俺の嫁はエルフ受けが悪い【27】
キサラギが俺たちにサラちゃんを預けて、1夜が明けた。
翌日の朝、いつものように朝日と共に目覚めた俺は、
「……重い……」
温かく重たい何かが真上に乗っかっていることに気が付いた。
目を向ければ、そこにはもふもふの肉襦袢が穏やかな寝息を立てている。
「すぴぃ……すかぁ……」
妙に愛らしい寝息を立てながら眠りこけているマサギは、どういうわけか俺が持ってきた寝袋の上に横たわっていた。
彼ように用意されているベッドを見ればもぬけの殻。
わざわざあそこを飛び出して俺の上にまで転がってきたらしい。
これがただのウサギであれば、愛らしいな、だとか、甘えてるのかな、なんて優しく思ってやれるのだが、相手はマッシヴウサギ。
俺の身長を優に越す筋肉の塊である。
「マサギ、起きろ! 俺が起きれないだろ!」
あと普通に苦しい。
死ななくても苦しいもんは苦しいのだ、できればやめてほしい。
「んぅ……ユウキ殿ぉ……」
しかしマサギは起き上がってくれず、これまた愛らしく俺の腹に頭をぐりぐりと押し付けた。
まあ可愛らしい、と写真を撮りたい気持ちがなくはないが、ここは異世界、そんなアイテムはないし、何よりこいつの体がその気持ちを萎えさせる。
シンプルに俺の上で丸まっているだけのこいつだが、丸待っていようが俺よりデカい筋肉ウサギが重たくないはずがない。
そしてハンナの強化がない場合、俺にはこいつをどかす手立てがないのだ。
「マサギ、頼むから起きてくれ! なぁ!」
なんとか腕をマサギの下から引っ張り出し、彼の長い耳を持ち上げて叫んでみる。
「なんですかな……まだ……朝食には早いでしょう……」
目を瞑ったままもごついた声を出すマサギは、正直なところ起きているのかの判別もできない。
こいつのことだ、寝ぼけて俺の夢でも見ながら受け答えしているのかもしれない。
「それはそうだが、俺は畑仕事があるんだよ! だから起きてくれ!」
必死に肩を揺すってみると、ふと、筋肉の張りが以前よりしっかりしているように感じた。
初めて会った時と比べて、少し成長している、のか?
「起きています……起きていますとも……」
まだ寝ぼけっぱなしのマサギだったが、そのまま揺らしているうち、俺も疲れと共にぼんやりと眠くなってきてしまった。
何しろ、マサギは重いが温かい。
幼少期、親から湯たんぽ代わりにされていた経験はないだろうか?
はたまた、ペットの犬や猫と一緒に寝て、その温みに感謝したことは?
言ってしまえばそれが掛け布団サイズで行われているようなものである。
苦しさで目を覚ましたとはいえ、まだまだ寝起きの頭が睡魔に支配されようとするのも時間の問題かと思われた。
「いや、そういうわけにはいかない……!」
俺はなんとか意地で目を見開くと、軽くマサギの頭に向けてチョップを振り下ろした。
「むぅっ!」
すると、一瞬で目を開いたマサギは凄まじい勢いで飛び退き、狭い室内を器用に転がって身構えた。
「凄まじい殺気! 何事です!」
そう、チョップと共に、俺は一瞬だけ本気の殺意をマサギに向けた。
彼はまがいなりにも野生の魔物としてここら一帯で生活してきただけの実績がある。
であれば、野生の本能で目を覚ましてくれるのではないか、と思ったのだが、
「なぁっ、ユウキ殿ぉ! 誰にやられたのです!」
「ああ……マサギ、ハンナ呼んできてくれるか……」
やらかした俺は跳び退ったマサギの足の威力を見事なまでに腹に喰らってしまった。
感動の再会を祝したマサギのタックルですら俺は素のまま喰らえないと判断したのに、命の危機に咄嗟に反応したマサギの足が地を蹴る威力なぞ、そりゃあ受け止めきれるわけがない。
「は、ハンナ殿ぉ! ユウキ殿が、ユウキ殿が賊にぃ!」
いや、賊はいない。お前だ。
俺は叫ぶ彼に脳裏でツッコミを入れつつ、痛みと戦いながら、背中に広がる生暖かい血の感触を味わった。
今度は眠気とはまた別の理由で薄っすらとしてきた意識の中、ハンナの悲鳴が遠くで聞こえた気がした。
◆◆◆
「あー、死んだ死んだ」
腹に全力のマサギキックを喰らった俺は内臓をいくつか潰し、横っ腹に風穴を開けていたらしい。
さすがはウサギ、筋肉ダルマだとしても1番力があるのはやはり脚力らしい。
「ホントにびっくりしました……私まで心臓が止まるかと」
「ユウキ殿、誠に申し訳ございません……!」
涙を流しながら頭を深々と下げるマサギだったが、俺は苦笑いと共に顔を上げさせた。
「いや、あれは俺が悪いよ。まあ、今度から添い寝する時は先に言ってくれな」
「は、はい! なんと慈悲深いお言葉か……!」
