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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
28/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【28】

 朝食が各人の前に行き渡ったのを見届けて、俺とハンナは手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます!」

 それに倣うようにして、マサギもまた、静かに手を合わせる。

「……知ってるか、これ?」

 ふと、目の前の料理や俺たちの行動を不思議そうにしていたサラの姿が見えたので、俺は自分の手を合わせながら声をかけた。

「食事の前の挨拶、みたいなもんかな。目の前の食材に感謝して、これを作ってくれた人に感謝して、今日も食べられることに感謝する、みたいな感じかな」

 いただきます、って言うんだ。

 それを聞いたサラは、じっと自分の両手を見た後、

「これを、食べるの?」

 と目の前に並ぶ朝食を見つめた。

 温かな湯気を立てるスープ、採れたての葉野菜を中心としたサラダ、昨日の夕飯の残りを少し温めた根菜チップスに、トーストが2枚。

 今日の朝ごはんはハンナが用意してくれたわけだが、かなりしっかりとした量だ。

 確かに、小さな女の子には多すぎる量かもしれない。

「多かったら残しても大丈夫だぞ?」

「それとも足りないですか?」

 ハンナはすでにトーストを1枚食べ尽くしていた。

 お腹周りや腕やら、引き締まるべきところは引き締まったハンナだが、彼女はちょっとだけ食いしん坊さんだ。

 食べた栄養が軒並み胸にいってるのだろか、と疑いたくなる。

 もっとも、嬉しそうにたくさん食べるハンナが好きなので、俺は彼女が喜ぶままにたくさん食べさせてしまうのだが。

「おかわりでしたら用意しますから、遠慮せず言ってくださいね」

 笑顔で言うハンナに、やはりサラは不思議そうな顔だ。

「これを……」

「食欲がなければお昼に回すか?」

 別に今無理して食べる必要もない。

 決まった時間の食事は日々の活力になったりするけど、基本的には食べたい時に食べたらいい、と俺は思う。

 無理に食べる必要がある時以外、胃に詰め込むような作業的食事はしない方がいい。

 病的な生活は体より先に心が壊れてしまうだろうし。

「これを、誰が、食べるの?」

 でも、最初から壊れている心は、最初から歪んだ育ち方をしてしまった心というのは、どうしてあげたらいいのだろうか?

 空気が凍る。

 笑顔でいたハンナも、サラの様子を伺っていた俺も、彼女の発言で思わず固まってしまった。

 もちろん、想像しなかったわけじゃない。

 昨日の彼女の様子からして、普通のしつけ方をされてきたわけじゃないのはよく分かっていた。

 それでも、ここまでとは。

「これはあなたの分ですよ、銀髪のお嬢さん」

 愕然とする俺たちに対し、いつも通りの様子で根菜チップスを齧るマサギは穏やかに語りかけた。

「私も最初は困惑したものです。目の前に黙って出された食事、自らのために作られた食料、そんなものがこの世にあるのかと……しかしですね、人々の間では当然のことなのです。よく民家を覗き見していた私が保証しましょう。間違いなく、これはあなたのための食事なのですよ」

 なぜか得意げなマサギだったが、渡りに船だ。

「そうだよ、これは君の食べるご飯だ。朝、昼、夜とこれから一緒に食べるんだ」

「……私が?」

「ああ。そういう習慣がなかったのかもしれないけど、うちで暮らしてる間はずっとだ」

 なんとか笑顔を作って見せる。

 ……彼女の立場を憐れんだり、悲しんだりするのはこっちの勝手だ。

 彼女自身に悲壮な感覚がないのであれば、マイナスな印象を押し付けるものではない。

 置かれた立場をどう見るのか、自分の立場をどう考えるのか、なんてのは本人が決めればいいことで、外野がとやかく言うことではないのだ。

 だから、俺たちのできることは、シンプルだ。

「他にも分からないことがあったりすれば、すぐに聞いてくれ。ここでの暮らし方に慣れるまで、俺たちがフォローするからさ」

「はい、任せてください!」

 再び笑顔を浮かべるハンナに、サラは俺たちの顔をそれぞれ見てから、こっくりと頷いた。

 彼女が、普通の生活を送れるように、俺たちは協力する。

 キサラギは、他者が絡まない限り、とても普通とは呼べないような生活を送る男だ。

 質素な食生活、最低限の機能的な日々を送ることも多く、本人は「セルフネグレクトってやつでござるよ~」と呑気に言っていたものの、そんな生活を他者に送らせるわけにはいかないと思ったのだろう。

