俺の嫁はエルフ受けが悪い【26】
「……さて、ユウキ殿」
拳を合わせて共に事態を解決しよう、と誓い合った直後のことだった。
キサラギは困ったような顔で空を仰ぐ。
「ご協力いただけるのはありがたいのですが、実は今のところなぁーんにも情報がないようなものでして」
「お前の言ってた奴隷商はどうした?」
「そいつも全然何にも知らなかったんでござるよ。顔を隠したやつがあの子を売り払いに来て、しかも値段も安かったから特に名前も聞かずに引き取ったとかで。まあでも、あんな存在を生み出そうとしてるやつですからな、気合を入れて捜せば尻尾の1つや2つ出てくるでしょう」
「つってもなぁ」
この広大な世界で、しかも転生者を相手にして捜し出すってのは並大抵のことではないはずだ。
ただでさえチート能力を持っていることが多いことに加えて、その力を悪行に使っているとなれば、身を隠す手段だって普通じゃないだろう。
どこぞの見知らぬ魔王と手を組んでいることだって考えられるし、もっと考えられないような方法を取って情報を隠匿している可能性だってある。
俺たちだけじゃなくザクロやタンポポの力を借りた方が話が早いのでは、なんてことを考えていた俺だったが、
「ま、何にしてもまずは情報収集をしなくてはなりませぬからな。拙者はいろいろと動き回ってみるでござる。で、ユウキ殿たちにはその間あの子、サラのことをお任せしたいのでござるよ」
「……は? 俺たちは情報収集を手伝わなくていい、ってことか?」
「もちろんでござる。むしろ拙者1人の方がいろいろと小回りが利くでござるし、何より拙者がこちらにあの子を連れてきたのは預けるためでござるよ」
「いやさっきも言ったけどな、普通に考えて大変ってレベルじゃないだろ、その情報収集」
「でも拙者、さすがに子供を守りながら動ける程器用ではないですからなぁ。お2人を危険なことや後ろ暗いことにただただ巻き込みたくもないですし、かと言ってザクロ殿や国に協力を仰ぐのも立場というものが危ぶまれますし、タンポポ殿は何やってるか分からんでしょう?」
「あー、タンポポは今魔物の国にいるぞ」
「えっ、何でござるかそれ」
先日、タンポポと共に魔物の国のクーデターを解決した話をかいつまんでしてやると、キサラギは「であれば」と殊更悩まし気に腕組みをし、ため息をついた。
「なおのことタンポポ殿も巻き込めないですな。やるべきことがある者の手を煩わせてはいけませんから」
「だからって、1人でやるのかよ?」
「ああ、さすがに多少の目星はついてるでござるよ。それに、拙者に勝てる転生者がいるとも思えないでござるし」
「それは、そうかもしれんが」
キサラギは1対1の戦闘であれば絶対に負けない、と俺は思う。
俺みたいに死ななかったり、タンポポのように矢鱈目ったらに絡め手を使う手合いだったとしても、そもそも根本的なスピードや技のキレが段違いなので手も足も出ないのが実態だ。
あえて目があるとすれば、ザクロみたいな魔法の使い手であれば技も何も出せないような距離で一方的に戦われると少し辛いかも、といったところ。
しかしそれもあくまで可能性の話であり、キサラギは遠距離攻撃を許すような剣士ではない。
相手が遠距離から攻撃すると勘づいたその時にはすでに距離を詰めているし、懐で刀に手をかけた彼が斬り送れることはない。
冗談抜きに圧倒的な攻撃力を持ち、それに加えて圧倒的なスピードを持ち合わせているのが彼だ。
俺も何度か手合わせしてみたことがあるが、基本的に素のままの俺では手も足も出ない。
ハンナに強化魔法をかけてもらって何とか戦いになるぐらいだ。
もっとも、キサラギからは、
「どれだけ斬っても斬っても倒れないから本気で相手したくないでござる」
と言われている。
