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俺の嫁はエルフ受けが悪い  作者: 吉田しく
19/96

俺の嫁はエルフ受けが悪い【19】

 衝撃を覚悟して、ラゴはルーツを庇う様に抱え込みながら目を瞑った。

 これ以上彼を殴らせてなるものか、と咄嗟に取った行動だったが、しかし、どれだけ待ってみても恐れていた痛みはやってこない。

「……?」

 恐る恐る、ラゴが目を開けると、目の前には美しい白銀の羽が広がっていた。

 それは、ラゴの胸の中、抱え込まれていたルーツのもの。

 はためくたびに輝き、透明と白とを行き来する、鏡龍の翼だった。

「ラゴ様、ここはお任せください……」

 息も絶え絶えのルーツだったが、その姿が少しずつ、白磁のごとき体に変化しているのをラゴは見逃さなかった。

「そんな、無茶をするな! 今変身なんてしたら!」

「ええ、分かっておりますとも……ですが、ここが正念場なのです……このような人間に負けてはいけない、私が、私がここで負けるわけにはいかないのですよ、ラゴ様……」

 抑え込もうにも、ラゴには巨大な体躯も、大きな力もない。

 龍種としての本当の姿、巨大なドラゴンの姿を、ラゴは持っていない。

 あくまでも龍としての力、鱗や尻尾、爪や牙、羽が部分的にあるだけであり、本質的な強み、色濃く出た部分はエルフのものだった。

 これまでその事実に、幾度となく歯噛みしてきた彼だったが、今回ほど強く願ったことはない。

 自分にも、ルーツやベリィのような、他の龍たちが普遍的に持っているような、強大な姿があったのなら、この場だって収拾することができたろうに。

 高度な魔法への適正と、それを補って余りある膨大な魔力そのものの鱗を持つ――そう言えば聞こえは良いかもしれないが、あくまでそれは、人の中での話。

 人型の魔王の中で見れば、大した力も持たない子供でしかないことぐらい、ラゴだって理解していた。

 そんな彼だからこそ、今、初めて心から、必要な力として真実の姿を望んだ。

 大切な家臣を助けるためだけでいい、この先1度たりとも変身できずともいい、どうか自分に、強大な龍としての姿をくれはしないか。

 魔王として、龍として、彼を守らせてはくれないか。

 強く、強く願う彼だったが、その小さな体は、願いに呼応してくれることもなく、巨大に変貌していくルーツの体に押しのけられてしまった。

「ぐっ、思ったより硬いな!」

 言いながら、拳を振るうユウキは凄まじい連打をルーツの羽に叩き込んでいた。

 真っ白な羽に、いくつもいくつも赤い染みが生まれる。

 どれもこれもが皮膚を裂き骨を砕きながら殴り付けてくるユウキの血だったが、いくつかの打撃痕に合わせてルーツの羽はひび割れ、崩れ始めていた。

 しかしそれでもルーツは変身を解こうとはしない。

 巨大な彼の体はそのまま地下道を崩し、地上に巨体を晒しながら咆哮を挙げた。

 周囲の景色をいくつも映し込む、鏡面のような鱗がその体を包む、巨大な龍。

 白と銀と透明が混じり合ったような体表は、魔力の流れをコントロールすることで本当の鏡のようになり、映した相手の力をその身に落とし込む。

 その鱗は魔法を反射し、炎を反射し、あらゆる災厄を撥ね返すと伝えられる、伝説的龍種であり、魔王に仕え続けたその姿に、たくさんの国民が憧れたという、もはや生きる伝説と化した先代魔王の側近。

「これ以上、外部の人間に、好き勝手はさせませんとも!」

「ルーツ……!」

 強大なる鏡龍、ルーツはちっぽけな人間を見下ろす。

 対して、自動治癒魔法ですっかり治った拳を握り直し、ユウキはその巨躯を見上げる。

「好き勝手ねぇ……王様の知らないところで暗躍しといてよく言うぜ。もし本当にラゴくんのためだってんなら! もっとちゃんと説明してやれってんだ! 旗色が悪くなってきたからって手元に置いとこう、なんてのは悪党の常套句だろうが!」

 叫ぶユウキに向かって、ルーツの視線が固定される。

 挑発交じりに放たれた『ヘイトフル』によって、ルーツの視界から、彼以外の存在がすっかり消え去っていた。

「あなたに何が分かる! 仲間に呼ばれてやって来ただけの、この国の内情も知らず、ラゴ様の苦悩も知らず、この国が抱える問題も知らず! 伝えられたことだけを鵜呑みに愚直に殴るだけの単細胞に! 何が分かるというのです!」

