俺の嫁はエルフ受けが悪い【25】
「……ごめん、なさい」
か細い声が少女から発せられる。
それに、ハンナはテーブルを吹きながら笑顔で返した。
「大丈夫ですよ。それより、火傷とかしませんでしたか?」
ふるふると首を横に振る彼女にハンナは満足げに頷くと、そっと手を伸ばす。
頭を撫でようとしたようだったが、その手に少女はこれまでの無表情を崩し、体を震わせながら顔や頭を守ろうとした。
見るからに怯えた姿に、一瞬ハンナの動きが止まる。
しかし、ハンナは意を決した様子で手を伸ばし、怯える少女の頭を優しく撫でた。
手が触れた時はビクリと体を震わせた少女だったが、やがて、優しいハンナの手つきにようやく顔を上げた。
「あなたが無事で良かった。でも次からは気を付けてくださいね?」
慈しみと愛に満ちた瞳と手に、少女は目を丸くし、先ほどより深く頷いてみせた。
それにハンナも満足そうに頷きを返し、お茶の染みた布巾を片付けに席を立った。
あの様子、奴隷商から助け出したとは言ってたが、これは……。
「……見ての通り、彼女はダークエルフだ」
普段の口調に戻ったキサラギは、そう言って少女の隣に腰かけた。
彼もまた、優しい手つきで少女の手に火傷や怪我がないか確認する。
たぶん、ああして直接気にしてやらないと怪我をしても本当のことを言わないのだろう。
そうするように、と教育されてきた可能性が高い。
暗澹たる心持ちになってきたが、それはそれとして、キサラギは気になることを言っていた。
ダークエルフ。
悪落ちしていたり、元から闇やら外法と密接だったりする、いわゆる闇のエルフのことである。
だがしかし、それは俺たちがいた世界のゲームやらファンタジー小説内での話。
「待て待て、たしかこっちにはダークエルフっていないはずだろ?」
こちらの世界を旅する中、ふと気になってハンナに聞いてみたことがある。
「いろんなエルフには出会ってきたけど、ダークエルフって会ったことないよな」
「だーく、エルフですか?」
「……ハンナは知らないのか?」
「はい、聞いたことがないです。エルフ、なんですか?」
「えーっと、だな……」
この時も何となくふわっとした説明をしてしまったのだが、俺自身、ダークエルフという存在がどんなものなのかしっかりとは把握していない。
キサラギならいろいろと知っているのだろうが、普段はすさまじい無口だし、かと言って2人で聞くのは彼が止まらない可能性があって怖かったりもする。
とはいえ、だ。
こちらの世界に存在しないはずのダークエルフがこうして目の前にいるとなれば、いろいろと聞かなきゃならないのだろう。
彼もそれを自覚した上でこうして俺に彼女をダークエルフとして紹介しているわけだろうし。
「ユウキ、この子のステータスを見てみろ」
「うん? 分かった」
少女に目を向け、彼女のステータスを確認してみる。
「……なんだこれ」
名前がない、のはまあこの際置いておくとして。
「種族がバグってる、のか?」
キサラギが頷く。
俺が持つ一応スキルらしい『勇者特権』は転生してきた人間がほぼ確実に持っている能力だ。
まったく特権感はないが、他者のステータスを確認したり、魔物が仲間になりたそうに起き上がってきたりする。
他にもいろいろあるらしいとは聞くが、実際に使っているのはこのステータス確認ぐらいなものだし、そのステータス確認についても、名前、種族、性別、レベルと状態異常にかかってるかどうかぐらいしか分からなかったりする。
仲間のものとなればスキルなんかも分かったりするが、いろんな部分がブラックボックスな能力だ。
だからたまに意味の分からない挙動やら予想していない効果を発揮したりする。
今回もおそらくそのうちの1つで、彼女の種族欄はどういうわけか黒塗りになっていた。
「でもその子、ダークエルフなんだろ?」
「おそらくな」
「おそらく?」
「ああ。奴隷商がそう言っていた」
キサラギは少し考えた後、隣の少女をチラッと見てから、小さくため息をついた。
「この子を扱っていた商人は「転生者から買った」と言っていた」
「あー、なるほど。そりゃそうか」
こっちの世界にない概念や存在を持ち込むのなんて、転生者しかいない。
米が至る所で流通するようになっているのも、野菜が俺たちの馴染みがある名前をしているのも、食材の加工技術が当たり前になっているのも、全部俺たち転生者が持ち込んだ文化や技術の結果だ。
つまり、逆に言えば、こちらの世界に存在しないものを用意したのは、概ね転生者たちである、と言える。
「つまり、その子はどこぞの転生者がダークエルフとして生み出した存在、ってことか」
キサラギはまた頷く。
俺は大きな厄介事の気配に頭を掻いた。
この世界で転生者にとって最も厄介な相手とは誰か?
