俺の嫁はエルフ受けが悪い【21】
「本当に、俺たちは帰っちゃって問題ないのか?」
ある程度話がまとまった翌日、俺たちは早くも帰宅する準備を進めていた。
早く帰れる分には助かるものの、ぶっちゃけ大混乱が予想できそうな国を放置して帰る程俺らも薄情ではない。
タンポポもこちらに残るそうだし、なおのこと心配ではあるのだ。
荷物を纏めて、部屋の入口で俺たちの作業を見守っているタンポポに顔を向けると彼女は困ったように後頭部を軽く掻いた。
「問題ない、っていうか、別に残っててもいいけどやることないよ? って話。こっちで内政の手伝いとかしたい? ってかできるの? 頭脳労働したい?」
そう言われてしまうと、俺たちとしても困ってしまう。
正直な話、俺は内政だとか小難しいことは苦手だし、ハンナもそういうことは得意としていない。
ザクロならある程度はこなせるだろうが、そもそも彼女は別の国のお抱えだ。それこそ手を出すことができないだろう。
そしてサクラに関しては、国を持っているという感覚すらない。
彼女の領地はほとんど無法地帯だし、存在しているルールなんて『サクラの機嫌を損ねてはいけない』ぐらいなものである。
つまるところ、ここから先の展開に俺たちは戦力外、ということになってくる。
「いやまあ、人手がある分には多少助かるし、いろいろ雑用片付けてくれるんなら頼みたいところだけど、別にユウキじゃなくて問題ないからなぁ」
「つまり、もう俺たちがいる必要はない、と」
「そこまでは言わないけどさ。ま、ここまで散々付き合ってくれたわけだし、何かしらお礼はしたいところだけどこれ以上拘束するのもなー、って思ってたところなんだよ。お礼についてはそのうちなんか用意するとして、ぼちぼち日常に戻ってもらってもいいかなー、って」
「なるほどな」
タンポポがそう言うなら、このまま残って世話になるのもどうかと思うし、素直に帰ることにしよう。
借りていた客室もすっかり綺麗になったし、もういつでも帰れるようになった俺たちは、最後に食事でも、と誘われたので食堂に集まっていた。
「この度は本当にありがとうございました。あまり豪華なものはご用意できませんが、どうぞお楽しみください」
ベリィがそう言って出してくれた料理はさすがに王家ということもあって、とても美味しいものばかりだった。
しかし、未だにこちらの高級料理みたいなものに関してはどうも、素材からして見当もつかない。
普通の野菜とかはいいのだ、こちらと大差ないから。
問題は、見知らぬ歯ごたえの肉やら、肉っぽい何かやら、煮込まれた謎調味料で味付けされた魚っぽい何か、みたいな、微妙にこちらの言葉で説明できそうだけど確実に原材料が異世界産である料理がいくつもあるということ。
魔物とかが存在している世界である以上、俺たちのいた世界と食文化が違うのは当然だろう。
とはいえ、マサギのように、一応はこちらの生物と似通った姿をした存在はいくつかいるのだ。
なんならあれも結構特殊な部類であり、普通のウサギみたいな魔物もいるし、なんならウサギそのものがいるにはいる。
魔物がその辺にいる世界で、それより力のない生物はたいてい生息数が少なく、いつ絶滅してもおかしくないのだが、ある程度縄張りやら生息域やらがばらけているのか、しぶとくこの世界で生き残ってたりする。
そうした生物を家畜化している人間もおり、そのおかげで俺たち転生者がこちらの生活に馴染むのはわりとすんなりといくのだが、あくまでそれは人間たちの文化圏での話。
こちらで生活し、すっかり慣れている転生者がいるおかげで俺たちのよく知る料理もある程度は認知度があるこの異世界であるが、もちろん、俺たちが知り得ないような材料で作られた異世界料理もあるわけである。
