俺の嫁はエルフ受けが悪い【33】
「――さん、ユウキさんっ!」
ぼやけた意識が、愛しい声でゆっくりと覚醒していく。
「……ハンナ?」
「ユウキさん! 良かった、気が付いたんですね……!」
後頭部に感じる柔らかな感触に、多少の名残惜しさを感じながらも、俺は起き上がった。
辺りを見回して、何とか状況を把握していく。
場所は変わらず、森の広場のようだった。
散らばっている木々の破片は、崩れたカエルのものだろう。
見れば、穏やかな寝息を立てながら床に大の字で伸びているマサギもいる。
俺が殴った跡もないということは、こっちもハンナが治療してくれたらしい。
「びっくりしましたよ、森の方にすごく大きな魔物? みたいなのが見えて、慌てて走って来たんです」
「そうか……ありがとな」
ハンナが助けてくれなかったら、今頃も俺は木の下敷きになったままだろう。
いやはや、さすが俺の嫁。
どうにかして連絡する必要があるなぁ、とは思っていたものだが、カエルの図体がやたらとデカかったのが功を奏したらしい。
「さて」
俺が視線を巡らせると、ヒナタメは相変わらず、俯き気味に座り込んでいるばかりだったが、その傍ら、彼に隠れるようにしてこちらを見ている存在と目が合った。
薄緑の肌と、藍色の瞳。
じっとこちらを見ていたその少女のような姿の存在は、俺と視線を交わした瞬間、怯えるようにヒナタメの背にさらに隠れてしまった。
「あー、えーっとだな。君か、俺を閉じ込めたのは」
声をかけると、ビクリと肩を震わせてから、おずおずと少しだけ顔を出し、小さく頷いて見せた。
まあ、怖いとは散々言われていたわけだし、こういう反応をされるのはよく分かるのだが、実際目の前でされるとそれなりにショックではある。
そんなに怖かったかなぁ、俺。
……怖かったんだろうなぁ、と先刻にされたことを思い出し、追加で落ち込む。
いやまあ、俺に落ち込む資格はないのかもしれないが。
「まったく……騒々しい限りだ」
ヒナタメが露骨にため息をつく。
「早いところ出て行ってくれんか。木材ならその辺のを適当に見繕って行けばいい」
確かにカエルの残骸が散らばってはいるが、このまま大人しく帰るというわけにもいかないだろう。
「いや、その、できればその子と話がしたいんだが……」
「この調子でか?」
怯え切っている様子の彼女……彼女でいいんだろうか。
少女みたいな姿だし、まあ、たぶん女の子、だとは思うのだが、彼女はそりゃあもう怯え切っているようで、頑張って少し出て来ようとする度、俺と目が合っては引っ込んでを繰り返すばかりだった。
このままだと会話すらままならない。
うーむ、どうしたものか。
「大丈夫ですよ、あの人はそんなに怖い人じゃありませんから」
と、頭を抱える俺を置いて、気付けばハンナが彼女に笑いかけていた。
「初めまして。私はハンナって言います。こんな見た目ですけど、エルフです。あなたは、森の妖精さんですか?」
にこやかに、朗らかに、優しく明るい笑みを浮かべたハンナを見て、彼女の表情が少しだけ和らいだ。
よし、ここはまずハンナに任せよう。
俺が下手に声をかけたら余計にこじれそうだ。
「わた……わた、し……」
「はい」
「わた、し、は……森……木……」
「うんうん」
「だから……妖精、違う、かも……」
「なるほど。じゃあ、森そのもの、って感じなんですね」
こくり、と彼女が頷く。
「お名前はありますか?」
「名前……」
彼女は戸惑った様子で視線を彷徨わせ、不安げにヒナタメをじっと見た。
「ふん……こやつ、いや、この森に名などないわい」
「では、何とお呼びすれば……? あ、あなたはヒナタメさんですよね! ユウキさんに聞いてますよ」
「そうかい……であれば、ふむ」
ヒナタメはちら、と背後を伺い、
「ナエ、とでも呼んでやるといい」
「ナエちゃんですね、分かりました!」
にっこりと笑ったハンナは、改めてナエ、と呼ばれた存在に笑いかけた。
「改めまして、ハンナです。よろしくお願いしますね、ナエちゃん」
ハンナの笑顔に、ナエはまだ少し迷っている様子だったが、それでも小さく頷いて見せた。
それから、ハンナとナエは少しずつ会話を繰り広げていった。
