俺の嫁はエルフ受けが悪い【3】
「ユウキさん、私、故郷に帰ろうと思うんです」
ぽろり、と食いかけの焼き菓子が俺の手元から転がり落ちた。
ころころと転がったそれを咄嗟にマサギが受け止めてくれたが、もはや俺はそれどころではなかった。
「ハンナ、そんな、何か俺に不満が……!?」
慌てて立ち上がる俺だったが、半ば叫び出した俺にハンナはきょとん、とした顔を向けてきた。
「不満、ですか?」
「そうだ、いきなり故郷に帰りたいだなんて、よっぽどだろ? 俺に悪いところがあったなら直すから、いや、今さら遅すぎるという話か? 俺自身で気付かなきゃか? そうだよな、こうやって気づけないからこそ不満が溜まってたんだよな。よし、まずはどこだ? 俺が直すべき点、ハンナが不満に思う部分は……」
「ユウキさん? ち、違いますよ?」
「やっぱり、勝手に体を張るところか? でもそこを取ったら俺の特技、ほぼなくなるしな……朝飯のバリエーションか? 最近は材料的に似たようなメニューになっていたし、何か定番を増やさないとか」
「ユウキさん、あの、ご飯はいつも美味しいですから……」
「それか、ああ、昨日先に寝てもらったことか? あれは違うんだ、マサギが最近体が鈍ってると言うから、付き合っていただけで!」
「ユウキさん!」
弁明を続ける俺の隣、いつの間にか移動していたハンナはそっと俺の顔を両手で包み、真っ直ぐに見つめてきた。
真剣な瞳に、俺は見入ってしまう。
ハンナの目は、冬の空に似ている。
お昼ごろを過ぎて、薄い青に少し日差しの色が乗ったような、澄んだ空の色。
その色合いと向き合っていると、とても落ち着く。
俺が心を乱している時、ハンナはよくこうして1番近くで見守ってくれた。
じっくりと視線を合わせ、俺の呼吸を整えるようにゆっくりと瞬きをして、少しずつ、俺の心を平常へと連れ戻してくれる。
「落ち着きましたか?」
「……悪い、取り乱した」
「はい、大丈夫ですよ」
にっこりと笑って、ハンナはそのまま俺の隣に腰掛けた。
「それでは、改めて。実はですね、故郷に少し帰ろうと思うんです」
「それ、マジの話か?」
首を傾げる俺に、ハンナは力強く「マジの話です」と頷いて見せた。
ハンナが故郷に帰るなんて、本来であれば言い出すこと自体があり得ないことだ。
彼女が故郷を離れて随分と経っているし、何より、彼女は普通に帰郷できる立場にはない。
何かしらの正当な理由がなければ、立ち入ることすら好ましく思われないのだ。
それが、何故?
「実は、こんな手紙が届いてまして」
ハンナが広げた手紙は、何度か見たことのある書き文字で綴られていた。
「これ、ザクロか?」
「はい」
ハンナが指さす差出人の名前は、俺たちのかつての仲間、共に旅したメンバーの1人であるザクロのものだった。
「『魔術指導の名目でエルフの森に出向していた折、現エルフ王、ハンス氏が体調を崩し床に臥せることとなった。可能な限り迅速に来られたし』って、おいおい、大変じゃないか!」
「そうなんです。転移のロールも送られてきてましたので、ユウキさん、一緒に来てくれませんか?」
転移魔法が封じ込められた巻紙を取り出し、ハンナは不安そうな顔を向けてきた。
俺はそれに優しく微笑みを返す。
「もちろん、俺だって心配だしな。一緒に行こう」
「そうですな、迅速にとのことですし、急ぎましょう」
と、俺たちのやり取りを聞きながら焼き菓子を頬張っていたマサギが、訳知り顔で頷く。
「いや、お前は留守番だぞ?」
「な、何故!?」
信じられない、といった様子でこちらを見るマサギに、俺は端的に返した。
「だってお前、魔物だし」
「た、確かに魔物ではありますが……」