そして何より、ここは魔物たちの国。
俺たちの知らない文化があるのは当然のことなのだが、それでもやっぱり、少しばかり心配になってしまうことはある。
例えば、人間にはとてもじゃないが食えない料理でも、龍たちにとっては平気なもの、とか。
俺たちが玉ねぎを好んで食べるのに対し、犬とかには与えちゃいけない、みたいな感じだ。
まあ、ラゴくんがいるからその辺は気にして作られているとは思うし、何より俺自身はそんなものを食べたって苦しむだけで済むだろうから別にいいのだが、そうじゃないやつもいるのだ。
ハンナに何かあったら俺がこの国を改めて潰そうとしかねない。
「これ、なんて言うお料理なんですか? すごくおいしいです!」
「こちらは草龍の肉を煮込んだものですね。草食で知能も低い魔物でして、我々の国では食肉のために飼育しているんです。筋っぽいお肉が多いので、よく煮込み料理やスープに使われます。言われてみれば、人族の皆様には珍しい食材かもしれませんね」
どうやら俺の心配は杞憂のようだった。
それにしても、ハンナが美味しいと言って食べる肉料理があるとは珍しい。
基本的にハンナはエルフとしての食事をメインとしているので、滅多なことがなければ肉料理に手を付けない。
本人もそこまで好んでいるようではないらしく、いわゆるエルフらしい食事を好む傾向にある。
植物由来の食事が基本であり、動物性のあれこれは好まない、といった具合。
もっとも、厳格なエルフはあらゆる動物由来の食事を毛嫌いしているらしく、ハンナのようなタイプは珍しいとのこのと。
こういったハンナの柔軟なところもまた、エルフとしては異端的ではあるのだ。
「あの、もしよければこちらのお肉、少しわけていただけませんか? お代は払いますから!」
「いえいえ、それでしたらいくつかお包みしますよ」
「本当ですか!?」
「ええ」
にこりと微笑むベリィに、ハンナは嬉しそうに笑った。
そんなに気に入ったのか、と不思議に思う俺だったが、
「先王の奥様も好まれていた料理ですからね。エルフであるハンナ様がお気に召すのもよく分かります。ベリィ、料理のレシピもいくつか教えてさしあげてはどうです?」
ルーツがそう言うのを聞いて納得した。
ハンナよりも普通にエルフとして生きていた人が好んでいたのなら、もともとエルフが好む味わいなのだろう。
この国に残る理由ができてしまったかもしれない、と思う俺だったが、残ったところで何年居座るつもりだ、と思い直す。
牧場でもこっちで経営するのか、俺。
「で? 結局この後帰るってことでいいわけ?」
「ああ、また頼むな、ザクロ」
「いい加減私も帰らなきゃいけないし、別にいいわよ。なんならこっちに残るって言われた方が困るぐらいだったし」
「まあ、ザクロが1人で帰るってなったら俺たちはのんびり戻るだけだし、それでも別に良かったが」
「それはそれで何となく嫌じゃない。それとも、私だけとっとと帰った方が良かった?」
こちらを睨むザクロに、俺はふるふると首を横に振った。
「まさか。むしろ、ザクロがいてくれなかったら困ったことの方が多かったんだ。屋敷の修繕とかもそうだし、転移とか、いろんなことで本当に助けられた。また改めてお礼しないとな、タンポポ」
「そうだねぇ。ザクロってばホントにスーパー優秀だもんね。なんなら僕としてはザクロには残ってほしいぐらいなんだけど」
「あのね、適当におだてとけば私が機嫌直すと思ったら大間違いよ。あと残るのは無理。そろそろ本当に戻らないとあれこれ言われそうだし」
「ちぇー。ま、助かったのは本当だから、そこは素直に受け取ってよ」
「はいはい、どうも」
そっけない態度で食事を続けるザクロだったが、よく見ると少しだけ耳が赤くなっていた。
