俺の嫁はエルフ受けが悪い【18】
「どうしてっ! どうしていーっつも! ユウキさんは0か100かしかないんですかぁ!」
「どうしてかぁ……」
そんなもの、理由は1つしかない。
「ハンナのことになると、つい」
「それは、その、嬉しくないと言えば嘘になっちゃいますけど!」
私は怒ってるんですよ! と少し口元を緩ませながら声を張り上げるハンナが今日も今日とて最高に可愛い。
すっかりハンナも俺に怒るのに慣れてくれた。
出会った頃はもっとずっと遠慮がちだったし、俺に向かって本気で怒ったりするようなこともなかった。
誰に対しても控えめで、そこは今も彼女の美徳として残ってはいるものの、俺が無茶をするとすぐに彼女は頬を膨らませて怒ってしまう。
それだけ心配されているという嬉しさと。
それだけ心配をかけてしまっているという申し訳なさと。
全てが彼女を大切に想っていることの表明になっていると、全てが伝わっているのだと思えるからこそ、俺はどうにも、タガの外れた行動を取ってしまうのだった。
こんなことを続けていて良いわけがないとは思うのだが、どうにもならないのだ。
思うより早く、考えるよりすぐに、体が勝手に動いてしまう。
もはや本能に近い、恋は盲目だとか、そういう類のものなのだ。
何より厄介なのは、俺自身が別にこれを改善するつもりがないことだろうか。
「幸い命に別状はなかったので良かったですけど……」
ハンナは雑に拘束した状態で転がされているルーツを見て、ため息をついた。
「ユウキさんの手だってすごいことになってたんですからね」
「ホントな。びっくりしたよ」
俺はハンナの魔法ですっかり元に戻っている右手を見つめた。
少し前、ハンナが止めてくれたおかげで、戻ってきた痛みと共に俺は自分の右てがぐちゃぐちゃになっていることに気が付いた。
まるで岩か何かにでも強く叩きつけたかのように、骨は砕けて肉は潰れ、拳の形すら保てなくなっていたのだ。
俺自身がリミッターを外した力で殴っていたというのもあるのだろうけど、それ以上にルーツのやつが硬すぎたのもあったのだろう。
ちら、とルーツの方を見る。
最後に変身していたラゴくんそっくりな姿の彼は、すっかり傷も治された状態で気絶している。
これで一件落着、と言いたいところなのだが、困ったことにそうもいかない。
「ま、俺の手もルーツのこともすべからくハンナが治してくれたからいいとして」
良くありません! とハンナは言っているがここは申し訳ないがスルーして話を進める。
「ラゴくん、今回のクーデターの首謀者はこうして鎮圧されたわけだが、あー、そうだな、どうする?」
部屋の隅、いつからいたのか俺も全く気付かなかったのだが、唖然とした顔で事の顛末を見守っていたラゴくんは、そのまま呆けた顔で床に転がるルーツを見つめていた。
そりゃまあ、そうだろう。
自分が信じていた相手が、ほぼ一瞬で倒されてしまったのだから。
「ラゴくーん、おーい? ……ダメだ、完全に固まっちまってる」
「ユウキさんがやり過ぎたせいですよ」
「いやぁ、ほら、俺の戦い方ってこれが1番強いだろ?」
先手必勝、俺の戦い方で1番強く、確実な方法がそれだった。
派手なやり取りをするようなことも、必死の応戦をすることも、俺は苦手だ。
魔法は使えない、スキルも仲間がいてなんぼ、何より俺自身が死なないだけで別に大して強くないときている。
となれば、できることは限られてくるわけで、最も効率が良いのが相手の攻撃を無視して距離を詰め、自分の体がどれだけ傷ついても無視して殴る、これに限るのだ。
可能な限り短期決着が望ましい。
俺の特性を知れば相手は対策を考えてくるだろうし、対策されれば俺の取れる優位性なんてすぐに瓦解するのが目に見えている。
死なないから、倒れないから、相手が俺を対処できるようになる前に倒す。