「ああ、違うぞ? 魔物は連れて行けない、ってわけじゃなくてな。正確に言うなら、お前が高レベルの魔物だから、って話だ」
「と、言いますと?」
首を傾げるマサギに、俺は戸棚から地図を持ってきて広げた。
「この辺が俺たちのいる村のある場所な」
大陸の東側、海辺という程端にあるわけではないものの、大陸の東にある小さな森の端の方を俺は指で示した。
「んで、こっちの森が今から行こうとしてるエルフの森だ」
大陸のちょうど反対側、この大陸で一番巨大な都市を挟んで、さらにもう少し都市国家を通り越した先にある森を今度は指さす。
この大陸で最も巨大な森であり、特徴的な巨大樹が描かれたそこには、こちらの文字で『エルフの森』と地名が振られていた。
「こっちは比較的魔物のレベルも低めでな、お前がいたら普通に生態系がぶっ壊れるレベルなんだよ。地域一帯統べててもおかしくないレベルだ」
「な、なるほど。いやしかし、私が1人現れた程度でしたら問題はないのでは?」
「んー、まあ、実際のところ問題はないと思う。レベルで言ったら俺とかハンナの方が問題だろうしな」
「では!」
「だけどな、お前が行ったらエルフの森のエルフさんたちが困るんだよ。さっきも言った通り、お前のレベルはここらなら見ることも珍しくないけど、あっちじゃヤバい扱いだ。俺らはエルフの森とは何かと因縁というか、まあ、問題がある関係だからな。これ以上問題を持ち込むわけにはいかないのさ」
なんだかんだと理由を連ねているが、そもそも魔物だとか関係なしに、いきなりこの筋肉ダルマのようなウサギを連れて行ったら困惑させるに決まっている。
俺たちだって最近になってようやく慣れてきたぐらいなのだ。
見舞いどころか心労を増やすのは良くないだろう。
「お前は間違いなく俺たちの家族で、できることなら紹介だってしたい。でも、今回は緊急事態だからな、少し先送りさせてくれ。すまん」
俺は言いながら軽く頭を下げた。
実際、家族が増えたことには変わりないので嫁の実家に連絡ぐらいすべきかもしれないのだが、こっちの世界で魔物を仲間にすることは別に珍しくないので、どうしたものかと考えていたところだ。
向こうについたら、まあ、軽く話ぐらいはしよう。
内容的に驚かせることしかできんだろうけど。
「頭を上げてくだされ! もちろん無理に連れて行ってほしい、などとワガママを言うつもりはございません。事情は分かりましたので、留守はお任せください」
「ああ、悪いな」
恭しく一礼をするマサギに、俺も頷きを返す。
「んじゃ、行くとするか。ハンナ、準備する物とかあるか?」
「いえ、昨日のうちに準備は済ませておきましたので、いつでも行けます!」
ハンナはそう言って、足元から荷物が詰まっているらしいバスケットを取り出して見せた。
こうやって用意周到に準備を進めているハンナを見ると不安に駆られるが、今回はそんなことを言ってる場合ではないので、1度スルーしておこう。
何かやらかしたら、向こうで対処すれば良いのだ。
こうして、俺とハンナは転送のロールを使用し、エルフの森へと向かった。
この世界におけるエルフの森は1か所しかない。
エルフの住んでいる森自体は各所にあるが、エルフの森を名乗って良いのは1か所だけ、という話である。いわゆるエルフの総本山的な場所だ。
実際、エルフたちの間ではそこ出身というだけである程度のステータスなのだとか。
俺たちの暮らす中央大陸の中でも最も巨大な森林。
大陸西部の大部分を覆い、豊かな自然と地図にも記載されるような巨木が特徴的なエルフたちの聖地、それが『エルフの森』である。
「よ、っと」
「あわわわ!」
中空から降り立った俺は、たたらを踏むハンナを軽く支える。
「おお、大丈夫か?」
「えへへ、はい」