ハンナによって一通りの治療を受けた俺は、いつもより比較的あっさり復活した。
損傷した内臓と腹に空いた穴を塞ぐぐらいだったので、腕やら足やらが複雑に折れたり吹っ飛んだりしているよりはずっと簡単に治療できたらしい。
とはいえ、いやはや、こんなにも大変なことが朝から起きてしまうとは。
「ハンナ、サラちゃんは?」
「家に残ってもらってます。さすがにマサギさんがあんなに焦って呼んでいるのに、連れて来るわけにはいきませんでしたからね」
「ああ、ナイス判断だ。さすがにこの大惨事を見せるわけにはいかないからな……」
俺が見た先には、木製の床に広がった赤黒い俺の血と、破裂した内臓と肉片が散らばっていた。
「まずは、うん、ここの掃除だな。マサギ、手伝ってくれるか?」
「もちろんです! いえ、むしろ私が1人でこちらを片付けるべきかと」
「つっても嫌だろ、これ1人で淡々と片付けるの。俺はまあ、俺のだから、ぐらいで平気だしさ。ハンナは悪いけど朝飯頼んでいいか?」
「分かりました」
思わぬ問題が発生してしまったが、まあ、片付けが終わればいつもの朝が始まるだけだ。
「ユウキ殿」
「ん、なんだ?」
布巾やら塵取りやらを用意して、2人で臓物を片付けていると、不意にマサギが小首を傾げて聞いてきた。
「先程ハンナ殿と話していたサラ殿とは、どちら様ですかな?」
そういえば、こいつにはまだ紹介していなかったな。
「昨日からうちでしばらく暮らすことになった女の子だよ。あとでマサギにも紹介してやらんとな」
ただでさえ世間やらいろんなことに疎そうな彼女に、いきなりマサギを会わせて良いものだろうか、と考える。
どっちかというと、最初は普通のウサギを見せてあげた方がいいのでは?
あと、普通のマッチョとか。
今まで生きてきた生活をちょっとでも考えてみれば、社会常識がどれぐらいあるのか、この世界のことをどれぐらい知識として得ているのか、から触れさせるものを考えてあげる必要があるだろう。
いやそもそも、そういう教育的観点での接し方については保護者――キサラギに聞いておくべきだったか?
うーむ、と考えながら黙々と床を拭いていたのだが、ふと、顔を上げて驚いた。
「マサギ?」
あの巨体がどこにもいないのである。
床は綺麗になっているし、転がっていた臓物も綺麗に塵取りの中に納められていたが、ただただマサギの姿だけがない。
あいつ、どこに行った? と一瞬考えた後、俺は小屋を飛び出した。
マサギのやつ、また勝手な行動を取りやがったな!
「ハンナ、サラちゃんを――」
「この子がマサギさんです。私たちの家族で、サラちゃんのお兄さんですよ」
時すでに遅し。
俺が自宅の扉を勢いよく開くと、リビングでマサギとサラちゃんが向かい合って挨拶を済ませていた。
「あ、ユウキさん。マサギさんがお掃除終わったのでサラちゃんにご挨拶に、と」
「うん、そうだな……」
俺は頭を抱えたが、ハンナは俺がこうなっている理由が分からないらしい。
まあ、俺の考えすぎとも言える、のかもしれない。
どうせ遅かれ早かれ会わせる必要はあったのだし、わざわざそれまでマサギに窮屈な思いをさせるよりは良かった、と考えよう。うん。
「とりあえずマサギは後でお説教な……」
「なっ、なぜです!?」
それはそれとして、俺の話を聞いてから行動するよう、マサギには改めて躾けが必要な気がする。
「さて、と」
俺は目を丸くしてマサギを見上げているサラちゃんに歩み寄り、彼女と視線を合わせるようにしてしゃがんだ。
「サラちゃん、改めて俺たち家族のことを話そう。急に連れてこられて昨日は混乱しただろうしな。とはいえ全員朝起きたばっかりだ。まずは、朝ご飯にしよう」
それでいいか? と笑いかけると、サラちゃんはハンナの方をちら、と見上げた。
ハンナが微笑んで頷くと、それに合わせるようにしてサラちゃんも頷く。
どうやら昨日のこともあって、ハンナにはある程度心を開いてくれているらしい。
さすがはハンナだなぁ、と感心しつつ、それだけではいけない、と俺も多少気を引き締める。
言ってしまえば、仲間の子供を引き取ったようなものである。
俺たちを信頼して預けてくれた以上は、それなりにきっちりとした対応を取らなくては。
「ハンナ、朝ご飯は何にしたんだ?」
「今朝は昨日のスープを利用して、リゾットみたいにしてみました」
「いいね、美味そうだ」
それじゃあ積もる話もあるけれど、と前置きして、俺は食卓に皆を促した。
外から差し込む朝日、穏やかで少し涼しい朝の空気、そして良い香りを立たせる小鍋に頬が緩む。
新たな家族を迎えて、今日も普通の1日が始まるのだった。




