なら後でちゃんと聞くし、反省だってたくさんするから、今はもう少し準備するなり、あの音の主に対して警戒をだな」
「警戒……警戒、ですか?」
「あ、ああ」
きょとんとした顔で首を傾げる姿に、俺は混乱するしかなかった。
何を言っているんだと言わんばかりの反応、まさか慌ててるのは俺だけなのか?
思わず、仲間を求める気持ちでナエの方を見た。
すると、俺の視線に気が付いたのか、同じようにナエも俺の方を見てくれた。
彼女の顔からは明らかに動揺というか、怯えのような色が見て取れる。
顔色はさすがに分からないが、人間でいうところの青い顔、といった具合だ。
あれで怯えていないのだとしたら、俺の目が腐っていると言ってもいい。
「ほら、ナエだってあんなに怯えてるんだ」
「? ああ、それは、まあ、そうかもしれないですね」
ナエの様子を見たハンナは、どういうわけか微笑ましそうに笑顔を浮かべた。
ダメだ、さっぱり分からない。
「ハンナ、もしかして、俺が慌ててるのって、変か?」
ここまでのやり取りを総合して、考えられることは1つ。
10年程生きてきたこの世界だが、あくまで俺は転生者。
こちらの常識、こちらの世界の当たり前を、知り尽くしているとはとてもじゃないが言えない。
なんなら、土地が少し離れるだけで文化がまったく違う国や都市が広がっているような世界である。
俺たち異世界の人間がけっこうな数流入してきているとはいえ、それでも文化水準はあくまでこの世界基準であり、来た頃と比べても極めて上がったりはしていない。
そして何より、俺たちの旅において、エルフとの交流は皆無に近かった。
理由はいくつかあるが、何よりも大きかったのはハンナの存在。
エルフたちからすれば、すれ違うだけで笑いや話の種になりかねない程、ハンナは醜い容姿をしているらしく、物珍しさにじろじろ見てくる相手こそいても、積極的に関わり合いになろうとするエルフは存在しなかった。
そして、ハンナ自身、そういう扱いを受けてしまうことが分かっていたため、自分からエルフたちに関わろうとはしなかった。
だから俺は、ハンナのことは知っていても、エルフのことは知らない部分がとても多い。
それは同時に、森で生きるエルフたちにとっての常識が、俺にとっては非常識である、ということにも繫がってくるのだ。
ただでさえ、ハンナは普通のエルフはあらゆる部分が違う。
考え方も、使う魔法や戦い方も、進んで得てきた知識でさえも、彼女は普通のエルフとは違っている、らしい。
それらは全て、ある意味ではエルフらしい生き方を守るため、エルフに生まれてしまった自分の身を守るため、エルフたちに忌み嫌われながらもエルフの暮らす土地で生活するために必要とした、ハンナのための知識と技術。
エルフという種族のそのものの知識や技術とは少しずれている。
だからこそ、俺たちはエルフがいそうな土地にはあまり行かないようにしていたし、情報収集なども彼らの手をあまり借りないようにと心掛けていた。
パーティメンバーは皆転生者だったし、ハンナも無理にエルフと関わり合おうとはしなかったので、俺たちはいわゆるエルフの常識をあまり知らなかったりする。
かつていた世界の知識である程度のエルフらしい生活、考え方みたいなものは知っていたし、その知識は概ねこちらのエルフたちにも通用したが、やはり実際に生きている人々を相手にしてみると、細部が違うことも少なくなかった。
きっとこれは、そんな差異の1つ。
そうに違いない。
「変、ではないと思いますけど、そうですね、説明するより見てもらった方が早いかもしれません」
にっこりと笑ったハンナは、俺に手を差し伸べてきた。
「一緒に行きましょう。もしかしたら私は嫌われてしまうかもしれませんけど、危険だと思ったら私が助けますから」
その言葉に、嘘偽りは一切ない。
実際、俺よりハンナの方がはるかに強いのだし。
だが、
「そうなったら、俺がハンナを守るよ。もちろん、ハンナの力を信じてないわけじゃない。ただ、うん、そういう守ったり助けたりって時は、まず俺にカッコつけさせてくれよ」
ハンナの手を取り、俺も少しだけ笑った。
不安はもちろん拭えていないし、ハンナの勘違いである可能性も考慮しなきゃいけない。
それでも、こういう時は、虚勢だろうが何だろうが、カッコつけてみるものだ。
惚れた女の前であれば、そういう選択が必要だと、俺は思う。
優しく、しなやかなハンナの手をそっと握ると、彼女は少しだけ照れたように笑って、「分かりました」と頷いてくれた。
それじゃあ、と歩き出そうとした俺たちだったが、ふと、横を通り過ぎかけた俺の服裾をナエが摘まんだ。
あんなに俺を嫌っていたはずの――いや、嫌われてたのではなく、怖がられていたのだったか――この子が。
意外な行動に面食らいつつ、俺は立ち止まって彼女と視線を合わせるために軽く屈んだ。
「ナエは、優しいな」
少しでも彼女を安心させるために、笑顔を浮かべてみる。
「怖いのが、この先にいるんだろ?」
こくり、とナエが頷く。
「でも、俺も怖い」