ハンナは少しだけ照れた様子で、それでも嬉しそうに笑った。
俺たちが転移魔法で送られたのは、森林の中心地近くだった。
エルフの森は概ね3つの地域で分割されている。
まず全体を覆う巨大な森林地帯。広大な森は一応の道が通っているものの、慣れていない人間が入ればまず間違いなく遭難する。
その中心部に広がっているエルフたちの暮らす村地帯。大半のエルフはここで生活しているが、辿り着くには森を突破しなくてはならないので中々大変だ。
そしてさらに村の中心に聳える巨木の中。根本から加工を施された巨木はそのままエルフたちを統べる王族の居城となっている。俺たちの目的地はそこだ。
「やっぱ便利だな、転移魔法。こんな一瞬でここまで来れるんだし」
「そうですねぇ、さすがザクロちゃんです」
荷物なども間違いなく送られていることを確認し、俺たちは村の入口に向かった。
「おや、人間と、そちらは……」
「どうも。王城に用事があるんだ、悪いが急ぎだから通してくれよ」
ザクロが送ってくれた手紙を門番に見せ、足早に進もうとするが、
「待て、そちらが本物であるか確認しなくてはならない」
困ったことに彼らは俺たちのことを知らないようだ。
いや、むしろ知ってるからこそ止められた可能性もあるが、参った。
「おいおい、急ぎだって言ってるだろ。間違いなく本物だって」
「そういうわけにはいかない。少し待っていてもらおう」
威圧的に睨みつけてくる門番に、俺はつい、拳を握ってしまう。
いやいや落ち着け、俺がここで暴れるのは絶対違うだろう。
最近、久しぶりに戦闘を何度かしたせいで、良くない思考に寄ってしまっているかもしれない。
まずは落ち着いて確認を取ってもらって――
「は、早くしてくださいね! お願いします!」
いや、暴れるか。突破しよう。
隣で薄く涙を浮かべるハンナを見て、気が変わった。
別にこいつらぐらいなら片手で黙らせられるし、ハンナが不安そうにしていることの方が俺にとっては問題だ。
きっと今までは頑張って堪えていたのだろう。
優しいハンナのことだ、俺に相談するよりも早く、1人でこちらに来ることも考えたに違いない。
それでも俺を連れてこようと、俺と一緒に来ようと思ってくれたのは、家族として、夫として信頼を置いてくれているからだ。たぶん。
であれば、それに応えないわけにはいかない。
ハンナの邪魔をするならどんな相手だって打ち払ってみせよう。
彼女の涙を晴らせるのなら、俺は何だってできる!
『その辺にしときなさい』
不意に、脳内に直接言葉が響いた。
思わず再び握っていた拳を解く俺に、呆れたような盛大なため息が聞こえる。
『門番さん、その2人は間違いなく私の客人よ。そのまま王城まで通してちょうだい』
どこからともなく聞こえてくる言葉に門番も困惑している様子だったが、それが誰によるものなのか、俺とハンナにはよく分かっていた。
「ザクロちゃん!」
『久しぶりね、ハンナ。ま、挨拶とかは会ってからにしましょう。とっととそこの馬鹿を連れて来なさい』
手短に言いうと、ザクロはもうそれ以上何も言わなかった。
俺とハンナは顔を見合わせる。
「あいつ、相変わらず俺の扱いが酷くないか?」
「あはは、まあ、ザクロちゃんは照れ屋さんなので……」
何となく昔を思い出しながら、俺たちは王城へと向かった。
さすがに城の門番は事情を知っているのか、あっさりと通してもらい、俺たちは城内へと足を踏み入れる。
「遅かったじゃない」
城の入口、大きな扉を開いた向こう側には、俺たちを招いた人物が堂々と立っていた。
「ザクロちゃん! お久しぶりです!」
「うん、元気そうで何よりよ、ハンナ。上がった先の右手突き当りにハンサ様はいるわ」
「分かりました!」