 普通の生活ってやつを、学ばせる。

 そのためにも、俺たちに世話を任せることにしたのだろう。

「それじゃあいただきましょう! 好きに食べていいですからね」

 ハンナがそう言って箸を手に取る。

 サラはハンナの動作を見て、同じように箸を手に取るが、上手く動かすことができないようだった。

 箸は難しいよな、初めてであればなおさらか。

「ハンナ、箸の使い方、教えてやってくれ」

「あっ、そうですよね、分かりました!」

 こちらの世界に来たばかりの頃、いくつもの異文化に疑問を抱いたり、困惑したりしたのを思い出す。

 たくさんの転生者がいるおかげで馴染みのある料理や食器が存在していたのは助かったが、それでも不思議に思う考えや文化は多々あったものだ。

 当然、未だにエルフの美的感覚については不思議でしょうがない。

「ここをこう持って……そうです、それで今度は開いたり閉じたりしてみましょうか」

 ハンナに教わりながら、サラはぎこちなく箸を使ってみている。

 慣れればそれでほとんど何でも食べられるようになるから、頑張ってほしい。

「ユウキ殿、自分も箸を使えるようになりたいです」

「お前、力加減が難しいからって箸のこと嫌ってなかったか?」

「そんな冷たいことを仰らず! どうかこのマサギにも、手ほどきを!」

 ハンナがサラに構っているのを見て嫉妬したのか、暑苦しくマサギが身を乗り出してきた。

 仕方ないな、と俺は客用の箸を取りに席を立った。

 ついでにフォークとかスプーンも持って来よう。

 それにしても、まさかハンナが箸の使い方を他人に教えるような日が来るとはなぁ。

 妙な感慨にふけりつつ、俺は小さく笑みを浮かべるのだった。


◆◆◆


 それから食事を終えて、俺たちはサラが『どんなことなら知っているのか』を知ることにした。

 食事の習慣もさることながら、彼女にはどれぐらいの常識があるのか、日常的に行ってきたことは、できることはなんなのか、ということを把握する必要がある。

 人並みの生活をしてこなかったのであれば、今後のためにも普通の生活ってものに早く慣れてもらいたい。

 キサラギが全てを終えた後に彼女を引き取って、非人道的な生活を送らせるとは思えないし、そのためにも、今のうちから慣れさせておいた方がいいはずだ。

「さて、どっから知ったらいいかな……」

 テーブル越し、向き合ったサラは俺たちの方を見ることはせず、卓上の何もない空間をじっと見つめて静かにしていた。

 表情の変化もなく、ただただ大人しくしているだけ。

 時々の瞬きがなければ人形と見間違ってしまうかもしれない。

「好きな食べ物とかないか、なんてレベルじゃないもんな……よし、サラ」

「はい」

「朝ご飯以外で、不思議に思ったこととかあるか?」

「不思議に、思ったこと……」

「そう。なんでもいいぞ、自分が今まで言われなかったのに言われたこととか、俺やハンナがやってる知らなかったこととか」

「……」

 彼女はしばらく考えた後、

「今」

 と呟いた。

「今?」

「……初めて、聞かれました。そんなこと」

 なるほど、それは確かに不思議に思うだろうし、初めてだろう。

 俺の質問が悪かったなこれは、と反省しつつ、俺はまた考える。

 彼女の知らないことを知ろう、というのは良いとして、だからって彼女自身に考えさせるというのは悪手なのだと思う。

 サラ自身が知らないこと、彼女の常識にないことだったとしても、俺たちが『それを知らないなんて』と思うようなことかサラには判断がつかないわけだし。

 であれば、あれこれとサラに質問をして、サラが知らなければ教える、という方が確実か。

「じゃあ、俺からいくつか質問するから、知ってたら知ってるって言ってくれ」

「分かりました」

「よし、まずは――」

 それから、俺は1日の過ごし方を何となく説明した。

 畑仕事をしたり、料理をしたり、繕い物をしたり、のんびりハンナと話したり、マサギと一緒に薪を用意したり、よその家の用事を手伝ったり、などなど。

 そのほとんどを、サラは「知らない」と言った。

 正確には、「やったこともない、やっているところを見たこともない」といった具合だった。

 ここまで何も知らない、やったこともないとなると、逆に気になってくる。

「じゃあ今度は、サラが今までどうやって過ごしていたか、教えてもらえるか?」

「どうやって過ごしていたか……」

「そうだ。キサラギに連れ出されるまでの生活のことを教えてもらえると助かる」

 サラはまた少し考えてから、「何も」と告げた。

「何も?」

「何かをしていた、という記憶がないです。あえて言うなら、生きて、生かされていました」

 呼吸、給餌、睡眠。

 それ以上も以下もない生活が、彼女の今までの過ごし方だったという。

 給餌に関しても無機質で味のしない固形物と液体を出されるだけ。

 そうして過ごすのがほとんどの期間の記憶であり、最近はもっと変化のある日々を送ってきたそうだ。

「私は奴隷で、同じ奴隷の方々と過ごしていました。何か商人さんの気に触れることがあれば叩かれるので、嫌ならば「ごめんなさい」と言うように伝えられていました」

 昨日の様子を思い出し、俺はサラの言葉を止めた。

「分かった、うん、ありがとうな」

 これ以上、彼女の口から語らせるものではないだろう。

 淡々と語っていた彼女は、俺が俯いているのを不思議そうに見ていた。

 俺たちの常識でものを語るべきではないと、彼女の立場で言われたことや考えを知るべきだと、そう思っていたが、問題はそこではない。

 彼女をこんな生き方が『普通』『常識』である生活に置いたやつがいる。

 その事実だけで、俺は怒りが湧いてきた。

 きっと、キサラギは同じような想いで、行動を起こしていたのだろう。

 今すぐにでも犯人捜しに俺も加わりたい気持ちになってきたが、違う、今俺が取るべきことは、キサラギに頼まれたのは、そういう行動ではないのだ。

「……よし、決めた!」

「?」

 立ち上がり、俺はやはり不思議そうな顔をするサラの横に片膝をつくと、彼女を真っ直ぐに見た。

「今までのことはすっぱり忘れてくれていい。今日からは、楽しいことをたくさん知っていこう」

 サラは目をぱちぱちと瞬かせ、よく分かっていない様子でこくりと頷いた。

「ハンナ、マサギ、手伝ってくれるな」

 俺の問いかけに、2人は力強く頷く。

 もっとも、マサギもよく分かっていない様子だったが、それでいい。

 こうして、俺たち3人による新たな家族のための日々が始まるのだった。

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