魔王? 違う、転生者にとって魔王は脅威だがいつか倒さなきゃいけない相手だ。
怒った嫁? それはそうだが、厄介というよりそれは基本的に怒らせたのが悪い。
強大な力を持つ義母? それもそうだが身内同士だ、ちゃんと話せば分かってくれる。
何よりも厄介な相手というのは、確実に他の転生者のことである。
転生してくる人間というのは、千差万別、いろんなやつがいる。
男女の差、年齢の差、転生先の種族の差、というだけではない。
そもそもの人間性の差、というものがあるのだ。
転生してくる人間が全員善良で真っ当、ということはない。
そりゃあ、人間を転生させているやつもある程度は基準を用意してるとは思うが、それでもイレギュラーってのは発生する。
こちらに来てもらったスキルや能力で調子に乗り、悪の道に走ってしまうやつも一定数はいるのだ。
たいてい、そういう事態が引き起こされてしまった場合対応するのは同じ転生者だったりする。
冒険していた頃は、そういう依頼も引き受けたことが何度かあった。
たいてい、転生したてで調子に乗っているだけだったので簡単に片付く内容だったが、それでもやはり転生者の持つスキルはどれもアホほど強いものばかりだった。
で、だ。
「こっちの違法な奴隷商と繋がってる転生者……ヤバそうだな」
キサラギは神妙な顔で頷く。
「ゆえに、この子をしばらくこちらで預かってもらおうと思い、訪ねてきた次第だ」
なるほど。
「お待たせしましたー、って、あら?」
戻って来たハンナが、俺とキサラギを交互に見ながら困った顔をしている。
まあ、原因はおそらく俺だろう。
「キサラギ」
「ああ」
「お前のやりたいこともやってほしいことも分かった。分かった上で言うが、却下だ」
「……それは、何故」
怒気の混じった俺の言葉に、キサラギの表情が曇る。
「そんなもん決まってるだろ、俺たちも手伝うからだよ」
驚いた顔のキサラギに、俺はそのままの勢いで続ける。
「そんだけ厄介そうな相手だ、お前はいつもみたいに1人で終わらせるつもりなのかもしれないけどな、さすがに心配になるだろ。お前の強さはよく分かってるつもりだけど、それでも個人にできることは限界がある。ザクロとかタンポポみたいな器用なタイプならどうとでも動けるだろうが、お前はそうじゃないだろ? だから、俺とハンナが手伝う。その子は、そうだな、村長にでも預かってもらおう」
「いや、しかし……」
キサラギが俺たちのことを心配しているのは明白だ。
だからこそ、言いたい。
「お前が俺たちを巻き込みたくないのと同じぐらい、俺たちもお前に危険な目に遭ってほしくないんだよ」
な、と横を見れば、ハンナもまた、気合十分な様子で両手をグッと胸の前で握り締めて見せた。
「はい、もっと頼ってください! 私たちは今でも仲間なんですから!」
その言葉に、キサラギは深く息を吸い、その場で勢い良く頭を下げた。
「かたじけない」
俺はその姿をじっと見て、笑顔を浮かべ、そのままハンナに言った。
「そういうわけだから、ハンナ、その子を村長のとこに連れて行ってくれるか?」
「はい、わかりました! あっ、この子のお名前は……?」
おずおずと聞くと、キサラギは伏した姿勢のまま答えた。
「今後も世話をしてやれると限らない俺がつけるわけにいかない」
