俺の嫁はエルフ受けが悪い【24】
「私、出てきますね」
手を拭きながら、パタパタとハンナは玄関に向かって行った。
夕飯も終えて、電気のないこの世界において本格的な夜は繁華街以外となると寝る支度を始める時間になってくる。
もちろん、蝋燭だったりランタンだったり、何かしらの灯りを用意はしているものの、それでも長々と夜更かしするような文化はあまりないようだ。
サカイ村は見事なまでの田舎であり、1番大きな通りであっても道を均してあるだけに過ぎないため、街灯なんて立派なものは存在しない。
その分、満月の夜なんかは月明かりがはっきり見えるので、先日の俺たちのように外で夜を楽しむ住人がけっこういる。
とはいえ、今夜はそれなりに雲も出ているし、わざわざこんな時間に訪ねて来る住人なんていないと思うのだが、はて。
「ゆ、ユウキさん!」
少しして、ハンナが慌てた様子で戻ってきた。
「大変です!」
「どうした?」
「あの、なんて説明したらいいか、その、とにかく来てください!」
なんだなんだ、と手を拭いてハンナに続くと、玄関には見知った顔があった。
「ヒイラギ、と、子供……?」
玄関に立っていたのは予想もしていなかった人物。
かつての俺たちの仲間である剣士、ヒイラギが、子供ぐらいの背丈の何者かを連れていた。
何者か、というのも、大きなフード付きローブで全身をすっぽり覆ってしまっているため、男なのか女なのか、子供なのかタンポポのような小人族なのか、何なら人間なのかどうか、何もかもが分からない。
「久しいな」
無表情な優男は静かにそう告げると、平然と家の中に上がり込もうとしていた。
「待て待て待て、いろいろ聞きたいことが山ほどある」
「? なら、座って話した方がいいだろ?」
「……それは、確かにそうだな」
こくり、と小さく頷いた彼は、謎の人物を伴って室内に入って行く。
静かに着席する2人を横目に、俺とハンナは顔を見合せた。
本当に久しぶりの再会、のはずなのだが、なんというか、それどころではないというか。
「とりあえず……お茶、淹れてきますね」
「ああ、頼む」
台所に向かうハンナを見送り、俺は座ったまま微動だにしないヒイラギたちを見て、またもや昔の仲間が厄介事に巻き込んで来ていると確信めいた予感を抱いていた。
◆◆◆
「で? 急にどうしたんだよ」
お茶と、先ほど作った野菜チップスの残りをお茶請けに出しながら俺たちはヒイラギたちの向かいに座った。
ヒイラギは呑気にお茶を啜り、小さく息を吐くと湯飲みを見つめながら答えた。
「この子を、この村に住まわせてやってほしい」
「……」
ヒイラギのこの調子に懐かしいイラつきを感じる。
昔からこうなのだ、このヒイラギという男は。
ゲームから出てきたかのようなイケメンであり、高身長に細身ながらしっかりと筋肉のついた体、黒を中心とした飾り気のない衣服と腰に差した一振りの刀。
ルックスは抜群、無表情なところも無口なところもミステリアスで良いと女性受けは良いのだが、そう思われるのも最初のうちだけだ。
この通り、説明が極端に足りない。
何をするにしても自身で考え、その上で早いと思われる行動をさっさと取ってしまうものだから、周りが気付いた時には事態が進行していたり、頷かざるを得ない状況に追い込まれていたりする。
いったい何度勝手に引き受けてきた討伐任務をこなしただろうか。
どれだけの魔物を知らないうちに引き付けて来て一緒に倒す羽目になっただろうか。
最初に出会った時も、強力な魔物と戦う彼を見かけてしまい、そのままいつの間にか戦力に加えられてしまったのである。
まあ、そうは言っても、何年も一緒に旅をして、共に魔王を打ち倒した仲間ではあるわけで。
俺は特に彼の事情についてもいろいろと知っているから、頭ごなしにその提案を蹴り飛ばすわけにもいかないのだ。
「ハンナ、ちょっとヒイラギと2人で話してくる。少しの間、その子と一緒に待っててくれるか?」
「えっ」
「すぐ戻るからさ」
申し訳なく思いながらも、俺はヒイラギに目で合図する。
彼も慣れたもので、小さく頷くと、傍らの人物に「少し出る」とだけ告げて立ち上がった。
困ったような顔で俺たちを見上げるハンナはとてつもなく可愛らしい。
俺は内心でその小動物じみた姿に悶えながら、ヒイラギに続いて家を出た。
「……それで? 何があったのか説明してくれるか、ヒイラギ」
ヒイラギはしばらくの間静かに空を見ていたが、やがて、
「ユウキ殿ぉ、助けてほしいでござるよぉー!」
暑苦しくも抱き着いてきた。
そう、これがこいつの本性である。
「いつもみたいに突っ走ったんだな」
「非正規の悪徳奴隷商人がいたんでござるよ……拙者、そういうの許せない性質でござろう?」
「まあ、正義感は強いよな、お前」
「ええ、光のオタクですからな、どぅふふ……」
不気味に笑うが、その顔はイケメンのそれだからどうも、調子が狂う。
彼、ヒイラギは生粋のオタクである。
俺も多少ゲームやらアニメやらは好んでいた方だが、それにしたって、ここまで根っからのオタクではない。
というか、なんならこんなオタクに出会ったこともない。