俺とヒナタメはそんな2人の様子をじっと見守っていたが、ふと、もう1つの視線を感じて目を向けた。
「ああ、サラも来てたのか」
見れば、広場の端の方でサラがぼんやりとこちらを見つめていた。
おそらく、ハンナと一緒にここまで来て、待っているようにでも言われたのだろう。
「悪いな、遅くなって。俺もすぐに戻って昼寝するつもりだったんだけどな」
声をかけながら歩み寄る俺に、サラは視線を向けてきた。
「ちょっと予想外にトラブル、というか、昔の因縁というか、そんな感じのものに巻き込まれちまってさ」
「……」
「一応、俺なりに解決してみようとは思ったんだが……あの様子だと、ハンナに任せといた方が良さそうな気がしてきたよ」
事実、俺ではどうにも、ナエに怯えられるばかりだった。
あの子自身に対話の意志がない、というわけではなく、その相手が俺である、というのが問題なのだろう。
冷静に考えてみれば、トラウマを植え付けた相手が歩み寄ろう、というのが傲慢な考えだったのだろう。
「俺もまだまだだなぁ。こっちに来ていろんなやつと話したり、会ったりしたってのに」
「……ユウキさんは」
「ん?」
「怖い人?」
真剣なその瞳には、ナエと同じような怯えの色が、わずかながら滲んで見えた。
怖い、かぁ。
「よく言われるんだよなぁ……そんなつもりないんだが」
昔から、知り合った連中の大半に言われるのだ。
お前は怖い、と。
「うーん、そうだな、サラは俺のこと、怖いと思うか?」
少し考え、サラは小さく首を横に振る。
微妙にはっきりしていないのは、まだ確証が持てない、といったところだろうか。
何にしても、正直に言ってくれるのはありがたい。
俺は苦笑を浮かべながら、サラと目線を合わせるように屈んだ。
「まあ、実際怯えられることも少なくないからなぁ。ハンナにもたまに言われるぐらいだし」
「じゃあ……」
「ま、俺自身は何がそんなに怖がられてるのか分からないんだけどな。改善するにしてもどこが怖いのか教えてもらえないことにはなぁ」
別にこれはとぼけて言っているわけではない。
俺のどこが怖いのか、俺自身にはよく分からないのだ。
顔とか身長も平均並みだと思うし、外見で怖がられることはないと思う。
実際、警戒されたり怖がられたりするのは、いつもある程度知り合ったりやりあった後なのだが、俺は大した能力も持っていないので、頑張って戦っているだけなのに怖がられる。
根気勝負に持ち込むことは多いが、それは俺の能力からして勝ちをもぎ取れる可能性が高いからである。
困ったことに死なない体なので、だったら相手が死ぬまで待つのが手っ取り早く、勝率も良い、はず。
この考え方で旅の間は幾度も勝利をもぎ取って来たし、実績がある以上他の手段を模索するのもなぁ、というのが俺の意見である。
もっとも、俺の持てる策に模索できる程の量がない、というのもあるが。
「ああ、そうだ」
考え込んでも答えが出ない中で、俺はちょっとした妙案を思いつく。
「サラ、君さえ良かったら、俺が怖いな、と思った時は教えてくれないか?」
「ユウキさんが怖い、と思った時、ですか」
「ああ。と言っても、難しいこと考えず、何となく怖いなってなったらでいい」
「……分かりました」
こっくりと頷くサラに、俺も頷きを返す。
ハンナは俺の戦い方が怖いと言う。
自分を大事にしないこと、そしてそれに慣れてしまっていること、それがどちらも怖くて悲しいのだと、以前伝えられた。
それを聞いてからは一応、これでも、少しぐらいは自分の体を大事にしているつもりなのだが、どうにもまだまだ足りていないらしい。
サラが協力してくれるなら、今後ハンナの懸念も消え去ってくれるかもしれない。
俺の努力次第ではあるが。
「それにしても、ハンナ、随分話し込んでるなぁ」
彼女たちの方を見てみれば、まだ何かしら真剣な様子で話し続けていた。
何を話しているのか気になるところだが、聞き耳を立てるのもどうかと思うし、待つしかないだろう。
それにしても、
「真面目な顔のハンナも最高だな……」
と、心の声が漏れ出てしまった瞬間、ビクリ、とサラが体を震わせた。
そして、彼女は俺を指さして、小さく告げる。
「……怖い、です」
その言葉に、俺は首を傾げることしかできなかった。




