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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
23/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【23】

 ある日の夜も更けた、夕食時のことだった。

「いっただっきまーっす!」

「どうぞ、めしあがれ」

 とても嬉しそうな満面の笑みで、向かいに座るハンナは焼きたての川魚に箸を入れた。

 パリパリと皮が音を立て、湯気と共に柔らかな身が現れる。

 少しだけ小骨を警戒しながらも、彼女はそれを口いっぱいに頬張り、少し咀嚼した後に白ご飯を食べて満足気に息を吐いた。

「はぁー……美味しいです!」

「それは良かった」

 一緒に暮らして10年。

 ハンナはとても箸使いが上手になった。

 最初こそ困惑していたが、不器用なりに何度も練習し、今では器用に魚の骨を外せるし豆料理も摘まんで食べることができる。

 元々は俺が自分で使うために作った箸だったが、ハンナが興味を示し、今では立派な食器の1つとなった。

「このお漬物も美味しいです。村長さんが作ったんですよね?」

「ああ。おすそ分けでもらったんだが、異世界でぬか漬けが食えるとはな……」

 俺がこちらの世界に来た時点で、いくつもの転生者が根付かせた文化が存在しており、野菜やら、食べ物のいくつかも俺がいた世界のものと同じ名前が付けられていた。

 転生者だけで村が作れる上にそこらじゅうの村やら町には転生者のためのギルドがある世界、そりゃあ文化の流入ぐらいいくらでもすることだろう。

 こんなにもしっかりと類似の動植物が存在しているのは、俺たち人間だけでなくこれらも転移ないし転生してきてる、とかなんだろうか?

 とはいえ、もちろん異世界特有の文化や動植物というものは存在し、こちらの郷土料理もいくらでもある。

 俺としてはそういった異世界飯に興味が湧いたりもしたのだが、それも旅をしている最初のうちだけだった。

「醤油と味噌と米があるなら、日本人はどうとでも生きていけるってのは本当だよなぁ、とつくづく思うよ。ま、こっちでわざわざ作ったやつがいるんだろうけどさ」

「お醤油もお味噌もお米も、すごく美味しいですよね。エルフにも大人気ですよ」

「ああ、街との交流でそっちまで文化が流れてるんだっけか」

「はい! と言っても最近になってようやく、ですけどね」

 旅に出た初めの頃、ハンナは外の世界に驚いたり楽しんだりすごかった。

 遠慮がちで大人しかったのは最初だけであり、あっという間に順応した彼女は初めて見たものに目を輝かせ、知らないものがあれば知ろうとして、行く先々で言われたのは同じ言葉だった。

「エルフらしくないエルフさんだなぁ」

 自分たちの文化を大切にするエルフは、基本的に他の文化に対して閉鎖てきなタイプが多い。

 現国王はそういった体制のままでは滅びに向かう一方だと思うようで、ある程度多文化の姿勢、考えなどを学んだうえでエルフの文化とかち合わないような技術、知識、文化的考えなどを取り入れているようだ。