ここまでコテコテというか、ステレオタイプなというか、知らない人が想像するオタクの姿、みたいなものを踏襲している人間が本当に存在するという事実に驚いたぐらいだ。
もはや幻獣とかの類なんじゃなかろうか。
「そういうわけでして、拙者は闇に乗じて悪徳奴隷商人を切り伏せたのでござるよ。そして奴隷となった人々を解放したわけですが、ここでアクシデント発生! というわけでして」
「……あの子の行く当てがない、とかか?」
「イグザクトリィ! その通りでございます」
こいつとの会話はカロリーが高い。
2人で話している時しかこのキャラは出してこないのだが、長々と話していると胃もたれしてくるので手短に済ませたいのだが、そうさせてくれないのがこいつの厄介なところであり、可愛げでもある。
普段のこいつは、何を考えているのか一切分からないぐらい無口で無表情を貫き通している。
受け答えも最小限、なんなら必要に足りていないぐらいのことしか話してくれないものだから、最初は困惑する。
もちろん、慣れてきたとしても言葉数は少ないままであり、しかも独断即決があまりに多いので、周囲の人間は大抵の事案をこいつが起こした後に気付くことになる。
この行動や言動にはもちろん理由がある。
人見知りだ。
極端なまでの人見知りであり、さらに言うなら女性が全般苦手であり、なんなら何度も会っていたとしても体育会系の男とか圧の強い男が苦手であり、動植物に対して心をを開いたとしても人前ではそれを見せない、といった徹底的なコミュ障がこいつである。
ではどうして俺に対してはこんな感じなのかというと、長い年月をかけてこいつの心を開かせたのである。
無論、俺が心を開いてほしい相手はハンナ以外には特にいないので、ここまで開けっぴろげにされるのもなかなか困っていたりするのだが、知り合いもいない異世界で気心の知れた友達がいないというのもきつそうに思うので、ヒイラギとは極力仲良くするよう心掛けている。
実際、2人で話している時のヒイラギは博識だし、カロリーが高いこと以外に不満点はあまりない。
旅の最中は男が俺たちだけということもあり、よく2人で話したものだった。
「まあ事情は何となく分かったけど、悪徳奴隷商人を独断で切り伏せるって、いいのか? お前一応は王家のお抱え剣術指南役とかやってんだろ?」
「おや、どこでその話を?」
「この間ザクロに聞いた」
「なるほどぉ、ザクロ殿でしたか。いやはや、拙者から学べるものなど何もないというのに王様方も無茶を仰る……」
やれやれ、といった具合に首を振るも、まんざらでもないその顔に俺は頑張って口を閉じた。
左遷だぞそれ、とは言うまい。
「拙者の剣術は転生特典で得たもの、身体能力も鍛錬こそしてはおりますが、経験値として得たわけでもないスキルは教えようがないでござるよ」
「あー、まあ、そういうもんだよなぁ。俺のスキルも人に教えようがないし」
「ユウキ殿のスキルを誰でも使えたら、すぐにでもこの世界はパンクしそうですな! 死なないのですから、人口が減らないわけですし」
「確かに、それはマズいな。良かったよ、ここがリスポーンとかしない世界で」
「ですなぁ」
うんうん、と互いに納得した感じで頷いてしまったが、問題はそこではない。
「で? 問題ないのかよ、その独断で人切ったりしてるのは」
「拙者が裁くのは罪人のみですゆえ……それに、事が済めば証拠品と共に国に正式に報告するようにしているでござる。拙者の裏稼業の1つでござるな」
「あー、そういう意味でも国家お抱えとして雇われてんのか、今」
「そんなところでござるな。もっとも、誰それを殺してこい、と言われたりはしないでござるよ。そんなことに我が刀は使えませんしな、スイス銀行にいくら振り込まれてもやりたくない仕事はやらない主義でござる」
このコミカルな表情やら身振り手振りを他の人にも見せられたら、もっと受け入れやすい印象になるだろうになぁ。
屈託のない笑みを浮かべる姿に、呆れと微笑ましさが同時に浮かんでくる。
「ま、事情は分かったよ。うちの村に住ませられるかは分からんが、一先ずあの子にも話を聞いてみるか。にしても、一時的とはいえよくお前が引き取ったりしたな、他人を」
「それがですなぁ、拙者その姿に大変興奮してしまいまして」
「……ロリコンではあったな、お前」
「ち、違いますぞ! そういう意味での興奮では決してありませぬ! イエスロリータ、ノータッチですとも!」
「そこは疑っちゃいないけどさ、興奮したってことは、なんか特殊な見た目とか、特殊な種族とか、そんなところか?」
「さっすがユウキ殿。彼女はなんとですな――」
と、彼が得意満面で説明しようとした時、
「きゃっ!」
室内から聞こえた悲鳴に、俺は玄関へと走っていた。
ハンナに何があった、あの小さいのが何かしたのか、だとしたら情けも容赦も一切ないぞ、と拳を固く握って居間に来てみれば、
「あっ、お話、終わりました?」
倒れた湯飲みを前にテーブルを拭くハンナと、彼女を前にフリーズしてしまっている様子の褐色銀髪の少女がいた。
肌や髪の色もそうだが、何よりも特徴的なのはその耳。
そう、幼くはあるが彼女の姿はまごうことなき、ダークエルフのそれだった。