「誰が単細胞だ誰が! 俺だって色々考えた末にこの戦い方選んでんだよ! お前こそ俺の苦労も知らないくせに知ったようなこと言ってんじゃねぇ! だいたいな、回りくどいんだよやり方が! もっとスマートにできねぇのか!」

「できるのだったらいくらでもやっていますよ! それができないと判断したからこその強硬策です! もし仮に私の意図が見えているのであれば、なおのこと放っておいていただきたい! 今であればまだ見逃してあげましょう!」

「今さら引けるかぁ! ……と、言う程の義理はぶっちゃけ俺にはないが! あいにくと元仲間の頼みなんでな! 少なくともお前だけは倒さなくちゃいけないんだよ!」

「そんな理由で、龍の鱗を拳で軽々と砕くなぁ!」

 ユウキの体の何倍もある前足を持ち上げ、ルーツは鋭い爪を振り下ろす。

「軽くはねぇよ! こっちだって骨を砕きながらだ、おあいこだろうが!」

 それに立ち向かうように、どっしりと腰を落としたユウキもまた、力強く拳を振り抜く。

 互いの渾身を込めた一撃が振るわれ、ラゴはその光景に息を呑む。

 力と力がぶつかり合おうとした、その瞬間だった。

「いい加減に、しなさぁーい!」

 突然の出来事に、ラゴは自然と口を開き、唖然としてしまった。

 目の前、確かに存在していたルーツの横っ面に、飛び出してきたエルフが蹴りを入れたかと思うと、その凄まじい威力に巨体は転げ、2度、3度と回転した後、いくつもの家屋を巻き込んで大地を滑った。

 たったの1撃、しかし、明らかに異常と言う他ない、圧倒的な威力の前に、もはや龍がどうとか、強さがどうとか、という問題は残っていなかった。

 常識外れの打撃をさっきから見てきたつもりのラゴだったが、認識が甘かった。

 あくまで先ほどまで見せられていたユウキのそれは、人間の常識を外れた打撃に過ぎなかったのだ。

 それでも、肉体の損壊を伴う激しい打撃は、確実に人間の限界を優に越していたはず。

「さて……ユウキさん!」

 倒れ伏したルーツが気絶していることを確認したエルフは、振り抜こうとした拳もそのままに呆然としているユウキの元へと向かった。

「あなたも、反省してください!」

 そう言って彼女はユウキの両肩に手を置き、まるで泥に棒でも突き刺すかのように、彼の体をそのまま地面に埋めてしまった。

 妙な体制のまま、容赦なく土の中にめり込まされたユウキは同時に強化も解除されてしまったのか、どうすることもできずに目の前のエルフを見上げるばかりだ。

「は、ハンナ……あの……」

「ユウキさんはそのまましばらく待っていてください」

「あ、はい……」

 そして、凄まじい怒気を放ちながら、ついに、そのエルフはラゴの方へとやって来た。

「ラゴくん!」

「は、はい!」

 思わず、背筋が伸びる。

 気を付けの体制で、ラゴは一瞬で無力化されてしまった大人2人をチラッと見た。

 僕もああなるのだろうか、と身構える彼だったが、鬼のような強さのエルフ――ハンナは静かにラゴを見据え、ユウキの隣を指さした。

「あなたはあそこに座っててください。ルーツさんを起こして連れてきますので」

「は、はい……」

 有無を言わせない迫力の彼女に、もはやラゴは従うことしかできなかった。

「あんな、怖い顔もできるんですね、ハンナさん……ルーツを蹴り1発で倒すなんて、何者なんですか……」。

「一緒に魔王を倒したことのある俺の嫁だが」

「……倒したの、ハンナさんなんですか?」

「それはさすがに俺だが、まあ、普通に戦闘するなら確実に俺よりずっと強いぞ、ハンナは」

 自慢の嫁だ、と嬉しそうに言うユウキだったが、頭だけが地面から生えている状態で言われても、と呆れてしまうラゴだった。

 その後、意識を取り戻し、すっかり傷も治されたルーツはユウキ、ラゴと同じように並ばされ、すっかり肩身の狭い想いをしている男3人を前にして、ハンナはムスッとした顔で告げた。

「いいですか、私は怒っています。各々にです。理由は分かりますか?」

「……えーっと、俺が先走ったから、か?」

「ユウキさんは主にそこですが、やり過ぎないでくださいって言った直後に1人で走って行って、そのまま、また戦闘してるのはどうかと思います。なんでそう、すぐに拳で解決しようとしちゃうんですか?」

