俺の嫁はエルフ受けが悪い【29】
さて、サラに家族として普通の生活、普通の幸せというものを教えたいと思ってみたわけだが、そのために必要なことは何か。
まず充足させるべきは、衣食住。
食と住については俺たちでいくらでも提供することができるが、衣についてはさすがに我が家で用意することができない。
ハンナに言えば魔法でなんやかんやしてくれるかもしれないが、それだとあまりに時間がかかってしまうし、かと言って俺は裁縫の技術も魔法の才能もないときている。
となると、どこかで入手ないし購入する必要があるのだが――
「なあ、本当に行かなきゃダメか?」
「何言ってるんですか! サラちゃんのお洋服を用意するんです。せっかくならちゃんとしたものをあげたいじゃないですか!」
俺たちはサラを連れて村の中を移動していた。
見事に晴れた穏やかな空模様と比べ、俺の心は荒れ切っている。
うちの村にはたくさんの転生者がいるわけだが、各人で使える能力や持っている転生特典は全然違ったりする。
俺たちはそれぞれの持つ能力に合わせて役職や仕事を引き受けており、村人同士で助け合ったり、商売をしたりして日々を過ごしているのだ。
食料品を扱っていたり、料理を出していたり、細々とした雑貨を用意して売ってくれたり、畑仕事をしたり。
そんな俺たちの村で、縫製、衣料品を作ったり、販売している人がいる。
普段から依頼を引き受け、オーダーメイドの衣服をたくさん作っているその人物は、村の中でも特に変わった人だった。
「俺、できればあいつに会いたくないんだが……」
「ユウキさんは本当にツムギさんが苦手ですね」
「むしろあいつと普通に接することのできるハンナを尊敬するよ……」
そこまで広い村ではないので、歩いてすぐに彼女の店兼工房兼家に辿り着く。
「あ゛あ゛あ゛ーっ!!!」
と、近くにまで来た時点ですでに怪鳥のようなとんでもない叫び声が聞こえてきた。
作業に集中している彼女は、時折ああして奇声をあげる。怖い。
「……やっぱりやめにして街で買わないか?」
「今からじゃ街につくのは夜になっちゃいますよ」
苦笑いを浮かべるハンナだが、そうは言っても怖いもんは怖いのだ。
少し様子を見てみれば、ハンナと手を繋いでいるサラは全く動じていないようだった。
これで俺だけがヘタレるわけにはいかない。
大きく息を吐き、俺は覚悟を決める。
「よし……頑張るか!」
こんこん、とノックを1つ。
「すみませーん、ツムギさん、今いいですかー?」
外からハンナが声をかけると、ガタゴトと室内から大きな音がした。
「いったぁ! こ、腰……腰が……!」
そして情けない声もする。
どうやら、椅子から落ちたらしい。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だいじょぶ、だいじょぶですとも……おおお……」
うめき声をあげながら、弱々しい足音がやってきて、扉が開かれた。
「お久しぶりです、ツムギさん」
扉の向こうから現れたのは、白髪長身の美女、ツムギだった。
白いYシャツに、青いジーパン。
ラフだが仕事ができそうな外見の彼女は、髪を頭の後ろに纏めている。
仕事中よくかけている赤渕の眼鏡は外していた。落ちた時に外れたのだろうか。
「お久しぶりでございます、ハンナさん。ユウキさんもご健勝なようで何より、そしてそちらは……?」
視線がハンナ、俺、そしてサラへと動いていく。
ツムギはじぃーっと、シンプルなワンピース姿のサラを見つめる。
サラはぼんやりと中空を見つめていたが、どうやら視線に気が付いたようで顔を上げた。
瞬間、これまで反応の薄かった彼女がビクリ、と体を震わせる。
「つ、ツムギ、その、この子はだな――」
「なんっっっったる美少女!!!」
遅かった。
俺がサラを紹介するより早く、ツムギは行動を起こしていた。
目にも止まらぬ速さで俺たちの横をすり抜けて行った彼女は、サラを抱え上げるとそのままくるくると回った。
されるがままに回されるサラを見て、恍惚とした表情を浮かべるツムギは、明らかにヤバい顔をしていた。
「褐色の肌、銀色の髪! 長い耳と愛らしい顔立ち! この世界のエルフとはずいぶん違いますね、ハンナさんのような愛らしさ……素晴らしい……ロリ褐色エルフ、ダークエルフですか? このお姿でしたらエキゾチックな衣装や儀礼的な装飾過多でしかし露出が高いみたいな服が似合いそうな気がしますが、ああでもあえて清楚な衣装というのもよろしいかもしれませんね! 年齢に合わせて女児服、黄色い帽子、ランドセル……体操服とか、あえてジャージで緩く、いやいやここはやはりハンナさんと同じようなワンピースタイプで異世界らしさを強く押し出して……ああ、違いますね、もっと可愛らしさを出していくべきです、幼い頃の愛らしさをさらに補強するような可愛くて、ふわもこな服など、大変よろしいのではないでしょうか……捗る、大変捗りますよぉ!」