普通は足か手を斬った時点でほぼ勝負が決まっているからだそうだ。
「無論、油断はしないでござるが、それでも拙者がまずは情報を得てくるのが先決だと思うのでござるよ。それに、この行動にはもう1つ理由があるのでござるよ」
「もう1つの理由?」
「ええ。……あの子、可愛いでしょう?」
「ああ、まあ、そうだな」
幼いながらも、ぱっちりとした瞳に整った顔立ち。
成長すればさぞや美人になることだろう、と思ったぐらいだが、そこでふと、思い出す。
俺たち転生者からすれば、ああいった顔立ちは可愛く見える。
だが、この世界のエルフにとって、あのような顔立ちは、
「そうか、あの子はダークエルフ……」
「そうなんでござるよ。エルフとしては、そうですな、醜女に分類されるわけでござる」
キサラギなりに多少言葉を選んだつもりかもしれないが、酷い言い草である。
とはいえ、ハンナのことを思えば、確かに彼女を他の村や国に連れて帰るのはあまりよろしくないのかもしれない。
「彼女を1人残して行くことを考えれば、まずはある程度彼女を偏見の目を持たずに育ててくれる者の元に預けるのが先決かと思いましてな」
「なるほどなぁ……」
「拙者の今後の動きを考えれば、彼女に四六時中くっついてあげるわけにもいきません。ゆえに、ここに預けることにしたのです。いやー、お2人のことは信じていましたが、快く引き受けてくださって助かりました!」
改めて感謝を、と頭を下げてきたキサラギに、俺は苦笑いを返す。
「むしろこれぐらいしか手伝えなくて悪いな」
彼の情報収集を手伝おうとするには、俺やハンナの能力は調査に不向きだ。
キサラギは1人で調べたい建物に侵入してあっという間に調べ上げて帰る、なんてこともできるぐらい素早い。
剣士のくせに多少忍者みたいなスキルも持ち合わせているものだから、人に気取られずに動くこともできるのだ。
それらを使って1人で怪しい集団を潰して帰ってきたりするから、ザクロが言っていたような人事異動を言い渡されるのだが、本人は良かれと思ってやってるので止まらない。
実際、彼が独断で動くようなことは他の人間を連れて行っても足手まといになる場合が多かったりするのだ。
異常に強くて速いがゆえに、集団行動が苦手という、無茶苦茶な存在である。
「何を仰る、こういうことを気軽に頼める友の存在は拙者にとって貴重なんでござるよ。本当にありがたい限りです」
にこり、と笑みを浮かべるキサラギだが、その笑顔はぎこちない。
元からあまり表情の動かない彼なので、大きな笑顔を浮かべるのも久しぶりなのだろう。
いつか、そんな笑顔が毎日でも浮かべられるようになるといいな、なんて俺が思うのは、余計なお節介だろうか。
「では、そろそろ動き出そうかと思いますので、拙者はこれで」
「サラちゃんには挨拶しなくていいのか?」
「んー、サラが変に拙者に懐いても大変ですからな。いずれ拙者とは別れて生活させようと思っておりましたし」
「そうなのか?」
「ええ。拙者、これでも国のお抱えですからな。あまり構ってもやれないでしょうし」
「……」
その辺は本人にちゃんと聞けよ、とは思ったものの、当事者たちの問題でもあるし、今は変に考えさせるようなことは言わないことにした。
キサラギのことだ、そのうち情報を得たら戻ってくるだろう。
そうなったら一緒に状況を解決して、その後の身の振り方は終わってから考えさせればいい。
「ハンナ殿によろしくお伝えくだされ! しからば、ドロン!」
そう言って、俺が瞬きするうちにキサラギはどこへともなく消えてしまった。
あいつが本当に剣士なのか時々疑わしく思う。
実は忍者でしたって言われても俺は信じてしまう自信がある。
◆◆◆
「じゃあ、しばらく戻ってこないんですか」
「たぶんな」
村長にサラを紹介した後、戻ってきたハンナに事情を説明した。
