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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
30/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【30】

「さて……」

 森に入り、適当な深さまで進んで行く。

 元いた世界で森の木を切るとなれば、土地の持ち主がどうだとか、管理者がどうだとか、あれやこれやと利権問題が絡んできたものだが、こちらの世界において森は世界中のあらゆる存在にとっての共有財産だ。

 エルフが自分たちの住処として占領している場所もあれば、魔物たちが大量発生して人が立ち寄れない様相の場所もある。

 魔力が満ち満ちているせいで迷いの森と化している場所もあれば、富士の樹海よろしく自殺の名所として名が知られているせいで悪霊のたまり場となっている場所もある。

 どのような森であったとしても、国やら誰かが勝手に管理することは許されておらず、たいていの場合、その森の主の怒りを買うことになる。

 権利者はいないが、森の王だとか主はいて、その領域で目に余る行動を取れば然るべき処罰が下される、といった具合である。

 たいていの場合、そういった森を統べる存在は超常的な力を持っており、神に近いとんでもない能力を持っている。

 転生したての人間が知らずに森を焼き、あっという間に2度目の死を迎えることなる、なんてのも珍しいことではない。

 逆に、特殊な転生特典を用いて森の主と仲良くなったり生活を共にしたり、みたいな連中もいるから、転生者といえど森との付き合い方は多種多様だ。

 では、俺はどうか、というと。

「ユウキ殿」

「なんだ?」

「先程から、やけに森が静かではありませんか?」

「ああ、俺がいるからな」

「どういうことです?」

 後ろをついてくるマサギは、木々のざわめきどころか動物の鳴き声1つしない森の中を不気味そうに見上げた。

 俺は少し気まずく思いながら答える。

「昔な、俺たちがサカイ村に居ついた頃の話だ」

 それは魔王――サクラとの決着がついた後のことだった。

 俺はサカイ村の前身となる村を、今の村長たちと一緒に作り出した。

 もともと、この辺一帯はサクラの持ち物であり、支配領域だった。

 その実態は実のところ今も変わっていないのだが、サクラが俺たちを受け入れてくれたことで人間も住める土地になっている。

 とはいえ、出てくる魔物はどいつもこいつも化物ばかりであり、マサギなんかが良い例だが、まともな人間はおよそ近づこうとさえしない土地ではある。

 そんな場所に作った村だが、村である以上、当然生活のためにあれこれと必要なものがあった。

 家を建てるための木材、日々を暮らすための木の実や動物といった食材、川や井戸などといった水源、生活用水の確保に、村から近隣の国までの舗装路、などなど。

 日々を生きるために必要なものは多岐に渡り、その中でも森の攻略は必須であり最初にこなすべき案件だった。

「魔法で家を建てられても、素材がなきゃ無理だろ? 村長の結界を張ろうにも範囲を指定しなきゃいけない。そのためには明確な境界線が必要で、そのためには簡易でも柵を作らなきゃいけない。村として成り立たせるためにも、まずは家を用意しよう、ってことになったんだよ」

「それで、木材を求めて森に?」

「ああ。サクラの領地であっても森には森のルールがあるだろうから、挨拶も兼ねてな。入って行って、すぐに大変な目に遭ったよ」

 当時を思い出し、俺は苦笑いを浮かべる。

 マサギのような魔物は、昔だったら存在しなかった。

 この森を始めとした周辺の生育環境が変化したためだろう。

 昔、この森を闊歩していたのは、木の魔物たちだった。

「魔王に勝った、ってことで油断してたんだろうな。こっちの森が場合によっちゃ魔王の城より厄介だってことを忘れて、俺はあっさり木の魔物に囲まれちまった」

「それで、攻撃を?」

「いや、攻撃はされなかったよ」

 木の魔物たちは、静かに俺を取り囲むだけだった。

 ただそれだけだが、それは人間を相手とした時、あまりにも有効な攻撃手段でもあった。

「囲まれてしばらくしてからかな、俺は自分がひたすら歩き続けていることに気が付いた。ここの森はそこまで広大じゃない。森の主はたいてい森の1番深いところか、中心に陣取ってるもんだから適当に真ん中辺りを目指したら会えるもんなんだが、どれだけ歩いてみても一向に会える感じがしない。それどころか、微妙にカーブした道がひたすらひたすら続いてるんだよ」