再び、頷く。
「怖い相手でも、それが怖いやつと対面するのを止めようと動ける。それはすごく優しくて、勇気の必要なことだ。すごいな」
頭を撫でてやりたいところだが、それはまだ、怖がらせてしまうばかりだろうから、軽くサムズアップして見せる。
意味は通じないかもしれないが、表情や言葉から、多少なり気持ちが通じればそれでいい。
「そんなすごい君に、少しだけ頼みたいんだけど」
俺はちら、と視線を向け、大人しく立っているサラを見た。
つられてか、ナエもまた、視線をサラに向ける。
「あの子とヒナタメと、一緒に待っててくれるか? 話しでもして、のんびりしててくれればいい。大丈夫、君に見せた通り、俺は強い。そんでもって、こっちのお姉さんは俺よりもっと強い。だから、心配しなくても、大丈夫」
俺は立ち上がり、改めて、努めて優しく告げる。
「頼りにしてるよ、ナエ。また戻ってきたら、うん、謝罪もさせてほしいし、君と話もしたいから、その時はよろしく」
そして俺は、ハンナに声をかけて森の中へと足を踏み入れた。
背後から視線を感じていたが、振り向きはしなかった。
ハンナはあの様子だが、俺とナエにはそれなりに覚悟らしきものが必要だった。
ヤバそうな音を立て続ける森の奥地に向かうには、そして向かわせるには、留まる以上の勇気が必要なのだ。
と言ったところで、相手を脅威だと思っていない様子のハンナには、少しも分かってもらえないだろうけど。
「ああ、もう見えますね」
ハンナはそう言って、森の奥、木々の先をのんびりと指さす。
「あれですよ、音を立てていたのは」
俺が目を凝らすと、そこには、なんと言えば良いのか、
「えーっと、なんだっけあれ……アリクイ?」
ものすごくデカいアリクイがそこにいた。
二足歩行で、俺の何倍もの体躯を伸び伸びと使いながら、腕を伸ばし、やたら鋭い爪を木にかけ、小枝でも追っているかのように幹をへし折り、それを口に運ぶ。
細長い口からは木々の倍以上の太さをした舌が伸びて来て、それは樹木に絡みつくなり易々と圧縮して口の中に運んでしまう。
アリを食べるのとはわけが違う、凄まじい圧壊による捕食風景は、恐ろしいながらどことなく、のんびり温和な印象を抱かせる。
「あれはですね、モリクイです」
本当だ。
ステータスを見てみれば、モリクイ、と出てくる。
魔物の類ではあるみたいだが、うーむ。
「レベル68、なのはまあ、この辺だし別に驚きゃしないが……なんというか、魔物っぽくないな」
「そうですね、すごく温厚な魔物です。マサギさんみたいに草食の魔物は大人しいことが多いですけど、モリクイはその中でも特にって感じですね」
「なるほどなぁ。でも、俺こいつ見たことないぞ?」
「それはまあ、私たちは基本的に森に近づかないようにしてましたからねぇ。あの子たちは、森の近くに住んでいて、適度に森が育ったら食べにくるんです。彼らは森の範囲を必要以上に広げず、それでいて必要以上に森の規模も減らさない、そういう魔物なんですよ」
あんなに大きな子は初めて見ましたけどね、とハンナは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「懐かしいですね……故郷の近くにもいたんですよ」
「そうなのか」
「はい。あの通り巨大な森なので、たくさんのモリクイがあちこちにいました。私たちエルフと同じように森と共に生きる魔物ですから、エルフとモリクイは仲良しなんです」
ああ、そうか。
ナエが怖がっていた理由が分かった気がする。
あいつら、モリクイからしてみれば、森は食べ物なのだ。
そりゃあ、自分たちを捕食する相手は怖いだろう。
「あの子もある程度満足したらきっと大人しく帰ってくれますよ。お腹が空いてるだけですから」
「なるほどなぁ」
ハンナはそれが分かっていたから特に警戒もしなかった、と。
それにしても、さっきもそうだったが、エルフらしい知識を話している時のハンナは実に嬉しそうだ。
普段は様々な要因でエルフらしからぬ生活や行動をしている分、こういうことができるのは本当に喜ばしいことなのだろう。
「ハンナ」
「はい」
「ちょっと、ナエを落ち着かせてやってくれないか。あの様子だと、大人しく帰すなら食べ終わってもらわなきゃなんだろ? それじゃナエだってしばらく落ち着かないだろうしな。エルフとして、森を労わってやるのも大事だろ?」
「そ、そうですね! 分かりました、ちょっと行ってきますね!」
「ああ、頼むな」
走って行くハンナの背を見て、目をそっと細める。
そう、ハンナにとっては、これでいいはずだ。
「……さて」
俺はモリクイに目を向けた。
ハンナが言うに、モリクイは広がり過ぎた森を食う、とのことだが……そうは見えない。
どう考えてもあいつは森の端から、真っすぐ広場を目指して食い進んでいる。
「何かしら事情があると思うが、このままだといろいろ問題も起こりそうだしな」
俺はぐっと拳を握り、モリクイに歩み寄る。
「ちょっとだけ、相手してもらうとするか」