「……面目ない」

「殴るにしても1度やってるんですから、もっとやり方があったでしょう。降伏勧告とか。それでもまだ抵抗するのであれば、多少のやり取りは必要かもしれませんが……だとしても、スキルの使えないユウキさんには、私抜きでは難しいですよね?」

「はい……」

「私もできることが多いとは言いませんが、ユウキさんよりはできることがあります。何より、私ならラゴくんの傷も、ルーツさんの傷も癒せました。話すにしても互いの傷が残ったままでは難しいでしょう。そういったところも考慮して追いましたか? 違いますよね?」

「……すみません……」

 どんどん声が小さくなっていくユウキに、まったくもう、とため息交じりに言うと、彼女の矛先は続いてルーツへと向かった。

「まずは初めましてですね、ハンナと言います。この度、タンポポちゃんに呼ばれてユウキさんと一緒にこちらに来ました」

「これは、ご丁寧に……」

「さて、ルーツさん。言いたいことはいっぱいあります。ですが、あまり長く言っても仕方ないと思うので1つに纏めますね。……こんな形で国を託されても、ラゴくんは困ってしまいますよ」

「!」

 ハンナの言葉に、それまで俯き気味だったルーツが顔を上げた。

 目を見張る彼に、ハンナは優しく微笑む。

「確かに、会ったばかりのラゴくんには必要だった策かもしれません。ですが、今のラゴくんにはきっと必要ないものとなっています。ルーツさんだって、そう思いませんか?」

 ハンナと共に、ルーツの視線が訳の分かっていない様子のラゴへと向けられた。

「彼は彼なりにあなたを守ろうとしました。未熟でも半端者でも、それでも、と彼なりに考えて動いたんです。私には分かります。彼が、どれだけ不安で、どれだけ周りに嫌な目で見られて来たのか。私もそうでしたから」

 ハンナの言葉に、ユウキは少し、胸が痛くなった。

 彼女がエルフの森でされてきた扱いは、あまりにも酷い。

 魔王を倒し、あらゆる人間たちから認められた今であっても、彼女はエルフの森では肩身の狭い思いをさせられている。

 だからこそ、魔物の国であり、人間が虐げられてきたこの国における、ラゴくんの気持ちがよく分かるのだろう。

「国の事情が事情ですから、そんな彼が居場所を得るのは簡単な話ではありません。魔物からは人間と混じっているからと蔑まれ、人間たちからは魔王の血族として恐れられてしまう……だから、国そのものを変える必要があった。そして、それ以上に必要としたのが、ラゴくんの活躍。違いますか?」

「そこまで、お見通しですか」

「誰だって分かりますよ、きっと。人間の立場を上げて、魔物の立場を下げて、なんて1時的にそんなことをしたって、結局わだかまりは残ります。でも、そうやって国を混沌に落とした相手を、両方の立場に立てる者が倒せば、って計画ですよね?」

「……はい。ここまであっさり倒された上で語るのも、お恥ずかしい話ですが」

「でも、その結末では、あなたがラゴくんの隣にいられません。ラゴくんには、まだまだあなたが必要なはずです。彼は確かに多少なり成長しましたが、それでもまだまだ、導く人が必要なんです。彼の成長と、この国の発展を心から想うのでしたら、もっと、彼の隣で見守る策を考えるべきだったと思います。もっとも、これぐらいじゃなきゃ、ラゴくんが成長しないだろう、というのは私も少し思っていたので、今だから言えることでもあるのですが……」

 ハンナの容赦ない物言いに、ラゴくんの表情が曇る。

 その隣で、ルーツは申し訳なさそうな顔で小さく笑い、ラゴくんの前に歩み出た。

 彼が恭しく膝をつくと、その姿が少しずつ変化していく。

 これまで、彼はずっと、タンポポの姿を借り続けていた。

 1度俺らへの攻撃にラゴくんに化けたりもしていたが、それでもあくまで彼はタンポポの力を使うためか、彼女の姿を模し続けていた。

 ある意味では、それこそが、彼がこの策に賭ける信念そのものだったのかもしれない。

 この姿で人々を支配し、その上で倒され、正体が発覚することまでが、彼の描いたシナリオだったのかもしれない。

 それを、彼は自らの意思で手放した。

「ラゴ様、どうかこの不忠者をお許しください。そして願わくば、これまで以上に、あなた様に忠義を尽くさせていただければと思います。そのためであれば、このルーツ、いかなる処罰も乗り越えてみせましょう……」

 そこにいたのは1人の竜人。

「ああ……これからも、よろしく頼む」

 真っ白な姿をした美しいその姿に、ラゴは小さく微笑み、そっと手を差し伸べるのだった。

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