 その時俺は、木々の魔物たちによって永遠に途切れることのない円形の道をひたすら歩かされていた。

 道を逸れようとして木々の間に入ってみても気付けば元の道に戻っているし、目印をつけて戻らないように気を付けてもわざと目印の前に戻ってくるように動かされていたり、と散々な目に遭った。

「それで、どうなさったのです?」

「まあ、シンプルに解決することにした」

 俺はまず、手近な木の枝をへし折った。

 続けて、もっと太いものを探し、容赦なく叩き折った。

 俺のレベルは当時ですでに魔王を殴ってダメージが通るまで上がっていたので、その辺の木ぐらいなら気合で倒せる。

 もっとも、それは普通の転生者とかがスキルなんかを使った場合の話であり、俺には特殊な技能も何もない。

 なので、拳が壊れるのも無視して木を1本、殴って殴って殴って殴り続けて、無理やり切り倒した。

 切ったと言うのはあまりにも、殴って削ってなんとかした感じだったが。

「で、それをした後に「俺は死なないし、痛いのもいくらでも我慢できる。何度も死んでるしな。なのでこれからお前ら全員をこの方法でぶっ倒していくが、いいよな?」って聞いたんだよ」

「……」

 マサギが黙ってしまったので、俺は慌てて明るい声を出した。

「もちろん本気じゃないぞ? できるだろうけど、それをやってたら俺が森を出れるのは何年も先だ。だからまあ、実際のところはハッタリだったんだけどな」

 俺はハッタリではあるものの、本気でやろうと思って言った。

 要するに、脅しをかけたのだ。

 このまま時間をかけて俺が力尽きるのを待つつもりなら、俺は俺なりのやり方で徹底抗戦するつもりだがどうする? と。

 そうしたところ、

「最初はもちろん、相手にされなかったよ。だから、1本ずつ、木を同じ要領で潰していった。2本、3本、と木を倒してたら、急にそれまで歩いたことのない道に出てな。歩いて行ったら――」

