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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
2/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【2】

 瞼越しに日差しを感じ、俺は起き上がった。

「んん……」

 ベッドの上、すぐ隣から聞こえてくる愛らしい声と、穏やかな寝顔に思わず頬が綻ぶ。

 ハンナは朝が苦手だ。

 エルフ族は総じて朝が早いらしく、彼女のように早起きができない者は珍しいと知ったのはいつだったろうか。

「さて、やるかぁ」

 すやすやと眠る彼女を起こさないようにベッドを出て、俺は朝食の準備を始めることにした。

 朝は俺が、昼はハンナが、夜は2人で。

 それが俺たちの食事を作る際のルールであり、日々の楽しみの1つだった。

 今日は何を、明日は何を、と相手のためを思って考える献立。

 食卓に並べた皿を見て、湯気を立てる料理を見て、愛しの妻はどんな表情を浮かべてくれるだろうか。

 繰り返す日々のやり取りであっても、彼女の笑顔が見られると考えれば張り合いも出るというものだ。

 今朝は卵があるのでそれと、干し肉を軽く焼いて、サラダと一緒にいただこうか。ドレッシングはどうするかな……?

 材料をいくつか見繕いながら野菜を切り分けていると、コンコン、と家の戸が叩かれる音がした。

 太陽はすでに昇ってはいるものの、まだまだ早朝。

 人が訪ねてくるような時間ではないはずだが、はて?

「どちら様ですか?」

 十中八九、村の人だろう。

 無警戒に扉を開くと、そこには1人の女性がいた。

「いよう、ユウキ」

「村長? こんな朝早くにどうしたんですか?」

 女性にしては高い身長と筋肉質な体つき。巨大な斧を背負っている姿と褐色の肌はどことなくアマゾネスとか、少数部族的な印象を抱かせる。

 赤い髪をショートに切り揃えた彼女、この村を纏める長であり、俺たちの代表者と呼ぶべき人物のイズミさんは、俺の問いに家の外を指さした。

「別に早くに来る必要はないっちゃないんだけどね。さすがに気になっちまってさ」

 彼女と共に家の外に出ると、

「あれ、なんだい?」

 そこには、体を丸めて眠りについているマサギの姿があった。

 180cm以上はあるであろう身長に加え、しっかりと全身についた筋肉のおかげで、横になっていてもデカいのが分かる。

「あれは……」

 説明しようと思ったものの、どう説明したら良いのか分からない。

 殴り合いの果てに友情に目覚めた魔物です、とかだろうか?

「ペットかい?」

「いえ、友というか、家族というか」

「……まあ、なんでもいいけどさ」

 豪快に頭を掻きながら、村長は呆れ顔で俺を見た。

「こういうのは村に入れないようにしてたつもりなんだよね、私は」

「でしょうね」

 実際、村長の張っている結界はしっかりと機能していたし、こいつもなかなか入ってこれなかった。

「それが入ってきちまってるどころか、お前さんの家の横に普通にいるのがね、気になっちまってさ」

「気の良いやつですよ。仕事も手伝ってくれますし」

「そうかい。で?」

 村長は俺に向かって背負っていた斧を差し向け、静かな怒りを込めた笑顔で言った。

「こいつのこと、私は報告されてないんだが、どういうつもりだい?」

 言われて思い出す。

 そういえば、なんだかんだで村長に伝え忘れていたな、と。

 マサギは聞き分けも良く、しっかりと俺たちに尽くしてくれるタイプだったので、特に生活が変化するでもなく、俺の暇だけが増える形になっていた。

 おかげで、あまりにも普通にこのマッチョなウサギを俺もハンナも受け入れてしまっていたが、冷静に考えればこんなのが村の中にいたら普通は驚くし警戒もする。

「いやぁ、はい、忘れてました。すみません」

「ハァ……ま、気付かなかった私も悪かったけどさ。村に何か招くなら私にまず相談、ってのは一応話してただろう?」

「そう、ですね」

「別に誰連れてこようがどんなやつを家族にしようが大して気にしないけどね。この村の連中を誰か1人でも害せるやつなんてそうそういないわけだし。だとしても、一応は村長だからさ。私ぐらいは村の事情は網羅しときたいんだ」