 その1つが、醤油や味噌といった植物由来の調味料の数々である。

 元々、木の実や蜜などを加工し調味料とする文化はこの世界にもあったが、ここまで複雑な変化を起こすものは存在しなかったらしい。

「お豆腐も、エルフには人気らしいですよ。最近はおやつとしてもよく食べられてるんだとか」

 ふぅ、と豆腐の入った味噌汁に息を吹きかけ、ハンナは静かに中身を啜った。

「なんかあったな、そういうの、中国だか韓国のやつで……豆花だったっけか」

「その、トウ、ファ? っていうのは分かりませんけど、蜂蜜とかかけて食べるんですって。手紙に書いてました」

 先日の里帰り以降、ハンナはエルフの森とよく手紙のやり取りをするようになった。

 改めて両親の顔を見て、何か思うところでもあったのだろう。

 帰りづらさを再認識したのか、それとも逆に寂しく思うようになってしまったのか。

 どちらにせよ、手紙が届くと嬉しそうにはしているので、俺としては見守っていくつもりだ。

「豆腐の美味い食い方かー、甘い方はあんまりだが、そうだな、暑い時は冷奴、寒い時は湯豆腐、揚げ出し豆腐とかも美味いし、豆腐ハンバーグみたいなのも良いよな」

「いろいろあるんですねぇ、お豆腐料理って」

「俺たち日本人は食の探求に余念がないというか、食えるかどうかの判別をとにかくするし、食えないものもどうにかして食おうとする民族だったからなぁ」

 現代においてそういった要素はだいぶ薄れたような気がするが、祖先たちのおかげで多様な食文化の中で生きられた俺たちは幸運だったと思う。

 結果、こちらの世界に来てもこうして先人の知恵と自分たちの知恵で食事を楽しめているのだから。

「食文化の多様な国だったんだよな。食えるようにする努力と、美味く食えるようにする努力が凄まじかったんだよ」

「なるほど、その成果がこういった食材や調味料なんですね……」

 しげしげと豆腐の味噌汁を眺めるハンナに、言いようのない愛らしさを感じてしまった。

 と、彼女の茶碗から白米が消えていることに気が付き、俺は席を立った。

「ハンナ、おかわりいるか?」

「あっ、はい! いただきます!」

「はは、ハンナはホント、何でも美味しそうに食べるよなぁ」

 茶碗を受け取ってご飯を盛ってやると、ハンナは嬉しそうに受け取った。

 が、その直後、

「あっ、あの、太ってはないですよ! いっぱい食べてますけど!」

 顔を真っ赤にさせて茶碗を突き返してきた。

「半分で大丈夫です」

「……本当に?」

「うっ、ほ、本当です!」

「……あとでお腹空いても知らないぞ」

「ううっ、ユウキさん、いじわるです……」

「ははは、ごめんごめん。ハンナは太ってないよ、いっぱい食べてもスリムで少し心配なぐらいだ」

「でも、最近少しお腹周りが気になるんですよね」

「まあ、エルフの中では肉付きが良い方ではあるが、人間と比べたらスタイル抜群で羨ましがる人のが多いと思うぞ?」

「そ、そう、ですかね?」

「ああ。少なくとも俺からすれば最高だ」

 じゃ、じゃあ……とハンナは突き出していた茶碗を手元に引き寄せ、もう半分の焼き魚へと向き合うのだった。

 それにしても、改めて思う。

「ハンナは肉でも魚でも卵でも、わりと平気で食べるよな」

「へ?」

 ハンナは基本的に、好んで肉類を食べたりはあまりしないが、卵や魚はある程度進んで食べるし、油っこいものなんかもわりと平気なタイプである。

 旅をする中で何人かのエルフと出会ったりしたが、彼らはたいていエルフの伝統的な食生活を守って過ごしていた。

 動物性のあらゆる食べ物を極力排除した食生活、いわゆるビーガン料理に近いものだ。

 牛乳なども飲まないし、卵も食べない、肉もなしで、ただ魚だけは多少食べる、といった具合なのが彼らの食生活だった。

 魚を食べるのは、彼らにとって川は森の下部、エルフたちの足元に存在するものであり、大地から恵むものの延長であると考えられているから、なのだとか。

 植物は根を張り、菌類は根付き、川もまた大地に自らを這わせる、ということで共に生きる自然であり、その中で生まれる魚たちは木の実などと似たようなもの、みたいな考え方らしい。

 何らかの理由で動物性の食事を取る必要があると考えた昔のエルフが作った文化なのかもしれないが、個人的には食べられるものは多いに越したことはないと思う。

 おかげで出汁を取るのに魚を使えるし。

 だがしかし、ハンナは好んで食わないだけで、肉も卵も普通に食べる。

 文化的な罪悪感はあるらしいが、それはそれとして美味しい、とのこと。

「美味いって言って食べてくれるのは俺としちゃありがたいし、好き嫌いがないのは素晴らしいことだと思うんだけどさ、やっぱ、そういうとこもエルフとしては異端なんだろうな」