 突如、開けた視界。

 それまで、木々で覆われ薄暗かった辺りが一気に明るくなり、俺とマサギは目を細めた。

「ここに出たってわけだ」

 そこは、美しい湖の広がる開けた土地だった。

 森の中心、ぽっかりと開いたそこは、木々の生い茂る薄暗い道中とは違い、日差しがたっぷりと差し込む美しい場所だった。

 日差しがだいぶ高くなっているおかげで、とても穏やかで温かい。

「よう、久しぶりだな」

「……何をしに来た」

 そんな温かな湖畔でぶっきらぼうに言うのは、見るからに木を繋げ合わせて作られた人形だった。

 彼こそが、この森の管理者であり、生きる失敗作にしてサクラに捨てられた木偶人形、ヒナタメである。

「また森を破壊しに来たのか」

「人聞きの悪い……いやまあでも、今回はあんま間違ってないかもしれん」

 俺はベッドを作るための木材を調達しに来たことを伝えた。

「まあそんなわけで、一応お前さんに報告をな」

「ふん、律儀に言いに来ずとも、勝手に倒せば良かったろう」

「そういうわけにはいかないさ。俺のせいで寂しくさせちまってるんだ、あんたには悪いことしたと思ってるよ」

「そう思うのならそっとしておいてくれ。ワシにはもう、ここで静かに余生を過ごすことしかできんのだ」

 彼はそう言うと、腰掛けていた岩の上でそっぽを向いてしまった。

 つっけんどんな彼の態度だが、これもしょうがないのだ。

 俺が彼の元へと初めてやってきた翌日、ここの森にいた木の姿をした魔物たちが一斉に消えてしまった。

 森の半分程を構成していた木々が突然姿を消したものだから、当時は一気に閑散としてしまい、恐ろしかったぐらいだ。

 しかしヒナタメはそれでもこの森に残った。

 サクラから失敗作として捨てられ、辿り着いこの森を彼は心の底から愛していた。

 すっかり木の少なくなった森の土地に、彼は少しずつ種を撒き、苗を植え、そして魔力を注ぎ込み、森を育て直した。

 彼自身の持つ能力はシンプルで、植物を成長させ、育て上げること。

 木材由来の彼にサクラが与えた能力であり、元々は城の庭師をさせられる予定だったらしい。

 だがしかし、彼はその役職にはつけなかった。

 彼にできることは成長させることだけであり、剪定や管理といった、庭師らしい仕事はてんでダメだったのである。

 結果、失敗作として捨てられてしまった彼は、それでも生き延び、こうして森の主となったのだった。

 元々暮らしていた木の魔物たちと共生し、日々を過ごしていた彼だったが、今やこの森で力のある魔物は彼ぐらいのもの――というのが10年前の話。

「そう言わないでくれよ。ほら、こいつの紹介もしに来たんだ」

 俺はそう言ってマサギを前に出す。

「こいつはマサギ。森の中からひょっこり顔を出しててな。今では俺の家族だ」

「お初にお目にかかります、マサギと申します。よもやあなた様のような森の主がおられたとは……」

 ヒナタメは、今ではすっかり拗ねて引きこもってしまった森の主だ。

 おかげでここには多種多様な生き物が生息するようになっている……らしい。

 昔、木の魔物たちが出て行く際、置き土産のように俺のことがここの生き物たちに伝わるようにしていったらしく、新たに現れる生き物たちは俺のことを異様に怖がったり、避けたりするようになってしまった。

 もっとも、どういうわけかマサギは俺のことも知らなかったようだったが。

「……お前さんは、この森の生まれじゃないな」

「それは、ええ、その通りです。私は元々野を駆け山を駆け、各地を転々としていたものですから」

「ふん、それがこの森に居ついてたってのかい」

「ほんの数日でしたが、暮らしておりました。とはいえ、私はこの通りか弱く儚いウサギでありながら、人に近い種族……森の方々からも敬遠されておりました。そんな折、こちらのユウキ殿の伴侶たるハンナ殿に出会ったのです」

 どこかうっとりとした表情で、マサギはハンナと出会った時のことを回想しているようだった。

「ぜひともハンナ殿とお近づきに、あわよくば仲良くなりたいと思っていた私でしたが、いやはや、それだけでなくこのような素晴らしい主人とも出会えたわけです。確かに怒ると少々怖い点はありますが、私が保証しましょう。ユウキ殿は優しく素晴らしいお方であると!」

 胸を張って言ってくれるマサギの気持ちはありがたいが、それはどうやら、ヒナタメには逆効果にらしかった。

「はん、優しいやつが木を無造作に折るものか。自然への接し方というのは人間の醜さを表すものなのだ」

「それは先に手を出した森側の責任でしょう。襲われてしまった以上、正統なる防衛というものです」

「自然に対して正統な防衛なぞあるものか。魔物が人を襲うことなぞ、自然現象に過ぎんよ。それを逃げ惑うほどに痛めつける必要がどこにある」

 2人の言い合いはすっかり平行線だ。

 俺を擁護する声と、俺を非難する声が、俺を挟んで行ったり来たり。

 別にそんな話をするために来たわけじゃないんだがなぁ、と頬を掻いていると、不意に、バキバキ! と凄まじい音がした。

 何事か、と目を向けると、遠くで木がいくつか倒されている。

「おい、あれは大丈夫なのか?」

「大丈夫なものか。ああ、貴様のせいだ。森の守りであり森そのものでもあった彼らがいない今、この森は無防備なのだ……」

 倒れる木々の方を見て、ヒナタメは力なく呟いた。

 昔の出来事以来、すっかり意気消沈してしまった彼は、いつだってこの様だ。

 だがそんな彼のことなどお構いなしに、森の木々は倒れていく。

 その破壊の主は少しずつ、しかし着実に、こちらへと向かって来ているのだった。


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