 彼女は斧を担ぎ直すと、マサギに歩み寄った。

 軽く揺すられ、マサギが目を覚ます。

「む……」

「おはよう。私はこの村の村長やってるイズミだ。あんた、名前は?」

「むむ、名前でしたら、マサギ、と先日ハンナ殿に付けていただきました」

 立ち上がり、びしっ、と頭を下げる彼を見て、村長は口角を吊り上げた。

「礼儀正しいね。んじゃマサギ、あいつとの関係は?」

「ユウキ殿ですか。彼は我が盟友にして主ですね。拳で語り合い、見事私を打ち倒し、そして共にいることを許してくださった方です」

「なるほどね」

 概ね事態を把握したらしい村長は俺の方に向き直り、後ろ手にマサギを指さして言った。

「こいつが外で寝てるのはどういうわけだい?」

「ああ、それは……」

 俺としても気にしている点だ。

「私が自分からお願いしたのです」

 マサギは村長に片膝をつき、粛々と自らの胸板に手を当てて言った。

「食事などは共にとらせていただいておりますが、さすがに夜、お2人だけの時間をご夫婦から奪うわけにはいかないでしょう。ゆえに、寝床は外に、と」

「俺もハンナも、別にいいって言ったんだけどな」

「そうはいきません! このマサギ、お2人との出会いに感謝しているからこそ、譲れない一線というものがございます」

「……って感じでな」

 何度か寝床も用意すると言ったのだが、マサギは維持でも家の中で寝ようとしなかった。

 彼なりに気を使ってくれているのだろうが、こちらとしてもそれなりに罪悪感があって、気になっていたところである。

「だったら、こいつ用の小屋でも作ってやったらどうだい?」

「え、いいんですか?」

「別に構わないよ。元々土地は余り気味だし。家の横にもう1つ家建てたら良い」

 実際、村全体の家数は少なく、何もない土地もたっぷりある。

 隣の家までしばらく歩かなければいけない、田舎らしい家々の距離感がここにはあった。

 村長はマサギが寝ていた辺りのスペースを指さす。

「その辺に好きに建てな。一応建て終わったら報告だけしてくれればいいからさ」

「んな適当な」

「適当でいいんだよ、こういうのは。変にきっちりさせ過ぎても面倒だろ? 土地に税金かけてるわけでもないし」

 じゃ、ハンナさんによろしくな、と笑って村長は帰って行ってしまった。

 残された俺はマサギを見て訊ねる。

「ってことだけど、小屋、ほしいか?」

「元々野外で生活していた身ですからなぁ。外で寝ることに躊躇いも問題もないのですが、村長殿は気にされているようでしたな」

「だな。まあ、俺としても一応家族なわけだし、それが外で寝てるってのはちと気になっていたところだ。お前が受け入れてくれるなら、ぜひ作ってやりたい」

「そこまで言われて断るわけにはいきませんな。ではぜひ、ウサギ小屋をお願いしたく!」

「ウサギ小屋ね……」

 そう聞くと小さなものを想像してしまうが、こいつはデカい。

 なんなら俺よりも頭1つ分以上は巨大だ。

「ま、とりあえずハンナを起こして朝飯にしよう。マサギ、お前も食うだろ?」

「ぜひ!」

「ん」

 何はともあれ、まずは飯だ。

 俺はマサギと連れ立って、愛する妻がまだ眠る家の中へと戻るのだった。



「マサギさんのお家、ですか」

「そう。横の土地に作ろうって話になっててさ」

 並んで使い終わった食器を片付けながら、俺は朝の村長とのやり取りをハンナに伝えた。

 朝に弱いハンナだが、さすがに朝食を食べ終える頃にはいつも通り、しっかり目を覚ましてくれる。

「どんな形のお家にするんですか?」

「そうだなぁ……」

 ウサギ小屋と言われて思い浮かべるのは、小学生のころに学校で飼っていたウサギたちの小屋だった。

 デカイ金網で囲まれた小屋で、干し草が敷き詰められていたような。

 動物園で見た、触れ合いコーナーにいたウサギたちも、基本通気性が良さそうな小屋に入れられていたし、そこを気にしてやった方がいいのだろうか。

 そこまで考えて、チラッとマサギに視線を送る。

「希望があるとすれば、雨風がしっかりと防げると助かりますな。冬毛であってもまだまだ寒い時期ですし」