気絶はするし、封じ込められたら抜けられないので、例えば溶岩に沈められるようなことをされたら死なずに無限に焼かれながら閉じ込められるのでまず復帰できない。
この間お義母さんにやられたみたいに氷像にされても無理だろう。
呪いとかにも耐性はないので、雑に殺されることも数回あった。
もっとも、ただ殺されるだけならすぐに復活できるのでそこまで問題じゃない。
やはり俺にとって厄介なのは、生かさず殺さずの状態で封じ込められることなのだ。
「相手はタンポポの能力を使ってくるやつだったわけだし、油断するよりはいいだろ?」
「ですから、それが極端過ぎるんですって……ここに来るまではゆるゆるだったじゃないですか……」
それはそれ、これはこれである。
というか、そういうのをラゴくんの前でばらさないでほしい。
あんな感じでも、俺的にはいつも通り、ちゃんと問題に向き合っていたつもりなのだ。
自分の命を天秤に乗せた時、あまりにも軽いがゆえの楽観や緩さというやつである。なんなら俺の命に重さなんてないに等しい。
と、今はそれどころではない。ラゴくんをなんとかしなくては。
「おーい、ラゴくん! しっかりしてくれ! 人間にあっさり頼りにしてた人がやられてショックかもしれんが、まあ、これが現実だからさ。受け止めてくれよ」
ぺちぺちと人肌の頬っぺたを叩きながら言ってみるが、残念ながら彼は固まったままだ。
さてさてホントにどうしたものか、と悩む俺だったが、ここまで反応がないとなると、少し妙な気もしてくる。
いくらなんでも、無反応過ぎやしないか?
「……ハンナ、強化かけてくれ。強めで頼む」
「えっ、なんでですか?」
「罠にはまったかもしれん」
俺は拳を握り締め、床に倒れているルーツを見る。
そして、強化がかかった瞬間、全力でその頭を砕き潰した。
途端に、周囲一帯に亀裂が走る。
空間が砕けている、といった具合だろうか。中空の景色がどこもひび割れて映っていた。
「なるほどな、鏡龍、だったか」
姿かたちが映せるのであれば、それ以外もできると考えるべきだった。
「この隙に逃げられたりしてないとありがたいんだけどな!」
言いながらも、俺は辺りに向かって拳を振るう。
ただの空間を殴っているはずなのに、硬い壁を砕く感触がする。
奇妙な感覚だ。
1発1発殴るたびに、少しずつ空間にヒビが入り、俺たちの置かれた状況が分かってくる。
どうやら、俺たちはドーム状の空間に覆われているらしい。
丸みを帯びた壁や天井を叩くと、わずかに剥がれた鏡面の向こうに見えていた部屋と同じような材質の壁が見えた。
ただ反射させているだけ、か?
そういえば、と未だ呆けた顔のまま立ちっぱなしのラゴくんを見てみる。
彼の姿にはすでに大量のヒビが入っている。やはり、こちらも偽物だったか。
「おっらぁ!」
幾度目かの拳を振り抜いて、完全に壁を殴り壊すと、鏡の向こう、見える白い壁には開け放たれた両開きの大きな扉があった。
辺り一杯に散らばった部屋を映す破片を踏み砕きながら、俺は奥を見据える。
「もう逃げ切ってると考えるべきか、追うべきか、だな」
「お、追いかけないんですか?」
「この調子で鼬ごっこを繰り返してもなぁ。ただただ消耗させられるよりは何か策を練った方がいいか、と思ったんだが……いやまあ、時間の無駄か」
俺は軽く屈伸をして、腕をぐるっと回した。
「ハンナ、足に重点的に強化頼む。ちょっと久しぶりに本気で走るから」
◆◆◆
「る、ルーツ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですとも。ラゴ様、私のことは良いですから、お逃げください……」
「そういうわけにいくか! だから言ったんだ、でたらめな連中だって!」
薄暗い地下道を、ルーツを抱えてひた走る。
ラゴはルーツが容赦なく殴られた瞬間を見逃さなかった。
あまりにもあっという間に殴り飛ばされた彼に、咄嗟に飛び出したラゴもまた、見事に殴り飛ばされた。