「なるほど、だから空欄だったのか」
とはいえ、このまま名無し、というわけにもいかないだろう。
「ここにいる間だけでも呼び名はあった方がいいだろ。なんかつけてやれよ」
「せっ……俺が、か?」
「お前が助けた子だろ。助けた命には責任持て」
あと素が出かけてるぞ、もう少し頑張れ。
「それもそう、か……」
キサラギが視線を向けると、少女は無表情に彼を見上げていた。
真っすぐに向けられる無垢な瞳から逃れるように目を伏せ、キサラギは少し考えてから、
「……では、サラ、でどうだろう?」
絞り出すようにキサラギが言うと、少女は目を開かない彼をしばらく見た後、俺たちの方を見た。
「うん、いいんじゃないか?」
「はい、とっても素敵なお名前だと思います! 良かったですね、サラちゃん」
にっこりと笑うハンナと、微笑む俺に、サラと名付けられた少女もまた、ぎこちなく微笑を浮かべるのだった。
◆◆◆
「それじゃ、村長によろしくな」
「はい、任せてください。行きましょう、サラちゃん」
ハンナに手を引かれ、サラは村長の元へと向かって行った。
家の前、しばらく2人が歩いて行くのを眺めてから、俺は隣で目を閉じ続けているキサラギを睨む。
「さて……お前、ハンナに萌えてたな?」
「な、なんのことでござるかぁ~?」
「とぼけるな。ハンナが両手をグッと握った時、にやけそうになったから顔下げたんだろ」
「……ユウキ殿には叶わないでござるなぁ」
しみじみと言った後、
「すみませんでした!!」
即座にキサラギは土下座を決めてきた。
「でも、ハンナ殿が可愛すぎるのがいけないと思うんでござるよ! 人妻なのにあのあどけない感じはずるくないでござるか!? 拙者以外であっても男ならあんなのイチコロでござるよ!?」
「確かに、ハンナが反則級に可愛いのはその通りだが、その夫である俺の前で気持ち悪い反応をするなって話だ。あんだけ取り繕えるんだから、顔に出さないようにもしろよ」
「それができたら苦労しないんでござるよぉ~。これでも必死に顔引き締めて真顔と無口を保ってるのですから」
「おかげで最初は死ぬほど喋りにくかったけどな……」
「キャラ作りに必死でしたからなぁ、あの頃は。ユウキ殿が接しやすい方で本当に良かったでござるよ。拙者がキモオタだと知っても変わらず接してくれたのには心の底から感謝しているでござる」
「まあ、そういうの抜きにお前はいいやつだったしなぁ」
キサラギは出会った頃から、人助けのために人知れず暗躍するようなのが趣味だった男だ。
無口で不愛想だから誤解されがち、というのとも少し違い、無口にしているのも不愛想にしているのも素が出てしまうのを防ぐためであり、決して他人が嫌いなわけじゃないのだ。
どちらかと言えば、人見知りし過ぎるだけ。
それでいて心根の優しい彼と、共に旅をしたいと思ったのは出会ってからすぐのことだった。
「ったく、せめて俺の前ではハンナに色目使うなよ? あとが怖いぞ」
「自分で言わないでほしいでござるなぁ」
言いながら、俺たちは笑い合う。
こんなやり取りも冒険中は幾度となくやったものだ。
「……力を借りますぞ、友よ」
「おう、任せとけ」
小さく拳を打ち合わせ、俺たちは今後の動きについて話すべく、家に戻るのだった。