怖い。
「つ、ツムギさん! サラちゃんがびっくりしちゃってますから! 降ろしてください!」
比較的小柄なハンナが横でぴょんぴょん飛ぶが、ずっと高い位置で回されているサラには到底届きそうになかった。
跳ねるハンナは可愛いなぁ、と現実逃避をしている場合ではない。
回され続けているせいかさすがのサラも少しずつ顔色が悪くなってきている。
なおもあれやこれやとアイディアらしきものから妄想めいた何かを呟き続けているツムギの後頭部に俺は軽くチョップした。
「あたっ! ……あら? ユウキさん?」
「ツムギ、サラを降ろせ。村長に通報するぞ」
「そ、そそそれはご勘弁を! ただでさえ怒られ過ぎてこのような場末に追いやられているのです! これ以上は追い出されかねません!」
彼女の家はうちからも近いのだが、そもそも我が家自体が村の入口近くにあるのだ。
つまり、村の端っこの方に彼女の家は存在している。
度々あげる奇声、他者を見てインスピレーションが湧いた時の暴走、彼女を求めてやってきた旅人たちからの苦情、などなど、幾度となく起こした問題のせいで村長から目をつけられ、彼女は村の端っこに追いやられているのだった。
悪党ではないが、変態ではある。当然だと思う。
「あはは、まあまあ、ユウキさんも本気で怒ってるわけじゃないので……」
ツムギからサラを受け取り、ハンナはそのまま抱っこして落ち着かせるように背中を優しく何度か叩いた。
「すみません、つい……ああ、それにお客様をこのような場所で……散らかっておりますが、どうぞお入りください」
ぺこぺこと何度か頭を下げながら、彼女は家の中へと入って行った。
変態だが、基本的な善性は持ち合わせているのだ、たぶん。
「こちらにお座りください」
彼女が通してくれたリビングは、確かにすごい有様だった。
いくつものデザイン画が描かれた紙があちこちに散乱し、布の切れ端やら糸が散らばり、飲みかけのコップやらペンやらがそこかしこに置いてある。
飲み物を用意して、飲みながら作業をして、途中で熱が入ってそのまま飲み物を放置して別所に向かって、忘れてしまって、といった具合だろうか。
この状況を見ると毎度片付けたくて仕方なくなるが、他人の家、他人の職場だ、俺が動くべきではないだろう。
「お茶ご用意しますね、お待ちください」
四人掛けのテーブルにつき、出してもらったお茶を1口飲んでから、俺たちはようやく本題に入れた。
「なるほど、日常的に着る衣服を一通り、でございますか」
「はい。せっかくですので、ツムギさんに素敵な服をお願いしたいと思いまして」
ハンナがそう言うと、ツムギは感激した様子で手を胸の前で組むと体を震わせた。
「光っ栄です! ええ、ええ! 全身全霊、超特急でご用意させていただきますね!」
「ありがとうございます!」
嬉しそうなハンナには悪いが、俺は未だにこの状況に不安を抱いていた。
ツムギの腕は信用しているし、実際いくつも衣服を作ってもらってきたが、それ以上に彼女の内面が俺は不安なのである。
彼女が何かするのが問題というよりは、そう、サラの教育上の問題。
どう考えても彼女は特殊な人種だ。
そんな人間の影響を受けてしまったらと思うと、キサラギに顔向けできない。
とはいえ、衣服に関することとなれば彼女に頼るのが1番であるのは確かなわけで、うーむ。
「ではでは、早速採寸していきましょうね! サラさん、こちらに来てくださいますか?」
サラを伴ってツムギは作業場に向かって行った。
続こうとした俺たちだったが、
「ユウキさんはダメです」
とハンナに止められてしまった。
なんだってまた、と思ったが、ハンナに睨まれてしまったので渋々俺はリビングに残る。
うーむ、手持ち部沙汰だ。
「ツムギ、この辺片付けててもいいか?」
扉の閉められた作業場に向けて声をかけると、
「ご自由にお過ごしください! こちらはそれどころではないので!」
と興奮した声が返ってきた。
ハンナ1人で本当に大丈夫だろうか、と心配になったものの、締め出されてしまった以上俺にできることはない。
お礼もかねて、少しぐらいリビングを片付けさせてもらうとしよう。