そのどさくさにまぎれて、ルーツが咄嗟に策を打ってくれたのだ。
鏡面を作り出し、その中に彼らを閉じ込め、鏡に映るルーツの影と戦わせる――そうして時間を稼いでいる間に、隠し通路に逃げ込んだ。
しばらく走れば町の外れに辿り着く、らしい。
そうなれば後は空に逃げるだけだ。龍の羽に敵う飛行技術を彼らが持っているとは思えない。
あるとすれば、そう、
「エルフの魔法……風魔法が届く可能性を考慮すれば、ラゴ様お1人で逃げるべきです……」
「っ、分かってる!」
そんなことは、誰よりも理解している。
何しろ半分はエルフである自分が、魔法を主体として戦うのだから。
あのエルフの女、ハンナがどれだけ魔法を使えるかは分からないが、魔王を倒したパーティメンバーだというのなら、そうとうな使い手のはずだ。
どういうわけかユウキばかりが戦いに出てくるのは、手抜きなのか、油断なのか。
何にしても、こうして隙があるうちに逃げるしかない。あいつらは異常だ。
「今ならまだ、私に唆されただけである、と言って戻ることもできるはずです、ラゴ様。これ以上はいけません……」
弱り切った姿のルーツは、もうほとんど変身を維持できないようだった。
タンポポと同じ姿が幾度となくぶれ、輪郭が揺らぐ。
「いいや、いいや! お前は僕の大切な家臣だ! 見捨てることなどできない!」
弱々しく背負われている彼を担ぎ直し、ラゴは力強く走り続けた。
こんなにも弱っているルーツを、ラゴは初めて見る。
いつだって理知的で、どんな時だって冷静で、彼にとって憧れの存在であり、大切な、信頼する唯一の大人だったルーツ。
そんな彼が、今はこんなにも、力なく身を預けている。
ラゴは思う。
自分が利用されているのは、何となくわかっていた。
乗せられているのも、自分を利用してこの国をいいようにしたいのも、さすがにちょっとぐらいは理解していた。
でも、それでいいと、ルーツにこの国を任せられるのなら、自分はお飾りでも構わないと思ったのだ。
自分はプライドばかりが高いくせに、状況を改善するような策も練られない愚か者だ。
半分がエルフであることに、ずっといじけていた子供だ。
半分だけしか魔王でないことに、くすぶり続けていた未熟者だ。
だからこそクーデターをルーツは起こした。
国のため、自分のため、ラゴを扱いやすくするため――考えられる理由はいくつもあるが、そんなものはどうでもいい。
ここに来て、彼と話して、とてもホッとした。
彼が変わっていないと理解できて、心の底からホッとした。
自分の知る、知性の塊のような男であるルーツは、やはり頼りになる存在だったのだと、心底思えた。
だからこそ、今は、今だけは、自分がお飾りであっても、王としての姿を彼に示すのだ。
虚栄の玉座に座るだけではない、必要とあれば真の王冠を抱くべきもののために戦える男だということを、ルーツに知ってほしいのだ。
彼にとって無価値な王ではなく、思っていたより利用価値のある王であるのだと、思ってもらいたいのだ。
「ルーツ、今だけでもいい。ここから出たら僕をどう扱っても構わない。だから、今だけはとにかく僕を頼りにしてくれ。僕だって、このままやられっぱなしは嫌だ!」
「……ラゴ様」
どこか、ホッとしたような、嬉しそうな声でそう呟くと、ルーツはそれまで遠慮がちだった力を抜いて、完全に体を預けてくれた。
しっかりと感じる彼の体重にラゴが嬉しさを感じたのも束の間。
「っ、なん、だ?」
ズゴゴ、と地響きのような音が背後から聞こえてきた。
凄まじい音は明らかにこちらに迫ってきている。
思わず足を止めたラゴだったが、すぐにそれを後悔した。
「追い、ついたぁ!」
振り返った瞬間、ラゴの目に入ってきたのはとても人間とは思えない速度でこちらに迫って来るユウキと、その拳が振り絞られるところだった。