 腕組みをして、流暢に喋るこいつにああいう小屋をあてがうのも、なんとなく違うような気がする。

 変に意識せず、人間用の部屋を1つ増築する、ぐらいの感覚で取り組むべきかもしれない。

「そしたらまずは、ハンダさんに話を聞いてもらうか」

 ハンダさんはこの村の建築周りを引き受けている人だ。

 転生前は大工をやっていたとかで、俺たちの家を建てる際もずいぶんと世話になった。

「俺たちだけでやるのも限界があるしな」

「ですね!」

 そうと決まれば、と家を出ようとした俺たちだったが、

「お待ちください! 他の方にまで手伝っていただくとなれば、ユウキ殿たちにまで多大な迷惑がかかるのではありませんか?」

「んー、別にそんなことないぞ? まあ、朝っぱらから混乱させるような話題を持っていくのもどうかとは思うが」

 マサギを見せたらハンダさん、卒倒するんじゃなかろうか。

 わりと繊細な人だし。

「でしょう!? やはりここは、私が手ずから寝床を作るとしましょう」

「えっ」

「ユウキ殿は作ってくださると仰っていましたが、いくら小さなウサギ小屋と言えど、やはり人間の方々には重労働。このような時のために我が筋肉はあるのです。どうかお2人は室内でごゆるりと!」

 びしり、と一礼をするマサギに、俺とハンナは顔を見合わせる。

「そうは言っても、1人で作るのは大変だろ?」

「そうですよ! もう私たちは家族なんですから、こういう時は遠慮なく、ですよ」

 顔を上げさせると、マサギは大きな黒目を潤ませて俺たちを見つめていた。

 ウサギの顔だからだろう、やっぱり表情は分かりにくい。何となく、嬉しそうには見えるのだけれど。

「ありがとうございます……私は幸せ者ですな……それでは、ぜひご一緒に! 材料は私が森で集めてきますゆえ、そうですね、設計などお2人にお任せしたく!」

「設計、ねぇ」

 言うが早いか、マサギを家を飛び出して行った。

 材料、と言うぐらいだし、木材でも確保しに行ったのだろうか。

 設計であればやはり専門的な知識が必要だろうなぁ、と考えていた俺だったが、唐突に横でハンナが手を挙げた。

「では、次は私の出番ですね!」

 元気に言って、彼女は家の外へと出て行った。

 って、いやいやいや、いや!

 忘れていた! 俺の嫁の、そんじょそこらのエルフとは違うスペシャルなところを!

 エルフの森の中、自力で生きるために彼女が身に着けた特殊スキルを!

「待て、ハンナ!」

 慌てて家を飛び出したが、すでにハンナは家の横で作業を始めてしまっていた。

 我が家の横に広がる空き地いっぱいに、巨大な魔法陣が展開されている。

 蛍光緑の文様が構築していくのは、光で編まれた巨大なログハウスだった。

 光だけで作られているのでもちろんシルエット、なのだが。

「待っていてくださいね、マサギさん!」

 シルエットの次点でもう分かる。細部がガッタガタなのが。

 この蛍光緑のシルエットに必要量の材料を触れさせれば、勝手にログハウスが組み上がる。ゲームなどで行える、クラフトみたいな仕組みだ。

 魔法とは便利なもので、この世界では技術が伴わなくとも物作りができたり、料理ができたり、薬品が作れたりする。

 レシピを用意し、魔法さえ習得しておけば、様々なものを作り出すことができる、らしい。

 俺はさっぱり魔法を覚えられなかったのだが、様々な魔法を覚えているハンナがそう言っていた。

 転生者の知り合いが言うには、電池や回路の仕組みを知らなくても懐中電灯で明かりをつけられるのと同じようなもの、とのこと。

 結果や現象、得たい状態のものを作ったり生み出したりできる魔法が、この世界にはいくつも存在していた。

 傷を治す魔法を知っているから傷を癒せる、といった具合で、魔法を知り、習得さえできていればそこに手先の器用さなどの技術力は介入しない。

 だから設計技術がなくても、加重の計算だとか土台がどうだとか材質がどうとか、専門的なことを知らなくとも、魔法さえ使えるならこのように、小屋を建築することだってできるのだ。