「あはは、そうですね……こういうことに抵抗がないのが、私が1番エルフらしくない部分なんだろうな、って思います」

 箸を置き、ハンナは少し寂しそうに笑った。

 いけない、こんな顔をさせたかったのではないのだ。

「いや、でもな! 俺はそんなハンナが好きだぞ! そういうところも素敵だと思うし、何より、そう、ハンナはこの世界で1番世界を広く見てるエルフなんだ。違いない」

「世界を広く、ですか?」

「ああ。視野が広いってことだよ。どんなものでも拒絶したり排斥するんじゃなくて、まず知ってみようとする。それがハンナの最高なところさ。大切に文化を守る素晴らしさもあるだろうけど、それとは違った素晴らしさをハンナは持ってる。俺はそれを大事にしてほしいと思うな」

「ユウキさん……」

 実際、俺たちは魔王討伐のために旅をしてきたし、世界でも有数の、様々な場所を巡ってきたエルフの1人がハンナだと思うのだ。

 そして、彼女は中でも特別に、あらゆる文化を吸収して、楽しんできたエルフでもある。

 俺にとってスペシャルな彼女だが、それはきっと、世界にとってもスペシャルな存在であると、俺は思うのだ。

「さ、冷めちまうから残りも早く食べちまおう。終わったら洗い物手伝ってくれるか?」

「もちろんです!」

 笑顔のハンナとにこやかに笑い合い、俺たちは食事の手を進めるのだった。


◆◆◆


 流し台に並んで立ちながら、2人で食器を洗い、拭き、片付けていく。

 そうしている最中、不意にハンナが思い出したように尋ねてきた。

「そういえば、さっき食べられないものも食べてみようとするって言ってましたよね」

「ん、ああ、そうだな」

「例えばどんなものがあるんですか?」

「そうだなぁ……食べたら死ぬ毒を持ってる魚とか」

「ええっ!? し、死んじゃいませんか、それ!?」

「実際、ちゃんとした食べ方が確立されるまでは何人も死んだらしい」

「す、すごいことしますね……」

「最終的にはどこの部位を取り除けば食えるようになるか、ってのを死体を積み重ねて調べてたらしい。やべーよなぁ」

「はい、恐ろしいです……」

「ちなみにその魚は俺の時代だとけっこうな高級魚として扱われてたぞ」

「ええ……?」

「あとはそうだなぁ、毒があって食べられない芋とか」

「また毒ですか」

「毒あるものを何とか無毒化して食べようとするのはホント大量にあるんだよな。毒の棘を除いて魚食べたり、水に長い時間さらして毒抜いたり、干して毒抜いたり……でもな、今言ってた芋は特にすごいぞ」

「どうやって食べてたんですか?」

「茹でて、すり潰した後に灰と混ぜた水を加えて茹でると、プルプルした物体になる。で、それを食うんだよ」

「は、灰ですか」

「灰。石灰とかだったかな、なんか成分が作用して固まるんだとさ。で、出来上がったものを煮たり焼いたりして食べてたんだ」

「想像もつきませんね……」

「まあ、そうだよなぁ。ハンナにも分かるように言うなら、そうだな、ああ、スライムとか近いかもな。あんな感じだ」

「スライムを食べてたんですか!?」

「いや、出来上がったものはスライムではない。動かんし、生きてもないし」

「でも、近いんですよね?」

「んー、弾力とかプルプル具合はかなり」

「それを、似たり焼いたり……」

 やっぱり想像がつかないようで、ハンナはもう水滴のない皿をぐるぐると回し拭きながら「うーん?」と唸っていた。

 そのうち機会があれば、スライムで試してみようか、こんにゃく料理。

 水分が多そうだから多少干したりすると良いか?

 などと、俺も考え込んでいると、

「! こんな時間に誰でしょう?」

 コンコン、と家の扉をノックする音がした。


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