相変わらず、素直さが足りないやつだ。
「ねえ、ユウキ」
「ん、サクラ、どうした?」
「もう帰るの?」
「その予定だが、何かあったか?」
「んー……私、もう少しだけここに残るね」
彼女の言葉に、その場にいた全員の視線がサクラに集まる。
「残るって、1人でか?」
「うん。人形たちもいるけど」
「またなんで?」
「龍の素材、しばらくいじりたくなったから。それに、影の中にいる2人も返さなきゃいけないんでしょ?」
ちら、とルーツを見ると、彼は困ったような笑みを浮かべて頷いていた。
「2人は影の中でポキたちと仲良くしてるけど、それでも返した方がいいなら、こっちにいた方が楽だと思うから。それに――」
じっ、とサクラは言葉を止め、ラゴ君を見つめている。
視線に気付いたラゴ君は戸惑っていたが、サクラは特に表情を変えず、
「他の魔王にも少し、興味が湧いたから」
そう言って、食事に戻った。
「そうか、うん、分かった」
俺としては、その興味というのが素材としてではないことを願うばかりだ。
サクラが他者との交流を望むというのなら、こんなに喜ばしいことはない。
なおさら見守ってやりたいところだが、彼女が残る以上、さらに客人が増えるのもベリィたちの負担となってしまうだろう。
「んじゃま、タンポポ、サクラのこと頼むな」
「そーだよねぇ、そうなるよねぇ。いやいいんだけどさ、任されました」
やれやれ、といった具合に肩を竦めるタンポポに、サクラは少しだけ不満そうに頬を膨らませていたが、それ以上は何も言わなかった。
別に俺だってサクラをどこまでも子供扱いしたいわけじゃないが、どうしても、甘やかしたくはなってしまうのである。そこを彼女も汲み取ってくれたのだろう。
その後、各々の今後について軽く話しながら、食事はつつがなく終わりを迎えた。
屋敷の前、俺たちは残る者たちに見送られる形で魔法陣の前に立つ。
ラゴ君、ルーツ、ベリィ、タンポポにサクラが、俺たちに礼をしたり手を振ったりして見送ってくれた。
「じゃ、飛ぶわよ」
「それでは皆さん、お元気で!」
「また何かあったら呼んでくれ」
魔法陣に入った俺たちの視界が、一瞬にして光に包まれる。
こうして、龍の国における俺たちの戦いは終わりを告げるのだった。
◆◆◆
ユウキたちがいなくなった日の夜。
あてがわれている客室で、タンポポは静かに星を眺めていた。
「いやー、それにしても」
彼女の声に反応するように、暗闇の中から歩み出す影。
「ここまで君の言う通りになるとはね、ベリィ」
「……」
黙りこくる赤色の龍人に、タンポポは笑いかける。
「ラゴ君のため、国のため、ルーツが必要だからってここまで大規模に事を進める必要あった?」
「国を根本から改革しながら、大本を変えないためには必要なことでした」
「なるほどねぇ。いやまあ、僕としてはこれからもこの国にいろいろ関わらせてもらえるわけだし、ありがたいことなんだけどね? 無茶させてくれるよ、ホント」
「大きなご負担を強いてしまったのは、申し訳ありません」
「ま、それ込みで承諾したのは僕だしね。別にいいんだけど。……そこまでするぐらい、入れ込むものがあるってのは羨ましいね」
「それが、国に、王家に仕えるということです」
「だとしてもそこまでの忠誠心ってのは、ルーツもそうだけど、ちょっと理解できないなぁ……ああそっか、君に感じたのはそういう部分か」
「?」
タンポポは不思議そうな顔をするベリィに、旅を共にしてきた大切な仲間を思い浮かべる。
「一途な奴ってのは、魅力的に見えるって話」
にこり、と少女のように微笑む彼女は、いつもと変わらないようにも、どこまでも素直な気持ちを浮かべているようにも見えるのだった。