ザクロの言葉に、ハンナは階段を駆け上がって行った。
大きな階段のあるホールの中心、まるで我が家のように案内するザクロの姿はあまりにも馴染んでいる。一応、ここはハンナの実家なのだが。
「あんたも無駄に元気そうね、ユウキ」
「そっちもな」
共に冒険していた頃から慣れ親しんだ棘のある言葉に、むしろ安心感すら抱いてしまう。
長い赤毛のツインテール、燃えるような瞳がトレードマークの大魔法使い、ザクロは昔と同じように意志の強さを表すかのような吊り目で俺を見つめていた。
彼女と軽く言葉を交わしながら、俺たちはハンナに続いて奥の部屋へと向かった。
ハンナ程ではないが、俺としても心配ではある。
何しろ、俺にとってはお義父さんに当たる人なのだから。
「おお、ユウキ。久しいな」
「お、お久しぶり、です……?」
室内に入り、俺は困惑してしまった。
臥せっている、という話だったが、当の本人は笑顔を浮かべてベッドの上に横になっているだけだった。
見た限り、病気をしているようには見えない。顔色も良い。
「ザクロ、これは?」
「シンプルに言えばぎっくり腰よ。しばらく安静にしなきゃダメなのは間違いないわ」
「……」
大きな安堵感と、同時にやって来る疲労感。
正直、ここに来るまで様々なことを考えていたのだ。
彼、エルフを統べる現王であるハンサはハンナの実の父でもある。
実の父親が倒れたとあれば、ハンナも気が気でないだろうし、可能であればすぐ近くで看病をしたり、様子を見たりしたいはずだ。
しばらくこちらに滞在する必要もあるか、とか。
そもそも勘当扱いで家を出ているハンナに面会の資格はあるのだろうか、とか。
だとすれば何か正当な理由を用意して、改めて面会に出向く約束だけでも今回取り付けたいところだな、とか。
いろんな心配をしながらこちらに来たのだが、どうやら全て杞憂だったようだ。
「いやはや、驚かせてすまんなぁ。こうでもしなくては、可愛い娘の顔も見られない立場なのでな」
「実際体は悪くしているのですから、大人しくしていてくださいね」
「ああ、ザクロにも世話をかけたな。こうして2人を躊躇なく呼べたのも、君が動いてくれたおかげだ」
ザクロは現在、人間たちの中でも最高峰の魔法使いとして、最大の都市国家お抱えの重鎮になっている。
国家最大の魔法師団の指導役に加え、エルフの森、ひいてはエルフ国全体との取引も担当しているのだとか。
実際、エルフの国にも魔法の指導者として度々呼ばれているとは聞いていたが、お義父さんとこれだけ気軽な口調で話せるほど打ち解けていたとは。
「ま、今回はどっちかと言えばハンナのためです。たまには親の顔ぐらい見たいでしょうし」
「……はい、ザクロちゃん、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑むハンナに、ザクロは優しく笑みを返す。
「私はこの通り動けないが、久しぶりの帰郷だ。ユウキ、ハンナ、ゆっくりしていくと良い」
「はい! その、お父様、お母様は……?」
「ああ、ディーナも息災にしているよ。会わせてやることは、難しいかもしれんがね」
「そう、ですよね。いえ、お元気なら、それで良いんです」
気丈に笑うハンナに、お義父さんは申し訳なさそうに笑みを返す。
ハンナの母、女王に当たるディーナは元々王族の娘であり、この国で最も伝統を重んじる人物でもある。
表立って活動するのは王であるハンサだが、その実権は女王が握っており、実質的なこの国のトップは彼女である。
そして、そんな人物だからこそ、おいそれとハンナと顔を合わせるわけにはいかないのもまた事実だ。
仕方のないことではあるが、いやはや、国家のしがらみというのは大変なものである。