サラはよほど疲れていたのか、はたまた普段は寝ている時間だったのか、戻ってきた時点で目を擦り眠たそうにしていたので寝室に案内して眠ってもらった。
3人で寝るにはさすがにベッドが手狭出し、俺はマサギのとこで寝るとしよう。
「あの子の今後を考えて残して行ったんだろうが、ま、いろいろと面倒をみてやろう」
「そうですね……」
ちらっと寝室の扉を見たハンナは浮かない顔をしていた。
「あの子は、きっと、その、すごく苦労すると思います」
「ハンナ……」
「私みたいに、ユウキさんたちのような全部を肯定してくれる人が現れればきっと違いますけど、その、お顔もそうですし、あの黒い肌もいろいろと人に言われると思うんです。まだ幼いからそういう人の悪意に触れてきた数は少ないかもしれませんが、それでも、それからの長い年月の中で、きっとたくさん、大変な想いをすると思うんです」
それはきっと、ハンナ自身も体験してきたこと。
俺たち人間と違って長寿であるエルフは殊更、そういった他者との繋がりによって長く傷つくことになる。
俺たちが味わうよりもずっと長い期間をかけて、彼女のような人種は他者からの無理解や悪意ある言葉にさらされるのだろう。
そんな生活が彼女を待っていると思うと、俺も嫌な気持ちになる。
「キサラギさんがあの子をこの村に連れて来たのはそういう意味もあってのことかもしれません」
確かに、俺たち転生者はハンナたちのような姿をしたエルフに忌避感を覚えたりはしない。
むしろ、元居た世界の感覚で言えば、ハンナたちのような姿の方がずっと好ましく思えたりする。
この村にいる住人たちは皆転生者であり、こちらの世界のエルフ的価値観を疑問視している者も少なくなかった。
「この村で過ごすことがあの子にとっては良いことなんだと思います。隣人から辛く当たられる経験なんて、しないに越したことはないですからね」
すぐ隣で少し無理をして笑うハンナに、俺は黙ってその頭を抱き寄せた。
そっと頭を撫でてやると、彼女の体が少し震える。
「昔のこと、思い出しちゃったか?」
「はい、少しだけ、ですけど……」
彼女の幼少期を俺は知らない。
俺が出会った時点で彼女はすっかり大人だったし、サラと同じぐらいの年代であった頃は、今ほどハンナも強い心を持てていなかったはずだ。
そんな、当たり前の事実が、とても悔しい。
彼女の涙も、こうして悲しく思うのも、俺が昔の彼女と一緒にいなかったからだ。
生まれた頃からハンナと一緒にいられたなら、その悲しみを少しぐらい軽減してやれたかもしれないのに。
小さな頃から周りの価値観のせいで不当な評価を与えられ続けてきた彼女に、少しでも心の安息を与えられたかもしれないのに。
「ユウキさん」
「ん?」
「サラちゃんには、できるだけ私みたいな思いは、させたくないんです」
涙声のまま、それでもはっきりと、ハンナは決意するように告げた。
それに俺も、頷きながら返す。
「ハンナがそう言うなら、俺は全力で手助けするよ。あの子が少しでも自分の人生を謳歌できるように、楽しく生きられるように、俺たちで頑張ってあげよう」
「……はい!」
顔を上げて、嬉しそうに笑うハンナに、俺も笑みを返す。
あの子に良くしてあげれば、この笑顔は守られる。
それなら、俺は全身全霊を持って、あの子を喜ばせよう。
あの子の人生を良きものにする手助けをしよう。
もちろん、俺自身、仲間の連れて来た子のために動きたい気持ちはあるわけだし。
「んじゃあまずは、美味い飯でも食わせてあげよう。明日の朝ご飯、少し気合い入れたものにしようか」
「いいですね! それじゃあ――」
家に残っている材料から献立を2人で考える。
そんな俺たちの声を、寝室にいる少女は静かに、ベッドの上で瞳を開いたまま聞いているのだった。