 だが、問題なのは、これを作っているのがハンナである、ということ。

 ハンナのステータスを確認して、俺は相変わらずのその内容に頭を抱えた。

 異様に低い器用度と、高い魔力と、妙に高い建築スキルとサバイバルスキル。

 これらを駆使し、ハンナが作り出すのは冒涜的ログハウス。

 いや、ログハウスと呼ぶのもおこがましい、小屋のような何か、である。

 なぜかは分からないけど斜めったまま崩れず家の体裁を保ち続け、度々小刻みに震え、謎の声がたまに聞こえ、あらゆる建て付けが悪いのにどこか1つでもいじればそのまま壊れそうなので直すに直せない、摩訶不思議ハウスだ。

 ああ、出会った頃を思い出すなぁ……。

「ハンナ、それ以上はやめとけ! マサギが材料を持ってきたら、そいつが組みあがっちまう!」

 慌てて彼女を止めるが、集中しきっているらしいハンナは俺の言葉に耳を貸さず、手元で魔力を編み、冒涜的ログハウスの設計を続けている。

 このままいけば、我が家の隣がどうすることもできない不気味空間となってしまう。

「くっ、どうする……?」

 マサギのことだ、迅速に材料を集めてきてしまうことだろう。

 あの力強い筋肉であれば、その辺の木を丸太にするなんて余裕なはずだ。

 今どこにいるのかも分からないし、あちらを止めるのは難しい。

 であれば、

「ハンナ!」

 俺は、ハンナの前に立ち、持っているスキルを発動した。

「ユウキ、さん……?」

「ハンナ。そうだ、俺だよ」

 ハンナの虚ろだった視線が俺に向く。

 俺の自発的に使える唯一のスキル『ヘイトフル』。

 効果は単純、俺に注目を集め、ターゲットを集中させる。それだけのスキルだ。

 俺が、旅の中で手に入れたスキルはこれ1つだ。

 そして、元々持っていたスキルは2つ。『不死身』と『勇者特典』。

 なんなら『勇者特典』に関しては転生者なら皆が持っている能力だ。他者のステータスを確認できたり、倒した魔物が仲間になったりするアレである。

 こんなものでも立派に旅をして、魔王まで倒してるんだから、俺は頑張っていたと思う。

 いや、今はそんなことはどうでいい。

「俺だけを見ているんだ、ハンナ。俺だけを見てくれ」

「ユウキさん、私、私……!」

「大丈夫、大丈夫だよ、ハンナ。そのままでいてくれれば、それでいい……」

 囁くように語りかけ、彼女の顎に手を添える。

 視線を彷徨わせ、困惑しながらも、どこか期待を持つような瞳で、ハンナは俺の方を見る。

 そして、彼女はゆっくりと目を閉じ、俺に体を預けた。

 深く包み込まれるような感触と、体に回される手。

 彼女の柔らかな肌の感触が、落ち着く甘い香りが、同じように目を閉じた俺の意識に深く深く、届いていく。

 壊れそうなぐらい、互いの心臓が高鳴っているのがよく分かる。

 夫婦になって随分経つが、俺たちは未だに触れ合うだけでドキドキするし、緊張してしまう。顔は熱くなるし、体は震えるし、呼吸も荒れる。キスだって本当にたまにしかできない。