「じゃ、ハンナはもうしばらくそのままハンサ様といなさい。ユウキは借りてくから」
そう言って俺の服の裾を引っ張るザクロに、俺は困惑する。
「いやいや、俺だってもう少しお義父さんと話したいぞ?」
「あんたね、少しは気を遣いなさいよ。滅多にない親子水入らずなのよ?」
「それは、まあ、そうかもしれないけど……」
「あんたはあんたでまた後で話せばいいでしょ。まずはハンナに時間取らせてあげなさい。ってことで、また後でね、ハンナ」
「えっ、あっ、はい!」
強引に引っ張られ、そのまま俺は部屋の外へと連れ出されてしまった。
ぐいぐいと引かれるままになりながら、俺はザクロの背に尋ねる。
「で、俺だけ連れ出したのはどういう要件なんだ?」
しかし彼女は何も答えず、しばらくして部屋の中に俺を連れ込んで言った。
「特に深い意味はないわよ。ただ近況報告でも、って思っただけ」
ザクロは部屋の中心に鎮座している大きなベッドに腰掛ける。
質素ながらも丁寧に整えられたベッドや掃除の行き届いた様子に、ここが何となく客用の部屋なのだと理解する。
ざっと室内を見分していると、ザクロは俺から目を逸らし、長い髪を軽くいじりながら聞いてきた。
「最近は、変わりない?」
「そうだな、俺もハンナもいつも通りだ。仲良く元気にやってるよ」
「……そう。なら、いいのよ」
どことなく気落ちした様子なのが気になったが、ふと、彼女にまだ話していなかったことを思い出す。
「そういえば、最近家族が増えたんだ」
俺の言葉に、ザクロは目を見張った。
そんなに意外なことを言っただろうか、俺。
「えっ、ほ、本当?」
「ああ。つい最近だけどな」
「そっか、うん、おめで、とう」
「ありがとう」
「それで、その、男の子? 女の子?」
……そういえば、あいつって性別はどっちなのだろうか?
勝手に男だと思って接していたが、魔物なのだから、雌雄の差が人間と同じとは限らない。
「たぶん、男、だと思う」
いやでも、自分のこと私って言ってたしなぁ……男でも一人称が私の人はいるだろうが、どうなんだろうか。
声はやたらとダンディーなんだが。
「たぶん、って?」
やけに低い声で聞いてくるザクロに、俺は呑気に答えた。
「いや、確認してなかったからな。まあ、男、だとは思う」
「じゃあ、名前は? あんたがつけたの?」
「そこはさすがにハンナに任せたよ。マサギって名前でさ、今は家の隣に小屋を作って、基本はそこで生活してもらってるんだ」
ハンナが見つけてきたウサギだったし、ハンナがいなければ出会うこともなかった相手だ。そりゃあ彼女に名付けの権利はあるだろう。
マサギは俺たちが作った小屋をずいぶん気に入ったようで、元々寝室用に作ったはずのあの場所でよく過ごしている。何よりなことだ。
「……一応、聞いておくけど。その子はハンナの子なのよね?」
「いやいや、そんなわけないだろ? 俺が迎え入れたのは間違いないけど――」
突然何を言い出すのか、と思ったのも束の間、勢い良く胸倉を掴まれ、俺は言葉を詰まらせた。
「あんたねぇ! 自分が何してるか分かってんの!?」
「えっ、と」
「ただでさえハンナにはもったいないやつだと思ってたけど、ちょっと見ない間にずいぶん見下げ果てたクズになったものね! いいわ、この場で燃やしてあげるから覚悟しなさい!」
「な、ちょ、ちょっと待て!」
ザクロのあまりの剣幕に、俺は彼女がとんでもない勘違いをしているとようやく気が付いた。
どおりで、微妙に話が噛み合わないわけだ。
「問答無用!」
だがしかし、すでに遅かったらしい。
軽く突き飛ばされ、瞬間、俺の体は見えない壁に囲まれた。
透明な空間に気を付けの姿勢で閉じ込められた俺を睨みながら、ザクロは魔力を高めていく。
「ザクロ、誤解だ!」