俺は気合を入れて、辺りに落ちているものを手に取るのだった。
◆◆◆
「お待たせ致しました! いやはや、実に素晴らしい、夢のような時間でございました……」
うっとりとした表情で戻ってきたツムギは、すっかり片付いたリビングに入ってくるなり広くなったテーブルの上にいくつものデザイン画を広げた。
それに少し遅れる形で、わずかに疲れた様子のサラたちが戻ってきた。
「お疲れ様」
「はい、と言っても大変だったのはサラちゃんですけどね」
体のあらゆるサイズ、長さを計り、その上でハンナもまた、あれやこれやとエルフの成長速度やら体の変化について聞かれたらしい。
確かに、彼女らの成長に合わせて衣服を用意すべきだろうし、その辺はさすがに仕事人、しっかりしているようだ。
「サラちゃんも大丈夫ですか?」
ハンナに顔を覗き込まれると、サラは小さく頷いてみせた。
突然の出来事に困惑させてしまったことだろう。
これが終わったら一休みもかねて昼寝でもさせてあげよう。
「さあ、こちらが今回ご用意したデザイン各種です! お出かけ着、お洒落着、さらには部屋着にパジャマ、季節に合わせた各種衣装、水着に浴衣にハロウィンサンタ! まだまだございましてよ!」
そして次から次へと出されるデザイン画。
出るわ出るわ、びっくりするほどの量を用意してくれたのはありがたいが、こんなに大量の衣服を仕舞っておけるタンスは我が家にはない。
というか、サンタにハロウィンって何させる気だこの子に。
「あの、こんなにたくさんはいいので、ひとまずお出かけ用と部屋着とパジャマぐらいでお願いできませんか?」
「ええっ!? こ、こんなに可愛いのに!?」
「えーっと、可愛いのは、その通りだと思いますけど……」
「ええ、ええ! こんなにも愛らしく素晴らしいお姿のサラさんを、着飾らない理由がないでしょうとも!」
「そ、そっちですか」
ハンナ的には用意してくれたデザインが可愛い、と言いたかったのだろう。
いやまあ、どっちも可愛いのは俺もそうだと思うが、これ以上の暴走は困ってしまうだけだ。
「ツムギ、情熱的に頑張ってくれるのはありがたいけどな。さすがにこれはやり過ぎだ。全部は困る」
「ユウキさんまで……! うう、なんということでしょう……」
意気消沈、がっくりと項垂れながら、渋々彼女はコスプレ系の衣装案を片付けていく。
やがて残ったいくつかの案の中から、さらに絞り込んでいくことにした。
「サラちゃんはどの服がほしいですか?」
ハンナが聞くも、サラはきょとんとした顔をしている。
そんな彼女の反応に、俺は悲しいが納得してしまった。
彼女にはまだ、自分から何かを選ぶだとか、何かを求める、といった土壌ができていないのである。
自分の望みを持つだとか、自分からやりたいことを決めるだとか、そういった、選択の自由が彼女にはなかったのだから。
いきなり知らないものだらけの世界に落とされて、自分のやりたいことを決めろと言われたって困ってしまうというものだ。
「サラ、今日は俺たちがサラの着る服を決めるから、何度か着てみてくれるか?」
俺がそう言うと、サラはこちらを見て、それからデザイン画を見て、こっくりと頷いた。
今はこれでいい。
好きなもの、好きなこと、そういうのは、少しずつ知って、世界を広げてから決めたらいいのだ。
「と、いうわけで。ハンナ、サラの服、いいのを選んでやろうな」
ハンナは俺の言葉で意図を察してくれたらしく、どこか嬉しそうに「はい!」と頷いてくれた。
その後、いくつかのデザインから作ってもらう衣服を選択し、俺たちはツムギの家を後にした。
家に戻って、俺は欠伸を1つ。
「どっと疲れたな……昼寝でもしようか」
「いいですね、って、ベッド、どうしましょうか?」
「あー……」
そういえばそうだった。
またマサギの家で寝るとしようか、などと考えていると、ふと、サラが俺の服の裾を引いてきた。
「どうした?」
「私、床でもいい」
そう言って彼女が床を指さすので、俺は頭を抱えてしまった。
気遣いは嬉しいが、そういうわけにはいかない。
「……よし、2人は昼寝しててくれ。俺はもう少し頑張ることにした」
「? 何するんですか?」
「ベッド、用意してくる。ハンナはサラについてやっててくれ」
俺は2人にそう告げて、マサギの家に向かう。
「マサギ、力仕事だ! 手伝ってくれ!」
「私の出番ですな! 筋肉が唸ります!」
暑苦しく筋トレをしていたマサギを連れ、俺は森に向かう。
高く昇った太陽の下、俺の寝床を作る作業が始まるのだった。