 付き合いたての中学生もかくやという初心さだ。

 我ながら恥ずかしいことだが、しょうがないだろう。

 俺にとって、それぐらいハンナは愛しくて、大切で、大好きな相手なのだから。

 強く強く、ハンナは俺の体を抱き締める。

 俺もまた、応えるように彼女の体を強く抱き締めた。

 そして、そのまま――

「私、もう、ダメです!」

 ハンナは彼女お得意の強化魔法を自身にかけ、俺の体を凄まじい力で締め上げ始めた。

 ぎちぎちぎち、と体中から鳴ってはいけない音がする。痛い。

 痛いが、これで良い。

 本人の意思など関係なしに、ハンナは俺に対して敵対行動を取っていた。もちろん、俺のスキルの影響である。

 戦闘に入ることで実行中の魔法を強制中止する。魔法解除などできない俺には、これぐらいしかできる手が思いつかなかった。

「ユウキさん、スキルを解いてください! このままだと!」

「あー、そうだな、さすがにそろそろきつくなってきた……」

 苦しいぐらいの熱烈なベアハッグに、俺の体は軋み、骨が軽くいかれ始めていた。

 さすがはハンナの身体強化だ、彼女の細腕であっても、俺を絞め落とせるぐらいの力が出ている。素晴らしい。

 これがエルフたちの間では不評だったというのだから、やはりこの世界のエルフのことはよく分からない。

「ハンナ……」

「は、はい!」

「俺が倒れたら、そのまま小屋作りは一旦保留、な……」

 言いながら、俺は自分の背骨の折れる音と共に意識を失った。



「ん……」

 気が付くと、俺はベッドの上にいた。

 横には、心配そうにこちらを見つめるハンナと、マサギの姿があった。

「悪い、どれぐらい寝てた?」

 起き上がってみれば、痛みもなく、体はしっかりと復活していた。

 どれだけの致命的なダメージを負っても、体が千切れても、燃やされても凍らされても溶かされても砕かれても、治癒さえかければ治る。

 生命が尽きず、痛みもあるし気絶もするが、死なない。

 これこそが俺の唯一自慢できるスキルであり、絶対に人にはおススメしない『不死身』である。いつもながら、何ともまあ、酷い能力だ。

 外を見ればすでに夕日が差していた。

 5、6時間ぐらい寝てた、か?

「ユウキさん、何であんなことしたんですか!」

 大きく響いた涙声に、俺は慌ててハンナを見る。

 彼女は大きな瞳いっぱいに涙を浮かべ、俺の手をギュッと握っていた。

「ハンナ、ほら、俺は大丈夫だから。ハンナが治してくれたんだろ? いつもありがとな」

「そういう問題じゃありません!」

「いやまあそうだよな、それしか思いつかなかったからって、ハンナに俺の背骨折らせるとか、さすがにどうかと思うよな」

「そうじゃなくて! それもそうですけど、なんでいつも、自分の体を大事にしてくれないんですか!」

「あー……」

「やめてくださいって何度言ったってこうなんですから! 最近は少なかったから油断してた私も悪いかもですけど……」

「まあまあ、ほら、俺の体ってハンナがいれば無敵だからさ。どれだけ傷ついても、ハンナが治してくれるから、1番気楽に使えるというか、なんというか……」

「もうその話は聞きたくありません! いっつもそればっかりなんですから!」

 このやり取りも随分久しぶりな気がする。

 ここ数年は戦いもなく、平和そのものだったからな……などと、他人事のように思っている場合ではない。

 泣きじゃくっているハンナを慰めなくては、

「ハンナ殿の言う通りです、ユウキ殿!」

 と思ったら、その隣にも泣きじゃくってるやつがいた。

 ボロボロと涙を零しながら、マサギは力強く叫ぶ。

「私などの小屋のために無茶をなさって! あのまま出来上がれば確かに大変だったかもしれませんが、それでも私は良かったのです! ハンナ殿が愛情を持って設計してくださったのならば、たとえどのような小屋でも私は嬉しかった!」

「マサギさん?」

 彼の言葉に、ハンナは泣いていたのを中断し、その曇りなき眼をじっと見つめた。

 そりゃあ、急に自分のデザインセンスをディスられたらびっくりするよな。

 俺も、マサギがそこに言及するのは予想外だった。

「マサギ、落ち着いてくれ。それ以上言うと――」

「これが落ち着いていられますか! 確かにあのままであれば、異形の小屋が完成していたことでしょう。ですが、そのために命を張るなど!」

 ハンナが俯いてしまった。

「うん、それは俺が悪かったよ。だからもう……」

「実際、消えかけとはいえあのシルエットを目にした際は私も正気を失うかと思いましたが、もっと他に方法があったはずです。作り終えた後に解体する、材料を集めきる前に私を止める、何かあったことでしょう!」