「何が誤解よ! こんなことなら呼び出しの手伝いなんてするんじゃなかったわ!」
「いやだから、お前は盛大な勘違いをしてるんだよ!」
「何を今さら! もはやどんな言い訳をしたって無駄なんだから!」
「だから! 俺たちの新しい家族ってのは、子供じゃないんだよ!」
身動きの取れない俺に右手を差し向けながら、ザクロが固まる。
「俺が倒した魔物が起き上がってきて、それを仲間にしたってだけだ! ハンナが見かけて、それでひと悶着あったってだけの話だよ!」
慌てて叫ぶ俺に、ザクロは沈黙してしまった。
俯いて、軽く震えている姿に、嫌な予感がする。
「あのな、ザクロ、できればこれ、解いてくれると――」
「うるっさい、もう燃えとけぇー!!」
顔を真っ赤にして、元気いっぱいに叫んだザクロの放った魔法が俺の閉じ込められた空間に巻き起こる。
凄まじい熱と爆発が次から次へと俺の体を焦がし、破壊し、焼き尽くさんと暴れた。
叫び声をあげることすら叶わない、圧倒的な破滅が俺の肉体を徹頭徹尾包み込む。
「何事で、って、ユウキさん!?」
「ハンナ、あと、治療しといてぇー!!」
「ええっ!?」
突然放たれた強大な魔力に、様子を見に来たらしいハンナの驚いた声と、逃げ出すザクロの足音が聞こえた気がした。
いや、もう、俺としてはそれどころではない。
全身が焼け、骨が軋み、体中の様々な尖端が何度も炭化しているのがよく分かる。
いつも思うのだが、この状態で死ねないというのが本当にキツい。
死に至る痛みや苦しみで気絶するより、神経とかがいかれた方が簡単に気絶できる体なのは本当に不便だ。
いつもなら自分で首を折るのだが、今回は身動きも取れない。最悪である。
ザクロの魔法は破壊力、熱量、共に最高クラスなのだが、困ったことに俺の体は一瞬で消し炭になるような破滅をもたらされた場合のみ、中途半端なダメージセーヴィングを行う。
言ってしまえば、死んでるとか死んでないと関係ないぐらいに存在が削られた場合、足りない分だけ補填される、という仕様だ。
おかげで肉体だけは残る。そして肉体が残っている限り、俺は死なない。
たださすがに体が焼け続ければ、俺だって気絶する。
全身の骨がある程度砕けても背骨がぽっきりいかなきゃ平気だったように、常人より気絶しにくいというだけで。
「ユウキさん、えと、い、今助けますからね!」
慌てた様子のハンナの声が遠くで聞こえる。
ああ、違う、ハンナが遠いのではなく、俺の意識が遠のきつつあるんだ。
そう気付いたのとほぼ同時、俺の視界は闇に包まれるのだった。
「……ん……」
「気が付きましたか?」
目を覚ますと、俺は柔らかなベッドの上に横たわっていた。
そして、頭部に感じるのはそれ以上に心地良い、極上の柔肌。
「傷はすっかり癒えました。でも、一応念のため、もう少し寝ててくださいね」
上から覗き込んでくるハンナの優しい笑みを見て、俺は思わず息を吐く。
膝枕をしてもらいながら、頭をそっと撫でられて、彼女の笑顔まで拝めるときた。
ここが楽園か。
「驚きましたよ。ザクロさんの強い魔力を感じて来てみたら……」
「ああ、うん、あれは俺が悪い、んだと思う。昔っからあいつには勘違いさせてばっかだなぁ」
「ふふ、そうですね。ユウキさんには悪いですけど、少しだけ、懐かしく思いました」
「冒険中はよくあったもんな。俺があいつに燃やされて、ハンナに治療してもらって」
「そうですね」
「もう、10年前か」
「そうですね、私とユウキさんが出会って、旅が始まって、それぐらい経ちます」
今でも時々思い出す、いくつもの出会いと別れ、戦いの果てに魔王を打ち倒し、平和を手にした旅のことを。
その始まりは、この森での出来事だった。