 ハンナは肩を震わせている。

「そうだな、次からは気を付けるよ。な、だからもうこれくらいで」

「ユウキ殿のことです、他の村人たちへの配慮としても、完成だけは避けたかったのでしょう。シルエットだけで恐怖を感じさせる狂気の産物。あの異様では、村の景観に多大な影響を与えますからな。だとしても!」

 耳まで真っ赤になっているのが分かる状態になり、

「も、もうやめてくださーい!」

 マサギの度重なる言葉に、ついにハンナの心が折れた。

 故郷でもあそこまでは言われてなかったぞ、さすがに。

「ハンナ殿!? どうされました!?」

 先程以上に泣き出してしまったハンナに、マサギは困惑していた。

 マサギ自身には悪気がないのだろうけど、ハンナはハンナで一生懸命、マサギのために頑張っていたのである。

 とはいえ、それを全力で止めようとしたのは俺も同じなわけで。

「……マサギ、一緒に謝ろう。7、3、で今回は俺とお前が悪い」

「その、ようですな……」

 じゃあこうしよう、と俺はマサギに耳打ちをして、ベッドの上に2人、並んで正座した。

 そして、泣き続けているハンナに向かって故郷式の最大の謝罪をして見せた。

 日本人らしく行うのは、全力の土下座である。

「申し訳ありません、ハンナ殿。頑張って作っていただいた小屋をあのように言ってしまい……」

「すみませんでした。もっと自分を大事にします……」

 俺たちの謝罪に、ハンナは目元を隠しながら、涙声で尋ねる。

「じゃあ、私に、マサギさんの小屋、作らせてくれますか……?」

 俺とマサギは土下座したまま、顔を捻って目配せする。

 このまま、彼女の涙に屈すれば冒涜ハウスは完成し、村に邪神を祀る神殿みたいなスポットができてしまう。そして、マサギはそこに住まわされるのだ。

 だが、ハンナはハンナで、本当にマサギのために、力になりたいと心から想っているのだ。

 ついでに言うなら、ハンナ自身、故郷にいた頃は自作の冒涜ハウスに住んでいたので、あれに人を住まわせることに躊躇がない。善意100%なのが、余計にたちが悪い。

 どうする、と考え、俺はすぐに答えに至った。

 円満に、全てが解決する方法だ。

「ハンナ、それなら――」



「えっと、こんな感じ、ですか?」

「そうそう。んで、こっちにも同じような屋根にしたら、ほら、可愛いだろ?」

「良いですね! ウサギさん型です!」

 俺が地面に書いた図を元に、ハンナは魔法陣をいじり、蛍光色の光を編み上げていく。

 そう、答えは簡単だった。

 俺も作成に加わればいいだけの話だったのである。

「ユウキさん、本当に私よりずっと器用ですね……」

「まあ、細かい作業とか、わりと好きだったからなぁ」

 と、答えはするものの、正直ハンナが壊滅的なまでに手先が不器用なだけで、俺は並の器用さである。

 なんなら、ハンナだって、急ぐから酷いものができるだけであって、ゆっくり慎重に取り組めばそれなりのものが作れるのだ。

 実際、最近はよく料理を作ってくれる。腕前もずいぶん上がった。

 何事にもじっくりと向き合うことで真価を発揮するのは、ハンナの素晴らしい長所だ。

「あとは、マサギが材料を持ってきてくれたら完成だな」

「はい!」

 問題はいくつもあったが、無事に新たな家族の居場所も出来上がりそうだ。

「……ふふ、久しぶりの共同作業、ですね」

 ハンナは出来上がったウサギの顔を模したログハウスのシルエットを見つめ、嬉しそうに笑った。

 そんな彼女の手をそっと握り、「そうだな」と答えて俺も小さく笑う。

 家族が増え、少しだけ変化した俺たちの日常を祝福するように、穏やかな陽光が世界を照らしていた。


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